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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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    猫×猫? 面倒なことになった。

    「最近、市場や街の治安が良くないと聞いた。特に士官学校の生徒を狙うナンパや怪しげな勧誘が増えているようだ。……君達は大丈夫だと思うが、念のため気をつけてくれ。他の学級にも伝わっているはずだが、もし困っていたら声をかけてほしい」

     授業終わりに担任が連絡事項を伝えていった。市場に出向く際は気を付けてという話だが、他人事に思えなかった生徒が「見回りしよう!」という発言をきっかけに、青獅子学級は自警団のように市場や街の方を巡回することになった。
     治安維持貢献で良いと思うが、話を聞いた者の多くは…….。

    「なーんで、俺の方見るのかなー? そりゃあ言いたいことはわかるけどさ、強引に迫ってないし、怪しい勧誘だってしてないから! それに"士官学校の生徒だけ"に声かけてないからな!」

     どうかと思う……。弁明を聞いた者は同じ感想を抱いた。彼をどうにかすれば解決するんじゃないのか? と思わなくもないが、言い分は納得できてしまった……。
     しかし、ガルグ=マクの特性上、そういった悪徳は珍しくない。士官学校は貴族の生徒が中心なので世間知らずの彼らを狙う者が後を立たず、うまいこと取り込めれば……と、金のなる木を求める者がいても不思議ではない。
     それも社会勉強の内かもしれないが、見回り程度で事態が良くなるのなら僥倖。……ということで、放課後は持ち回りで市場や街、麓の村などを巡回することになった。そして、何度目かの見回り当番。同じ当番のイングリットは張り切り、シルヴァンは面倒くさそうに嘆いていた。

    「はぁ〜……俺がナンパ防止に働くとは皮肉だよな」
    「ちゃんと見て回ってください。シルヴァンなら相手側の狙いがわかるでしょ?」
    「そんな簡単にわかったら苦労しないって! ……まあ、どこら辺に行けば良いくらいはわかるけど。うーん、あんま邪魔したくないんだよなー。もしかしたら、相手にとったら運命の出会いかもしれないからさ!」
    「シルヴァン! 真面目に考えてください!」
    「はいはい……治安維持の貢献に努めますよー」

     お馴染みのやり取りをしてから繰り出していった。今日の見回り当番はイングリットとシルヴァンとフェリクスだった。いつメンだ。
     乗り気でないシルヴァンを嗜めるイングリットを見ながら、やっぱこの男を処分した方が早いんじゃないのか? と、フェリクスは思いながら市場を見て行った。
     最近は見回りが浸透したおかげで被害が減ったため、賑やかで平和だった。

    「これなら、もう見回りはいいんじゃないのかー? 話も聞かなくなったし」
    「そうね。だいぶ落ち着いたように思えるわ」
    「そうそう! ようやく女の子達と遊びに行けるってわけだ!」
    「……やっぱり、まだ継続しましょうか」
    「同感だな」

     シルヴァンを放つ方が危険な気がしてきた……。
     そんな感じで見て行くと見知った顔と遭遇した。

    「おっ、やってるなー! 見回りご苦労さん!」
    「お疲れ様です」

     軽い口調で声かけてきたのはクロードと付き添いと思われるリシテアだった。互いに荷物を抱えており、学級での買い出しと窺える。

    「大したことではありません。お二人は買い出しですか?」
    「そうそうー! 次の実戦訓練で使おうと思った物が不足しててな。ついでに鏃に塗る軟膏や薬草が欲しくてさ」
    「そのわりには大掛かりに見えますが……」

     イングリットの指摘通り、両脇にたくさん詰めた袋を持つクロードと両手で大きな袋を持つリシテアから訓練にしては明らかに多い。

    「これでも少ない方です……クロード一人で買い出しに行くと余計な物ばかり増えるので」
    「別にいいだろー? 今回は武器に塗る試薬を試すんだからさ」
    「いいですけど、調合はクロードがしてください」
    「はいはい……後で、ローレンツにでも頼んでおくよ」

