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    ナオ武 フィリピンに行く直前のふたり
    酔ってキス

    ナオ武アンソロ用に書いた小説でしたが別の話を寄稿することにしたので供養😇

    #ナオ武
    naotake

    One day三ツ谷君の葬儀は、真冬の寒い日だった。
    乾いた、冷たい風が涙腺をちくちくと刺激する。
    オレはただでさえ涙腺が緩いのに余計に涙が出る。
    ナオトが「今回の現代はこれまでで最悪です」と言い出したときは、本当に最悪だった。
    ナオトが言うとおり、悪夢みたいな現代にいる。
    タイムリープから帰ってきたら、三ツ谷君もヒナも死んでいた。
    東卍の主要メンバーも殺されていて、その容疑者はマイキー君。そのことをナオトから告げられても、すぐには信じられなかった。

    「テメェ!ふざけんのも大概にしろよ!」
    感情のままナオトに言葉をぶつけた。声に出しても収まりはつかず、さらに声を荒らげた。
    「そんなワケねぇだろっ……⁉︎」
    なんか答えろよ、ナオト。
    あのマイキー君が人を殺したりなんかしない。
    オレたちを守り続けたマイキー君がそんなことするはずがないんだ。
    頭に血が昇っている自覚はあった。怒りでハアハアと息があがる。
    オレが感情的になって浴びせる言葉を、ナオトはただ苦しそうに受け止めていた。
    「タケミチ君」
    少し声を低くして、オレの名前を呼ぶ。
    「ボクも真相が知りたい。佐野万次郎に会って話を聞きたい」



    マイキー君に会いにフィリピンに行く。そう決意して、ナオトと二人で計画を詰めた。
    パスポートと便の手配、それとマイキー君の居場所。どうしたらマイキー君まで辿り着き、話を聞けるか出来る限り話し合った。
    時間の感覚もなく、ずっとマイキー君のことを考えて続けていた。
    時間が経ったことに気づいたのは、空腹を感じてからだった。日暮れまでの時間が短く、あっという間に夜がやってくる。
    「……ここまでにしますか」
    ナオトがコートを羽織り立ち上がる。
    「そうだな」
    部屋には炬燵しかなくて、夜になるとかなりの寒さだった。
    このボロアパートは隙間風もひどい。
    玄関までナオトを見送ろうとして、その後姿を見た。
    ナオトにぶつけた言葉が蘇ってきた。
    ―― テメェ、ふざけんのも大概にしろよ!
    ナオトはオレの言葉を黙って受け止めて、冷静だった。

    「さっきは悪かった」
    「………取り乱すのも理解できますから」
    ナオトは革靴を履きながら答えた。視線は靴に向けられたままだった。

    考えてみると、オレたちはシーソーみたいにバランスを取っている。ナオトが「何の意味も無かった」と泣けばオレが励ます。オレが「もうやめよう」と泣き喚けばナオトが冷静に宥める。
    どっちかが落ちたら、片方が引き上げる。今日もナオトは、感情に任せて落ちそうになるオレの手を掴んでくれた。
    ときどき、何でそこまで支えてくれるのかわからなくなる。
    もちろん、ヒナを救うためにオレが必要だから……それ以外に理由なんて無いんだろうけど。

    「なあ、お詫びに奢るよ。メシ食ってから帰れば?」
    「……そんな気遣い要りませんよ」
    「いいじゃん。たまには」
    帰ろうとするナオトを強引に引き留めた。
    なんだろう。今日はもう少しだけナオトと話したかった。できたら、タイムリープと何も関係ないことを。

    外に出ると、もう夜は更けていて空気が冷たい。
    冬の空は空気が澄んで、月もよく見えた。
    アパートの階段をカンカンと鳴らしながら降りて、ナオトと並んで歩く。
    「何食いたい?」
    「この時間に開いてるところあるんですか」
    スマホで時間を確認すると、確かに飲食店は閉まり始まる時間だった。
    「あー、たしかにもうほとんど閉まってるわ」
    行き当たりばったりだから仕方ない。飲食店は諦めよう。
    「コンビニでもいい?」
    「いいですよ。その代わり一番高いものにします」
    「オマエ、少しは遠慮しろよ……」
    文句を言ったけど、コンビニで一番高いものなんてたかが知れてる。
    ナオトが軽口を叩いてきたことが、何だか嬉しかった。

