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    ゆかりこ.

    @YukarikoR

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    ゆかりこ.

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    #ブチャジョル
    buchajol

    原稿5「おや、こんなところにいらしたんですね、ドン・パッショーネ」
     幹部のひとりが、カウンターに近付いて来た。ジョルノ・ジョバァーナの前に立ち止まり、笑顔で見つめる。
    「セザール・シニャックです。最近、幹部に昇格致しました。どうぞ、お見知りおきを」
     最近、幹部に昇進したばかりの男が、そっとジョルノ・ジョバァーナの右隣の空いている椅子に座った。ブルネットの男は爽やかな笑顔を浮かべる。かなり派手に麻薬を扱っていた幹部の首を土産に、自らが幹部へとのし上がった男だ。身上書では確か年齢は四十半ばだった筈だ。
    「不躾なことをお聞きして申し訳ない。ですが、切実なことなので……」
    ヘーゼルの瞳には真剣な色が浮かんでいる。
    「最近、私の娘が婚約破棄致しまして……どうやら、原因はブチャラティのようなのです。彼をパーティーで見かけてから、何も手につかないようで……しまいには、婚約を破棄してしまったのです」
     シニャックと名乗った男は、大きな溜め息を吐いた。男の手にしたワイングラスは既に空だった。カウンターの中にいたソムリエが、当たり年の赤ワインを新しいグラスに注ぐ。

    「ボスもブチャラティも、お二人とも決まった方はいらっしゃらないのでしょう? 他の幹部も、お嬢さんや妹さんが恋人と別れたり、婚約破棄したりと大変なようですよ」
     男がジョルノをじっと見つめた。ジョルノの影に隠れようとしたブチャラティへも視線を投げる。
    「俺やボスに恋人がいようが、いまいが――皆に関係はないだろうが」
     ジョルノの隣から、ブチャラティは独り言のように男に声を掛ける。確かにジョルノに恋人がいようと、この男には関係ないだろう。小さく頷きながら、チェイサーのグラスを飲み干した。小さめのグラスに入った炭酸水は、ほんのりとブドウの香りがして美味しかった。
    「もう一杯ください」
     ジョルノの前には、新しいグラスが置かれた。新しい小さめのグラスに入ったチェイサーには、炭酸の泡が湧き上がって美しく見える。
    「ふふッ……綺麗だなぁ……」
     二杯目のグラスも一気に飲み干し、ジョルノは小さく息を吐き出す。
    「ぼくやブチャラティに恋人がいないと、みんなに迷惑が掛かるってことなんですね?」
    「まあ、そこまでは言いませんが……この組織や友好関係にあるファミリーに近い女性たちが――」
     いつの間にか、赤毛のルカーノが背後から囁く。
    「あなた方に興味を持っている……」
    「ええ、恋人の座を欲している……それは、私たちだけではない」
     二人の男が溜め息交じりに吐き出した。
    「周囲のファミリーのボスの娘、妹や姉たち。所謂、上流階級に所属している令嬢にマダム」
    「周囲の若い娘たちが、全員嫁ぎ遅れてしまう」
    「女たちが納得するように、形だけでもいいから相手を見つけて欲しいのです」

    「――お次は八五年のピエモンテを開けますよ」
     店主の男がグリーンに輝くワインボトルを手にしている。店主の視線は赤毛のルカーノを呼んでいるらしい。
    「では、ドン・パッショーネ」
    「失礼します、ボス」
     赤毛の男とヘーゼルの目の男は、店主の掲げたワインへと近付いていった。イタリア・ピエモンテ地方の当たり年のワインを味わおうと、男たちが集まっている。

