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    sari

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    sari

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    スタリオンの星

    スタリオンと坊ちゃん三叉路の端に座り込み担いできた荷を肩から下ろす。
    きっと近い。
    そんな予感がしたものだから、瞼下ろし静かに閉じた暗い視界の中。
    まるで遠くを見るように視力ではなく感覚を、染み渡る水を想像しながら広げて伸ばす。
    空では無く地でまたたく、世界でリオだけが知るあたたかな星たちを、探すように。

    赤月での戦いの中、すがる様に探した百を超える星たちは。
    ビクトールの様に今はもうすっかり追えなくなった光もあれば、生まれて初めてひかり灯したほたるのその、淡い明滅の様に今も柔らかく存在を教えてくれる星も居る。
    そしてリオが今一番会いたいかの星は、いつだって彗星のごとく、流れ星の様に。たなびく光の余韻を引き連れて、渡り鳥の速度と自由さで地を駆ける。
    ここで捕まえられるだろうか。
    囚われるための部屋で初めて出会った空色の星。
    解き放たれた彼を捕まえるのは、流れ星に三度も願いを唱えるくらいには、難しい。
    どうかそのまま方向を変えないでこちらへ来て欲しいと、ひとつ願って目を開けた。

    「やあ、スタリオン。変わりないようだね」
    小さく赤い、その人間は。
    はじまりの挨拶はいつも殊更、ゆるりと眠くなる温度とかたつむりのとろさでスタリオンの逸る足の回転を阻む。
    『これ待ちなさい、スタリオン』
    白髭の長老と同じ様に、前へ前へ、急かす心の歩幅にするりと入り込むリオをスタリオンは決して嫌いではないから。
    「こんばんはリオ。走るのにはとても良い夕闇だと思わないかい?」
    そう答えてにかりと大きく、笑ってやった。

    スタリオンがトランに戻らないから探しに国を出たのだと、よりにもよって迷子の代名詞、リオ・マクドールにそう言われ。
    「そんなに経っていたかなあ? 君の背だってちっとも変っていないじゃないか」
    「そうだね、スタリオンの鼻の高さくらいには変わっていないのかもしれないね」
    何を言う、スタリオンの鼻の高さはこれで完璧なのだ。だから。
    「なあんだ、君はそれで完成なのか」
    リオの言い分をはじめて聞いてやろうではないかと、思えてスタリオンはやっと耳を傾けた。

    「エルフの森の長老の、たくさんの星の話を人の文字で書き残して良いか聞いたのは覚えている?
    僕のトランの家の引き出しには、仕舞い込めないくらい書き留めた紙の束が残っていてね。キルキスとシルビナの子のために、これを絵本にしたらどうだろうかって」
    「へ? リオ、子供なんて俺聞いてない」
    「だからスタリオン、随分長い間トランに帰っていないだろう? そう僕は最初に聞いたのに」

    本当にこの、スタリオンの素敵な耳は閉じていたらしい。
    へにゃりと眉を下げたリオをまじまじと眺め、そう言われればそのような話を聞き流した気もしてくるからスタリオンだって困ってしまう。

    「これは僕が伝えて良い話ではないとは思うけれど。無事に生まれてもう寝返りも打つようになって、きっと今頃立てるくらいにはなっている」
    世界はこのように、スタリオンの足よりずっと早く流れては過ぎるから、負けまいと駆け出す心をなだめることが難しい。
    「事前に相談するべきだとスタリオンの帰りを待っていたのだけれど、音沙汰が無さ過ぎて事後承諾に切り替えました。
    ……お陰で僕はマリーの言う、クレオのためにもっと帰って来なさいが、以前よりずっと、刺さる様になってしまったよスタリオン」
    今はもう、トランの中よりも広い世界のあちらこちらで遭遇することの方がずっと多い、リオの上目遣いに含まれた感情を珍しくも過たず読み取ってスタリオンは。
    「君にはやっぱりもう少し背が必要だなあ」
    まったくもって迫力に欠けると言い切ったスタリオンに、ぴいぴいとなにやら反論しているらしいリオを見て。
    十分に驚かせてくれた意趣返しにはなったぞうと、満足の息をむふーと鼻から大きく吐いたら、それでやっとスタリオンの心も足も落ち着いた。
    仕方がないなあ。本格的に話を聞いてあげようではないか。


