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    @vermmon 成人済/最近シェパセ沼にはまった。助けて。

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    ジュナーのオペレコ2を見た瞬間「シェパセで書くしかねぇ」と思った。第三者に観測される推しカプっていいですよね

    #シェパセ

    Lascia ch'io pianga(私を泣かせてください) ロドス本艦 バー「ワン・モア・グラス」

     ある日の消灯時間間際、バーテンダーのダリオはカウンターで黙々とグラスを磨いていた。「ワン・モア・グラス」はバーらしく明け方まで営業してはいるのだが、今日は客の入りが悪い。アルコール提供時間になっても二、三人の常連が顔を出しただけで、彼らも軽く飲んだ後すぐに帰ってしまった。客足が途絶えて、すでに三十分が過ぎている。
     まあ、所詮は客商売。こんな日もあるさ。今日は早めに店を閉めて、新しいカクテルを考案するのもいいかもしれない。そう思いかけた時、入店チャイムが鳴った。本音を言えばドアベルをつけたいのだが、ロドスの扉は基本的にスライド式の自動ドアだ。雰囲気だけでもそうなるように、音だけでもドアベルのものに設定してある。
    「いらっしゃいませ」
     客の一人は見慣れた顔だった。若い赤毛のヴィーヴルだ。彼はいつものように角がぶつからないよう頭を下げて入り口をくぐり抜け、指を二本立てた。二人、という意味だ。
     珍しい。彼はたまにふらっと一人でやってきて、カウンターの隅で一杯だけ飲んで帰る客だった。常連の数人とは顔見知りのようだが、店では目礼を交わす程度で誰とも話さないので、どういう人物かはわからない。ダリオとしては、変な、もといエッジの効いたファッションセンスの青年、という認識程度で名前も知らなかった。
     ヴィーヴルの連れは、リーベリだった。なぜリーベリはこうも美形が多いんだろうか。別に美形じゃないリーベリの知り合いもいるが、際立って容姿に優れた者が多い気がする。
     さらさらしたストロベリーブロンドを腰下まで伸ばしているので、連れのヴィーヴルと同じくらいの長身でなければ女性と見間違えていたかもしれない。肩幅もそれなりにあるし、よく見れば確かに男性だとわかるのだが。彼の纏う雰囲気が妙に妖しげというか、色気があるせいだろう。こめかみから上向きに伸びた藍色の羽も艶やかで、美しい髪飾りか王冠のようだ。
     リーベリがさっさとダリオの前に座ったので、ヴィーヴルはその隣に腰かけた。彼はカウンターの隅を定位置にしているので、若干居心地が悪そうだった。いつもと違う景色を半目で見回すヴィーヴルを余所に、リーベリが白い手袋に包まれた指でメニューを開く。
    「ご注文は?」
     ダリオが声をかけると、彼は最初から興味はなかったという仕草ですぐにメニューを閉じ、隣の青年に視線を向けた。
    「君はいつも何を飲んでいるのですか?」
     低く掠れた声で問われたヴィーヴルは、驚いた顔で振り返った。
    「え? アブサンウォーターだけど……」
    「では、私にはそれを」
    「大丈夫か? 結構くせのある酒だけど」
    「まあ、試してみるだけです。ダメなら君が飲んでくれればいいわけですし。ここは奢ると言ったでしょう? 好きにさせてください」
     今のやり取りで、ダリオは二人の関係をおおむね理解していた。自分が口をつけた酒の残りを疑問なく相手に飲ませることができる程度の仲。
     このヴィーヴル、そういう相手がいたのか。バーテンの矜持として内心を顔には出さないし、個人情報を他に漏らすつもりはさらさらないが、ダリオは内心かなり驚いていた。
    「そちらは? 同じものにしますか?」
    「えっと――」
    「彼には『リーベリの涙』をお願いします」
     リーベリはヴィーヴルの言葉を遮り、勝手に注文した。
    「……かしこまりました」
     ダリオは少し動揺したが、バーテンの意地で抑え込む。
    「リーベリの涙」はマスカットジュースのことだ。相手がいつもくせの強い酒を飲んでいると知ったばかりなのに、奢るのはただのジュース? どういうことだろう?
     淡々とグラスを用意しながら視界の端で様子を伺うと、ヴィーヴルも妙な顔をしていた。
    「おい、それは酒じゃ──」
     青年も文句を言おうとしたようだが、途中で何かに気づいたかのように口を噤んだ。彼は顔を赤らめて、物凄く楽しそうな笑みと共に、色っぽい流し目をくれているリーベリを見つめている。
