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    oio_oi3

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    ⚠️なんでも許せる方向け
    ☑︎平和世界線
    ☑︎先天性女体化夫婦曦澄♀
    ☑︎捏造子有

    かけてるとこまでですがすみません💦

    #曦澄
    #先天性女体化
    congenitalFeminization
    #先天性女体化曦澄
    #江澄
    lakeshore
    #女体化
    feminization

    I was born (導入)ぼくのいちばんはじめのきおくは、きれいなねむりひめだ
    ゆえんぐーぐがよんでくれたとつくにのおはなし
    とげにゆびをさされてねむってしまったおひめさま
    おうじさまのくちづけでめをさます
    どうしておひめさまはめをさましたの?ときいたら

    はじめに うぇいのおじうえはおうじさまがおひめさまに『しんじつのあい』があったからだといって、いつものいたずらをするときのようなかおでわらった

    そして らんのおじうえはびっくりするほどやさしいかおでうぇいのおじうえをみながらくびをたてにふった

    それから りんぐーぐはにがいものをたべたときみたいなかおをしてた

    さいごに ゆえんぐーぐはどうしてだとおもう?といつもとかわらないやさしいかおとこえでぼくにきいた

    しんじつの、あい?


    ぼくにはわからない


    しんじつのあいがあるからわるいまほうがとけるの?
    しんじつのあいがなかったらおひめさまはずうっとねむったままなのかしら


    ***




    「この子は貴方がどんなに嫌って憎い私の子でも、貴方の子なのだから江家宗主になるのですよ!」
     藍曦臣が息子の肩に手を添え妻の方に押し出し声を荒げると江晩吟は秀麗な顔立ちを歪め負けず劣らずの威勢で捲し立てる。
    「そんなこと、自分で産んだんだからわかってる!大声を出せば私が殊勝になると思ったか?いかな沢蕪君といえども妻に口答えされるのはご不快のようだ。残念だったな。生意気な女で。いや、そんなのが好みなら離婚してやる。可愛げのある女と再婚すればいい!」
     投げつけられた言葉に藍曦臣は顔を青褪めさせたがそれは怒りが極限に達して頭に血が上ったからだった。
    「阿澄……!」
    「そう呼ぶのを許した覚えはない」
     にべもなく断じたその声は夫を完全に拒絶している。
    「では話をしましょう。阿攸……、藍澪標。」
     藍曦臣は息子を愛称で呼んだ後に名を改めて呼んだ。何かを教える時や諭す時、導く時は我が子といえども名前で呼ぶのだった。
    「父と母は大事な話があるから寒室に行く。来ないように」
     静かに告げられたそれに藍澪標は不満だった。常は父の元雲深不知処で育てられ月に一度、母との面会を楽しみにしていたのに父は母と二人だけで話をするという。12という歳の割には聡明なのでその話がいいものではないということもわかった。  
     ただ従えばその先の結果を受け入れるようで、嫌で黙り込んでしまう。
    「父の言ったことが理解出来ないのか」
     母の声に顔を見上げると険しい顔をしている。
    「いいえ。では私は蔵書閣で書を写しております」
     告げると美しく整えられた柳眉が顰められる。
    「大人しいものだな」
     それが褒められているわけではないことを馬鹿ではないので理解出来た。
     雲夢江氏次期宗主には相応しくない。元気に外で走り回ることを母が望んでいたのにやっと気付いたがもう遅い。
     自分が何かする度に母を落胆させる。いつもそうだ。
    「叔父上の講義が終わった頃だろう。思追達に遊んで貰いなさい」
     藍澪標が涙を堪えているといつものように父が助け舟を出してくれる。
    「金凌達の勉強の邪魔をするなよ」
     母は溺愛する叔父の金凌が自分と接するのを好まない。扱いが違うのを自覚しているのだろう。もう16になる彼を未だに抱きしめてやったりするしなにかれとなく世話を焼く。見詰める目は慈愛に満ちているし江澄がどれだけ金凌を愛しているかはわかる。それに比べて……。
    「金公子は阿攸をとても可愛がっているから勉学の息抜きになるだろうね」
     父が場違いに穏やかな声で言う。
     たしかに金凌は複雑な感情があるとはいえ従兄弟が好きだった。
     初孫として金江両家で可愛がられ甘やかされわがままお嬢様として美名を馳せていた。しかし藍攸が生まれるとよく面倒を見た。背におぶい匙を口に運びおむつまで変えたのだ。これで嫌いになるわけがない。
     長じて弓まで手ずから教えたので藍攸の腕は叔父の魏無羨に言わせればなかなかだそうだ。
    「では私達は行くからね」
     藍曦臣は息子に優しく声をかけ抱き締める。
    「阿攸」
     江澄も体を屈め藍攸の背中に腕を回した。瀟洒な絹がふんだんに使われた衣は厚みがあり父とは違い柔らかい。
     額に口づけを落とされ強く抱き締められ包み込まれる。口で何と言われてもこの抱擁から江澄が藍澪標を心底嫌っているわけではないのだと理解していた。
     だからこそ自分の不出来で母が自分を疎むことが辛いし両親がこれから違う道を行くのかと思うと身が引き裂かれるような想いだった。






