【カム隼】その人の匂いすん、と鼻を鳴らす。
澄んだようなどこか曇ったような、この人の……隼人の、独特の匂いだ。
どこか好ましいそれについて、本人に直接言ったことがあるが「そうか、俺ももうそんな年か」と、自嘲気味な笑みを零していた。
(俺は何か、悪いことを言ったのだろうか)
カムイには、隼人の微笑の意味がわからない。
どういうことなのだろうと伊賀利に聞いてみたことがあるが。
「あー、それな。それは言っちゃあいけねぇな。俺とかはいいけどよ。ドクターには絶対言うなよ」と念押しされただけで、さっぱり意味がわからなかった。
最近機会が減っていたが、隼人は一緒に夕食を食べたあとにコーヒーを淹れてくれる。
その時間だけは隣に居て良いので、ソファに並んで座り、味の良しあしなど特にわからないその液体を少しずつ啜る。
あまりにもゆっくりなので、隼人には猫舌だと思われている節がある。
ゆっくりすぎると飲み終わった自身のカップを片付けだし、そろそろ部屋に戻れ的な空気を醸し出されるが。今日もそのぎりぎりの塩梅を探りながら居座る。
ちらりと横目で見ると隣の隼人はとうに飲み終わり、膝に置いた端末で調べものをしているようだった。
俯いた拍子に長い髪がさらりと肩から零れる。
(良い匂いだ)
それはコーヒーのものか隼人のものか。
(恐らく、この人のものだ)
不快なものではない。好ましい匂いだと。カムイはただそう思うだけなのに、人間たちは違う意味で捉えているらしい。
それがカムイが純粋に人間でもハチュウ人類でもないということの証なのだろうか。
書類の受け渡しや立ち話をしている時など。隼人との距離がふと近付いた時に、鼻孔をくすぐるその匂いが……、
「カムイ」
「はい」
「何をしている」
気付けば手渡された紙ではなく、隼人の手を取っていた。
「すみません」
カムイは謝罪の言葉を口にはするが、この人が悪いし元凶だとも思っている。
目の前の人を見上げ睨むような顔をしてしまっている気がするが、隼人は特に気にした様子もなく。
するりとカムイの指を自分の手から外す。
手首に、ほんの微かにだが薄紅の痕が付いてしまっているのが見えた。思ったよりも強く握り締めてしまっていたのだろう。
本人もそれに気付いたのか、
「他の人間に、同じことはするなよ」
あらぬ誤解を招くし人間相手だと骨が折れる可能性もあるから、俺だけにしておけ。
そんなことを言い出す始末だった。
(この人だけ?)
何を言っているのだろう。
やめろ、とただそれだけで良いはずなのに。
隼人が特に深く考えて口にしたわけではないだろうことは、これまでの経験上わかっているつもりだったが。
「あぁ、今日は一緒に飯を食えそうだ」
何か言いたげなカムイの表情をどう捉えたのか、そう言いながらひらりと手を振り遠ざかってゆく。
(そうじゃない)
そうではないと言いたかったが、彼の人に何を言うべきかもわからなくて。
掌を顔に寄せ、すんと鼻を鳴らした。