深夜ドラマのその後の話これまでも、恋愛ドラマには何度も出演してきた。
共演した女優との仲を邪推され、囃し立てられ、ありもしない関係で騒がれるくらいなら、慕情が相手なのはむしろ無難なのかも知れない。
熱愛報道など、されようが無いのだから。
しかも、深夜枠。人気バラエティの裏番組。放送回数ほんの数回の、短期ドラマ。
今後の仕事にそう影響も無いだろう。
と、思っていた過去の自分の考えの甘さを、風信は呪いたくなった。
「見ろ!これを!」
楽屋に入った途端、ズイ、と目の前にスマホ画面を突き付けられた。
その向こうには、憤慨し過ぎて真っ赤になった慕情の顔がある。
怒り過ぎて潤んだ目で、風信を前世の仇敵だと言わんばかりに睨んでいた。
風信は目を眇めてスマホ画面を見る。
「………………………」
それは有名なSNSのトレンド欄で、【熱愛報道】とか【新番組】とかいったありきたりで無秩序な単語に紛れ、風信と慕情の名前が並んでいた。
風信は思わず薄目になる。
心底見たく無いと言う風信の気持ちなど無視し、慕情はその詳細を表示した。
何となく予想していたが、ゴシップ誌のでたらめな記事の方がまだマシ、と言うコメントが並んでいた。
風信は深く深く眉間に皺を寄せ、重い口を開いた。
「…………………………何で俺がオフの度にお前とドライブに行って、仕事終わりは必ず俺のマンションで宅飲みし、クランクアップする時には肩を組んで讃え合わないといけないんだ?」
しかもそんなのはまだマシで、理解する事を拒否するようなあらゆる仲を邪推するファン達のコメントが吹き荒れていた。
しかも、【子役時代からの絆。人気俳優のプライベートはドラマよりも親密!?】なんて見出しのネット記事まで出回っている。
「知るか!!」
慕情が吐き捨てた。全て風信のせいだと言わんばかりに睨んでくる。
風信と慕情の恋愛ドラマと言ういかれた番組が最終回を迎えて、一か月が過ぎた。
長い一か月だった。
深夜枠だと言うのに視聴率は異例の数値を叩き出し、放送終了から日を置かずに告知されたBlu-rayの特装版はあっという間に予約可能数の上限に達した。
そして風信と慕情セットでの仕事が爆増した。特に雑誌のピンナップとかポスターとか、そう言うのが。
どんな構図かと言われたら、意味不明としか言いようが無い。
「花城に奪われた仕事と話題性を取り戻すチャンスですよ」
そう言って、有能なマネージャーである霊文は“その手”の仕事をむしろ歓迎していた。
風信も慕情も『あのクソ生意気なガキいつか一発ぶん殴る』とは思っている。
が、今や世界が注目し、一挙一動に数億が動くと言っても過言では無い花城に俳優として対抗しようとは、別に思っていなかった。
むしろ、花城の仕事は増えれば増えるほど良い。
ボロアパートで謝憐に甘え散らかす暇も無くなり、悔しがる顔が見たい。
ともあれ、風信は薄々予想していた事ではある。
慕情の無駄な色気は新たな仕事を呼び込むだろうと、慕情の色気を間近で浴びてしまった身として確信していた。
まさか、ここまで影響がデカいとは思わなかったが。
「このままじゃ、いかがわしい仕事しか来なくなる!」
「あー…………………そうだな」
(お前はそうだろうな)
残酷な事実は内心に秘め、風信は憐れむように慕情を見返した。
風信としては、慕情とのセット売りが増えた事以外に仕事面での大きな変化は無い。
世間では随分と好き勝手言われているようだが、それを気にしていては俳優などやってられない。
風信の淡白な反応が気に障ったのか、慕情の目が更に釣り上がった。
「これもあれもそれも全部お前のせいだろうが!!」
「いっ…………………っっっ!!?」
はぁぁぁぁぁ…………
世間的には十分美女だともてはやされる美貌の持ち主は、周りの目も気にせずクソデカ溜息を漏らした。
目元の隈は更に黒くなっており、開いた目は冷ややかを通り越して冷気のようである。
「風信、貴方はこの後単独でも撮影があるんですが?上は全部脱いで貰うと伝えませんでしたか?」
「コイツがいきなり蹴り飛ばして来たんだ!!」
立派な痣が刻まれた脇腹をさすって反論しながら、ふと風信は思った。
いや、俺、元から露出のある撮影が多過ぎないか??
