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    yukuri

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    yukuri

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    🐑🔮
    恋人の影のお話です。

    #PsyBorg

    巷で噂の彼の恋人Case 1: 香水
     匂いと記憶は深く結びついているらしい。脳内の、香りを認識する場所と長期記憶をストックする場所が近いことに起因するそうだ。この前読んだ心理学の本で学んだ。
     いい匂いで思い出す人といえば、浮奇ヴィオレタさん。私が最近マネージャーを担当することになった新人歌手。
     彼は一年前にメジャーデビューを果たし、徐々に若い層を中心に人気を集めはじめている。

    『マンションの駐車場に到着しました』
     電話でお迎えの連絡を入れる。ちょうど準備ができた頃らしい。浮奇さんは一見ふわふわしているように見えて、内面は驚くほどきちんとしている。時間を伝えれば5分前には必ず用意を終えていてくれるなど、こちらとしてもスムーズにサポートが進められるのでありがたい。
    「浮奇さん、おはようございます」
    「おはよう」
     車の扉を開け、入ってきた瞬間にふわり香る。
     浮奇さんは美意識が高く、香水も日によって付け替えている。
     打ち合わせの日はレモングラスのさっぱりした香り、本番の日はスパイスと甘さの混じる妖艶な香り、それから---。
    「今日も帰りは別のマンションの方にお願いしてもいいかな?」
    「あちらですね、了解しました」
     今日は、特別な香り。浮奇さんがよく付ける香水の中で、一番記憶に残る香り。ほんのりバニラが香って甘い。でも甘すぎず花のように自然な残り香。特別に調合して好みの香りにしたということを以前聞いた。そしてこの香りを付けている日、浮奇さんは決まって自宅には帰らない。セカンドハウス、と聞いてはいるが、ご自宅より高い階層のマンションで、実際のところは分からない。
     そちらの家は、私の自宅から近い場所にあり、その日は送迎も楽なのでこちらとしても助かるのだが。
     
    「お疲れ様でした」
    「お疲れ様でした。明日はお迎え大丈夫だから、直接スタジオに行くね」
    「承知しました。ではスタジオの住所だけ後ほど送らせていただきますね」
    「ありがとう」
     長時間の収録だったが、疲れを微塵にも顔に出さない浮奇さんにプロの凄さを実感する。帰る前に付け直したのだろうか、香水の香りもそのままだ。広いマンションのエントランスに入って行く後ろ姿は楽しそうな軽やかさすらある。
    「さすがだなぁ」

     翌日、自宅からスタジオに向かう。今日は送迎がいらないと言われているので、自分の荷物を後席に置いて車を出す。打ち合わせがあるため浮奇さんより一時間早くスタジオに着かなくてはならない。
     向かう途中、昨日浮奇さんを送り届けたマンションの前を通りなんとなく視線を窓に向けた。
     すると、浮奇さんがマンションから出てきた。無意識にスピードを落とし、ちょうど信号が赤に変わった。隣には、浮奇さんより高い身長の男性。
     コンビニにでも行くのだろうか、リラックスした格好の二人は仲睦まじそうに寄り添って歩く。
     なにより、浮奇さんの笑顔が満開で可愛らしい。
     プライベートを盗み見てしまった少しの罪悪感とひと場面から滲み出る幸せにお裾分けをもらった幸福感で心が満ちた。
     新曲を口ずさみながら、青の信号機の下を走らせる。