    「じゃあ、これで」
    ナオトはコンビニに置いてある一番高いワインを持ってきた。
    「マジか」
    「なんでも買ってくれるんですよね」
    まるでゲームに勝ったかのようにナオトは笑う。
    何でこんな高いワインが置いてあるんだよ。酒類の品揃えが異常にいいコンビニを恨む。オレも自棄になって焼酎やビールをどんどんカゴに追加していき、かなりの量を買い込んだ。

    「半分持ちます」
    レジ袋の片方をナオトが持ち、寒空の下歩いた。
    冷たい風が鼻先をすり抜ける。
    とても不思議な感じがした。ナオトとはただの友達で、こうして2人でいるのも日常のことで、タイムリープは夢の中の話なんじゃないかと思ってくる。
    隣を歩くナオトを見て、「オマエはどう思ってる?」と聞きたくなった。
    早く全部終わらせて、普通に、一緒に過ごせる日が来てほしいとか思ったりするのか?
    ヒナが生きている未来に辿り着いたら、オレたちは普通の友達になれるのか?
    ナオトは何て答えるだろう。
    考えてみたら普段のナオトのことなんて、ほとんど知らない。親友なんて呼んでも知らないことばかりだ。


    アパートに戻り、喪服からパーカーとハーフパンツに着替えた。
    「部屋着貸す?」
    スーツじゃ窮屈だろうと思って聞いたが、ナオトは首を振る。
    「大丈夫です。いつ洗濯したかわからないタケミチ君の服は怖いので」
    「オマエほんと失礼だよな……」

    炬燵の上に買ってきた酒と唐揚げや、最近気に入っているコンソメ鬼パンチ味のポテトチップスも並べた。かなりの量の酒を買ったことに自分でも驚く。

    「じゃ、乾杯!」

    缶ビールのプルタブを開けて高く掲げた。オレは何に乾杯しているんだろうか。フィリピン行きの前哨戦か。それでもいいけど、今は違うものに乾杯したい。
    ナオトも乾杯の真似事のように缶を軽く持ち上げて、ひと口飲んだ。

    飲み始めると、ナオトのペースがかなり早い。酒が好きなイメージは無かったから、意外な飲み方だった。
    「ペース早くない?」
    「……警察はいつ呼び出しがかかるかわからないので、自然とペースが早くなるんです」
    「へー、おもしれー」
    ナオトの何でもない話が新鮮だった。もっと何か普通の話がしたいと思った。他愛ない話をして、意識を勝手気ままに流して、このまま楽しい気分でいたかった。
    「今日はもう泊まれば?」
    「……この床に寝たら、頭にポテトチップスのカスとか付きそうなので嫌です」
    「気にしすぎじゃね?枕変わったら寝られないタイプか?」
    思わずナオトに言い返した。さっきからオレの服は嫌だとか、オレの生活ぶりを貶すことばかり言ってくる。ちょっと神経質過ぎるんだコイツは。
    オレの煽ったような言い方に、ナオトはわかりやすく苛立ったようだ。
    「舐めないでもらえますか。職場でも決していい環境とは言えないところで仮眠してますし、必要な場合はどこでも寝ます」
    「マジで?炬燵でも?」
    「大学生の家飲みなんて炬燵で雑魚寝ですから。寝られますよ」
    「大学か……。どんな感じ?合コンとかすんの?」
    「合コンなんてフィクションです。無いですよ」
    「えー、山手線ゲームとか王様ゲームとかするんだろ?」
    「……都市伝説です。そんなものは存在しません」
    ナオトは面倒臭そうに言い切った。炬燵に肘をついてビールを煽る。
    「オレが何も知らないからって騙そうとしてない?」

    ナオトと一緒に行動をするようになってから、タイムリープに関係なく話をするのは初めてのような気がする。
    コーヒーばかり飲むこと。考えこむと唇に親指を当てる癖があること。ぶっ飛んでること。それがオレが知ってるナオトだ。