    道を外れ開けた場所で火を起こし、ひと息つくとリオは改めて絵本の説明をスタリオンへ語り聞かせた。
    「北極星の話が良いと思って。たとえ姿は見えなくとも、昼の光の中も、雨降る夜だっていつでもそこで見守っている、あの話。守る存在があるのだと、安心出来るように」
    安心。それは。
    「うん、じいちゃんがさ、シルビナに与えたがったものだ」
    まずはよく出来ましたとリオの頭をぐりりと撫でれば。
    「赤ん坊にはもう少し優しくね? 僕はさわったりしなかったけれど、やわやわで、ふわふわで、こう、もろいから」
    「リオは相変わらず自分より小さいのにはとっても臆病だ」
    「これは預言だけど、スタリオンだって戸惑うからね? 戸惑えばいいんだ」
    反論するのも難しい言葉にそれでも小言を返しながらリオは、ここまで大切に背負ってきた保管箱を手繰り寄せ、中に入っていた紙を丁寧に取り出した。
    「フウマ達忍びに依頼して旅の途中のイワノフに、少しだけ強引にトランへとお帰りいただきました。そうやって描いてもらった絵だよ」
    描かれた淡い「いろ」たちに触れてしまわないように、慎重に、そおっと。

    「昼と夜、夕と朝。持ってきたのはこれだけ。
    他に、春夏秋冬、お腹が空いた時に見上げた金色に、涙でぼやける水の底から見上げるような、ぼうとゆらめく白い光。そんな場面はトランに置いてきた。
    自由を求め旅するイワノフが、知った世界が存分に、物語に添うように紙の上に」
    ほら、このように。

    四枚の紙をスタリオンへと手渡しながら、先程までの子供らしさのなりを潜め、ぱちりと爆ぜる焚き火の音を邪魔しないくらいの静けさで、滔々と。
    ああこれで、この静謐さを前に、仲間になると言った星も過去にはあったと。足の速さを買われ、何より本拠地は狭いと言った言葉を真摯に受け止められて、一緒に赤月を駆け回ったスタリオンはよく、覚えている。

    「まずはその、昼間の黄色。セルゲイとカマンドールの指示の下、カナック達が探して仕入れたカドミウムとか、硫化亜鉛を混ぜて作られたお日様の色。
    イワノフの求める黄色の配合がなかなか難しくて。
    腕が痛いと音を上げた二人に変わってゲンやモーガンが何度も根気強く混ぜて捏ねて、作られた明かり」

    リオはこうしていちいち名前を上げながら、外の国で出会う度にトランの話をしてしまうから。
    過去よりも新しいことを覚えたいスタリオンだって、あの岩の城に集まった仲間を忘れられずにずうっといる。

    「次は、夜。暗くて寂しくてお腹を空かせた、そんな時にほっと出来た目印の星を取り囲む黒は、マリーの宿屋のパン釜の炭。
    こっそりグレッグミンスターに戻っていたクリン師匠と、師匠に巻き込まれたマルコが煙突の中をてっぺんまで登って、中の灰を全部落としてくれた。
    黒い炭の山を見たマリーは綺麗になった煙突に大喜びで、マルコの真っ黒になった服を洗濯できたセイラも久しぶりに手ごたえのある仕事をしたと満足気だったけれど。
    実はそんなに量は必要なくて、絵の具になったのは、ほんの、少し」

    くすりと笑うリオの話からは、クリンの名が途中で消えていたからスタリオンだって気になってしまう。
    「クリンは汚れてしまわなかったのかい?」
    そんな技まであのこそどろ師匠は身に着けていたのだろうかと。
    「クリン師匠はね、出没の噂を聞きつけたらしい休暇中のクワンダ・ロスマンに追い掛けられて、見事に逃げおおせて。
    クロンによると、トランの湖上の大浴場に唐突に現れてたっぷりのお湯を堪能した後、またどこかへ消えてしまったのだって。
    アレンとグレンシールに取り逃がしたのかと迫られたクワンダがとても小さくなっているから僕は、クリン師匠は凄いでしょう? と話を全力で逸らそうとしたけれど。
    その程度でほだされてくれる兄達では無かったな……馬も無いのにクリン師匠は捕まえられないよ」
    「俺なら追いついたのに」
    「うん、それは違いない」
    クリンを妙に気に入りながらも、スタリオンの足の速さを少しも疑ったりしないリオに。
    もうひとつ頭をぐりりと撫でれば「優しさ、優しさ」なんて鳴く。
    スタリオンだって、赤ん坊に対しては力くらい加減するのに。きっと。多分。
    ……エルフの森では赤ん坊なんて珍しい生き物あまり見なかったけど、恐らく。

