向日葵は渡さない 「赤羽くんと別れて欲しいの」
呼び出され、言われた言葉にただ私は黙ることしかできなかった。顔に見覚えはないが恐らく拓斗くんの同級生か、部活が一緒なことであることが伺えた。
「…何で?」
最もな疑問を口にすると声高々と自分の主張を彼女は伝え始める。
「赤羽くんのためにならないから。赤羽くん、あなたと出会ってから部活に参加することも減っていって…いつも話すのは、あなたや…オーケストラのことばかり。そんなの、赤羽くんのためにならないじゃない」
は…?
意味がわからなくて口を開けたまま硬直してしまう。
「あなたは知らないだろうけど、赤羽くんはイスバスの選手としてとっても期待されているの。それなのに、トロンボーンなんて、オーケストラなんて、世界を目指すなんて…出来っこない」
「…あなたは、拓斗くんの音を聞いたことある?」
「え?」
「残念だなあ。拓斗くんの明るい音、とっても素敵なのに聞いたことないなんて。…それに、できるできないじゃないよ。夢なの、やると決めたのだからやるしかない」
「…バカじゃないの」
「バカでいいよ。私と拓斗は同じ夢を見てるから、2人揃って大馬鹿者で」
「っ…赤羽くんを巻き込まないでよ!返して、返してって言ってるの!」
「…それは、できない。私も拓斗の音が欲しいから」
「っ…、」
「あげてやるもんですか」
そう、宣言すると乾いた音と共に私の頬には真っ赤な紅葉が出来上がっていた。
「謝らないからねっ!」
「謝らなくてもいいよ。でも、残念だなあ。拓斗くんの音楽をあなたに知ってもらえないことは」
「……」
「ああ、それと。最後に一つだけ。世界一のオーケストラになるってのは、拓斗くんも抱いてる夢だからね」
そう念押しして、私は彼女と別れたのだった。
***
あれから菩提樹寮に帰った後は朔夜や成宮くん、香坂先輩に心配されて散々だった。しかし、されたこととは裏腹に心は晴れやかで素直に言ってよかったと弓を引く手も滑らかだった。
「唯!」
カツ、コツ、と独特な足音をさせて現れたのは拓斗くんだった。
「拓斗くん、どうしたの?」
誰にも頬の痕が誰にされたとかは話していなかったから拓斗くんに漏れると思っていなかったのだけれどーー。
「ごめん!頬のそれ、俺のせいだよね…!?」
「えっ」
どうして、と驚きのあまり口をぱくぱくさせていると蒼司に聞いたんだ、と教えてくれる。
「彼女が、唯と話してるとこ。用事があったからそのまま離れたらしいんだけど唯のその様子見て放っておくべきじゃなかった…って言ってた」
「…そっか、心配かけたね」
「そうじゃなくて!…なんで、黙ってるんだよ。教えてくれなかったんだよ…俺のわがままでしかないけど…教えて欲しかったよ」
「…彼女から全部聞いた?」
「うん、まあ…聞ける範囲は」
「…だってこれは私の責任でしょ。拓斗くんを誘ったのは私、だったらコンミスとしての責任を取らなくちゃ。奪ったのは確かなんだし」
「ーー…ちがう、それはちがうよ」
子供みたいに首を横に振って拓斗くんは言う。
「だって、俺が望んだことだから。彼女にも言ってきたよ、俺がしたくてしてることだって。俺の今、一番の夢なんだって。だから責任なんだったら選択した俺にもあるべきだよ。唯が、コンミスだけが背負うべきことじゃない」
「…何で、泣いてるの」
「…だって、」
ぽろぽろと綺麗な涙を流す拓斗くんのその涙を拭う。
「怒ってないよ、私は。本当に…それに、そう思われるほど拓斗くんが魅力的な人だってことは知ってるから」
「…俺、初めて知った。全然、そんなこと知らなかったよ」
だろうね、と言ってくすくすと笑う。拓斗くんは未だぐすぐすと泣いたままで、けれどガーゼがあてがわれた私の頬に手を添えた。
「ごめ、」
と言いそうになる唇を思わずキスで塞ぐ。
「なっ…ゆ、唯、なんでっ…」
「【ごめん】は禁止!それに音楽もひっくるめて私に愛されることを誇ってよ!」
そう言いたいことを言えば見たかった笑顔を拓斗くんは浮かべる。
「うん…ごめ、じゃなくて。ありがとう、唯!」
向日葵の笑顔が帰ってきたことにほっと息を吐くと拓斗くんの何か言いたげな顔が近づいてきて、笑って私も唇を寄せた。
-Fin-