    飲むペースは早く、ここのままだとナオトはさっさと帰ってしまいそうだった。せっかくだから、もう少し引き留めたかった。
    「ゲームでもする?」
    「……なんのゲームですか」
    引き留めたくて、ついゲームに誘った。炬燵から這い出て、テレビ台の引き出しの中を探す。中にはボードゲームやカードゲームが入っていて、手に取ってナオトに見せた。
    「UNOかトランプとかどうよ?罰ゲーム付きで」
    「タケミチ君と2人でUNOはキツいです」
    「えー、じゃあババ抜き?」
    「……何でタケミチ君と……」
    ナオトは嫌そうな顔を隠そうともしない。オレは無視してトランプケースの蓋を開けて、パラパラとカードを切った。ナオトは酒を飲みながらオレの手元を見てくる。
    「……王様ゲームしますか?」
    「2人で?面白いのかそれ」
    「さっき興味ありそうな言い方してたじゃないですか」
    確かに合コンの王様ゲームには興味はある。でも、それは可愛い女子がいるという大前提が必要だ。ナオトと2人でやってもただの罰ゲームじゃないか。

    ……でも、今はそれもいいかもしれない。
    オレが王様になってナオトに何でも言うことを聞かせてやろう。

    「トランプで一回づつ王様を決めましょう。そうですね……同時にめくってトランプの数が大きいほうが王様にします」
    ナオトはオレの手からトランプを奪って、「やりますか」と聞いてきた。微かに笑っていて、ナオトは乗り気のようだった。
    「おー、やろやろ。でも命令は部屋の中で終わることにしろよ。ピンポンダッシュとか寒くて無理だから」
    「……小学生じゃあるまいし、そんなこと命令しません」
    ナオトはオレの目を見て笑う。アルコールのせいか目元を少しだけ綻ばせるその仕草は、いつもより柔らかい。

    トランプを炬燵の上に広げて、その中から無造作に5枚選んで持ち札にした。勝負は5回戦にした。
    「一枚選んで、同時に表にします。数が大きいほうが王様です」
    「了解」
    同時にトランプを表にすると、オレはクイーン、ナオトは4だった。
    「やった、王様!」
    「こういう引きはあるんですね」
    ナオトはつまらなそうにトランプを指先で弾く。
    もう、オレは命令を決めていた。ふっふと勝手に笑いが口から漏れていく。

    「王様の命令。オレのこと思いつく限り褒めて」
    「なんですか、それ」
    「だってさ、ナオトがあんまり褒めてくれねぇから。調子に乗るからって」
    オレは期待してナオトを見た。嘘でも何か肯定してほしい。今は悪夢みたいな現代にいる。オレが平静を保つためには、子供にするような褒め言葉が必要だった。
    「そうですね……、まず馬鹿すぎて裏表がない」
    「それ褒めてる?」
    「馬鹿すぎて何でも素直に信じる」
    「……なんか、悪口じゃね」
    「あとは、何度も失敗しても諦めない。ボクはそんな君に何度も救われています」
    それだけ言うとナオトは酒を一口飲んだ。
    「……貶されんてのか、褒められてんのかわかんねーけど」
    口では文句を言いつつもオレの視界は滲んできて、隠くすようにテーブルに顔を伏せた。
    「自分から聞いておいて、照れるのやめてもらえますか」
    「いやいや、普通に照れるし」
    照れて、顔を伏せたことにした。本当は目からは涙が溢れてきている。
    三ツ谷君の葬儀の様子が瞼の裏で、何度も甦ってくる。棺の中で眠るように横たわっていた三ツ谷君。
    オレはあと何回、仲間の死を経験するんだろう。
    あと何回ヒナが死んだニュースを見ることになるんだろう。
    ……嫌だ。本当は今、こんなことは考えたくない。もう目の前のことしか考えたくない。
    考えだすと足が止まるから。
    取調室でナオトに言われた言葉を反芻した。

