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    ゆかりこ.

    @YukarikoR

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    ゆかりこ.

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    #ブチャジョル
    buchajol

    原稿62.

      ガラス扉の中は広めのエントランスホールになっている。古びた外見の割には、美しい大理石の床が光っていた。コンシェルジュ用のカウンターには、小さな銀色のベルが置かれている。どうやら、昼間はコンシェルジュが在中する程度には、高級な部類のアパルトマンなのだろう。
    「前の部屋は追い出されたんだ。ちょっと煩い客があったもんでな」
     周囲をキョロキョロと無遠慮に見回すジョルノへと、言い訳じみた言葉が降ってきた。そう言えば、少し前に麻薬の売人から自宅への襲撃があったと聞いたような気がした。
     エントランスを突っ切ると、男は正面にあるエレベーターで五階のボタンを押した。クラッシックな木のエレベーターは、古めかしさの割には小さな作動音でゆっくりと上がっていった。
    「さあ、着いた」
     ジョルノの手を握ったままのブチャラティが、廊下へと進んでいく。突き当たりのドアの前で足を止め、ジョルノ・ジョバァーナをじっと見つめた。
    「いいのか?」
    「え?」
     いいのかも何も、ここまで来てしまっている。酔っ払った未成年を、このまま夜の街に追い出すのは止めて欲しい。
    「ここまで来といて……あんた、何言ってるんですか?」
    「まあ、そうだよな」
     どこか他人事のような響きの声が、少しだけ面白くない。いつもの白いスーツ姿の男に、そっと凭れ掛かり顔を見上げた。深い青の瞳に、上気したジョルノ・ジョバァーナの顔が映って見える。大きな手が背に回されて、男の胸に引き寄せられた。
    「では、恋人――ということになるな」
    「ええ、恋人の――ふりですよ」
     にっこりと笑顔を作ると、額に唇が押し当てられた。
    「今夜の俺は酔っているからな」
     ポケットから鍵の束を取り出すと、手早くドアが開かれた。重たいドアを軽く押し開ける姿は、とても酔っているようには見えない。ブチャラティは少年を見つめ、曖昧な笑みを浮べる。
     ジョルノは背を押されながら、熱気の籠もった室内に足を踏み入れた。男は灯りを点け、窓を開ける。室内には、夜風が流れ込んだ。初夏の風は思ったよりも涼しく、ジョルノの火照りをゆっくりと冷ましてくれる。
     生活感のない室内を見回しながら、勝手に黒いソファーに腰を下ろした。ブチャラティが冷蔵庫から炭酸水のボトルを取りだし、投げようとしたが笑いながら手を止めた。
    「ありがとう……ございます」
     緑色のペットボトルを受け取りながら、少年は小さく頭を下げた。そう言えば、あのままエノテカから抜け出してしまったが、大丈夫だったのだろうか。ポケットから携帯電話を取り出し、履歴を確認する。フーゴからは何度も電話があったようだ。かけ直すべきかを考えていると、手の中の携帯電話が振るえ始めた。

    「――Pronto?――」
     液晶画面はフーゴの名を告げた。戸惑うようなフーゴの声に、小さく笑いながら答える。
    「どうしましたか? フーゴ」
    「――いえ、急に出られてしまったので――」
    「ちょっと……いえ、結構酔ってしまったので……今夜は……」
    ブチャラティの手が、ジョルノから携帯電話を奪い取って行く。
    「ああ、大丈夫だ。今夜は俺のところにいるから……ん? もちろん、朝まで……いや、昼かもしれないが」
    目を丸くしたジョルノを横目で見ながら、男は軽く口角を上げている。ブチャラティは何を言っているのだ。昼までのんびりする時間などないと言うのに。明日は、赤毛の男に正式な書類にサインを書かせなくてはならない。フーゴの声が漏れてくるが、何を言っているのかまでは、聞き取ることが出来ない。
    「その通りだ。安心しろ。何しろ、恋人だからな」
    慌ててブチャラティの手から、携帯電話を奪い取る。
    「――ブチャラティ! どういうことですか? 恋人って! あんたたちはッ!――」
     フーゴの声は悲鳴に近い。周囲からは、男たちのざわめきが聞こえてきた。一体、彼は何処から電話を掛けて来ているのだろう。いや、どう考えてもエノテカの中からだろう。あの笑い声は絶対にミスタだ。
    「だって、フーゴッ……皆が、ぼくやブチャラティがフリーだから……周りの女性たちが、恋人を別れたり、婚約破棄するんだってッ!」
    「――だからって、いきなり恋人とか……どういう……煩いッ!――」
     最後の怒鳴り声は、電話の向こうにいるナランチャだろう。周囲からは乾杯の声が聞こえる。
    「――とにかく、明日は昼前にオフィスに来てくださいねッ! ……ジョルノ――」
     フーゴが疲れ切った声で、ジョルノの名を呼んだ。パッショーネに復帰してから、ジョジョと呼ぶ事が多いのに。
    「大丈夫ですよ。遅れないように行きますから」
     今回のルカーノ・ファミリーとの交渉に、一番尽力したのはフーゴだ。明日の調印まで気を抜くことは出来ないのだろう。
    「――それと、ジョルノ。ブチャラティには気を付けろ。彼に恋人を取られたって騒いでる男がいたからな――」
     Ciaoとも言わずに通話は途切れた。ブチャラティには気を付けろ――彼の周囲には女たちの姿がいつも見え隠れする。向こうから寄って来るんだと、男はいつも笑いながら言っていた。それが今回は、『妹や娘が破局やら婚約破棄をしている』との苦情に繋がったわけだ。

