ウサギは噛み付く動物です「イースターってさ、ナニ?」
玄関のチャイムが鳴った覚えもないのに堂々とオレの部屋の扉を開き、ベッドの上に我が物顔で腰掛けたマイキーくんが口を開いた。彼が勝手に家に上がり込んでくるのはいつものことだが、相変わらず自由な人だ。もう守られることは無いのであろうオレのプライバシーに思いを馳せつつ、彼専用にとっておいた茶菓子のどら焼きを差し出しながら聞き返す。
「イースターっすか? 外国の春のお祭り、みたいなもんだったと思いますけど……あ、卵を探すお祭りっすよ、たぶん! 英語の授業で、イースターエッグってやつ作りました。ゆで卵を色水にいれて、絵を書いて。それを隠して遊ぶらしいです、オレ達は給食の時にとっとと食べちゃいましたけど。マイキーくんの学校はそういう授業はないんすか?」
「タケミっちは、オレがちゃんと授業にでてると思ってんの?」
「いや、それは、マァ……」
たびたび授業中の武道を連行しに溝中を訪れる彼の姿を思い浮かべて、言葉を濁す。確かに彼がきちんと席に座り、真面目に授業を受けている様子はなかなか想像が難しかった。学生なのだから、ごく当たり前の日常風景のはずなのに。
「留年にだけは気をつけてくださいね、ほんとに……東卍から二人も中学留年してる人がでたら、流石にバカの集まりって言われても反論のしようが無いと言いいますか……」
「おー、タケミっちがオマエのコト馬鹿だって言ってたってバジに伝えとくわ。で、なんで卵に色つけて隠すんだよ? なにがしてぇワケ?」
「ちょっと待ってくださいマイキーくんっ! オレ決して場地くんのことをバカだって言ったわけでは……!! 場地くんと千冬に殺されるっ……!」
最悪の未来を想像し、震え上がる武道を見てケラケラと笑い声をあげる万次郎に急かされながら、ケータイを開く。
「えーっと、イースターは復活祭、らしいです。春が来たことのお祝いみたいですよ。卵は子孫繁栄の象徴だとか。あとは、同じ理由でウサギもモチーフになるみたいっすね」
「フーン」
相づちを打つ万次郎の声には、なぜだか楽しそうな響きが混ざっている。嫌な予感がした。彼がウン、と一人で納得したように頷いて。
「よし、タケミっち! 今からイースターすんぞ!」
集会のときのようなよく通る良い声で高らかに告げたれた内容に、武道は頭を抱えた。
◇ ◇ ◇
「とりあえず、卵はこれでオーケーっすね」
『ゆで卵は美味しくないから嫌』という彼の我儘により、ドンキまで買いに行かされたチョコエッグを部屋のあちこちに隠し終えた武道はぐっと腰を伸ばしながら呟いた。千小さなお菓子とはいえ、狭い部屋の中に都合良く物を隠せる場所などそうそうあらず、結局は引き出しのなかやベッドの下など、あからさまな場所ばかりになってしまったが。
そもそも、とうの万次郎がベッドの上で、チョコの一つをバリバリと齧りながら武道がせっせと隠す様子を見ていたので、自分の行動に意味があるのかどうかも不明である。マァ、なんかそれっぽい気分になれればいいのだろう、そういうところは子供らしくて可愛いな、なんて中身が三十路に近い外見中学生は鼻を擦った。
「んじゃ、後はウサギだな」
万次郎の言葉に、武道は首を傾げる。
「ウサギって、今から用意するのは無理っすよ。ドンキで言ってくれれば、ぬいぐるみでも買ってきたのに」
「そんなんつまんないだろ。タケミっちがウサギになればいいじゃん」
「はぁ?」
「ほらほら、可愛く鳴いてみなって。はやくしろよ、タケミっち♡」
前言撤回。全く可愛くない、この男。無茶ぶりにも程があるだろう、そもそもウサギってなんて鳴くんだ。内心思うことは多々あれど、上下関係が身に染みついている武道には逆らう選択肢などとれるはずもない。渋々口を開いた。なんか、ソレっぽい声をださなくちゃ。
「キュー、キュー・・・ プギッ・・・?」
「・・・っ、ふははっ! それウサギなの? すっげぇブサイクな声だすじゃん、あっははっ!」
絞り出した声がお気に召したのか、万次郎は腹を抱えて笑い出したが当然、武道としては面白くない。そんなに笑わなくてもいいじゃんか。
ふてくされた気持ちは、時に人を大胆にしたりする。
「マイキーくん」
呼びかければ未だに笑いが収まらない様子の万次郎がなに、とこちらに顔を向けた。すっかり油断しきったその唇に噛み付く。フリーズして急に静かになった万次郎に、してやったりと笑みを向ける。
「知ってますか?ウサギって、可愛い見た目してるけど、けっこう噛み付く動物なんですよ」