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    sari

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    sari

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    后十さんの黒猫本の続きの話です。お礼に書いたものでした。

    黒猫の飾り窓三年の放浪の末、我らが元解放軍リーダーはすっかり野生を身に付けていた。
    その身に宿る紋章ごと。
    子供を攫った盗賊を粗方一人でなぎ倒したその後に、見つけた子供は近付けるなとこちらに押し付け遠巻きにし。
    それでも毒の感染が疑われるとグレッグミンスターまで同行してその命を助け、大統領である親父の申し入れを言葉ではなく全身で拒絶し、拒否した足でそのまま国を出ようとした。

    お袋の手配で城に駆け付けたクレオが間に合わなければ、二度とこの国の土は踏まなかったかもしれないくらいの奔放さはきっと紋章由来のもので。
    隙あらば勝手に発動するようになった魂喰いは、現同盟軍リーダーの紋章と勝手に同調し敵を喰らい、ビクトールの魂を撫で気絶させ、クレオにその黒い影を伸ばしたところで持ち主の逆鱗に触れ沈黙させられた。
    「クレオはだめだ」
    そう言い放ったリオ・マクドールは。ビクトールの味見までなら許したものを、と口にしないだけの分別を、辛うじて持ち合わせていたので。
    よしまだ間に合うはずだと仲間達は、虎と化したそいつに人間を思い出せと手と時間と言葉を尽くした。
    薄汚れた全身を、お前は風呂をこよなく愛していただろうとサンスケの風呂に叩き込み。
    エスメラルダの無駄に香り高いせっけんで全身を洗い、いつまでも入っていられる優しい温度で徹底的にふやかした。
    ほつれ擦り切れ、何の染みか考えてはいけない汚ればかりが目立つ服は、マリーとアイリーンにより繕われ補修され、セイラに全力で洗われて体裁を整えられた。
    考えてみたら、リオ・マクドールの裾はずっと擦れていたのだ。
    あの頃の先頭に立つ凜とした姿は、内面からにじみ出る何かがそう見えさせていた。
    あばらの浮く薄い体にはアントニオのスープが流し込まれ、グレミオの、とまではいかないが、懐かしい優しい味を奴に思い出させた。
    きかん坊のソウルイーターには、内緒で戦争に参加させ敵の魂をさんざん食わせ(ミューズの獣か魂喰いかの差でしかない)大人しくなったところでルックの指導が入った。
    情けも容赦も自分の辞書に載ってなどいないらしいルックの。
    「甘えるな」というわかりやすいスパルタは元来真面目なリオには非常に有効で。
    その目に本来の輝きを取り戻してきた頃には、紋章をずいぶんと手懐けてみせていた。

    そうして野生の虎がわがままで奔放な猫程度になった頃。シーナはウインドウを尋ねて1枚の飾り窓を発注したのだった。


    国境の街で訪れた一件目の宿屋に空きが無いとわかった時。
    シーナが夜を徹して国に戻ろうと思ったのはただの思い付き、なんの根拠も謂れも無い、勘の様なものだった。
    彼はこの、時々ふっと水面に浮かぶ気泡の様に湧く勘を存外大事にしている。
    それで救われることも少なくないからだ。もちろん何も無いことの方が多い。
    そもそも気付かないことも。
    でもこの「なんとなく」はシーナの気性に合っていたし、本当にはこだわる事や物の少ない彼が、それこそ「なんとなく」従っても良いと思える数少ない何かの一つだった。
    夜を歩き空が白み、門番が夜勤と日勤の交代をするそんな時間に。
    やっとグレッグミンスターに辿り着いた時にはさすがに彼の身も心も疲れ果てていた。
    温かな風呂と、胃に優しい食べ物。そんな願望を描きながらくぐった城の門の先。
    シーナを待っていたのは机上に高く積まれた書類の山だった。

    抵抗むなしく事務方に
    「決済印だけでも!」
    と泣きつかれ押し切られ、せめて着替えをさせてはもらえないだろうかと思いながらもそのままの恰好で業務に取り掛かる。
    徹夜で霞む目を自ら叱咤激励し。
    とにかく早く終わらせ門の下で抱いた願望を実現させて、ここ何ヶ月も味わう事が出来なかった柔らかな布団を堪能する予定だった。

    「おかえりシーナ」
    そんなシーナに、半分も終わらない内に掛けられたこの部屋では聞くのは珍しい声。
    顔を上げたシーナの返事よりも早く、重ねる様に次の説明がなされた。
    「迷い子がひとり。あんたの部屋さ。その書類の山は、あの子より優先すべきものかい?」
    「後はこちらで」
    またもやシーナが声を発するよりも先に。
    あれ程縋り彼を離そうとしなかった事務官が、あっさりと前言を撤回し、優先すべき書類を床まで使ってより分けていたその手でシーナから書類を引き上げる。
    その一変された態度は、この国の優先順位が未だ不動であることを知らしめるのには十分だった。
    「助かったヘリオン」
    短くそれだけを言って、シーナは半ば走るように自室へと急ぎ向かう。
    何しろ気分が変わったからとふらり出て行きかねない相手なのだ。