    ***

    「貴方が私を殺すんだ」
     顔は窶れ藍氏の衣のように白い。誰かが、藍氏の衣は葬式のようだと言っていたのをふいに思い出す。
     苦しそうに胸元を握りしめる指は細くこれが三毒を操り邪祟を滅していた彼の人かと藍曦臣は慄いた。
     掛けられた布団の上からでもわかるほどに膨れた腹はいっそ異様だ。喘鳴の合間から絞り出された言葉は己の腹を膨らませた夫への恨みに満ちていた。
     手を握りながら己のしでかしたことが愛しい人を苦しめたことに気付く。
     江澄の悪阻は酷く妊娠初期から産み月まで枕から頭も上がらないほどだった。
    「修為が高い仙士だから生きているに過ぎない」
     弟の道侶であり江澄の兄である魏無羨は彼らしくない暗く沈んだ顔で言った。
     江澄は辛うじて水か茶を口にする以外はまともに眠ることも出来ず朧げな夢と現の間で涙を流しながらひたすら十月十日を過ごしたらしい。らしい、というのは藍曦臣にそんな姿を見せたくないと彼女が酷く嫌がったせいで顔を合わすことがなかったからである。
     魏無羨は頻繁に蓮花塢を訪れ江澄に水を飲ませ体を拭き優しく声をかけて励まし世話をした。
    「貴方が務めを果たしていることで修身界が安定する。江澄の憂いもひとつ解消するだろう」
     笑った魏無羨の言葉を真に受けて職務に邁進した。しかし時たまふと筆をとめて夫なのに身重の妻の側に侍ることも出来ないと心は沈んだ。だが彼女が望まないと言われればどうしようもない。
     だがそうも言ってられなくなった。
     金光瑶が姑蘇を訪れたのだ。
     常にゆったりと構え微笑む彼の顔は決意を固めたように緊張している。
    「ニ哥、江澄にお会いになってください。例え彼女が望まなくても貴方は夫なのですから」
     金光瑤はその生まれから人に蔑まれることは多かったが広く門戸を開く江家に母と共に拾われた。虞紫鳶がその才能に目を付け江澄の近習にしたのだ。
     孟瑶は聡明で機転がきく。宗主夫妻のすれ違いも江澄の気難しい性格もよく理解し献身的に務めた。
     江楓眠も好ましく感じる穏やかで折衝に向く性格は魏無羨を巡って生まれた江家の夫婦と親子の危うい結びつきを解した。
     姑蘇での座学には3人で訪れ真摯に学びながらも年相応に無邪気に家規を破りながら仔犬のように3人で戯れていた。
     しかし一度孟瑶が侮辱されれば江澄は母譲りの整った眉を歪め睨みつけた。
    「私の近習に文句でも?」
     魏無羨が今にも拳を振り翳して喧嘩を始めようとするのを孟瑶が真っ青な顔で止めていた。
     見かねた藍曦臣が出ていくと江澄は動揺も見せず静かに曦臣の目を真っ直ぐに見つめた。
    「藍家の家規で私闘は厳禁ですが家の者が侮辱されるのは江家次期宗主として見逃せません。ですが家規に反したのは事実です。どうぞ罰を」
     孟瑶と魏無羨を背に庇い床に跪き羽織を脱いだ江澄はまだ座学に通う子供である。
     曦臣もそう思っていた。
     しかし歳も体格も勝てない藍曦臣に対して臆する様子も見せず罰を乞う姿は江家を背負って立つ覚悟に満ち溢れていた。手を取って立たせようとして、袖から覗いた指が同じ年頃の弟とは違い細く白く爪は薄紅に染まっていて彼女は女なのだと改めて実感して動揺した。
     江澄はそれに気付かず罰を静かに待っている。
    「これで貴方を罰しては道理に合わないだろう。江家の次期宗主殿は勤勉で優秀な近習をお持ちだ。そのような方に心無い言葉を浴びせた者こそ裁かなければならない」
     顔色を悪くしている孟瑶には微笑んでみせ、無礼な真似をした下衆な者達は家に帰した。