    「ねえ、ブチャラティ――フーゴが、あんたには気を付けろって……」
     忠告するのなら、もっと早く言って欲しかった。部屋にまで連れ込まれてどうしろと言うんだ。いや、連れ込まれた訳ではないけれど。
    「それで……お前はどうしたいんだ? ジョルノ」
     隣に座った男が笑いを堪えたような顔で、ジョルノ・ジョバァーナを見ている。質問の答えを言う前に、ペリエのボトルは取り上げられた。
    「少し酔いは醒めたか? シャワーを浴びてこい。そのまま寝るなよ」
     アルコールの匂いを漂わせ、低い声が耳元で囁かれた。
    「ブチャラティが先に――」
    「早く行って来い。汗臭い奴は追い出すからな」
     小さく追い打ちを掛けられて、ジョルノは黒いソファーから立ち上がった。指で示された方向に進み、ドアを開ければバスルームだ。バスルームといっても浴槽はなく、シャワーとトイレ、洗面台があるだけだ。
     トイレの横にある籠に、脱いだ服を放り込む。水栓を捻ると、温い湯が上から降ってきた。癖のある金髪を乱暴に解きながら、ジョルノは頭から湯を浴び続ける。ブチャラティが何を考えているのかが、よくわからない。いつもと変わらぬ声音で、どうしたいのかと問われても答えに困ってしまう。
     他人のバスルームで他人のシャンプーを使う。何だかとても変な感じだ。自分の家でなければ落ち着かない。などというものではない。今のジョルノ・ジョバァーナは自分の家を持たない根無し草(デラシネ)だ。
     旅から帰ったジョルノは、学校の寮から退去を求められた。学校自体は試験さえキチンと合格すれば、卒業することが出来ると言われている。そのためには、多額の寄付と学校の弱みを握ることが必要だったが。
     寮から追い出されたが行くあてもなく、今はホテル暮らしとなっている。三カ所ほどのホテルを渡り歩いている。ドン・パッショーネを追い掛ける者に、決まった泊まり先を確定させない意味もあるそうだ。

     ――初流乃――お前は恋なんてしちゃあ駄目よ――

     遠くから女の声がする。いや、酔っているから、昔の事を思い出したのだ。
     
     ――黒髪のみっともないお前の恋が、実るなんて思えない。美しい金髪を持ってさえいれば――

     今のジョルノ・ジョバァーナは父親と同じ金髪になっている。だが、恋なんてするつもりはない。誰かに自分の心を支配されたくはない。深い溜め息を吐きながら、新しい空気を求めて小さな窓を開けた。街の音が小さく流れ込み、少年は小さく安堵する。
     大丈夫。恋なんて求めない。だから――
     シャワーを止めて、白いドアをそっと開ける。いつの間にか用意されたタオルで乱暴に髪を拭きながら、バスタオルを腰に巻いた。

    「ブチャラティ……」
     古い映画がテレビ画面に映っている。微かに聞こえるのはフランス語らしい。
    「ああ、出たのか――じゃあ、俺も」
     ソファーには洗い晒しのTシャツと封を切っていない下着が置かれていた。
    「妙に気が利いてる気がする」
     遠慮なく用意されたものを身に付けながら、ジョルノ・ジョバァーナはぼんやりとテレビ画面を見始めた。
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