思いつきませんでした 食卓に並べられた豪華で手の凝った食事達。依頼が終わりお腹が空いていた私とパイモンは、それがまるで天国のようにも見えた。
「「いただきます!」」
「はあ……急がなくても、食事は逃げないからね」
この料理は私の大切な仲間である放浪者が作ってくれた。同じく依頼を手伝っていた彼は、帰っても作る気力がない、と嘆く私のために代わりに作ってくれた。なんと優しいのだろう。
「美味しい〜……」
「オイラ、この味付け好きだぞ!」
味付けの多くは、稲妻風だ。彼らしいといえば彼らしい。パイモンも頬が垂れてしまいそうなほど幸福そうな顔をしているし、私も実際幸せだ。
だって、好きな人の料理が食べれるのだから。
(もっと好きになっちゃうな……)
私は彼が好きだ。以前は敵対していた関係ではあるけれど彼の強さと美しさ、そして心の底にある優しさに惚れたのだ。
でも、私はこの友達以上家族未満のような関係性に満足している。彼と恋人同士になるようなことは考えていないし、想いを伝えることもない。彼だって、私のような人に好かれても嬉しくないだろう。
「放浪者の作るごはんって、本当に美味しいよね。ずっと食べてたいくらい……」
「……そう」
ありのままのことを言ったのだけれど、放浪者はまたキッチンの方に行ってしまった。言葉が悪かったのだろうか。少し悲しい。次からは言わないようにしよう。
「あ、明日は放浪者は留守番お願いね」
キッチンの方に声を上げるが、返答はない。聞こえてることを信じて、ひとまず彼のことを忘れようと思った。パイモンとの他愛無い会話で、彼への想いを押し込める。ずっと考えていると、気持ちが溢れてしまうから。
その日はそのまま、パイモンと眠りについた。
===
最近、よくクラクサナリデビが雑誌を買ってくる。人の秘密を暴いたり、どんな事件があっただとか書かれていたり、そのジャンルは決まっていない。なんでも、人間の習慣の勉強になるんだとか。
そうして読み終わった本を僕に渡してくる。「貴方も読むといいわ」なんて宣って、本当は処分が面倒臭くて押し付けているだけだろうに。それでもそのまま捨てるのはもったいなく感じたので取り敢えず目を通した。
そこで、なんとなく気になる記事を見つけた。
〈好きな人にアプローチ大作戦♡ 得意な料理で、好きな人の心を鷲掴み!〉
キャッチーなポップで描かれたそれに、誰でも作れるであろう料理のレシピ。あとはほとんど役に立たないようなアドバイス。
そんな俗に塗れた本、読む気は無かった。そもそも、そうやって弱みにも似た部分を握って好かれようとするなど本来の恋愛ではないと思った。いや……心も無く恋の感情も知らない自分が言えたことではないが。
しかし、この前旅人の少女が言っていた言葉を思い出す。
『放浪者の作るごはんって、本当に美味しいよね。ずっと食べてたいくらい……』
その言葉を思い出すと、今でも胸がむずむずする。歯痒いような、嬉しいような。彼女が今この場にいなくて良かった。居たら、とてもだらしない顔をしていることがバレていた。
(もし料理を作って待っていたら……)
ありがとう、と太陽の如く眩しい笑顔で微笑んでくれるかもしれない。これからもお願いね、と食事を任せてくれるかもしれない。多くの依頼であまり帰ってこない彼女が、少しはそばに居てくれるかもしれない。料理要員として、旅に連れてってくれるかもしれない。
きっと今日だって、腹を空かせて帰ってくる。そうと決まればすぐに取り掛かろう。
少しでも、僕がここにいる価値が無くては。愛されて、必要とされなければ。
―――また、捨てられないように。
===
「ただいま〜」
ふわふわとした、明るく高い声が部屋に響く。その声で、混ぜていたお玉の手を止め鍋に蓋をする。
「おかえり」
「ん? なんかいい匂いするね!」
キッチンに顔を覗く蛍に、挨拶を返す。
ああ、そうだった。彼女は感覚が鋭い。料理の匂いだけではなく、冒険時もすぐに匂いに気づく。
「わ……料理作ってたんだ」
「言っておくけど、君の分なんてないよ。……まあでもどうしてもって言うなら……」
どうしても、と言わなくても元から彼女の分とちっこい生き物の分も作っている。でも、少しだけ意地悪をしたくなったのだ。お腹を空かせた彼女が、僕に「お願い」と言ってくれないか、と。
「あー、大丈夫! お外で食べてきたから!」
―――一瞬、世界が止まったかのような気がした。空間を満たす音が全て“無”に変化した。
(この前……食べたいって言ってたじゃないか……っ!)
実際は彼女は言っていない。しかし平常心を失った僕は、正常な判断ができなかった。彼女が僕の料理を食べたいと。楽しみにしていたから作ったのだと。心の中で言い聞かせていた。
「そもそも私の分作ってくれてるなんて思わないし、ねえパイモン?」
「ええ……オイラに聞かれても……でもまあ、確かにコイツは作ってくれなさそうな性格だしな……」
どうして、そんなことを言うんだ。
僕が、素直になれない性格だって分かっているだろう?
頭がぐらぐらする。今になって、自分の性格を恨む。こんな正直じゃない、捻くれた性格だから彼女は僕を頼ってくれない。必要としない。
それが、どんなに恐ろしいことか。
「……い」
「え?」
純粋な疑問の声が、胸に刺さるようで痛い。無いはずの心が、ズキズキと痛む。
「……僕はっ……食事をする必要無いのに……わざわざ作って食べるって言う意味、分からないの?」
気づいて欲しかった。君と一緒に食べるためだ、と。そうやって他愛無い話をして、君と一緒に居たいのだと。
「え? ……娯楽?」
「―――、」
ああ、もう、諦めた方がいいのかもしれない。そうだ、やめよう。震える身体を抑えながら、与えられた部屋に踵を返す。
「……食べる気が無くなった。君にあげるよ……」
「え、え……? 大丈夫? 体調悪いのなら……」
彼女の手が僕の肩に触れる。僕は彼女に触れることだって、恐れ多くて出来ないのに。彼女はこうして、構わず自分の領域に侵入してくる。なんて、酷い話なんだ。
「……別に」
彼女の手を払い、駆け足で部屋に駆け込んだ。浅い息が続く。深呼吸を試みるが、上手くできない。
「……蛍」
彼女の名前を呼ぶ。そうすると、少しだけ気持ちが軽くなるような気がした。
愛して欲しい、と言う身勝手で自分勝手な感情。でも彼女のことを考えただけで、その気持ちが膨れ上がり、期待が増す。
―――ああ、神様。
どうか彼女が、僕が抱くこの気持ちに気付きませんように。