例えば、眩しいくらいの笑顔を向けられた瞬間にふっと和らぐ瞳。
例えば、密かに焦がれるようにその姿を追う視線。
巧妙に隠された雨彦のそれに想楽が気づいたのは、想楽も雨彦と同類で、同じような瞳を、視線をクリスに向けている自覚があったからだ。
「雨彦さんって、クリスさんのこと好きだよねー」
二人きりになった折、想楽がそう声に出すと、雨彦は一つ瞬きをしてゆっくりと想楽を見た。
あえてそう雨彦本人に告げたのは、雨彦が自覚の上でクリスを想っているという確信を得たかったからだ。そして雨彦が想楽の追及にどういうスタンスで対応してくるのかも気になる点ではあった。
「そりゃあ、同じユニットの仲間のことだ、悪しからず思っているさ」
「そういう意味じゃないってわかってるでしょー?」
「……それを言うなら、古論のことが好きなのはお前さんの方じゃないのかい?」
雨彦の言葉に、想楽は小さく笑った。雨彦も聡い男だ。想楽が雨彦の想いに気づいたように、雨彦も想楽が隠し持つ感情に気づいていたということなのだろう。
「そんなところだから、わかっちゃうんだよねー。雨彦さんが僕と同じだってこと」
包み隠さずそう言えば、雨彦は観念したような顔をした。つまりは図星ということだろう。
「まさか雨彦さんがライバルになっちゃうなんてねー」
「それを確認して、お前さんはどうするつもりだい?」
「うーん、雨彦さんって自覚あるのかなーっていうただの確認と、ちょっとした牽制、かなー?」
雨彦がクリスのことを好いていたとしても、想楽ははいそうですか、と引き下がるつもりはなかった。同じユニットの仲間として、雨彦のことも好ましく思っているが、それはそれ、これはこれだ。
手を伸ばして欲するものを誰かに譲り渡すほど、想楽は心優しくも、他者本意でもないのだから。
「そうかい。まあ、お互いに苦労しそうなもんだな」
そう答える雨彦の目には、困惑も迷いも諦めもない。それが想楽にとってはほんの少しだけ予想外だった。
雨彦は物事に対する執着心が薄いように感じていた。必要とあらば自分の大事なものすら明け渡してしまいそうな危うさを、共に過ごす中で感じ取っていたのだ。
だが今の雨彦にその気配はない。雨彦の中で、クリスはとっくに譲れないものになっているのだろう。
「雨彦さん、本気なんだねー」
「それはお前さんもじゃないのかい?」
不敵に笑いあう二人の間には、険悪な雰囲気はない。同じ相手を想ってしまったとしても、お互いが大事な仲間である事に変わりはないのだ。だから二人は、ただお互いに譲らず、お互いの思うように行動するのみだという結論に至った。
それから二人で決めた約束事は二つ。
それは二人のこの想いのせいでクリスを困らせないことと、悲しませないことだ。
想楽と雨彦がお互いのクリスへの想いを認識した後、二人は少しペースを上げて、思い思いにクリスとの仲を深めていった。
クリスは二人に純粋な好意を寄せてくる。それは想楽と雨彦が向けるもの、求めるものとはおそらく異なる形のものだ。それでも二人は、諦めるつもりはなかった。
だがしばらくして、二人は膠着状態に陥った。先に進むことの難しさを実感してしまったのだ。
どちらかが一歩を踏み出せば、追従しないという選択肢はない。だがきっとそれはクリスを困らせることになるだろう。
二人を大事に思うクリスは、きっとどちらかを選ぶことができない。それが自惚れではなく事実だろうということは、想楽も雨彦も感じていた。だからといって、相手を出し抜いて想いを遂げてやろうという発想にも、二人は至らない。
つまるところ、先に進めば共倒れ、というのが最も現実的な結末なのだ。
想楽と雨彦は同じ相手を想うライバルであり同志だ。相手のことは手に取るようにわかる。二人になった瞬間に、自然と困ったように顔を見合わせることも増えていった。
共倒れにならず、クリスを困らせずに、想いを遂げる方法はないものか。
そう悩む二人へのヒントになったのは、他でもないクリスの言葉だった。
「雨彦と想楽と、こうして三人で過ごす時間が増えたことが嬉しいです。叶うことなら、ずっとこのままだったらいいのにと思ってしまいます」
仕事終わりに三人で食事を共にした別れ際、クリスはそう言ってはにかむような笑顔を見せた。
クリスがそう望むのであれば、叶えてやりたいと考えてしまうのは、クリスを想う身としては自然なことだ。だがそれには、三人が三人のままでなければならない。
そこで想楽は、ふと一つの答えに思い至る。
「雨彦さん、いいこと思いついたんだけどー。共倒れの反対を狙うのってアリだと思うー?」
「……ああ、いいんじゃないか?」
想楽の結論を予想していたのか、既に同じ答えにたどり着いていたのか。想楽に問われた雨彦は、悩む素振りも見せず頷いて笑った。