     苦言を刺すリシテアにクロードは気の抜けた返事をしていく。

    「あの……何だか怪しげな臭いがしますが……」
    「まあ刺激臭のする物もあるからな。目潰しに使うとけっこうくるんだぜ!」
    「随分と本格的だな」
    「そりゃあな。やるからには本気でやらないと効果あるかわからないだろ?」

     ちょっと感心するイングリットとフェリクスから僅かな尊敬の眼差しを受けて、クロードは胸を張る。すかさず、リシテアが口を開く。

    「あまり調子に乗せないでください……。この前は毒キノコを鍋に入れようとして大変でしたから」
    「お前っ?! 今言わなくていいだろ。まだ根に持ってたのかよ……」
    「そ、それは大変なことを!? クロード、何をしようとしていたんですか!」

     食べ物に関するので、イングリットは顔色を蒼白にしていく。彼女には衝撃的な話だったよう……。

    「いいだろ、未遂だったんだから!」
    「未遂だから良いわけではありませんよ」
    「そうですよ! レオニーが止めなかったら夜戦のご飯が無くなるところだったんだから!」
    「はいはい、みんなにしっかりとがっつり叱られましたよ。……あれから俺は皮剥き以外、調理に関わってないから」
    「クロード、どういうことですか?」

     信じ難いイングリットにやいのやいのと追及されてしまうクロード……。手持ち無沙汰になったリシテアに、ジルヴァンが声をかける。

    「荷物多そうだな、リシテア。持とうか?」
    「いえ、平気です。嵩張ってるだけで軽いですから」
    「そうかい? 無理はするなよ。女の子に大きい荷物持たせるなんて男の風上に置けないな〜」
    「買い出しくらい大したことないですよ」

     腕が震えているから見栄を張ってると気付いたが、指摘するのは無粋か……とフェリクスは口を閉ざして成り行きを見守る。
     ひとしきりクロードに忠告をしたイングリットが、晴れやかな笑みをリシテアに向ける。

    「私からも伝えておきました。今後クロードに何かあれば、微力ながらお手伝いします」
    「待て、勝手に変なこと言うな……」
    「ありがとうございます、助かります!」
    「……あーあ」

     晴れ渡る空の笑みと清々しい笑顔に挟まれて、クロードは頭を掻いた。見ていた二人は気の毒そうに苦笑する。

    「それはそうと、大変そうですから荷物運びを手伝いましょうか? 見回りも落ち着きましたし、シルヴァンは空いてますから」
    「はい、暇です暇ですー! どうぞ荷物持ちにお使い下さい、お嬢様!」
    「おおっと悪いな。んじゃあ、よろしく〜!」

     すかさずクロードが片方の荷物をシルヴァンに渡す。ずしりと重量感のある紙袋を腕に受けて、シルヴァンは辟易した。

    「こうなると思ってたよ……女の子の荷物の方がよかったんだが?」
    「そうかそうかー! じゃあ、分けてやるよ」

     そう言ってリシテアが持っていた袋から幾つか取り出して、シルヴァンの方へ移していく。より重くなってしまうシルヴァンがため息を吐くも、軽くなってホッとしている姿を見れば受け入れた。

    「いやー助かる助かる! 男前だな」
    「はっ、男前なのはいつもだからな!」
    「ああ、いつも輝いているさ! 教室まで運んで、調合まで手伝ってくれるなんて男前のシルヴァンじゃないとできないなー! なあ、リシテア?」
    「そうですね。ありがとうございます!」
    「うわー……息ぴったりで」

     調子の良い金鹿の生徒にシルヴァンは渋い顔をして承諾した。女性に頼まれると彼は弱い……扱いに長けて感心してしまう一行。

    「それじゃあ行くかー」
    「ちょっと! 子ども扱いしないでください!」

     彼は目を見開いた──。
     片手が空いたクロードは隣にいるリシテアの頭をポンポンと撫でた。ごく自然の当たり前の仕草、ちょうどいい位置に頭があったから手を付けたような振る舞いに見える……。

