ミラームーブ・ワルツ「ふぅふぅちゃん、こう、手を前に突き出して?」
正面に立った浮奇が右手を伸ばして来たので、それに倣い、同じ様に右手を差し出す。するとそれは彼の意図した行為ではなかったようで、「そうじゃなくて……ね」と前置きをして事の説明を始めた。
「ミラームーブ。鏡合わせっていうか、相手を真似して鏡に映っているように動くっていうやつしたかったんだ」
「最初に言ってくれれば合わせたぞ」
「それじゃつまらないかなと思って」
浮奇は今回の様なコミュニケーションのひとつであっても何かとサプライズが好きなのだ。失敗しても笑うが、成功すると柔らかな、それでいてセクシーな声音でヘヘッと嬉しそうに声を漏らし目を細める。どちらも愛おしいと思うが、このまま別の話題にいくのも残念な気がして、降ろしていた右手を再び掲げて見せる。
「ふぅふぅちゃん?」
「今度はどれだけ長く出来るかやってみないか?浮奇」
俺の提案に、いくよ!と満面の笑みで応えると直ぐにアキレス腱を伸ばすように脚を開いてみたり、本人曰く韓流アイドルのポーズだとキレイに直立したりと、汗をかくのも厭わず遊んでいた。
そうしているうちに、始まりと同じく浮奇が右手を掲げて来たので、今度は間違いなく左手を差し出し重ね合わせる。
熱い視線を感じて、じっと浮奇の潤んだ瞳を覗き込めば、穏やかな見た目に反してギラギラとした剥き出しの欲望がそこには輝く。
いつだって彼は俺に本気なのだ、と判ってしまえば、そのゾクリと背筋に走る電流に快感を見出すのは容易い。顔を背けないまま、こちらから右手を伸ばせば、相手も迷う事なく左手を擦り合わせ細く長い指が密着する。
「何だかこのまま踊れてしまいそうだな。ワルツとか」
「ふぅふぅちゃんダンス出来るの?」
「やった事は無いが浮奇とクルクル回ればそれっぽくならないか」
「鏡合わせで回るとか難易度高いと思うなぁ」
「確かに。ところで一旦ミラームーブは終わりにしていいか?」
「……名残惜しいけど、いいよ」
最初から手を繋ぎたいと言えばいいのに。
鈍感な部分があると揶揄うのに「気づいて」とは言わない可愛い君。
それならこちらもサプライズをあげよう。
「じゃあ終了だ」
寂しさを隠さない声色で囁かれた了解の後、自身の手から温もりをゆっくりと剥がしていくが、抵抗するようにじっと俺を見つめたまま、決して自ら離さないのが浮奇らしいなと笑ってしまう。
だから、空いた両手で頬を包み不意打ちで唇を啄んだ時、珍しく動揺した浮奇の顔は見ものだった。
「鏡合わせじゃ、キス出来ないだろ」
好き好き大好き!と気持ちが溢れた浮奇に腰を掴まれダンスのステップどころじゃ無いくらい俺が振り回されたのはその後直ぐだった。