    「幹部連中の娘や妹たちが、恋人と別れたり婚約破棄をしたとしても……それはぼくのせいじゃあない」
     軽く唇を尖らせながら、少年は呟いた。今はこの組織を軌道に乗せるために、ジョルノも仲間たちも必死に働いている。それをこのタイミングで、ジョルノに恋人がいないからと言われても、正直迷惑でしかない。
    「ほら、ワインはそのくらいにしておけよ」
     左隣から、甘い囁き声が聞こえてきた。こんな声を耳元に吹き込まれたら、女たちは喜んでこの男にしなだれかかるのだろう。この幹部は無駄にいい声をしている。ジョルノは三杯目の炭酸水に口を付けようとしたが、途中でグラスは取り上げられた。
    「あ……ブチャラティ、これはぼくのですよ」
     飲みかけのチェイサーはブチャラティの喉を流れ込んでいった。ちょっと厚めの唇には、透明な滴が光っている。
    「酔っているのか? これは、スパークリングワインだ。炭酸水じゃあない」
     細身のグラスは空になり、マホガニーのカウンターに置かれた。背後のホールでは当たり年のワインが開けられる度に、男たちの歓声が沸き起こる。
     どうりで気分がいいわけだ。飲み慣れないワインが、小さな熱となってジョルノの全身を駆け巡る。
    「ブチャラティ――あんたに決まった人がいないから、皆が騒ぐんですよ。そう思いませんか? だから、ぼくまでとばっちりを受けているんだ」
     左側に座る男に軽く寄りかかりながら、ジョルノは小さく呟いた。何だか全てがふんわりと浮き上がり、このまま眠ってしまいたくなる。新しいパッショーネの中でも、ブチャラティのチームはそのままボスであるジョルノ・ジョバァーナの側近となっている。謂わば他の幹部とは異なる命令系統で、親衛隊に近いポジションとなっている。親衛隊と異なるのは、彼らはジョルノの指示に完全に従わなければならない訳ではない。下した命令が間違っていると考えられる場合には、ボスに異を唱える事が許されているのだ。
     特別な存在である側近の中でも、ブチャラティはいつもジョルノのもっとも近くにいる。この男に決まった恋人がいないのは、恐らく多忙のせいだろう。それならば、もう少し側近たちにプライベートな時間が取れるように配慮すべきだろうか。
     スパークリングワインのせいで、ジョルノの酔いは一気に回ったようだ。チェイサーにしては、凝ったグラスに入れられているとは思っていた。思わず小さく笑みを零す。

    「なあ、ジョルノ。お前は俺に決まった恋人がいればいいのか?」
     アルコールの香りが頬を掠める。左腕から伝わる温もりは、徐々に温度を上げていく。
    「ブチャラティ……あんたは――」
     この男に恋人がいない筈がないだろう。青みを帯びた艶やかな黒髪――北の海のような深い青を飲み込んだ美しい瞳。ブチャラティを見ていると、心がざわつく。

     店内に満ちている柔らかい光は、ジョルノの燃え立つような金髪を照らしている。緑の瞳が少し上目遣いに、ブチャラティをそっと見上げた。ブチャラティの瞳には、頬を染めたジョルノの顔が映っている。
    「ええ、そうですね。あんたに恋人がいれば、ぼくだって巻き込まれなくて済むんだから……」
    「お前に恋人が出来れば……いや、それは……」
     新しいグラスのワインを飲み干すと、ブチャラティはボスに小さく囁く。
    「麗しのドン・パッショーネ。新しきネアポリスの星。ここはひとつ――」
     ブチャラティの言いたいことは想像が付く。
    「ブチャラティ、ここは互いの利益のために――」
    「恋人のふりをするというのはどうだろうか?」
     慣れないアルコールに侵された脳内は、ろくでもない考えを導き出した。恋人や婚約者がいないために周囲に迷惑を掛けているのなら、恋人を作ってしまえばよい。それも、気心が知れている身近な人間なら、なおさらよいだろう。
     隣に座った五歳年上の男は、片頬を上げてにやりと笑う。深い海の底に飲み込まれそうな気がして、ジョルノは慌てて目を逸らした。周囲の人間にのせられてしまったような気もするが、穏やかで平穏な日々が必要だ。顔を合せる度に、お小言じみた言葉を受けるのも有り難いとはいえないだろう。

    「恋人のふり――ですか」
     そもそも、恋人なんていたことがない。ジョルノには中々ハードルが高いようだ。
    「では、行こうか。ジョルノ・ジョバァーナ」
     立ち上がった男が薄い笑みを浮べた。
    「さあ、恋人らしく振る舞ってくれ」
     甘い囁き声に、金色の髪を揺らし小さく頷いた。一足先に立ち上がっている男が、ジョルノへと大きな手を差し伸べた。ブチャラティの手を借りて、ジョルノはスツールから立ち上がる。足を着いた床が揺れ、慌てて黒髪の男にしがみ付く。
    「飲み過ぎたようだな」
     ブチャラティはジョルノの手を引き歩き出した。少し足元の覚束ない少年が、慌ててその後を追う。エノテカの中では男たちのざわめきが続いているらしい。彼らが何を言っているのかさえも、ジョルノの耳には届かない。
     重たい木の扉を開ければ、夏の夜空が広がっている。熱気を帯びた空気には、微かに潮の匂いが混じっていた。

    「ブチャラティ――これからどうするんですか?」
     今の状況が可笑しくなり、ジョルノは小さく笑いを零した。男は少年の手を引きながら歩き続ける。まだ賑やかな表通りを歩き、信号を渡った。くすくすと笑いながら、歩き続ける。
     古びたアパルトマンの前で、ブチャラティは足を止め入り口のガラス扉を押した。
    「ねえ、ここは何処なんですか?」
    「俺の部屋だ」
     
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