    「髪が乱れるからやめてって、言っているじゃないですか!」
    「なんだよ。ヒルダ達にぐしゃくしゃされても文句言わないくせに」
    「当然です、わたしだって人を選びます!」
    「そう言われると、ますますしたくなるってもんだ!」

     リシテアの両手を塞がっているのを良いことにクロードは、よりわしゃわしゃと頭を撫でていった。ムッと目くじらを立てて睨むが、どこか諦めた様子でやられている。
     ……彼には衝撃的で、なんだこれは? と疑問符が浮かぶ。

    「おおっ、いいなー。俺もやってみたい!」
    「ちょっ、ちょっと、シルヴァン! いくらもふもふしているからって……勝手に人の髪を触るのは……」
    「そう言いつつ手が動いてるぞ、イングリットさん?」
    「……いいですよ、もう」

     今度はイングリットがリシテアの頭を撫でていった。戯れあってるかのようにふわふわした白い髪を撫でていき、自身と同じ三つ編みを器用に編んでいく。
     ……彼は、また言葉を失った。そんな気安く触るものか? と。そして、当の本人は気にしておらず、慣れた様子でいたのが理解できないでいた。

    「リシテアの髪はふわふわですね……ふふふ! さらさらして手触りが良いです」
    「あ、ありがとうございます」
    「勝手に髪を弄るのは良いのか、イングリット?」
    「ハッ?! す、すみません、つい……」
    「いえ、慣れていますから」
    「ヒルダによくやられているからな〜。ちょうどいい位置に頭があるから、つい置きたくなるんだよ」

     リシテアの髪を弄ったり、触るのは金鹿学級ではよくあることらしい。ヒルダの影響でレオニーやマリアンヌやラファエルまでもが、彼女の頭を撫でてしまっているとのこと。一番年下で背丈が低いので、妹分のように扱っている意味合いで他意はないと思える。スキンシップの延長だろう。
     だが、やはり彼には奇想天外だった! 理解できるか!

    「もう、子ども扱いしないでください!」
    「す、すみません、そんなつもりでは……」
    「あっ……いえ、違います。嫌でないですから! 結ってくれてありがとうございます!」

     申し訳なさそうにするも綺麗な三つ編みが出来上がり、髪を結ってもらってまんざらでもない様子でリシテア頬を緩ませ、不満とは遠い礼を言う。
     ……微笑ましい光景なのだが、彼は未だに呆然としていた。そんな胸中は露知らずにクロード達は学舎の方へ向かって行き、ようやく顔を顰めて我に返った。

    「さあ行きますよ、フェリクス」
    「…………ああ」

     釈然としない頭で見回りを再開した。
     落ち着いた今だと市場を歩き回るようなもので、彼の視界はただの人混みにしか映らない。

    「ふふ、なんだか兄弟たちに会ったようでした! ああやって髪を触らせてくれませんが、懐かしくなりますね」
    「……理解不能だ」

     イングリットが機嫌良く話していたが、フェリクスには到底理解できなかった。

     ★☆★

     別の日。教室を出ると偶然見かけた───猫を。
     日差しが当たるところに寝転んで、ゴロゴロと暖かい光を堪能している。……何故か、ガルグ=マクはやたらと犬や猫がいる。放し飼いにしてるのか? と言わんばかりにあちこちに点在しており、餌を強請ったり、近寄ったりと人懐っこい。
     フェリクスも猫は嫌いではない。その日は、なんとなく構いたくなった。逃げ出したら構わないといった心境だったが、見かけた白猫は微動だにせずフェリクスに撫でられていった。

    「……んにゃ~」

     欠伸をしながら体を伸ばして、フェリクスの手を嫌がらずに受け入れている。むしろ、もっと撫でろと言っているかのように頭を突き出していた!
     野良猫のわりに毛並みはよく、撫でているとさわさわフワフワと心地良い。ほとんど変わらない表情でひとしきり撫で回すと、彼は満足した。猫は偉大なる生物と思わせるほど!
     ……と、その時に先日の見回りのことを思い出し、猫に触るのと似たようなものかと考えた。大人しい動物につい触りたくなる感覚……大人しいか? と、けっこう失礼な見解を得て、機嫌良くフェリクスは去っていった。

