祭囃子 少しの残業を終え会社から出た私は祭囃子が聞こえ思わず顔を上げた。
「間に合ってよかったですね、先輩」
二人きりだというのに懐かしい呼び名で呼ぶ康平くんの顔を見上げ瞬きを繰り返すとおかしそうに康平くんは笑った。
「あんた、楽しみにしてただろ。それなのに残業なんてことになって…」
気にしてくれていたの?と尋ねれば小さく康平くんは頬を染め、顔を背ける。
「別に…気にしてない、わけじゃないですけど…私欲もあります」
首を傾げる私に康平くんは大きくため息を吐き、私の手を大きな手で引いた。
「ほら、行きますよ」
頷いて引かれるまま騒ぎの中へと足を踏み入れた――。
***
屋台を巡り巡って、花火のよく見える場所だと康平くんが言う穴場となっている場所のベンチに腰掛ける。すごいね、と言うと別にと言って康平くんは私の口元に指で触れる。
「ついてた」
そう言って拭ったのは私が今まさに食べている焼きそばのソースそのもので思わず顔が赤くなった。
「何、照れてんの?」
そうやっておかしそうに笑って頬を突いてくる康平くん。その笑顔がとても綺麗で、幸せそうで思わず顔がにやけてしまう。
「百面相、」
ぷす、とまた私の頬を突くとそのまま康平くんは私の唇を軽く奪った。
「人気のない場所選んだ理由、分かった?…別に変なことはしないけど、恋人なんだしキスくらい、いいだろ?」
そう言って甘く微笑む康平くん。また降りてくるキスに受け止めるという形で返事を返す。康平くんの後ろでは大輪の花が咲いていて、幸せを感じてしまう私だった。
「……――部長に場所聞いててよかった……、」
そんな呟きは花火の音で消え、私の耳に届くことはなかった――。
-Fin-