気付いてはいけない事実に気付いてしまいそうな風信の隣で、慕情は不貞腐れたように吐き捨てた。
「は、コイツの撮影の予定なんか知りませんよ」
霊文は慕情に冷たい目を向ける。
「私は、風信の脱ぐ予定を慕情に逐一知らせなければならないんですか?」
冗談じゃ無いとばかりに慕情は青褪め、呻いた。
「心底知りたく無いです」
冗談じゃ無いのは風信の方である。
思わず顔を歪め、ふと、衣装とメイク担当のスタッフ達が何やら興奮したような目でこちらを見ているのに気が付いた。
「………………すみませんが、この痣隠せますか?」
風信が脇腹を撫でながら声をかけると、メイク担当のスタッフが慌てて頷いた。
「も、もちろんです!任せて下さい!!」
「頼みます」
態度に違和感を覚えながらも、風信は目の前の仕事に集中する事にした。
そう、次の仕事は、慕情と共に…………………
「風信さん、慕情さん、今日はよろしくお願いします!今話題のお二人の独占インタビューを組めるなんて鼻高々ですよ」
やたらとテンションの高いインタビュアーを前に、風信と慕情は引き攣りそうな作り笑いを浮かべていた。
雑誌の撮影で散々密着させられて、既に全ての気力を失った気がする。
その雑誌の特集の一環であるインタビューも、嫌な予感しかしない。
どう話題なのかはも知りたくは無い。
知りたくも無いのに、インタビュアーやけに力のこもった言葉で風信と慕情に話しかけてくる。
「ドラマですが、先日ついに最終回を迎えましたね。私もリアルタイムで見てしまいました」
「はぁ」
「ありがとうございます」
「今日は、そんなお二人から色々とお話を聞きたいと思います!」
嫌な予感を感じているのは慕情も同じらしく、慕情が風信を横目で睨んだ。
(俺が答えるから、お前は余計な事を言うなよ)
(わかった)
風信は小さく頷く。
目で会話が出来てしまっている事に異常さを感じなくも無いが、もう考えない事にしておく。キリが無い。
積極性に答えなくて良いなら、風信としても願ったり叶ったりである。
いくらかの雑談の後、インタビュアーは早速質問を投げて来た。
「世間ではドラマの反響が大きいですが、お二人はドラマ撮影を通じて何か変化はありましたか?」
何が変化だ。どんな“変化”を期待してるって言うんだ。
内心吐き捨てる風信の隣で、慕情がふっと笑った。
………まさか自分のイロモノな仕事が増えたとか言わないよな?
若干不安を覚えた風信など視界にも入れず、慕情は意外にも穏やかに口を開く。
「あんな事をして悪いと思ってるんでしょうね。コイツ、最近やけに優しいです」
「……………それはどのように?」
インタビュアーの答えに間があった。絶対に“あんな事”の詳細を問おうとして堪えていた。雑誌のインタビューで、あまり生々しい内容を答えさせるわけにはいかないからだ。
慕情は鼻を鳴らした。
「缶コーヒーを俺の分も買ってきたり、やたらと『大丈夫か?』とか言ってきたり、脱ぐ仕事は俺がするとか言い出したり」
「……………………」
インタビュアーの視線が恐る恐るこちらを向いた。『これ、掘り下げて良いですか?』と言っていた。
もちろん風信は首を振った。
やましい事は無いが、掘り下げたくも無いからだ。
風信とのベッドシーンが全国に放送されたのだ。いくら慕情と言えど、多少のダメージは負っている筈だとらしくない気遣いを見せたのが悪かった。
「あー、そうなんですね。風信さんは私生活でもその、男らしくて頼りになりますね」
とても苦しい気がしたが、インタビュアーが何とか話題の路線から急ハンドルを切った。
しかし、慕情は少しムッとした顔をした。風信がいわれのない賛辞を受けると…………特にスパダリだとか優しいとか、そんな誤解が生じると…………慕情は反射的に否定したくなるのだ。
「オトコらしい?頼りになる?そんな事は無いですよ。むしろ手が掛かって仕方ありません。大体、体はそりゃ分厚くて硬くてムキムキですけど」
ん?と風信とインタビュアーが首を傾げた事に気付かず、慕情は調子づいて続ける。
「中身は奥手だし、大体コイツ、この成りで唇はぷるっぷるなんですよ!」
あ、これ放送事故だ。いや、放送はされて無いんだが。風信は青褪めた。
慕情のどたまに手刀を落とすべきく迷ったが、後の祭りであるのは明白だった。
インタビュアーは数秒呆けていた。
ぷるっぷる、と呆然と呟き、風信の唇を見た。
慕情としては、風信の唇が案外可愛らしいと蔑みたいのだろうが、なんて言うか……………キスの感想を暴露したような不穏な空気が流れている。
ゴホン、と風信は咳払いした。
「あはは、そう、コイツ、俺の顔に似合わず唇はお子様だって馬鹿にするんですよ」
風信としては、事実をありのまま正確に訂正したつもりだったが、インタビュアーはまだ呆けている。
「唇は…………初心………………ハッ、コホン。そ、そうですか」
大丈夫だろうか。風信は唐突に不安が押し寄せてきた。
「そうですよ。大体、コイツは相変わらず乱暴で喧嘩ばかりしています。さっきだってこれから撮影だって言うのに痕をつけられて………」
慕情といかに親密では無いかを説明し、ふと、風信はインタビュアーと慕情がとんでもない目でこちらを見ている事に気付いた。
「痕………………?」
「そうです。マネージャーに『次は見える場所に付けるな』と怒られたばかりで…………」
言いながら、風信は自身の発言に違和感を覚えた。
違和感と言うか、間違った事は言っていないのだが、何かを決定的に間違っている気がする。
「お、お前は…………」
慕情がわなわなと震えていた。
「だからお前は余計な事を言うなって言っただろう!!?」
マネージャー監修の元、インタビュー記事の載った雑誌は体裁を整えられて発行されたと後から聞いた。
見本誌は届いたが、風信と慕情にはそれを確認する度胸と気力は起きなかった。
その雑誌の発行部数が、同時期に発売された花城の載った雑誌に次いで異例の数字を叩き出したと後に聞いた。
「今年のベストカップル賞も、十分狙えます」
有能で無慈悲なマネージャーの評価に、風信と慕情は心の底から叫んだ。
「「狙ってたまるか!!?」」