    「夕暮れのあかね色は、ゼン、ブラックマン、キルケが持ち寄った花や実や、木の皮から一番鮮やかな色になる組み合わせをね。ミルイヒ様やエスメラルダまで加わってたくさん試した、黄昏の色。
    どれも同じに見える茶色い木の皮を煮出したものが、あんなにいろいろな色に変わるなんて、僕は知らなかった」
    スタリオンの自慢の鼻にほのかに香る、どれとも言い切れない良い匂いは様々な植物の結晶か。

    「それから、スタリオンに見せたいと、背負った最後の一枚の色。
    この一枚があるから僕は、余計にスタリオンに「うん」と頷いてもらわなければと思った、そんな朝の色」
    めくってと小さく呟かれて、大人しくぺらりと夕ぐれ色の紙を取り除いたスタリオンの目には。
    赤く朱く。
    「朝焼け?」
    炎のようだと言い切ってしまうにはどこか、透明な。
    これはなんだろうと、こてり首かしげるスタリオンの、動きにあわせてゆらりと赤も紙の上。
    表情を変え濃淡を変え、印象を変える。
    「うん、これはね」
    ゆたりとした口調で、隣からスタリオンの前。
    焚き火の光を遮るように位置を変えるリオの影に隠れて、赤は黄色へとくるりと色を変えていく。
    ほんとうに、なんだろう。
    「その日いちばん朝日を受け、光たくわえた朝露を。
    葉の上から小さな瓶にふるりと落として閉じ込めて。
    いく朝も、何日も、そうして集められた、朝の写し」

    いつかと同じ、うた歌いのなだめ方で語られるのはきっと。
    人なんかには作れやしないその技能は言われるまでもなく。

    「どんな時間帯にスタリオンに会えるのかわからなかったから」
    いつも頭に巻いているバンダナをするりと解いたリオは、スタリオンの頭と手に持つ紙を覆うように、闇に閉じ込めるようにふわり被せると。
    「ルックにお願いして、面倒だよって嫌がる彼を説き伏せて、なるべく透明な光を出す魔法を教わり一生懸命練習しました」
    何事かを呟いて手の平の上、ぽうとささやかな、ひどく真白な太陽を産んだ。
    明るいだけの、何色も含まない純粋な光の下で見る朝の風景は。
    「澄んだ――」
    あお、と。
    絵よりも本物を尊ぶエルフにだって単純には言い切れない、朝の空気。
    透明な目覚め。
    「まわりの色や、光や、見ている者の目が持つ感情まで。全部を映す、とても不思議な魔法の絵の具」
    思わず顔を上げたスタリオンの、すぐ目の前には同じ布を被るリオの目が。

    「ねえスタリオン。エルフは口伝と知っているけれど。僕はこれに物語を載せ完成させて、贈りたいと思ったんだ」
    新しく産声上げた、トランのエルフの末子に、どうか。

    「あのルビィを、どうやって説得したんだい」
    この距離はうかつに頷いてしまう近さだと、バンダナを取り上げ雑多な世界を取り戻しながら、一番気になることをスタリオンは訊ねた。
    雰囲気にのまれて頷いてしまわないように。
    じいちゃんの眉間の皺を思い浮かべながら、簡単に決めてしまわないように。
    体制を立て直す間が必要なのだと、ちりりと疼く、耳の付け根が教えてくれる。

    「ルビィは幾日も、時にはクロミミとゴンを助手にして。朝日登る手前の時間に起きては一粒一粒集めて閉じ込めていた。
    我が侭を通して何度か一緒に森へ入ったけれど、残念ながら僕にはどれがその相応しい今日の一粒なのか、まったく判らなくて、とても役立たずだった」
    そう、ルックには感覚が鈍すぎると鼻で笑われ、エルフと俺達は違うさとシーナに慰められる程度には。
    「スタリオンが星を語るみたいに、ルビィは色を、与えてくれた。
    エルフは人が想像すら出来ない美しい神秘を、当たり前にみんな、持っているね」

