しくじった、と理人は歯噛みした。
倒れ伏して動けない理人を、男たちが取り囲んでいる。身につけていた武器や装備はとっくに取り上げられてしまった。容赦なく腹を蹴り上げられて、ぐっと息が詰まる。
任務の最中、別働隊がいることに気づいた理人は、ナハトの制止も聞かず飛び出してしまった。もちろん自分の実力と相手の人数は考慮したつもりで、無謀な行動ではなかったと思う。
だが結局、何人かを無力化したところで、背後から不意打ちをくらってしまった。そこから瞬く間に形勢が逆転し、この状態に至る。
「随分と好き勝手暴れてくれたじゃねえか」
リーダー格と思しき男が乱暴に髪を鷲掴み、理人の頭を持ち上げた。痛みに顔を歪めながらも、理人は男を睨みつける。
「お前たちを見逃すわけにはいかない……」
「この状況でまだそんなことが言えるのか」
バシ、と頬を張られて口の中に血の味が滲んだ。
理人は努めて冷静に、周囲の状況を確認する。残りの人数と自分の状態を考えても、かなり分が悪い。
ナハトには事前に座標を送信してある。今の理人にできることがあるとしたら、せいぜいナハトがたどり着くまでの時間稼ぎくらいだろうか。
時間を遡って金庫室で強盗まがいのことをしていた男たちは、組織的に時空犯罪を行う常習犯のようだ。手口も手慣れていて、そろそろ撤収を始めようとしている。少しでも理人が気を引くしかない。
「愚かな真似を。どこに逃げようと自分たちが必ずお前たちを捕まえる」
そう言って理人は不敵に笑ってみせる。安い挑発だ。それでも短気な男たちには多少効果があったらしい。
乱暴に突き放されて、理人は再び床に倒れ込んだ。
「これだけ痛い目に遭っても懲りねえとはな」
「っぐ……!」
また腹に蹴りが入る。一方的に振るわれる暴力に、理人は蹲って耐えた。
「準備ができました!早く始末して戻りましょう!」
「まあ待て。コイツ綺麗な顔してるし、戦利品として連れて帰るってのもいいかもしれない。こういうのが趣味のヤツもいただろ」
「な、にを……」
頭上で交わされる会話に、理人は驚いたように顔を上げる。そのせいで不躾に顔を覗き込まれ、理人は咄嗟に顔を背けた。
「確かに……でも追手が来たら厄介じゃないですか?」
「このまま金だけ持って引き上げるのも、コイツを連れてくのも大差ねえよ」
近くにいた男が理人の腕を強引に掴み、起き上がらせた。
理人はまずい、と内心焦り始める。今の理人の状態で、別の時間に連れて行かれてしまっては成すすべがない。
「放せ!」
「おい、おとなしくしてろ!」
理人は自身を捕らえる男と揉み合いになる。身体に受けたダメージは大きい。いくら日々鍛錬を続けているとはいえ、この状態では男一人から逃れることにすら手こずってしまう。
「黙らせろ」
指示を受けた男が武器を振り上げる。これは避けきれない。
理人が思わず目を瞑ったその時、バン、と重い戸を開く大きな音が響いた。受けるはずだった衝撃は来ない。そろりと目を開き、音がした方を見ると、そこには理人の憧れの人が少し呼吸を乱しながら立っている。
「理人、ここにいたのか」
「あ、かつきさ……」
ボロボロになった理人を見たナハトは、ゾッとするほど冷たい目になった。
表情こそ凪いでいるが、怒っている。それも物凄く。
「私のバディが世話になったようだ」
「今更一人で乗り込んできたところでもう遅い。やれ!」
リーダー格の男の指示で、男たちが臨戦態勢になる。だが次の瞬間には、理人を捕らえていた男が横に吹っ飛んでいった。
驚愕しどよめく男たちを、ナハトは次々となぎ倒していく。いつも以上に容赦のない戦いぶりに、理人も呆然とその姿を目で追ってしまった。
理人が既に無力化した分を考慮しても、まだ相手の人数は多い。人数差をものともせず戦うナハトが、いつもは出さない本気を出していることが理人にはわかった。
「ば、化け物……!」
そう叫んだ男にもナハトの痛烈な一撃が入り、引きつった悲鳴が上がる。
あっという間に場を制圧したナハトは、拘束したリーダー格の男を冷たい目で見下ろした。
「暁さん……?」
男を射殺しかねない雰囲気を纏うナハトに、理人は恐る恐る声をかける。その声に、ナハトはハッとしたような顔で理人を振り返った。
「ああ、すまない。少し考え事をしてしまった」
捕らえた男たちを手際よく送還ポイントへ送ったナハトは、理人の元に戻ってくる。
叱責される覚悟を決めていたが、先程までナハトの目に宿っていた怒りは、既に消えていた。
「暁さん、すみません……」
「正義感が強いのは悪いことではないが、お前は無茶をしすぎだ」
そう言いながら、ナハトはゆっくりと理人の身体を起こす。
動くと全身に鈍い痛みが走る。自分で自分を支えきれずよろめいた理人を見たナハトは、小さく息をついて理人を抱え上げた。
「暁さん!?下ろしてください!」
「おとなしくしていなさい」
理人を抱えたまま、ナハトは少しやりづらそうにタイムワープガジェットを操作する。
「自分で歩けます!このまま本部に戻るのは……」
「このまま、本部に戻る。このくらいの罰ならかわいいものだろう」
罰だと言われては理人はおとなしく受け入れるしかない。
近くで見るナハトはあれだけの乱戦の中でもかすり傷程度しか負っていないようだ。
この人の背中はまだまだ遠い。理人はナハトの隊服をぎゅっと掴む。
「……暁さん、自分ももっと強くなります。いつか貴方に頼ってもらえるくらい、強くなりますから」
「ああ、期待しているよ。お前は私の唯一のバディなのだから」
それと、とナハトは付け加える。
「戻ったら、手当は私がしよう。負傷した部位と触れられた部位を教えなさい」
その言葉に、理人は思わずナハトの顔を見ようとするが、その直後にタイムワープが始まり、それは叶わなかった。
だから理人は、ナハトが一瞬表に出した、理人への深い執着に満ちた表情に気づくことはなかった。
二人が戻った後の本部は、あの暁ナハトがバディを抱えて帰ってきたと盛大にざわついた。
周囲の反応に耐えきれず下ろしてほしいと懇願する理人を抱えたまま、本部を歩くナハトの様子は、隊員たちの間でしばらく話題となったという。