金木犀ーー店主、これは?
ーーあぁ、それは……っていうもんでなぁ
ーーひとつ、包んでもらえるか?
ーーあいよ、毎度あり!
***
「ただいま戻りました」
「悟浄!おかえりなさい」
ぱたぱと足音を鳴らしながら玄関へとやってきた玄奘に悟浄は愛おしくなりいつものように抱きしめそうになって、耐える。
「…?」
「あ、いえ、あの…ですね。今日はあなたに渡したいものがあるのです、玄奘」
そう言って靴を脱ぎ、室内へと入ると玄奘の手のひらの上に円型の小さめの容器をおさめた。
「何ですか?これ」
「塗り薬だそうです。水仕事が多い人が重宝するもので、保湿効果もあるのだとか」
「…そんなにみっともなかったですか?」
「い、いえいえ!そう言う意味ではなく!その、これは…香り付きのもの、らしく…普段俺が家にいない間家を守って、水仕事も多くしてくれてるじゃないですか。それに対する恩と、少しでもあなたの日常が華やげばいいと、そして…少しでも俺のことを思い出してくれやしないかと、思い…まして…」
そう言いつつ珍しく顔を赤くさせていく悟浄が愛らしくてふふ、と玄奘は笑みをこぼした。
「…金木犀、ですか」
「はい!あの…玄奘は、金木犀の花言葉を知っていますか?」
「いえ…」
「【謙虚】、【気高い人】ーーあなたにぴったりな言葉だと思ったのです」
そして後ろに隠していた金木犀の花のついた枝を一房、玄奘に贈った。
「これは…」
「花屋で売っていました」
「ふふ、熱烈な求愛ですね。悟浄」
「う……ぁ、はい…あなたに見限られたくないので」
「お馬鹿」
こつ、と額を弾かれ驚いた顔をする悟浄だったがその痛みすら嬉しくてゆるゆると頬を緩ませる。
「そんな馬鹿なあなたに罰としてこの塗り薬を塗ってもらいましょうかね」
「え!?」
「ほら、早く」
「わ、分かりましたっ…」
ぬりぬりと両手で包み込むように、真剣に塗っていく悟浄だったが玄奘の手が柔らかくて愛おしくて変な気持ちになってしまいそうだった。
「…これは、ダメですね」
「え」
「…変な気持ちになってしまいそうです」
「げんじょっ…」
「もういいです、あなたは先に風呂でも入ってきてください」
くるりと背中を向け、厨の方へと足を向けた玄奘は耳まで赤く染まっていてその背中に悟浄は腕を伸ばす。そのまま、悟浄に抱きしめられるがまま玄奘は金木犀の香りを、自分と悟浄からただひたすらに感じていたーー。
後日、金木犀の香りだけでドキドキしてしまうようになってしまった玄奘によって塗り薬は封印されたと言う。
-了-