    スタリオンにとっては目の前の人間の、この柔らかな笑みこそ神秘でならなかったものだけれど。
    初陣の直後、泥と埃と血にまみれ、キルキスに便乗するかのように「おれもおれも」と仲間に名乗りを上げたスタリオンを、静かに見ていた黒い目が。
    ついと逸らされた先でシルビナとキルキスを捉え、ふっと崩れたあの中に、金の三日月が浮かんで消えた。
    あの時からずっとリオは、人間の中でも群を抜いてへんてこな存在でしかない。

    「すっかり魅了されたイワノフは、再び旅に出ることも出来ないで。ルビィを追い掛け回しては他の色を欲しがっているよ。
    森の中ならクインシーを味方につけるべきだと話して僕はトランを離れたのだけど」
    捕まえられるかなあ、なんて。ひそりと笑うリオは、ルビィに何やら口止めされているに違いない。
    何がどうなればあのルビィが、惜しげも無くこれ程尽くすのか。
    スタリオンにはさっぱり分からないから、次に出会った時は全力でからかってやらないといけないぞと決めた。

    「ルビィは他にも、翻訳までしてくれた。
    僕の、なるべくスタリオンの言葉そのままを書き連ねた文字はテスラとユーゴに物語として成立するようにまずは整えられて、それをエルフの言葉と物語に。
    ……僕は報告書も書けるし方程式も解けるけれど、アップルみたいに本を書く才能には少しも恵まれなかったと、ついでに思い知ってしまった。
    それからイワノフの線画と、人とエルフの文字たちは印刷出来るようにキンバリーが彫ってくれている。
    この原画と同じ色はとても望めないけれど、二つの種族の文字を右と左に同時に載せて。
    そうして作られた本が、人とエルフの交流の一助になれば良いと。
    そんな願いを」

    そう、一気に語り尽くしてリオは。
    珍しくも口を挟まず大人しく話を聞いてくれたスタリオンの焚き火の炎受け揺らめく瞳を、今度は逸らす事も無くじいと見つめた。

    「なあなあリオ。おれ、じいちゃんにシルビナには伝えきれたのか聞いたことがあって」
    「うん」
    「人間がなんだかせわしなくぴりぴりし始めて。そしたらじいちゃんもとげとげし始めて。使ったところなんて見た事がなかった牢に番人なんて置いたりしてさ。
    はじめて牢にぶちこまれた時の理由なんて忘れたけれど、仲直りの方法だけは俺、覚えてる」
    「スタリオンは牢に入るの、僕らと出会った時が初めてでは無いの?」
    「森で一番「牢にぶちこんでおけ」と言われたのはこの俺さ」

    何故だか誇らしげに胸を反らし鼻の下を撫でたスタリオンを前に。
    ああ、お仕置き部屋程度の認識だからシルビナだってすぐに、鍵まで持ち出して僕らを解放出来たのかとその根本的な違いを今更ながらリオは思い知る。
    人への精一杯の冷たい態度を差し引いても余りある、生き物としてのあまりの清廉さと善性を。

    「番人相手にさんざんしゃべり倒して、当番のヤツはもういいよ降参だって先に寝ちまって。
    そしたらじいちゃんがやってきたから俺はてっきりお説教かと身構えたんだ。
    なのに「上に行くぞスタリオン」なんてさ。
    地下牢から木のてっぺんまで。昔は背負われて揺られているだけでよかった俺が、今度はじいちゃんを背負って木を登った。じいちゃん軽かったなあ」

    前回登った時はそう、背負われずにそれぞれ自力で上がったのだから、それはとても久しぶりの星語りだったのだ。

    「エルフの村の大樹は、人間はともかく俺たちの重さなんかで折れたりしないから。本当に一番のてっぺんで降ろしたじいちゃんはさ。
    昔とおんなじゆるさと忍耐強さで俺に新しい話を始めるから。まだあるのかと驚いて、シルビナは全部覚えたのか? って思わず」
    どれ程の時間をスタリオンに費やしたのか。
    それはスタリオンがようく思い知っているのだから。




    『シルビナはのう、あまりに高いこの木の上は怖いと言う。
    広い草原の真ん中もなあ。
    あの子はエルフの森の大木の、大きな葉が折り重なる影に、その奥に。
    そうっと隠れて守られてやっと安心出来る子だ』

