《おべんとう》梅太郎×セイ 先輩はとても優しい。でもその優しさが、僕だけに向けばいいのにってずっとずっと思ってる。
「梅せーんぱい!」
「おう、セイくんかぁ。どうしたの?」
「お昼一緒に食べようと思って!」
僕の手にはランチクロスに包まれたのお弁当箱がふたつ。青いチェックの包みは僕ので、少し大きな赤い椿の包みは先輩のお弁当だ。
「今日も作ってきてくれたの?」
「先輩、いっぱい食べるかなって」
「ありがとう! せっかくだしもらおうかな。じゃあ、いつも通り屋上に行こうか」
ほら、先輩はやさしい。分かってて僕は先輩のお弁当を持ってきた。先輩は絶対に拒まない。僕はそんな先輩の斜め後ろをゆっくりとついて階段を登っていく。
「実はお弁当持ってきてたんだけど、ちょっと足りないかもなって思ってたからちょうどよかった」
「ふふ、お役に立ててよかったです」
「今日のはセイくんが作ったの?」
「えぇ、たまごやきときんぴらを。あと昨日の僕の晩御飯ですけど、唐揚げも入れておきました」
「へぇ!」
そんな話をしていると、屋上へ続く最後の段差を上り切った。先輩が屋上の敷居を跨ぐ。普段静かな屋上も、お昼休みにはそこそこの人が散らばっている。
「どこに座ろっか」
「あそこちょっとスペースが空いてますよ」
「じゃあそこで」
「あ」
梅先輩が立ち止まる。その視線の先には、座り込む男子生徒のグループがあった。その中の一人が立ち上がり、こちらに手を振りながら近づいてきた。
「お、鰐淵じゃん。そっちは……」
「セイくん。一年生」
「へぇ、一年生かぁ」
「どうも!」
──品定めするような先輩の目は嫌いだ。そんな気持ちを抑えて笑顔を繕う。何も考えてない、無害な存在をアピールする。
「ふぅん。鰐淵と仲良いんだ?」
「えぇ、まぁ……」
「あー! てか鰐淵、弁当二つ持ってんの? 一個くれよ〜」
「えぇ?」
「俺、今日弁当も財布も忘れてさぁ」
「それは俺に関係なくないか?」
「な、頼むよ!」
センパイの手が梅先輩の持つ僕からのお弁当に、手をかけた。それが目に入った瞬間、僕はセンパイの手を掴んでいた。
「だ、だめ!」
「っ! セイくん……?」
驚いた梅先輩が、キョトンとした表情でこちらを見ている。僕が手を掴んだセンパイも同様に驚いている。
「ぁ……あ、あの! 梅先輩、は……いっぱい食べるので……今食べとかないと、授業中にお腹の音が大変なことになってしまうかも……!」
必死で言葉を探す。
「ええと、なので、そんな可哀想なセンパイには、僕のお弁当をあげます! 食べ終わった容器は梅先輩に渡しておいてください!」
「……え、えぇ〜! マジ? ありがとう〜! あれ、でも君はどうするの?」
「僕はお財布があるので購買に行ってきます! 後輩の善意は受け入れておくものですよ。センパイ」
「うぅ、ありがとう……」
「いいえ! では、僕は購買に行って、時間も無くなりそうなのでそのまま教室に行きますね」
「セイくん」
「すみません、梅先輩。こちらからお昼に誘ったのに。またお誘いします!」
先輩とお昼を食べられなくて残念だなという気持ちと、先輩にあげたお弁当をとられなくてよかったという安堵が混じり合って、僕は真顔で購買に向かった。
「先輩の食べてる顔みたかったな」
ご飯を食べている時の先輩の嬉しそうな顔……僕はそれを見るのがとても好きだ。しかも今日は僕の作ったお弁当で、見られるはずだったんだ。
「……! ……い、ん!」
「はぁ……はっきり断ればよかった……」
「セイ……!」
──ダンッ
階段の踊り場手前で、目の前に大きな塊が降ってきた。僕は驚いて足を止める。
「っ!?」
「セイくん! よかった、間に合って」
「う、梅先輩……?」
目の前に居たのは、見慣れた背が高くて赤い髪の僕の大好きなひと。上から降ってくるなんて、意味がわからない。
「いやぁ、けっこう足に響くね!」
「せ、先輩! まさか上の階から飛び降りたんですか……!?」
周りの生徒がざわついている。そりゃあそうだ、急に階段の手すりから人が降ってきたんだから。
「怪我したらどうするんですか! 試合もあるのに……」
「いや、でもセイくんがご飯食べられなかったらって思って」
「僕は……購買に……」
先輩が僕を気にかけてくれただけで泣きそうだ。先輩の顔が歪んで前が見られない。
「でも俺の弁当守ってくれたろ?」
「それは、先輩の了承なしに持っていこうとしたから、流石に……と思って」
「ありがとう」
「っ」
「ちゃんと言えてよかった。邪魔してごめんな、購買……行こうか」
「はい……!」
あぁ、やっぱり先輩は優しい。そんな先輩が僕は大好きなんだ……。僕は大好きな先輩の優しいを否定しようとしていた。
先輩の友達は悪くない。僕の気持ちも何も知らなかったんだ。それでも先輩の友達を敵だと思ってあんなことをしてしまった。このままではいつか先輩に嫌われてしまう。
……僕にとって、こんな自分が一番の敵なんだ。