オーカイのホラー 気付いたら、隣を歩いていたはずの男が居なかった。またか、と歩みを止めて振り返り、再び「またか」と溜息を落とす。忌々しげに名前を呼んでも、男─カインは反応をしない。
僕では無く、目の前のソレに意識を集中させているから。
「どうしたんだ? 迷子か?」
180近くあるでかい体を折り畳んで、カインは小さなソレに目線を合わせて話しかけている。ソレは肩下まである黒い髪を左右の耳の下で結んでいて、白い長袖シャツに黒い膝丈のスカートを身に付けている。この、真夏に。まだてっぺんにも達していないと言うのに、太陽の光はじりじりと肌を焼いている。
このおかしさに、あの馬鹿は全くもって気付いていない。
僕だって学ランを着ているけれど、それは、また話が違うから、ここでは棚に上げて置くことにする。
「ママ、いないの…」
「あー、やっぱり迷子か。学校遅刻しちまうけど、放っておくわけにもいかないしな。大丈夫だ、俺が一緒にママを探すの手伝うよ」
通り過ぎた道を引き換えせば、そんな会話が聞こえた。ソレの小さな頬に流れる涙を指の背で拭って、自己紹介を始めたその背に向かって、僕は大きく足を振り上げる。
「あんた、名前は? 俺はカイ、っぉあ!?」
「おまえ、どこに目付けてるの」
「あいたたた…急に何するんだよ、おまえ。背後からは狡いだろ」
べしゃり。間抜けな音を立ててカインは地面に伸びた。蹴られた背中、腰の辺りを擦りながらゆっくりと身を起こし、カインは文句を言うが、寧ろこいつは僕に感謝すべきだと思う。
文句を垂れるカインを無視して、その傍に未だ居座り続けているソレの頭を鷲掴む。
「これ、僕のなんだけど」
「あ、おい! 馬鹿っ、なにしてるんだ!?」
「おまえになんかあげない。消えろ」
ソレの頭を掴んだ右手に力を加え続ける僕に、カインが焦ったように跳ね起きて、僕の腕を掴む。けれど、ここで辞める気なんて毛頭ない。
僕のものに手を出そうとしたんだ。許すものか。
パン!
風船が割れるような音が、夏の太陽が照らし続けている道路に響いた。
掴んでいたソレは、キ、だか、イ、だかわからないが、そんな意味のわからない小さな悲鳴を上げて弾けて、消えた。
「…っ!? 幽霊、だったのか…」
びくりと肩を跳ねさせたカインは、ソレが消えて漸く気付いたらしい。2色の瞳を丸くして、ソレがいた僕の右手の下を凝視している。
「あれのどこをどう見たら人間に見えるわけ」
「あー…悪い」
悪いと思うなら、無闇矢鱈に何にでも話しかけるのをやめろ。一体これで何回目だ。
いえば指折り数えそうな馬鹿正直な男は、見える癖に、人と霊の区別もつかない。その癖お人好しのお節介で、すぐ話しかける。おまけにその優しさ故に霊に好かれやすく、憑かれやすい霊媒体質。ほんと、頭が痛くなる。
僕が居なかったら、その左目が無かったら、一体何回死んでいることか。
「行くよ、カイン」
「ああ。ありがとな、オーエン」
わざわざ朝からこの僕が登校してやっているのだから、帰りにアイスでも奢らせてやろう。