    ボクは君に救われた
    何も出来なくなんかない

    これを繰り返し再生してオレは自分を保つ。


    2回戦の王様はナオトだった。
    「カミングアウトか挑戦系ならどっちがいいですか?」
    ナオトは王様の権限を得たのに、さほど嬉しそうでもなく淡々と聞いてきた。
    「んー、挑戦系かな」
    逆立ちでも、一発芸でも何でもやる意気込みでオレはいた。こういう悪ノリは溝中の奴らを思い出す。得意分野だ。

    「冷蔵庫からビール取ってきてください」
    「つまんねーな、炬燵から出たくないだけじゃん」
    「何を言ってもボクの自由でしょう」
    「そうだけどさー、こっちはもっと無茶なのがくるかと思って心の準備してたのに」

    やる気が空回りした。文句を言いつつ、冷蔵庫から冷えた缶ビールを持ってきてナオトに手渡した。
    「無茶な命令でも応えてくれるんですか」
    ナオトの指先が触れた。なんとなく冷たい指を想像していたけど、触れた指はアルコールのせいか暖かい。
    「そういうゲームだろ」

    3回戦はオレの勝ちだった。
    既にアルコールが回ってきて、楽しくなっている。
    重力がなくなって、頭がふわふわしている。
    目の前のナオトは相変わらずポーカーフェイスで、表情は読めない。
    オレは何かナオトの秘密を暴きたくなってきた。
    「誰にも言ったことがない秘密を告白」
    ニヤニヤと笑いながら命令を告げた。我ながらいい命令じゃないか。
    ニヤニヤとナオトを見ると、ふうとため息は吐いた。

    「そうですね、今実は片想い中です」
    「……マジで?どんな人?」
    「まったくボクをそういう対象に見てない人です」
    「へー、歳上とか?」
    「一応歳は上ですけど、わりと子供っぽい人ですね」
    「……なんかすげぇ意外。ナオトにそんな暇があるなんて」
    「暇だからするものじゃないと思いますが」

    ナオトの秘密は意外で、オレにとっては少し寂しくもあった。一緒に走り続けているけど、ナオトにはナオトの日常があって、そこに好きな相手もいる。オレには知りようがない世界だ。
    「上手くいったら教えろよ」
    「どうですかね」
    ナオトは目を細めてビールを飲む。
    「その様子じゃ、ぜってぇ教えないだろ」
    「……うるさいです。次、トランプめくってください」
    何だか秘密を暴くはずが、余計にナオトのことがわからなくなった気がする。
    トランプをめくるとオレがA、ナオトがキング。
    圧倒的な差でナオトが王様だった。
    「どんな無茶振りでもいいけど、面白くないのはやめろよ」
    煽るようにビールを飲みながら笑った。
    ナオトがトランプを摘み上げて、オレを見る。その目は何を考えてるのか予想がつかず、ちょっと震えた。とんでもない命令がきたらどうしようかと今さらビビってきた。
    「王様にキスしてもらえますか」
    「は?!」
    命令が予想外すぎて声をあげてしまった。
    「タケミチ君はどんなのでもいいと言いましたよね?責任持ってください」
    ナオトは薄く笑いながら挑発してきた。
    オレができないと思ってふっかけてきてる。

    「わかった」
    これは意地でもクリアする。コイツはオレを舐めてる。両手両足を使い、床を這ってナオトが座っている反対側に回った。冷静に考えれば、これはパーティーゲーム。キスは王道なのかもしれない。膝立ちしてナオトの肩に手を置いた。
    「……冗談です。やめましょう」
    「いや、オレはやる!」
    ナオトは今さら怯んで、逃げようとしてきた。逃すまいと肩を強く掴む。
    オレはゲームに責任を持つ。そう心の中で叫びながらキスをした。
    唇の感触は男女で違いは無く、柔らかかった。ナオトは固まって動かない。
    ただ触れるだけなのも日和ってるみたいだから、少し唇を傾けて上唇を挟むようにキスした。
    唇が開く微かな音が響く。
    その途端、ものすごい勢いでナオトに引き剥がされた。
    そんなに気持ち悪かったか?と驚いてナオトの顔を覗き込むと、その顔は怒っているように見えた。
    「……怒んなよ」
    ナオトに声をかける。なにか答えてくれるのを期待して待っていると、オレの肩を強い力で掴んできた。
    そのままキスされた。
    「…ん…っ」
    何でオレがされてるのかわからないが、中断するのも怯んでいるようで、押し付けられる唇に応えるようにナオトの唇を食む。
    下からナオトの唇が何度も触れてくる。
    唇をなぞるように端から移動して、離れては近づく。キスすると本当にちゅって唇の音がするんだな……なんて考えていた。
    漏れる息はアルコールの匂いがした。