    当たり前に、孫と同じものかそれ以下か。
    そんなものを仕方がないなあと渡されていると思っていたのに。
    違うと知ったスタリオンの体の真ん中に、駆けろと叫ぶいつもの声とは別の熱の塊が。
    じわり広がるその温かな何かが、耳の先まで届いてやっと。

    『俺だけが』
    『そうじゃなあスタリオン、星はお前が引き継いだ。シルビナは語り合うなら植物とそれをするだろう。
    だからお前は全てを忘れず、必ず次へと繋げて語るのだぞ』

    まるで特別みたいじゃないかと、ぷるると震えた耳の全部で、自覚した。
    いや、スタリオンへと掛けられた時間や年や、辛抱を。振り返るとそれはなんて軌跡なのだろうと。

    『それからどうか。いつかシルビナが勇気を得て森を出るその日が来たら、臆病なあの子を守っておくれ。
    お前は結局ただの一度も、どこへ飛び出そうと迷わずにこの森へと帰って来たのだから。
    お前に教え込んだわしの慧眼も大したもんじゃ』
    ――ただし、木の葉の内ならば守はわしだけで十分だから不用意にあの子へ近付くな。

    最後に残念な念押しまでした、じいちゃんの大切なシルビナにはキルキスがいるから。
    物語は人の子の、地で輝いたスタリオンの最初の一番星にまずは話した。



    「結局俺だけが全部受け取って、じいちゃんそのかわりにシルビナを守れって。
    あの大樹を焼いた光を君は見たかい、リオ。
    俺は速いから、家には間に合わないけれどじいちゃんが居る場所ならぎりぎり行けるなあなんて。
    じいちゃんは軽いから担いで逃げてやろうと飛び込んだらさ。
    じいちゃん俺を見てほっとして、視線だけでシルビナを、なんて」
    幾夜も共に星を眺めた、積み重ねた時間が視線の意味を正しくスタリオンに伝えてしまうから。
    「俺は仕方ないなあって、シルビナ担いで素晴らしい速さで逃げたのさ」
    最後まで我を貫き通した、誇り高きエルフの長老の。
    最期の我が侭くらいは、聞いてやらないといけない。

    「シルビナは、なあリオ、シルビナの歌はすごいぞ。
    じいちゃんの家の窓の下に隠れて座って何度も聞いた。
    キルキスと一緒に。
    シルビナが歌うと萎れた花はまた咲いて、じいちゃんは一番の年寄りのくせにやたら元気で、それで長老なんてもんを任された。
    歌はシルビナがばあちゃんから継いだものだったから、聞き続けたじいちゃんはそりゃあずっと元気なまんまさ」
    歌を浴びた年月が違う。
    「シルビナの歌、あれからずっと聞いてないけど」
    エルフの森が焼かれてから、もうずっと。
    「子供のためになら、また歌うと思うかい?」
    最後はぽつりと、ひそめられた声で呟くスタリオンに。
    「恐らく。きっと」
    断定しないリオの慎重さがおかしくて。
    説得のためになら景気良くそうだと肯定してしまえばいいのにさ、なんて思いながら。
    「そうかー」
    それでも晴れた何かがあるような気がしてスタリオンは、大きく天を、振り仰いだ。

    すっかり夜の帳下りた満天の星空の下。
    スタリオンは自分に確認するように、ひとつひとつ理由を述べる。
    「じいちゃんの話がさ、ひ孫に続くのは良いなあ」
    「そうだね」
    「ルビィの色も、なんだかきれいだ」
    「あれ以上を僕は知らない」
    「でも俺、森にずっとはいられない。から、うん」
    「うん」
    「絵本かー」
    「特別な一冊になると約束しよう。
    それから最初に読んであげるのはキルキスでもシルビナでもなくて、スタリオン」
    それは断言してしまえるのかと頭の片隅で思った直後、スタリオンへと続けて投げられた言葉に思わず視線を空からリオへと戻すと。
    「託されたきみの、大事な役目だね」
    小さなたき火背負うリオは正面に影をまとい。
    その目にとても懐かしい金色の、三日月を浮かべて微笑んだ。

    なあじいちゃん、俺、説得されてしまっても叱られないかい。
    ぶちこまれる牢も光に消えて、俺はなんだかそれが今さら、少しだけ、寂しい。
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