    広い城の、改築や部屋替えが何度されても必ず隅をあてがわれるシーナの部屋。
    たどり着いた自室のドアを、逸る心を抑え出来るだけ静かにそっと開くと。
    いつかの夜、自分が纏っていた花の香りがふわりと漂った。
    橙色の小さな花弁がそこかしこに散らばる、そんな床の、真ん中には緑のかたまりがぽつりとひとつ落ちていて。
    元の比較的大きな体の持ち主に合わせ作られたマントは、大きくなることのない今の持ち主をいつまでたってもこうして安全に、全て包み込んで隠して守る。
    世界で一番安心できるはずのこの国で、それでもそれに縋るように蛹になっているのを見てしまうと。
    シーナには彼をそう簡単に起こすような真似はとても出来ない。
    「それにしてもお前、どれだけ摘んできたんだよ」
    リオが侵入に使ったらしき窓は閉じられず開かれたまま。
    それでもむせる様に香る金木犀に、よくこの中で眠れるものだと思ったが。

    そうか、あの夜の俺と、リオの言葉。
    金木犀の「存在感」。確かにリオはそう言っていた。

    お前、こんな主張して止まない花に、俺を例えてしまったのかと数年越しにシーナは思い知り、あの時ひとつ軽やかに跳ねた心臓が、今度はぎゅうと、絞られたのだった。

    薄く開いた窓をもう少し広く開け、寒さを含むようになった秋の風で凍えない様に、冷たい床の上、緑の蛹を纏う殻ごと抱き上げる。
    途端にマントのそこかしこからぱらぱらと落ちる橙色の花弁に「どんだけだ」と軽く笑い、幼子の背をあやす要領で少しだけぽん、ぽん、とその可愛らしい花を払い落とした。
    眠ってしまえば主張激しいこの香りも気にならないだろうと、おそらく埃まみれのその塊と、薄汚れたままの自分を念願の柔らかなベッドの上まで移動させて。
    布団もベッドも汚してしまったら一緒に叱られることにしようぜと、そのままふわふわの毛布でシーナは自分ごと侵入者を包み込み、幸せな眠りに、落ちたのだった。


    眠って起きて、自分の腕の中に黒い髪が見えるのは果たして。
    無意識に俺がマントを剥いだのか、リオがさすがに息苦しいと自ら頭を出したのか。
    それが問題だ。
    まだあまり回らない頭でシーナがそんな事を考えていると、驚いた拍子に少しだけ開いた隙間に空気が入り込んだのが寒かったのか、リオがその僅かな距離を埋めるようにもぞりとすり寄ってきた。
    朝よりは温かいが、空いた窓は熱を逃がすばかりで部屋は低い温度を保っている。
    くちっといつかの夜と同じ、小さなくしゃみをしたリオは、どうやらその自分の音で目を覚ましてしまったらしい。
    視界に広がる、見慣れぬ布であるシーナの服をおもむろにきゅっと掴むとそのまますんすんと鼻を鳴らし。
    「……ルックじゃない」
    見当違いの名前を呟いた。
    あんまりだ。
    「確認方法が獣過ぎるぞお前…」
    「シーナ。おはよう」
    「どちらかと言えば遅ようだ」
    「そうだねえ」
    ほわほわと笑うリオは、きっとまだ睡眠が足りていないのだとわかる輪郭の曖昧さを漂わせ。
    「まだ寝るか?」
    と訊ねるシーナに「うんん」と、どちらともとれる返事を返すのみだった。
    仕方ないなと、羽化したために抜け殻と化し下敷きになっていたマントを取り除き、寝床を整え、シーナはどう転んでも良い様に居心地の良い空間作りに取り掛かる。

    「ずっと…ハルモニアに追われていて…」
    無抵抗なリオは転がされ持ち上げられる体はそのままに、口だけを少し動かすことにしたようだ。
    「昼は見つかりやすいから夜を駆けていて…。なんだか疲れたなって思った時に夜の闇から突然金木犀の香りがしてね?」
    「ああ」
    寝台を整え終わったシーナは、今度はリオの左手の手袋を外し、バンダナを外し、脱がせた靴を床へと放り投げながら相槌を打つ。

    「暗くて花は見えなくて。でもいきなりその香りは現れて」
    「ぼくはそれで秋の始まりを知ってしまって」
    「それを5回繰り返して、もういいやって」
    「追手を全部きれいに食べてしまって」
    「昼に花を見つけてしまったら、あまりにシーナの気配を思い出して。うん、それで、帰ってきてしまった」

