畏憚牡丹灯篭 ぽたりと水が垂れてきて目が覚めた。
正確には、布団に横たわっている自分の顔に水が垂れてくるのが見えた。
それはひどくゆっくりと落下してくるように思えて、(あぁ、落ちてくる)と考える時間まであったように感じたが、実際にはほんの一瞬のことだったろう。
何故だか避けなければとは考えず、頬に当たりはじけ飛んだ水滴を手で拭おうとして、腕が動かないことに気付く。あぁ、腹の上に針が乗っている。たった一本だ。たった一本の縫い針が垂直に乗っているだけで、まるで巨大な岩でも乗せられているかのように身動きが取れない。そこへもう一滴、水滴が落ちて来る。
今日は夕暮れから雨が降っていた。ここのところ、雨が降ることが多いように思う。
この荒寺だ。雨漏りしてもおかしくないと天井に向け目を凝らす。動けないので、それくらいしか出来ない。
古く煤けた天井にそれらしい隙間はあるが、濡れている様子はない。先ほどまでと特に変わりないように思いながら尚もじっと見ていると、何か生き物が居る気配がする。
(何だ)
天井から顔を覗かせる、小さな蜥蜴。
それと目が合ったように思う。
(馬鹿な)
それは明確な意思を持って自分を見下ろしている。そう感じるが、そんなことがあるわけがない。
しばらくの間様子を伺うように布団を見下ろしていた蜥蜴は、やがてふいと姿を消す。それと同時に腹の上に感じていた重みも消えた。
(……動く)
それはあの蜥蜴の力なのか他に怪異の原因があったのかなど、わかるはずもなかった。
「それ、やベーんじゃねぇの?」
「知るか」
許可した覚えもないのに勝手に縁側に腰を下した拓馬は、これも勝手に庭の井戸から汲み上げた水を冷たくてうめー! と言って飲み干している。同じく拓馬といつもつるんでいる獏も、拓馬が水桶に汲んだ水を俺にも寄越せよ、と取り上げごくごくと飲み始めた。
(何しに来たんだ、こいつらは)
「ひでぇな。護衛だよ、護衛」
「あんたのな」
「いらん」
本当に不要だったので言い切ると、左右から同じようなことを喚かれるので、うるさいことこの上ない。
どうせ寺から出る礼金が目当てだろう、と言いながら二人を見ると、図星だったのか目を逸らされた。
自分がここに来たのは、寺の住職から夜毎怪異が現れて困っていると相談を受けたからだ。
「何か悪さをするのか」
「いや、そういうことではないんですが……」
人に害を与えたりするわけではないのだが、何か探しているのか、明らかに人でない形状のものが始終寺の周りをうろうろしているとかで、怖がって誰も寺には近寄らなくなってしまったのだという。
私が来た時はこいつらがうろついていましたが? と。いつの間にか現れたのかと思ったら、訳知り顔で隣に座っている悪童二人を顎で指すと、こいつらは雨風凌ぐ為に勝手に寺に入り込んでいるだけで、何か役に立っているわけではないらしい。
では、と住職の代わりにしばらく寺に逗留し、様子を見ることにした。拓馬と獏も、見張りをしてやるからここに泊めろと言い張ったが、邪魔なだけなので叩きだした。はずだった。
「何故ここにいる」
住職と一緒に寺から出したはずだが、いつの間にか台所で食べ物を漁っている二人を見つける。
「だから護衛だって」
「いらんと言ったはずだ」
「俺の兄貴、すげぇ霊能力者だったんだぜ!」
「それはお前の兄のことで、お前自身のことではないのだろう」
そう言ってぐいと詰め寄ると、そうだけどよ……と、次第に獏の声が小さくなる。その様子を見た拓馬は、獏をいじめんなおっさん! とぽかりと叩いてくる。
次第に子供を苛めているような心持ちになってきたのと面倒になってきたのとで、本堂で待機していろ、と追い払う。その途端に「やったな! 今日はあったかいとこで寝られるぜ!」と言いながら、二人揃って勝手知ったる何とやらで押し入れから出した布団を抱え廊下を走っていってしまった。
(全く、どんな生活をしているんだか)
そう考えながら、住職が用意してくれた大量の握り飯を一つ手に取り口に運ぶ。二つ食べきったところで枕を忘れたと言って戻ってきた拓馬と獏が米、米だ! と騒ぐので、残りは全てくれてやった。
「あんたの分は?」
さすがの悪童二人でも人の握り飯を全て持っていくのは気が引けたのか、枕片手に様子を伺ってくる。
もっとも、俺はこれをもらっていると酒瓶を見せると、何だよ良いもんもらってんじゃねぇかと言って、漬物まで攫っていったが。