     それからいつのまにか江澄を目で追うようになった。聡い孟瑶はそれに気付いていたようだ。
     藍曦臣の江澄はの熱烈な視線を、江家を離れ金家で金子軒の片腕となり義兄弟の契りを交わし仙督となって仙門百家の為邁進している間にも忘れていなかったらしい。
     父の青蘅君が危篤となり藍家の長老にせっつかれ適当に釣り合いのとれる汕子と婚姻しようとした曦臣を止めた。
    「私はニ哥の味方です」
     その言葉に心を押され蓮花塢まで御剣し江澄の両親の前で跪いた時のことは今でも鮮明に覚えている。
     なぜなら江楓眠が顔を合わせる度に心底憎々しくネチネチやってくるからだ。
    「まさか藍宗主がなんの連絡もよこさず蓮花塢に飛んできて叩頭したと思ったら愛娘と結婚したいなどと言い出した時にはどんなにか蓮花湖に沈めてやろうと思ったか。後から駆け付けた阿羨に止められなければ今頃貴方は蓮花湖の底で白い骨となった頭蓋から蓮を咲かせていたところだったよ」
     と常と変わらぬ温厚な笑みを浮かべながら言うので冗談なのかなんなのかわからない。だがふざけてはいないと思う。顔を合わせる度に言われるので。
     そして、藍曦臣を切り捨てようとする江楓眠を止める魏無羨も別に庇い立てしようとしたわけでもない。
    「夫の藍湛のことは愛してるしその義兄の貴方も仙士として尊敬してる。でも妹を嫁にやれるかっていうと話は別です。江澄のどこが好きかを言ってもらわないとな」
     この一言で蓮花塢に辿り着いた時にはまだ日は蓮花湖の真上で燦々と光っていたのに終わったのは蓮花湖の湖面の闇に星が瞬く刻限だった。日付が変わるまで江澄への愛を語る羽目になったのだった。恥ずかしくて顔から火が出そうになったのは初めだけで段々と江澄への愛を口にする内に江澄を手に入れる為ならこんなことはなんでもないと虞紫鳶が止めるまで話し続けた。
    「阿澄が望んだら離婚してもらうわ」
     最後に彼女が吐き捨てるように言ったことで藍曦臣の求婚は終わった。
     突然舞い込んだ婚姻に江澄は戸惑うばかりだった。
     しかし江夫妻や兄の魏無羨、そして金光瑤の説得によって成ったのだった。
     魏無羨は藍忘機と婚姻を為しておりその時には既に姑蘇に暮らしていた。しかし甥の金凌の世話で一層親しくしていた金光瑤との距離は近かった。彼は妻子を亡くした後は後妻も迎えず兄の子であるオイの金凌を可愛がった。大好きな姉の子である金凌を可愛がる江澄とは関係性を変えながらもかつての近習でありと旧交をあたためていた。金光瑶は幼馴染でもある江澄の苛烈な性格にも臆さず彼女の高潔な性格を好ましく感じていた。江澄もまた己の憎まれ口の裏にある意図を巧みに拾ってくれる瑶が金家へ行こうとも好いていた。まったくもって両者の間にあったのは色恋ではなかった。だが二人はよく笑い合っていたので彼らが再婚するのではと密かに囁かれていたのも藍曦臣は知っている。
    しかし金光瑶は強く否定して
    「私はニ哥の味方ですよ」
     と言う。彼が姑蘇を訪れ藍曦臣に身重の妻に会うことを強く勧めた。常の穏やかな様子と違っていたのはこの彼女の様子を知っていたからかと納得した。