     え、そういう意味なのか? いや、このカクテルに色っぽい意味はないはずなんだが? それとも、ペッローの俺が知らないだけで、リーベリの間では夜のお誘いの合図に使われてるのか? 気になる。もの凄く気になるが、いったい誰に聞いたらいいんだ? 誰にどう聞いたらセクハラにならずに済む? バーテンなのにそんな事も知らないのかって言われたらちょっと恥ずかし──いや、俺はリーベリじゃないしな。でも確かにリーベリから「リーベリの涙」を奢られるのは意味深に過ぎる。「私の涙を飲んで=泣くまでベッドで可愛がって欲しい」ってか。うわー、俺も奢られてみたい。
     脳内を埋め尽くした思考はともかく、ダリオの手は滑らかにドリンクの用意を整えていた。まず、ワイングラスにマスカットジュースを注ぎ、ヴィーヴルの前に置く。
    「『リーベリの涙』です」
     次に、小ぶりなグラスに穴の開いた専用スプーンを橋を渡すように置き、その上に角砂糖を置いて、アブサンを垂らした。
     ヴィーヴルは一見、白ワインに見えるジュースを飲みながら言う。
    「どういう風の吹き回しだよ。お前、甘いの嫌いだろ」
    「君好みの酒を飲んでみたくて」
    「…………」
     ダリオは無言でマッチを擦った。火を近づけると、度数の高いアルコールが染みた角砂糖が青い炎をあげ、ぽたぽたと溶け落ちていく。
     フフンと笑うリーベリ。
    「いかにも君が好きそうな飲み方ですね」
    「どういう意味だよ」
    「そのままの意味ですよ。ああ……良い香りだ」
     火が消えたのを確認した後、スプーンで酒と溶けた砂糖をかき混ぜる。後は水を注げば完成だ。
    「どうぞ。アブサンウォーターです」
     リーベリはグラスを手に取ると、水に反応して白濁色になった酒をじっくり眺め、匂いを嗅いで少量口に含んだ。
    「ふぅん」
    「どうだ? 飲めそうか?」
    「ええ」
     もうひと口。
    「確かに、少し変わった風味がありますが……それがくせになりそうです」
     彼はセクシーな掠れ声で呟いて、艶めかしい仕草で唇を舐めた。
     わぉ、さっきのもそうだけど、ちょっとあからさま過ぎないか?
     下品になるギリギリ手前で済んでいるのは、このリーベリがとんでもなく美形だからだ。顔色こそ変えなかったが、今のは同性でもドキドキさせられるほど煽情的だった。ここはそういうお店じゃないんですよ、と言いたくなる。
     ちらりと視線を向けると、ヴィーヴルは顔を赤くして完全に固まっていた。弄ばれているのが一目瞭然で、可哀想でもあり、熱烈なお誘いを受ける様は羨ましくもある。彼は今後、この酒を平気な顔で飲めるだろうか? 一応、常連とまではいかなくとも馴染みの客ではあるので、今日の件を気にして来なくなってしまったら寂しい。
     リーベリは青年の羞恥心を肴にグラスを傾けていた。美しくも邪悪なその笑みは、『毒婦』という形容が相応しい。だが、相手を見つめるまなざしは愛しげで、ほんのり染まった目元だけ見れば恋する乙女のようだった。ダリオはやんわり注意するつもりで開きかけた口を噤む。所詮自分はただのバーテンだ。恋人同士の関係に口を出す立場ではない。他のお客もいないから、ダリオ以外に迷惑もかけてない。
     今日の他の客たちと同じように、二人は一杯だけ飲んですぐに帰った。勘定を済ませた彼らが背を向けると、ヴィーヴルの長い尻尾がリーベリの腿の辺りを抱くように触れるのが見えた。リーベリはそれに応えるように、相手の指に自分の指先をそっと絡める。
    「またのお越しを」
     ヴィーヴルが軽く手を上げ、電子音で再現されたドアベルが鳴って扉が閉まる。二人の低い囁き声が遠ざかるのを聞きながら、ダリオはカウンターからグラスを回収した。
     今日は退屈な一日になると思っていたが、常連客の知らない一面が見れて少し面白かった。断片的な会話から推測したところ、彼らはデートでバーに来たというより、デートの締めくくりにダメ押しでベッドへお誘いするためにバーに寄ったらしい。
     あのリーベリは、今回のネタを披露する機会を、虎視眈々と狙っていたのかもしれない。彼の目論見通り、威力は十分だった。願わくば、ダリオを効果範囲に巻き込まないで欲しかったのだが。
     店内は再び無言となり、音量を絞ったBGMとグラスを洗う音だけが響く。
     ダリオは次の客を待ちながら、誰にどう聞いたら「リーベリの涙」の秘密について角が立たずに聞きだせるだろうと考えていた。

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