    途切れ途切れの話は少しだけ不穏な空気を孕みながら。
    かつての野生は息を潜めていただけで失われていなかったことをシーナに思い知らせ。
    でもまあ結果的に五体満足でここにいるのだから構わないと、服を寛げるついでに傷の有無を確認したシーナにそう、思わせた。

    「ただいまシーナ」
    「おかえり迷い猫」

    シーナの返事に、ふふふと機嫌よく笑うリオは。猫と呼ばれて侵入口に使った窓に目を向けた。


    クレオが不在の時、リオは国のどこにも寄る事無く次の地へと向かう。
    オニールはそれを、クレオには知らせずシーナにだけ伝えた。
    あの屋敷に張り付いたままのクレオが、これ以上その場所に囚われないように。
    何よりそれを、クレオに知られる事をリオは良しとはしないだろうから。

    『ウインドウの新作の飾り窓。それが俺の部屋だから、たまには屋敷じゃなくて友人を訪ねてくれるのもいいんじゃないか?』
    『たまには?』
    『夜中に着いてしまった時なんかはさ。クレオさんのこと起こしたくないだろ?お前』
    『……。』
    『盗られるものもない部屋だから、窓はいつだって開けてある』
    『ウインドウの?』
    『そう。一枚。お前なら一目でこれだって見分けられるデザインの』
    『………。』
    『なんの感情だその顔は?』
    『テッドも前に。そう言ってくれた。鍵はかかっていないって』
    『お、お前の親友とおんなじ発想か。そいつは実に、光栄だ』

    笑ったシーナの、少しも陰りを含まない顔が。
    それはリオの大切な親友の笑顔に実によく似ていたりして。
    不覚にもリオは、そんな笑い方を見て泣きそうになってしまったことを。ツキリと胸を痛めたそのことを。
    いつまでも忘れられずにいる。


    ウインドウの飾り窓。
    黒い猫の首にはリオのバンダナと同じ色のリボン。
    地面に広がる深い緑の布の上、座る猫の鼻の上には小さなオレンジ色の、花がひとつ。
    布の上と、それから降る途中なのか空にも可憐な花弁は散って色づき。
    明るい日の光にも、夜の淡い月光にも。橙色に反射して「ここだよ」と教えてくれる。

    一目でわかるとはどんな窓だろう?と湧いた興味に抗えず、こっそり確認に出向いたリオを。
    シーナが目敏く見つけて首根っこを捕まえ身柄を確保してからは、ふらりとこうしておとなうようになった。

    「…ただいま」
    リオはそう、いつだって安寧の場所に導いてくれる窓に呟いてから。
    ひとつ、あくびをかみ殺した。
    「もう少し寝るか」
    「うん…」
    「でもなあリオ。俺は初回で上書きしてしまわなかったことをこんなに後悔する羽目になるとは思っていなかった。もうあれから何年だ?」
    「?」
    「金木犀で俺を思い出すのは素晴らしい。よくやった俺。やったな俺」
    「おれ…」
    思わず言われた言葉を繰り返すリオを、シーナは改めて抱え直し包みなおす。
    そう、自分ごと。

    「だけど俺の匂いは違うって言っただろ?
    お前、ルックのことだって覚えたのなら、ちゃんと、今度こそ、しっかり、俺の匂いを上書きしろよ」
    「むう…」
    そんな可愛くない返事でなかったら、大人しくおやすみと言ってやれたのに。
    だからこれはリオが悪いのだ。
    「なあリオ。
    紳士に、大人しく、抱えるだけではなくて。他の方法を俺が選んでしまわない内に…」
    とろけるような笑顔で、これだけは勝手に剥いでしまわなかった右手の手袋にするりと自身の指を侵入させるシーナに。
    寒さとは違う身震いを覚えて、やっとリオは危機感を抱いた。

    触れ合う鼻は、猫の挨拶であって断じて人がすることではないと思うが。
    至近距離で見るその瞳の輝きは獲物を見つけた時のそれに間違いなく、シーナこそがネコ科の生き物じゃないかと悲鳴のような感想をリオに抱かせる。

    「これは、紳士の距離とは、言えなくないかな」
    シーナが言い切る前に、小声で、口をあまり動かさずに反論するリオの頬はほのかに赤く染まっていたから。
    なんだ、かわいらしい顔も出来るではないかとシーナは「ふはっ」と笑ってしまう。
    怯えられて寄り付かなくなるのは本意ではないし。
    嫌われたくもないのでここはこれで満足しなくては、とも思うが。
    「ちゃんと認識を改めるか?」
    「速やかに」
    ソウルイーターがお腹いっぱいで、リオにちょっかいを出しても沈黙しているこんな日が。
    次はいつ来るだろうか、果たして次が、あるのだろうかなんて事をもやりと考えながら。
    「なら、今回はそれで満足してやろう」
    数年越しの念願成就に矛を収め、今日も今日とて傍若無人で鈍感な黒猫を、抱き枕の刑だけで勘弁してやるのだった。
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