    「貴方が私を殺すんだ」

     今にも死にそうだと感じる江澄の雄弁な瞳が藍曦臣を睨み付けている。

    「私だけがこんなにも辛い」

     愛する者をこんなにも苦しめている。

     どれだけ愛しているかを跪いて一昼夜語った藍曦臣と違い江澄はそもそも婚姻にあまり乗り気ではなかった。それでも断ることはなく初夜を迎えたので彼女の肌を暴くことにもなんの憂いもなかった。むしろ彼女との子が欲しかったので妊娠したことも純粋に喜んだ。
     だが、これは。
     これは、なんだろう。
     江澄は自分と結婚し孕んだことで死にかけている。
     魏無羨について蓮花塢に逗留した弟を見て母を思い出す。その顔すらも朧だが膨らんだ腹は覚えていた。月に一度、それも短時間の面会では何も気付かなかったが腹に命を宿すことに苦痛がないわけがない。まして、望まぬのなら。
     涙を浮かべながら眉間に皺をよせる江澄に代わってやることも出来ぬ男の身で何が出来るだろうと思った。何も出来ない。「出て行ってくれ」
     と喘鳴の間から言われ覚束ない足取りで廊下に出ると魏無羨が追ってくる。
    「あいつの本意じゃないよ」
     優しい男だ。
     部屋から追い出された藍曦臣は人生で初めて惨めだと感じた。
    「江澄が本当に出て行かせたいなら蹴り飛ばすさ」
     魏無羨の場違いな笑みも心の慰めにはならない。
    「蹴り飛ばされていた方がましです。苦痛の中で弱々しい声で懇願されるよりも」
    もう何も言うまいと思ったのか彼は黙った。
    「でもあいつは一度もやめたいと言わなかったんですよ。妊娠初期だってひどかった。俺や師姉、江おじさんや…虞夫人がもういいと言っても堕ろそうとしなかった。まだ出来た時に医者が強く勧めても胎の子を殺したら蓮花湖に身を投げてやると啖呵を切ったんです。だから貴方の子を産むと本当に決めたのは江澄なんですよ。辛くても苦しくても……」
     彼はそこで言葉を切った。唇を噛み、舐め、胸元をを掻きむしるように胸の前で拳を強く握る。
    「…し……しん、で、死んで、……死んでしまうかもしれなくても」
     いつも明朗快活というのがぴったりな彼が言葉を詰まらせるのを初めて見た。愛しい妹の決断をどんなにか聞いてやりたいだろう。妹を失うことが恐ろしいのに目の前で見守ることを辞めなかった彼がこの十月をそう考えて過ごしたのだ。
    「貴方は受け止めるべきだ。どんな結果になっても目を逸らすな。貴方は江澄の夫だ。江家の祠堂で誓った、天に認められた夫婦なんだからその権利があるし義務がある。放棄しようとするなら藍湛が止めても貴方を蓮花湖に沈めてやるからな」