     その様子を一部始終見ていた者は、小さき不満を抱いた。

    「……猫は撫でるんですね」

     比較対象には烏滸がましいが、どうしてか理不尽に思えた。

     ☆★☆

     また別の日。リシテアも猫は好きな方だった。
     ベンチを陣取っている猫を見つけると、そそそっと近付いていった。白と薄い黒灰のぶち猫は彼女が近付いても逃げ出さず、どっしりと構えていた。──丸くなっている猫は可愛らしい! リシテアは手を伸ばして、思い思いに撫でていった。

    「……ふわふわ!」

     誰かに手入れされてるのかと思うほど、ガルグ=マクにいる動物達は毛並みが良い。太陽の熱を浴びた艶ある毛は暖かく、ふわふわの感触がリシテアに癒しを与えていく。

    「この子、愛想よくないですね」

     逃げ出さないのだから撫でても良いのだろう。だが、いくら頭や背中を撫でても猫の表情は変わらずにいた。美人顔なのに仏頂面……天邪鬼な猫に親近感を覚えたのか、ふふっと笑いながら猫を膝に乗せる。

    「可愛くしないと撫でませんよ〜!」

     そう言うと、さらに頭や腹をぐりぐり撫で回していった。ちょっと嫌そうな顔をするも大人しく膝に留まって、存分に撫でくり回されていく猫。
     猫なので表情は読み取れず、どう思っているのか皆目検討がつかないが、逃げ出さずにいるのだから喜んでいる……おそらく。反対にリシテアは満面の笑みで撫でては、抱き上げては、毛繕いしたりと存分に楽しんでいった。
     予鈴のベルが鳴ると、残念そうに猫をベンチに降ろす。

    「連れて行けたら良いのですが……。愛想が良くなったらまた撫でてあげますよ!」

     ムスッと猫は不満気に鳴いた。手を振ってリシテアが去ると、颯爽とベンチから降りてどこかへと走っていった。
     遠巻きで眺めていた者には、動物同士でじゃれ合ってるように見えていた……。

    「……あのぶち猫は懐かないと言われてなかったか?」

     手を伸ばすとプイッとそっぽ向いて去っていく猫で有名だった。餌をあげたら食べるが、撫でられるのは嫌いな警戒心の強い猫と言われているのだが……今日は違うようだ。

    「っ!? 同族だからか!」

     『誰が猫ですか!』と怒られることが頭に過るも、妙にしっくりきていた。

     ★☆☆

     またまた別の日。好きでもない理学の授業の時。
     隣の席に座った彼女は普段と違っていて、ギョッと驚いた。

    「……凄い頭だな」
    「もう少し配慮してほしいのですが、まあいいですよ。……放っておき過ぎました」

     はぁ〜とため息を吐いて、耳元の後れ毛に触る。指先に絡んだ細い毛はくるりと弧を描いてから落ちる。いつもは房となる後れ毛があるのだが、本日は少量だった……リシテアの髪のほとんどが三つ編みとなって、幾多の束になって連なっていたから。

    「前イングリットに結われた後、教室に戻ったらヒルダに見つかってしまって……何か火が点いたようでして。わたしやマリアンヌやレオニーやクロードや色んな人に三つ編みにしていくんです……」
    「……そうか」

     フェリクスは苦笑しながら相槌を打つ。コメントし辛い……。

    「本当はマリアンヌのようにまとめる予定だったのですが、時間がなくて途中のままなんです。後でしてもらいますが……あんまり見ないでください」
    「はあ……」
    「本を読むのに夢中になり過ぎました。……教室では気を付けた方が良いですね」

     半端なままでジロジロ見られるのは恥ずかしいよう。ふわふわした髪の毛は幾多の三つ編みになって垂れ下がっており、彼は違和感を持った。髪型が違うくらいで……と思いながら理由を探っていくとフェリクスの脳裏に───抜け毛が大量の猫が浮かんだ!

