交換日記 「黒雪!」
オレの姿を見つけた槐は嬉しそうな顔のままぱたぱたと足音を立てると近づいた。
「槐?どうしたの、そんなに慌てて」
「ふふ、実はいいことを思いついたんです!」
そう言って槐が取り出したのは【手習草紙】だった。
「それが何?」
「黒雪、私と交換日記をしましょう!」
「…交換日記?」
「はい。互いに合ったことを綴り合い交換していくんです。そうすれば記すので黒雪が何度忘れたって読み返せば思い出すこと…いえ、知ることができます。…どうでしょう?」
「確かにそれはそうだけど…槐はいいの?」
オレのために槐の時間を使ってしまうのは憚れたが槐は笑ってこう答える。
「私が黒雪としたいのです」
ーーと。
そんなこと言われてしまえば槐の気持ちを無碍にすることなど出来ず、かくしてオレと槐の交換日記は始まりを迎えたのだった。
***
槐との交換日記は本当に他愛のないことばかりだった。今日は月下兄や蝶兄と訓練しただの、槐としたこういうことは楽しかっただのそんなことを書き綴る。槐もそれと同じような他愛の内容を返して、けれど槐と同じ時間を共有できることは、そして少なくともこれを書いている間は槐の中にオレがいっぱいになっているのだと思えば嬉しくてたまらないものだった。
「…槐、ありがとな」
「え?」
ある日、書き終え槐に渡した際そうやって感謝の言葉を告げた。
「ど、どうしたのです?黒雪」
「ずっと思ってたんだ。槐がこんなこと思いついてくれなかったら、忘れないための努力をしようなんてのも思わなかったし、槐と沢山の時間を持てるようになった。これを書いてる時はずっと槐のことを考えているし、それが槐もなのかなって思うと…嬉しいんだ、とてつもなく」
そんなオレの手を握ると槐はその手を槐の頬へと触れさせた。
「同じですよ。ずっと黒雪のこと考えていたのにそれ以上に黒雪のことを考えてしまって、嬉しいのに、どこか寂しく思えて困っています」
「そっか…槐も、同じか…」
「はい」
にこりと笑う槐が可愛くて、いじらしくてそっとその小さな唇にオレの唇を寄せる。
「…ふふ、けれど自分としても妙案でしたね。黒雪に会いにいく口実ができました」
いたずらが成功した子供のようないたずらっぽい笑みを浮かべる槐を抱きしめて、愛おしくなって何度も口づけを送る。
「そんなのなくたって会いに来てよ、オレも会いにいく」
「…はい」
そして槐もそっとオレの背に腕を回すものだからオレは求めるように何度も何度も唇を奪った。風の靡く音や、鈴虫の声、そしてぽっかりと浮かぶまんまるい月がオレと槐の逢瀬を優しく見守っていた。
-了-