    ***


    「阿攸は今日も可愛いな」
     金凌は江澄に似たきつい印象を与えがちな眉を下げ目を細めて笑った。抱き締められる。母のゆったりとした服と違い校服姿だと硬く感じる。
     父と母と別れ従兄弟とその友人達と出会し気が晴れたようだ。
    「あいも変わらず沢蕪君にそっくりだ」
     しかし景儀の言葉に藍澪標の肩が跳ねる。気付いた思追が嗜めるが景儀は気にした様子もない。
    「だって事実だろう。雲夢江氏二の姫江晩吟の息子である藍澪標は父親の藍曦臣にそっくりなことなんて修身界で頷かない奴はいないだろ」
     景儀を軽く睨み、頭を撫でてやりながら金凌が問う。
    「また叔母上が憎まれ口を叩いたのか」
     藍攸は悲しくて頷くことも出来ず涙を零して金凌の首元に顔を埋めた。
    「あの人はさ口で何を言おうが話半分に聞いとけばいいんだよ。そもそもあの人の言ってることそのまんま受け取ってたら胃に穴が開く。俺は何度も足の骨を折るって言われたけど手すらあげられたことない。叔母上の期待には応えたいけど別に応えられなくたってあの人が俺を見捨てたりなんてしないしさ。あんまり深刻になるなよ。」
     金凌の言に思追は苦笑いで江夫人の言うことはもうちょっと聞いた方がいいと思うよと呟いた。
    「ですが私は江家の宗主になるのだからちゃんとしないと」
     まだ12になったばかりの子供が言うには重たい言葉だった。黙ってしまった金凌と思追とは違い景儀は明るく言った。
    「でもさ、藍攸が江家の次期宗主なのは揺るがないんだし江夫人が何を言おうが気にすることないんじゃないか」
     藍攸は一層泣いた。金凌も苦い顔をした。母に認められたくて努力しても江澄はそれ以上を求める。
     藍澪標の気性とは真逆の闊達さを求められてしまう。
     父に褒められ叔父や従兄弟に可愛がられても母が眉を顰めるだけで心は沈むのだった。母を嫌いにはなれない。
     三毒を操り夜を駆け三毒聖手と呼ばれた当世で指折りの修士だった母を枕から頭も上がらないほど十月十日苦しめたのは自分でそれに耐えてくれたのも母だから。産後の肥立ちが悪く子を抱くことも出来ず生死の境を彷徨い藍澪標が物心つくまでまともに動けなかったことも知っている。
     父はそれを心苦しそうに語り、それから江澄がいかに聡明で高潔で素敵な人かを心底嬉しそうに語るのだった。      
     叔父の魏無羨は藍攸を寝かしつける時に過ぎた子供時代から座学時代までのことを面白おかしく語った。思い出の母は元気で溌剌として江家らしい、と思った。だが今の母は全く真逆だ。静々とした彼女しか藍澪標は知らないが父達の言葉によってそれは本来の江晩吟ではないのだと知っている。
     だから彼女は闊達さを欠いた己を恋しく思って原因の藍澪標に厳しくするのだろう。母が好きだからこそ期待に応えたいが外で遊ぶよりも蔵書閣で書を読み耽ったり書取りをする方が好きだ。文武両道だと持て囃されようが母に認められなければ意味がない。母の愛に報いたいと思いながらも涙は零れるしそれもまた母の意には沿わないのだとわかって涙は止まらない。
    「阿攸、膝枕するか」
     従兄弟の金凌は優しい。金凌は母の甥で歳もそう変わらないが産後の肥立の悪かった彼女に代わって抱いたり山羊の乳を飲ませ色々と面倒を見たことでいつまでも甘やかしてくれる。叔父の魏無羨が言うには金凌は江澄の愛を一心に受けて育ったので存分に甘えておけばいいらしい。
     確かに母に膝枕をされた記憶はない。だが金凌は何度もして貰ったから俺がしてやれば叔母上がしてるのと同じだと言ってたのでそれでもいいかと思ってしてもらっている。だが、金凌の膝に頭を預けながら母の膝はどんなだろうと夢想する。言葉と違って膝を突いて優しく抱き締めてくれるが抱き上げてはくれないし膝枕もしてくれない。
     紗の着物の感触は柔らかく心地良いが膝枕をして貰うのもきっと心地良いのだろうと金凌の少年らしく筋肉のついた足を枕にしながら思う。
    「でもさ、三毒聖手って物凄い美人だよな。さっき沢蕪君に引かれてた手なんてまさに白魚って感じで。迫力のある美人なのに薄い紗を着てると神仙の類に見える。蓮花湖のある江家だから蓮の精かもな」
    「蓮の精…確かにな。立ち居振る舞いはやはり江家の姫だから行き届いているし、昔と違って物静かなのは意外だけれど」
    「昔はおっかなかったよな。魏先輩と悪戯してめちゃくちゃ怒られたりさ。藍家とは違うけど三毒聖手の剣士!って感じの闘い方は今でもよく聞くし」
     何の気なく言った金凌の言葉に藍攸の顔は陰ったが思追が務めて明るい声を出す。
    「でも、本当に三毒聖手は美しいよね。初めて会ったときは少し怖く感じたけど最近は物静かだし」
     思追が目を輝かせる。
    「江夫人の手に淡い色だけど爪紅が乗せられてるの、昔では考えられないけど蓮花湖の妖精のような淡い碧の紗の着物も相まって沢蕪君に美しい姿を見せようとお考えなのだと思うといじらしいよな」
     子真の言葉を聞いて金凌と景儀も頷いた。
     藍攸は母が褒められてるのを聞いてとても嬉しく思う。金凌の膝に頭を乗せながら微睡む。もしも、今自分が頭を乗せているのが母の膝で父が側で話をしてくれていたらもっと良いのにと頑是ない願いを思いついたが淡い夢でしかない。二人が穏やかに過ごしている姿など一度も見たことがないのだから。
    「そういえば、沢蕪君と江夫人が手を繋いで歩いてるなんてこれは藍攸に弟か妹が出来るんじゃないか?」
     景儀が調子良く言ったのに金凌ものる。
    「そうだ。叔母上達が手を繋いでたのなんて今まで一度もない。これはひょっとするかもしれないな」
     頷き合いながら年相応に下衆な話題をしていた少年達はその影が本当に近付いてくるまで気付かない。
    「沢蕪君!」
     景儀の幽霊を見たかのような悲鳴にいっせいに視線を集めたのは正しく沢蕪君だった。常は薄っすらと笑みを浮かべている顔は破顔するというのが正しいような満面の笑みを浮かべている。
    「どうされたのですか」
     問われた彼は心が躍る様が見えるように高揚した様子で
    「お茶を用意しに来たんだ」と返した。
     それに驚きながら思追と景儀が茶の支度をしようとすると彼は喜びに溢れた顔のままで断った。二人が恐縮して慌てて立つ。それを止め彼は静かに首を横に振る。
    「私の奥さんのお茶だからね。夫の私が用意するよ」
     今にも跳ねて歩きそうな浮ついた様子で厨に向かう後ろ姿に少年達は顔を赤くした。
    「本当に弟か妹が出来るかもしれないぞ、阿攸」
     呟いた金凌の言葉に先程までの両親の様子を思い出してみて、あの状態から何がどうなって寒室で仲良くお茶を啜ることになるんだろうと藍澪標は不思議に思った。