    「っ!? 生え変わりか!」
    「え?」
    「…………なんでもない」

     つい言葉に出てしまって、己の手で口を塞ぐフェリクス。
     ……季節の変わり目でたくさん毛が抜け、固めの毛になるふわふわ度が減った猫。言い得て妙な例えに、知らず口角が上がり、肩を震わせる男にリシテアは不審がった。

    「少し……残念か」
    「何がですか?」
    「…………楽しみが減る」
    「は??」

     毛が多い時の方が良いな、と彼は結論付けた。
     何を言っているのかわからないリシテアは一抹の寂しさが募った。

    (……そんなに髪型おかしかったでしょうか?)

     手持ちの鏡を取り出して自身を映す。下ろしている方が良かったかな? と、また思い違いをして。

     ☆☆★

     またまたまた別の日。中庭のベンチに座っているリシテアを見かけた。
     先日の懐かないと言われてる猫を膝に乗せて、またも頭や背中を撫で回していた。鼻歌でも歌いそうなご機嫌な様子でいる彼女と仏頂面にしている猫を見てしまったフェリクスは……。

    「──同類」

     やはり猫と猫の戯れに見えてしまっていた。……リシテアは猫ではないとわかっているが、一度そう思ってしまうとなかなか払拭されないもの。
     ふわふわの猫を撫でる度に、彼女の髪も風に乗ってふわふわ揺れている。気まぐれな猫の尻尾のようにゆらゆらとふわふわと──。
     見ていると花に誘われる蝶々の如く、足が向かってしまっていた。そして、思いのまま手が伸びて……。

    「あの……痛いのですが」
    「……あっ」

     力が入り過ぎていたようで、リシテアの頭を鷲掴みしていた!
     こんな触り方をする心当たりの人物は一人しかいないので、手の先の顔をじろりと睨んだ。……早くなる鼓動を誤魔化しながら。

    「もっと優しく触ってくれませんか?」
    「……すまん。……そんなつもりでは……なかった」
    「別にいいですけど。潰されるかと思いましたよ」

     いいのか?! という突っ込みを飲み込んで、片手で林檎を潰すイメージが頭に映り込んだ。エグい……ぶしゃーっと汁が飛んでいる。もちろん彼女は比喩で言っているのだが、フェリクスの身近な怪力の人物はやってのけてしまいそうだったので身震いした。

    「あいつは駄目だな……」
    「ん?」
    「頭を潰されないように警戒しておけ」
    「ええっ?!」

     なんて恐ろしいことを言うんだ?! と、驚くリシテア。突拍子もないグロテスクな話に顔が強張っていく。

    「突然、怖い話をしないでください……」
    「お前の頭は危ない。見ていると猫に思われる」
    「猫?」
    「……ひ……膝の猫につられる……」
    「は、はあ……?」

     強引な誤魔化しを謀る自分で舌打ちする。さすがに無理がある……。
     当然リシテアは訝しげるが、フェリクスが猫を撫でるのは知っていたから自分の膝で寛いでる猫を撫でたいのかと思い当てた。

    「撫でたかったんですか?」
    「そういうわけでは……ない……はずだ」
    「猫を撫でたいなら鷲掴みにしたら駄目ですよ! 危ないじゃないですか!」
    「……猫か」
    「頭を掴んだら可哀想ですし、それだとふわふわの毛並みが楽しめないじゃないですか」
    「そうだな!」

     力強く同意してしまうフェリクス。ふわっとした毛を押さえつけたい気持ちが先行していたなと反省して、次はもっと力を抜いて猫に触る感じで…………おい待て、何を考えている!?
     いくら猫のようで、猫の毛のようにふわふわしてる髪だからといって触るのはおかしいだろ! と、取り戻した理性が制止した。