    Case 2: 弁当
     市販の弁当に入ってる梅干しは小さい。お米とのサイズ感が合ってないように見えるけれど、通常より酸っぱくて味が濃い。から、それで帳尻を合わせているのだな。
     取り留めのないことを考えながら弁当をつつく。
     今日は俺がボーカルを務めるバンドで音楽番組に出演する日だ。デビューは一年ほど前。まだまだ若手な俺たちは、専用の楽屋はもらえず、他のアーティストと部屋を共有することがほとんど。今回は同じ事務所に所属する浮奇と同室だ。彼とはデビュー日が近かったこともあり、なにかと同じ番組に出ては同じ楽屋が割り当てられる。
     ガチャリ、ちょうど収録を終えた浮奇が帰ってきた。
    「おー浮奇、おつかれ」
    「うん、ありがと」
    「弁当あるぞ、今日は幕の内」
    「俺はいいや」
    「食わないの?」
    「自分で持ってきてるから」
    「そっか」
     浮奇はよく弁当を持参する。それも手作りの。
     以前聞いたら、自分で作っているのだそうだ。自炊もよくするらしい。尊敬している部分の一つだ。
     話を聞くに、料理は慣れているはずだが、弁当に詰められているおかずはなんとなく不揃いな形のものが多い。浮奇の几帳面な性格を知っているので、初めて弁当を見た時は少し意外に感じたのを覚えている。
    「卵焼き一つちょうだい」
    「え、ああいいよ」
    「うまっ」
    「ほんと?よかった。今日は味見せずに詰めちゃったから」
    「自分の為なのに味見すんの?」
    「自分のはついでだから」
     恋人にでも作ってあげているのだろうか。形のいいおかずを優先的に相手の弁当に詰めているのだとしたら、合点がいく。
     戦友の健気な一面に心がじんわり温まる。

     それから二週間後、別のスタジオ収録で俺たちはまた浮奇と同じ楽屋になった。
     長時間の収録は昼休憩を迎え、楽屋の小さなソファに倒れ込む。
    「疲れたー」
    「お疲れ様、さっきスタッフさんがお弁当置いて行ってくれたよ」
    「浮奇はまた手作り弁当?」
    「ふふ、うん」
     なんだか今日はいつもより嬉しそう。上手にできたのだろうか。
     出てきたのはいつもの彩り満点おかず色々の弁当とは違って、男飯感の強い弁当だった。白飯に肉野菜炒め、不揃いでこんがり焼き色のついた卵焼き。浮奇の卵焼きはいつもふんわり黄色いので珍しさが際立った。
    「今日も卵焼き一個ちょうだいよ」
    「…今日はダメ」
    「なんで?」
    「なんでも」
     ふふ、と笑った浮奇は無邪気だ。一口ずつ味わうように食べ、食後に携帯を手に何かを打ち込む。口の端が緩く解れている。
     浮奇は相変わらず恋人と仲が良さそうで、自分のことのように嬉しくなった。
     次の新曲は、ポップな恋愛曲にしてみようか、頭に浮かんだメロディーが掴んだペンを走らせる。


    Case 3: 下着
     ランジェリーは最強のアクセサリー、海外の女優さんが雑誌のインタビューで言っていた。
     下着を取り扱う店で働いている私としては、なんだか誇らしくなる言葉で嬉しくなる。
     この店では、男性女性共に20代を主なターゲット層としている。アンダーウェアは一番自分に近く触れるものだから、近い人にしか見せないものだから、特別だけど心地よくあってほしいというコンセプトを掲げている。
     ちりりん、ドアベルが店内に響く。本日最初のお客様だ。
    「いらっしゃいませ」
     お辞儀をして目線をお客さまに向けて、息を呑む。
     ミステリアスなベールを纏ったその人は、柔らかい笑みを浮かべていた。
     魅力的な人、とはこういう人のことをいうのだろう。
    「男性用の下着はどこですか?」
    「ご案内いたします」
     ブースを移動し、男性用のコーナーにきた。落ち着いた色のものを中心に眺め、数分考え、決まったようだ。
    「これを二つ、おねがいします」
    「こちら二つともサイズが異なりますが、よろしいですか?」
    「はい、大丈夫です」
     シンプルなデザインの色とサイズ違いを計二枚。片方はプレゼント用にラッピングした。
     お客様はとても嬉しそうで、こちらも嬉しくなって、丁寧に包装した。
    「こちらからお渡しさせていただきます」
    「ありがとうございました」
     紙袋を掴む左手の指には、きらりと光るシルバー。
     最強のアクセサリーを手にしたお客様の背を見送り深く礼をする。