    ***


    「阿澄、私の可愛い奥さん。お茶ですよ」
     寒室の扉を開けると今にも夫を射殺さんばかりに睨み付ける江晩吟がいた。
     だが口は縫い留められたように開かない。
     藍曦臣が卓の上に茶をのせた盆をおけば雅やかな刺繍の施された靴に包まれた足が蹴り落とす。ひどい音をたてながら椀が割れた。藍曦臣は眉を寄せ溢れた茶を拭くが不快感はみえない。困っているが口元は笑んでいて妻が困らせるのもまたかわいいと言った様子である。
    「貴方の為に用意したのだから怒ったりしませんよ。あ、禁言術も解いておきますね。貴方の声が聴きたいから」
     騒がれたら困るので私のいる間だけですよと言いながら術をかけてきた男が愛妻家のような振る舞いをするのが江澄の癪に触った。
    「それは随分とお優しいことだな、さすが沢蕪君だ」
     皮肉を込めても間抜けな笑顔を返してくるだけで怒る様子もない。ますます苛立つのを悪癖だと分かっているのに抑えられない。
     藍曦臣が穏やかに微笑んでいるのを間抜けな顔だと思ってるのも苛立ちから勝手にそう認識しているだけだ。世界一の幸せ者というかのような笑顔が江澄の神経を逆撫でする。
     黙って床に溢れた茶を拭くのを見る。意地の悪さから自分で零した茶を拭く夫を見下ろしているわけではない。江澄は後ろ手に縛られていた。何か特別な術を使っているのか藍曦臣の不在の間に解こうとしても解けない。諾々と腕を取られ動きを封じられ力量の差を見せつけられて不快だった。
    「妻を縛り上げて茶の用意をするなど沢蕪君にこんな趣味があったとはな。驚いた。まあ妻といっても月に一度子を交えて会うだけの関係だ。それもじきに終わる。良かったな。こんな趣味に文句言わず付き合ってくれる従順な妻を探せ。私にとっては不快でしかないからな」
     憎々しげに言い放つと藍曦臣は先程まで暢気な笑顔を浮かべていたのに急に顔を青褪めさせた。酷く狼狽した様子で腕の拘束を解く。そして叱られた犬のように上目遣いで様子を窺ってくる。
    「阿澄、ごめんなさい」
     呆気に取られながらもそんな謝罪ひとつで舐められたものだと溜め息を吐けばそれにまでわかるように肩を大きく震わせる。
    「謝って済むとでも?あなたは話をすると言っておきながら俺の手首を掴んで寒室に連れてきて円座を整えて座らせたかと思えば腕を拘束する。出て行ったかと思えば満面の笑みを浮かべて茶を出してくる。それを蹴り倒しても笑顔のままだ。気味が悪い」
     ここまで言ってもさらに顔色を悪くしただけで怒りもしない。江澄はまた深く息を吐いた。心底呆れ果てていたしもう心底うんざりだった。
    「そして俺はな、己が意思を無視されるのが一番許せない。妻なら好きに出来ると思ったか?手首を掴まれて引き摺られて腕を拘束されても笑って許すとでも?生憎そんな殊勝さは持ち合わせてないんだ。悪かったな。離縁して殊勝な妻を探せ。俺も貴方にはうんざりだ」
     吐き捨てるように言えば奴は変わらず何も言わない。一人称も魏無羨達と馬鹿をやっていた頃のように乱暴なものになっていたがもうどうでも良かった。
     どうせ別れるのだから取り繕う必要もない。
     婚姻すると決まってから言葉遣いや振る舞いを姉に倣って楚々としようとしていたのを苦々しい気持ちで思い出した。
     出産後に無理が効かない体になってやっとらしくなってきたが化けの皮は剥がれるものだ。
     馬鹿なことをした。