    「あの……急に怖い顔をしてどうしたのですか?」
    「……お前、髪切らないのか……」
    「えっ?! な、なんですか突然! み、短い方が好きなんですか?」

     短い? フェリクスは考えた……周辺の猫は短毛ばかりだから長毛の猫を触ってみるのもいいな、と。

    「……長い方が良いかもな」
    「そそ、そうですか! あ、あんたにも、好みがあったんですね」
    「強いて言うならだが。拘りはない」

     猫に変わりないからな……と、心の中で付け足したため、勘違いされているとは気付かない。
     しかし、改めてリシテアを見て耽る。髪が長いと困るかもしれない……ふわふわと風に揺れているのを見ると触ってみたくなる。猫を撫でる時と同じ気分になってしまう……それは、まずい! 怪しさが凄い!
     今頃になって、周りの連中が触ってみたくなる気持ちが理解できた。そっと触れるのもいいし、ぐしゃくしゃと強く撫でてみたり……鷲掴みになってしまったが、それも悪くなかったなと振り返って、また思考を止める。
     何を考えている! と理性を取り戻した。

    「長い方が良いですか。ふ、ふーん……普通ですね」
    「まあ……撫でるならな」
    「ふぇっ?! な、な撫でる!」
    「長いのも触ってみたい」
    「さ、さわ、触ってみたい?!」

     なに、急にすごいことを言っているんだ! と顔を真っ赤にしていくリシテア。そんな彼女に気付かず、フェリクスは彼女の膝で鎮座している小動物に目を注いでいた。
     撫でる手は止まっているが、背中に置かれている白い手を無表情で受け止めている。この猫は短毛だな……と確認して、フェリクスがそっと猫に手を伸ばすと、俊敏な早さで跳ね除けられる。プイッとそっぽ向いて、不機嫌そうな唸り声を上げて猫は威嚇する。

    「あっ!? 撫でるのやめてたから怒りましたか?」

     惚けていたリシテアは膝からの唸り声で我に帰り、再び猫を撫でていった。撫でられるのは当然! と言ってそうなふてぶてしい態度は、フェリクスを少々……モヤっとさせた。

    「…………懐かれてるな」
    「えっ?! わ、わたしはそんなつもりは!?」
    「その猫は懐かないと言われてる」
    「あっ猫のことですか……。そうですか? 愛想は良くないですが、いっぱい撫でさせてくれますよ!」

     そう言って、猫の頭や背中を撫でていき、さらに抱っこしてフェリクスの方へ向けた。

    「ほら、可愛いじゃないですか!」

     癒されて満面の笑みのリシテアからは見えない猫の顔は仏頂面。フェリクスに不満そうな鳴き声を上げて、ブスっとしている。
     とはいえ、リシテアの手を跳ね除ける様子も逃げ出す気配もない。……ついさっき『触るな!』と訴えるようにフェリクスの手を突っぱねたとは思えないほど、彼女には好待遇だ。

    「マリアンヌから良い撫で方を聞いたんですよ。猫にも好き嫌いがあるみたいです」

     得意げになった彼女は猫を膝に戻すと、また撫でたり揉んだりして、ふわふわの毛と感触を楽しんでいった。無表情の猫も気持ち良いのか低い声を出して、寛いでいく。
     その様子を間近で見たフェリクスは──。

    「同類……」
    「何がですか?」
    「……気にするな」

     ハッキリしないフェリクスに不思議がるが、愛くるしい猫の前では瑣末なこと。たっぷり予鈴のベルまで撫で続け、その様子をじーっと眺めていた。
     猫は好きな方だ……猫同士(と言ったら、きっと怒られるが)のじゃれ合いは思いの外、楽しめた!

     その間、フェリクスがもう一度猫に触ろうと手を伸ばすと、すぐに察した猫は威嚇の唸り声を上げて拒否を示していた。……邪魔をするな、と言っているかのように。
     ちょっとだけ、少ーーしだけイラッとした。
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