     ちりりん、ドアベルが響く。
     先日、不思議な魅力のお客様が来たのもこれくらいの時間帯だった。数ヶ月前の話なのに、未だに思い出す。基本的に接客をしたお客様のことは忘れないのだが、印象的なお客様はのちのふとした瞬間に思い出すことがある。
    「あの、」
     入店されたお客様に意識を戻す。デジャヴ。既視感。身長も髪の色も、先日のお客様とは違うのに、纏う空気感が感じたことのあるものだった。不思議な感覚に陥りながらも、接客をする。
     探しているのは男性用下着だという。
     しばらく自身で棚を見渡し、見つからなかったのか、携帯をこちらに提示してくれた。
    「これと同じようなものを探しているのですが….」
     携帯に映っていた型番は、以前あのお客様にご購入いただいた下着の二着。疑問に思う間も無く、目的の品を見つけたお客様は会計を済ませて店を出た。
     感じた既視感と同じ種類の下着。これだけ沢山のお客様を対応していれば、そういうこともあるか。
     ちりりん、ドアベルが知らせる新しいお客様。湧いた疑問は入店の音に馴染んで消えた。


    Case 4: 映画
    「浮奇、お疲れ」
    「お疲れ様です」
     ぺこり、可愛い頭を下げたのは浮奇ヴィオレタ。今日は界隈を跨いで多くの芸能人が出演するバラエティ番組の収録日だ。
     新曲の宣伝に来た浮奇と、新しいドラマの番宣に来た俺は、たまに局ですれ違っては挨拶をするくらいの仲だ。
     個人的には、もう少し踏み込んだ仲になりたいと望んでいる。
     だから今日、高いワインを買ったのだ。彼がどこかの番組で見てみたいと言っていた映画。Netflixで配信されていて、自分はサブスクしていないから自宅では見られないと言っていた。
     自慢のプロジェクターを口実に、宅飲みへと誘う作戦だ。
    「これ、知り合いから何本かもらったんだ。よければ」
    「ワイン!もらっちゃっていいんですか」
    「もちろん」
     この後、映画の話を振れば、それなら一緒に飲もうとなるはず。
    「そういえばさ、この映画知ってる?」
     わざとらしくならないよう、自然に。培った演技力を発揮する時だ。
    「はい。この間見ました」
    「……見た?」
     予想外の答えに、裏返り手前の情けない声が漏れる。
    「先週末に見ました。面白かったです」
    「そっ…か」
     浮奇の携帯に通知音。画面を見た瞬間、浮奇の顔は何トーンも明るく輝いて、映画を見たのもきっと一人でではないんだろうと想像までついてしまった。
    「俺、もうそろそろ行きますね。ワイン、本当にありがとうございました」
     お辞儀をした浮奇のセーターの、緩やかなネックが弛んだ。隙間から見えた、浮奇の首に浮かぶ赤い跡。
     放心にも近い、空になった頭は、無数の花弁にとどめを刺されて砕け散った。


    Case 5: ワイン
     鍵が開いた音で無意識に足が玄関へと向かう。付き合ってから結構経つけれど、彼に「おかえり」を言う瞬間は、初めて合鍵を使った日から変わらず、心が音を立てて踊り鳴る。
    「ただいま」
    「ふーふーちゃんおかえりなさい」
     ファルガーは浮奇の腰に手を添え、首に顔を埋める。ファルガーの髪が擽ったい。
    「まだ残ってるのか、あの香水。結構持つな」
    「うん、残ってる。大きめの瓶で作ってもらったし」
     前に二人でデートに行った香水屋さん。予約をすれば調合師さんに教えてもらいながら、好みの匂いを瓶に詰めて持ち帰ることができる。ふーちゃんにお願いして、浮奇は自分用の香水を作ってもらった。

