結局、似たもの同士 ◆
朝目覚めると隣にVegasの姿はない。
『まだ寝てろ』
そう声が聴こえたのは、何時間前だったのだろうか。重だるい身体を引きずるように起こしてベッドサイドに目を向けると、ご丁寧に用意された部屋着一式。そこからTシャツだけを掴み取り、袖を通しながら部屋を出た。
「あ──…ぱんつ…」
寝ぼけ眼を擦りながらベッドルームに戻り、黒のチェストからトランクスを引っ張り出す。
何故かって?用意されていた部屋着一式にはぴったりフィットのビキニタイプが添えられていたから!Vegasの趣味はよく分からない。
そもそも俺は締め付け感のある下着とか窮屈な服装は好きじゃないって言ってるのに。落ち着かないとか変な気分になるとか、断じてそういうことじゃない。
『縛られるのは好いくせに?』
一緒に服を買いに出掛けた時、そう言われてぶん殴ってやった。店員さんの引いた眼差しが、いまだに忘れられない………。
ちなみにBGだった頃は仕方なく、ぴったりフィット系を履いていたこともある。ティーラパンヤークン家仕立てのスーツは何故かタイトな作りが多かった。だが、ゆるっゆる〜な今となっては断然トランクス派。
腹の虫が、ぐぅ…と鳴く。
腹部をさする左手首には昨晩のVegasとの情事で、できたであろう痕がくっきりと残されているが、そこはもう気にならない。
「何食べよ…」
やけに静かだなと思いながら階段を下り、一階に着くと部屋を見渡す。
ダイニングテーブルには一人分の食事と対面に置かれた黒いマグカップ。三人で暮らし始めた当初一緒に買った揃いのカップで、黒はVegas専用だ。Macauがオレンジ色。俺のは何故かピンク…本当は白がよかったのに選ぶ権利は与えられなかった。
シンクの中には水に浸かった食器が見える。Vegasは朝食をとらないから、朝帰りをしたMacauの分だろうか。
昨日の夜、リビングでくつろぐ俺たち二人のスマホが同時に震えた。"チームPete"と名付けられたグループに届いたMacauからの連絡。
ちなみにグループの名前はMacauの気分次第でころころと変わる。前は"元マフィアの集い"とか"TPKの一族"などなど…チームPeteは恥ずかしいから早く変えてほしいところだが、既に二ヶ月は経過していた。
画面を確認すると"友達とClubに行くから今日は帰らない!ふたりで楽しんで〜❤︎555+"のメッセージ。Vegasと目が合う。
『だとさ』
『な…ッ!?楽しんでって…なんだよ…』
『そのままの意味だろ』
さらりと言い放つVegasの顔は真顔そのもの。ニヤリとでも、しようものなら殴ってやるのにッ!そんな、当たり前だろ?みたいな顔されると、突き出そうとしていた拳が引っ込んでしまう。
『ば、馬鹿野郎!やらないからなッ!』
『そうか』
意外とあっさりした返事で引き下がり、スマホの画面をぽちぽちするVegas。
通知が届き"了解"の文字が追加される。
『てか、いいのか?Vegas』
『何がだ?』
『何がって…』
高校生のくせにクラブなんて、と言ったら今時普通だろ?と返ってくる。寛大な兄貴を持ったMacauは幸せだな。そう思った。
朝帰りをしたMacauは既に自分の部屋で爆睡中だろう。その証拠に一階にある彼の部屋からは物音すら聞こえない。ふと目線を動かした先には庭へと続く大きな窓が在り、開け放たれたその場所から風が入り込む。
「外にいるのか」
ぺたぺたと足裏を鳴らしながらリビングを抜け、外へ出ると庭の端でうずくまるVegasを見つけた。
(何してるんだ、あいつ…)
「Vegas?」
不意に呼ばれたVegasは立ち上がり、振り返る。
「Pete、起きたのか」
「…──うん。てか…その格好、、、なに?」
振り向いたVegasは首にタオルを下げ、手には軍手。Tシャツの袖を盛大に捲り上げて逞しい二の腕と男らしい肩を惜し気もなく晒す。
「ああ、これか?」
両手を掲げ、庭いじり?と疑問符で答えたVegasの足元には愛犬が掘ったであろう幾つかの穴ぼこが見える。
「…………」
「Pete?」
穴だらけの地面からVegasの上半身へ視線を戻すと、無意識に喉が鳴った。
「いい身体…」
ぽそりと口を衝いて出た呟きに、ハッとする。
「何か言ったか?」
「いや!?」
必死に平静を装ってみても頭の中では、もう一人の自分が大暴れ。
いやいやいやいや。いい身体?なんの話??
どうした俺!?Vegasがいい身体なのは知ってる。昨日だって見たしな、うん。
足元を靴裏でぐりぐりしながら、こちらを訝しむVegasに、何でもない!と叫ぶ。
「あ──…」
ダメだ。
「大丈夫か、Pete?」
勃ちそう。いや、勃ったわ。
気遣わしげに眇む眼差しと眉間に寄った男らしい眉。俺を案じて優しく語り掛けるVegasの声は次第に遠退いてゆくのに、冴える視界は顳顬や首筋を伝う玉のような汗の一粒一粒をしっかりと捉え、より鮮明に映し出す。
(俺、視力上がった!?)
捲り上げられた肩口から僅かに見える僧帽筋からの肩鎖関節の張りと、強い日差しに晒され焼かれる二の腕が、やけにエロい。
普段は服で隠れてるし、素っ裸とはまたなんか違うセクシーさが…ってッ!?今、朝!いや昼か??落ち着け、Pete!!!
「そのままッ、、、続けろよ…!」
近づいて来ようとしたVegasを制し、一歩後ろへ下がって笑顔を作る。
「俺トイレ行くわ、頑張って!!」
我ながらなんて嘘くさい微笑みだろうと思いながらも、これでもかと口角を上げた。
「ん、ああ…?行ってこい」
不思議そうな表情のVegasに背を向け、大きめの歩幅で家へと戻る。向かうはトイレ…ではなくベッドルーム。いや鍵を掛けても不自然じゃないバスルームがいい。
昨夜の俺は散々Vegasのことを変態野郎と罵った。──が、流れ落ちる汗とか二の腕が謎にエロいとかチラ見えする筋肉とか?とかッ!?
一見ダサダサな"庭いじりする休日のお父さん風味"なVegasすらカッコよく見えて、しっかりと発情までがワンセットだなんて…終わりだ…俺は…結局は俺もVegasと同じ変たぃ…ッ…
「いや、知ってたけど…さぁ…」
自責の念をぐるぐるさせながら階段を上り切ったPeteは頭を抱えてうずくまる。ゔ〜う〜…と唸ったかと思うと、ひと声雄叫びをあげて立ち上がり、バスルームへ駆け込んだ彼はしばらく籠城するのだった。