    ── ちょっと長くないか?
    長引くキスにだんだん不安になってきた。不安と比例して心臓が早鐘を打つ。唇が離れるたびに終わりにしようと、顔を逸らすけどナオトが追いかけてくる。肩に置かれていた手は背中に回り、手のひらが上下に動いた。
    「もう、いいだろ」
    この状況に耐えきれなくなった。
    顎を引いて唇を離した。でも、ナオトの腕が背中で固定されていて動けない。
    「……まだ」
    腕が背中に回ったまま、ゆっくりと床に押し倒される。見慣れた自分の部屋を、こんな角度から見るとは思わなかった。
    「ナオト?」
    酔った勢いとはいえ、これ以上流されていくと後戻りできない気がした。
    何が後戻りできないのか、はっきり自分でもわからない。それでも重なってくるナオトの体温と手のひらの動きは、危険だと本能的にわかる。
    「タケミチ君は……冬でもハーフパンツなんですね」 
    「あー、部屋着?炬燵入ると暑いから……」
    何でこの状況で部屋着の話題を出すんだ?と混乱した。ナオトの手は背中から膝頭に移動して、そのまま太腿まで触ってきた。
    「う、わ」
    ハーフパンツの裾から手が入り込んでくる。焦って変な声が出る。
    ナオトの顔が近づいてきて、ぎゅっと目を閉じた。
    また、唇にキスされる。脚の際どいところを触られたまま、口の中に舌が入ってきた。
    「やめ……」
    のしかかってくるナオトを必死に押し返した。
    これ以上はもう嫌だ。それが伝わったのか、あっさりとナオトは身体を起こして手を離した。
    「……タケミチ君、ニンニク臭い」
    唇を指でなぞりながら言ってきた。
    「なっ……」
    這いつくばいながらナオトの下から抜け出した。
    ニンニク臭いとかクレームいれてくるか、普通。
    たしかに食べた唐揚げはニンニク醤油味だったけど。
    「オマエ、やりすぎ……」
    ナオトと距離をとって、唇をゴシゴシとふく。
    押し倒された余韻はまだ残っていて、心臓が落ち着かない。
    「ファーストキスでした?」
    「はあ?違うわ」
    睨みつけると、ナオトは、ははっと声を出して笑った。その声はどこか乾いていて、苦い笑みを浮かべていた。

    「あと一回残ってますよ」
    ナオトはテーブルの上のトランプを指差す。
    オレは平静を取り戻すためにも、ゲームを続けようと思った。回らない頭のまま、トランプをめくる。
    こんなときでも、オレは運がある。
    「……オレが王様」
    「何でもどうぞ。今ならどんな命令にも従いますし、どんな質問にも嘘偽りなく正直に答えますよ」
    ナオトはオレの目をじっと見る。オレが試されているような感覚になった。
    「なんでも、正直に……」
    さっきのキスの意味を聞いてみるか。
    何でキスした?何でオマエはオレをここまで支えてくれる?
    そうナオトに聞いてみようと思った。アルコールでふわふわした頭の中で、今までのナオトの言葉がフラッシュバックしてくる。

    ―― いや、やめておこう。

    今、聞いてしまったらいろんなものがバランスが崩れる。オレたちはシーソーみたいにバランスを取ってて、片方に傾いたら、共倒れだから。
    聞くのは、全部が終わって、なんでもない日々が送れるようになってからだ。

    「今はいいや。今度にとっておく」
    そう言って床に寝転がった。積もり積もった緊張とアルコールで眠気が急に襲ってくる。難しいことを考えるとさらに眠くなる。

    「……狡いですね」

    気持ちのいいまどろみのなかで、ナオトが呟くのが聞こえた。
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