    ***

    「手を離せ」
     寒室まで手首を掴まれ連れて来られた。藍家長子の妻として情け無い様子は見せられぬと顔色一つ変えなかったがその間手を何度も離そうとしたのにびくともしなかった。
     腕力勝負では勝てないことが昔は男の修士達と勝るとも劣らず競った昔と比べ悔しく腹立たしい。
     いや、この男相手に勝てたことはなかった。修為も何もかも江澄はこの男に劣っている。
     明確に拒絶したのに全く動じる様子も見せない男───沢蕪君として名高い修為も腕力も備えた───が己の夫であることも今や江澄の神経を逆撫でする事実でしかない。
     傍目には手を繋いで夫の私室に向かう仲睦まじい夫婦のように見えたのだろう。色恋への憧憬が混じった瞳で見つめる藍家の純朴な少年達の視線にすら江澄は苛立った。恋に憧れ夢見ていた過ぎた少女時代を思い出して虫唾が走る。右手の人差し指に嵌めた紫電が何度も小さな雷を走らせたが夫を鞭打ったところで何も解決しない。
     もう離縁してしまおう。
     男のやることなすこと全てが気に入らない己よりも藍曦臣の言うことをよく聞いて頷き微笑む物静かで愛らしい姫などいくらでもいるだろう。
     そしてその女の横で暢気に笑っていればいい。
     江澄は彼の何の憂いもないまるで世界で自分が1番幸せだというような笑顔が憎らしかった。
     座学時代、遠目に見るだけのその笑顔。誰もが好きになるような微笑を常に湛えたその姿をずっと遠くから見ていれば良かった。まさか自分が妻になるとは思わず江氏にとって有用だからと婚姻して子を成してみればその笑顔が隣にある。何が面白いのかわからない。
     その裏に何かあるのではないかと疑ってしまう。妻として夫をたてる慎ましさのなさや夫に非従順な減らず口を叩くところや夫を輝かせる謙虚さを持たない江澄に呆れ果てて笑っているだけではないのか。呆れてものも言えず仕方無く口を歪ませているだけ、そんな気がしている。
     実の父である江楓眠もそうだった。だが両親は相思相愛なのだと今となっては知っている。子供にはわからぬ細やかな感情の機微があるのだ。
     しかし江澄と藍曦臣の間はそんな甘やかな関係ではない。江澄には、父に愛された虞紫鳶のような魅力がないと思う。
     手を握るのではなく、手首を握られ江澄の意思を尊重せずに藍曦臣の良いように連れて行かれるのは───少しでも江澄を愛していればそんな扱いはされないはずだ。尊重を欠いた扱いに我慢ならない。
     淡い紫に染めた絹を贅沢に使い流線を描く衣も碧色の流水紋の羽織も薄紅に染まった爪も滑稽だった。
     この男は江澄がどんな想いでこの衣を選び爪を塗ったか知らない。
     常のように馬鹿のように微笑んでいればいいものを今は凪いだ表情をしていた。
     離縁を切り出された夫の顔にそぐわぬ静けさである。
     どうせ己の弟と婚姻を結んだ魏無羨の実家である江家に年頃の娘がいてそれが座学の時に顔を見知っていたし藍家よりも格の劣る江家なら断る事も出来ないだろうと縁談を持ちかけたのだろう。



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