    「ふーちゃんお腹空いてる?」
    「腹ペコだ。何かデリバリーでもするか?」
    「ううん、作ったよ」
     おお、と食卓を見て唸るファルガーに頭を撫でてと擦り寄る。
    「ありがとう」
    「今日ね、ワイン貰ったんだ」
    「仕事で?」
    「そう。たまに挨拶する俳優さんなんだけど、今日たまたま収録で一緒で。お裾分けだって」
    「ふぅん」
    「ん?」
    「いいや、同情するなと」
    「同情?」
    「渡すつもりは微塵もないが」
    「??」
    「なんでもない」
     料理の盛り付けを終えてワインを注ぐ。赤に合わせて、ローストビーフを作った。
    「今日の弁当も美味かった。ありがとう」
    「よかったぁ」
    「毎回大変じゃないか?」
    「全然、好きでやってるから」
    「そうか」
    「前にふーちゃんが作ってくれたのも、すごい美味しかった」
    「浮奇みたいに上手くできなかったと反省してたんだが」
    「反省なんてしないでよ。俺すごい嬉しかったよ、一口一口噛み締めて食べてた」
    「はは」
     愛らしいな、と瞼に唇を付けて呟く。ファルガーは二人きりの時、思ったことを素直に伝えてくれる。
     彼は人前で恋人らしく振る舞うことを好まない。だから半同棲になるまで、言葉で伝えることとか触れ合いとか、苦手な人なんだと思ってた。けれど、二人の空間で俺だけを見つめてくれるファルガーに愛され、愛し、好きな気持ちは日に日に膨れ上がっていく。

    「今日は何観る?」
    「どうしようか、浮奇は何がいい?」
    「この間見た映画の続きって配信されてたっけ?先週見たの面白かったし、ああいうの観たいなぁ」
    「あれは面白かったな」
    「うん」
     
     エンドロールが流れ、時計を見てやっと時間の経過を認識する。
    「眠いか?」
    「ううん……まだねむくない」
    「瞼が重くなってるぞ」
    「なってない」
    「ベッド行くか?」
    「するの?」
    「しない」
    「…なんで?」
    「眠そうだから」
    「今日おれふーちゃんがくれたパンツはいてるよ…?」
    「運んでやるから、今日はゆっくり休め」
    「んん〜…」
     手を回してふーちゃんの首に吸い付く。俺が作った香水の香り。ふーちゃんがくれた匂いと相性がいいように作った。
     肌に馴染んで消えた香りに薄ら包まれ、ふわふわと運ばれながら夢心地。

     夜が明けて、愛しい彼の手に意識を掬われるまで、二人きりの夢を啄む。

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    yukuri

    DONE🦁🖋
    ボスになりたての🦁くんが🖋くんと一緒に「大切なもの」を探すお話です。
    ※捏造注意(🦁くんのお父さんが登場します)
    題名は、愛について。「うーーん」
    「どうしたの。さっきから深く考えてるみたいだけど」
     木陰に入り混じる春の光がアイクの髪に反射した。二人して腰掛ける木の根元には、涼しい風がそよいでいる。
    「ボスとしての自覚が足りないって父さんに言われて」
    「仕事で何か失敗でも?」
    「特に何かあったとかではないんだけど。それがいけない?みたいな」
     ピンと来ていない様子のアイクに説明を付け加えた。
     ルカがマフィアのボスに就任してから数ヶ月が経った。父から受け継いだファミリーのメンバー達とは小さい頃から仲良くしていたし、ボスになったからといって彼らとの関係に特別何かが変化することもない。もちろん、ファミリーを背負うものとして自分の行動に伴う責任が何倍にも重くなったことは理解しているつもりである。しかし実の父親、先代ボスの指摘によると「お前はまだボスとしての自覚が足りていない」らしい。「平和な毎日に胡座を描いていてはいつか足元を掬われる」と。説明を求めると、さらに混乱を招く言葉が返って来た。
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