190話の行間 / 『手出し無用』 シュッ、という聞き覚えのある不吉な擦過音に振り向けば、驚愕に目を見開いている谷垣と、そして想像通り宙を舞う手投げ弾が目に入った。
事態を察した瞬間、考えるよりも先に月島の体は動いていた。傷を負って思うように動かぬ体を叱咤し、鯉登のほうへと踏み出す。体を低くさせ、少しでも衝撃から身を守らせねばならない。この小さな体でも、多少は盾になれるだろう。
出来るだけ衝撃を自分が受けるため、月島は両腕を広げようとして、はっとした。
自分よりも先に全て把握していたのだろう、飛んでくる手投げ弾を食い入るように見据えていた鯉登が、一瞬月島を見たのだ。
その鋭い目には燃えるような怒りもあったが、それ以上に強い鋼のような断固たる意志が光っている。
右手に握った軍刀は、いつの間にか鯉登の左足の方に寄せられていた。構えた鯉登の視線が再び手投げ弾へと向けられる。
『手出し無用』と、言葉にせずともそう告げるその目の強さと、視界の端で軍刀を握る手に力が籠もるのを見て、彼が何をするつもりか悟った月島は咄嗟に左に体を沈めた。
鯉登は月島と入れ替わるように左足を踏み出しながら、視線は逸らさぬままに、両手で握った軍刀で上半身を捻りざま左から右へ逆袈裟に切り上げた。
白刃が弧を描く。
鋭い動きに髪がなびき、刺された右腕からは血が舞った。
金属の衝突する鈍く硬い音を発し、手投げ弾が両断され、断面から零れた火薬が火花を散らしながら明後日の方向へと飛んでいく。
左手を翳して火花を遮る鯉登がまるで光を纏っているように見え、顔を上げた月島には瞬間、軍神という言葉が頭を過った。守ってばかりでついぞ思ったことはなかったが、確かに彼は自分の上官だったのだということを、月島は痛む頭の片隅で今更ながらに理解した。