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    ゆかりこ.

    @YukarikoR

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    ゆかりこ.

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    #ブチャジョル
    buchajol

    原稿85.

    「よう、ジョルノ!」
    側近用のオフィスのドアを開ければ、寝転ぶミスタが真っ先に目に入った。ソファーの上で朝から寛いでいるミスタを、フーゴが苦々しい表情で睨んでいる。
    「おはようございます」
    「おはようございます、ジョジョ。こちらが今日、ルカーノにサインをさせる書類です。目を通してください」
     書類の積まれたデスクから立ち上がり、フーゴがジョルノに近づいた。
     差し出された書類の束を受け取ると、ジョルノは目を通し始めた。業務提携というよりは、互いに協力して麻薬の売人及び販売ルートを締め出そうという協定だ。パッショーネから逃げ出した連中を締め付けるためには、近隣の組織との協力が不可欠となる。彼らが隣接する組織の中で優遇されては、苦労は全て水の泡となる。パッショーネは本格的に麻薬の排除を行なう。その宣言でもあるのだ。この協定はその第一段階と言えるだろう。
     ジョルノの肩越しに、ブチャラティは書類を覗き込んでいる。目を通し終えた書類を、フーゴへと差し戻す。
    「問題ないと思います」
     フーゴが大切な書類でミスをすることはないだろう。これは形式的な作業だ。背後にいたブチャラティはいつの間にか離れていった。

     ソファーに座り直したミスタが、テレビのスイッチを入れたらしい。唐突に爽やかな朝に相応しい音楽が流れ始めた。
    「どうせなら、ニュース番組にしてくれ」
     テイクアウト用のカプチーノを紙のトレイに載せたアバッキオが、長い足でドアを開ける。
    「えー! いいじゃん、そのまんまで」
     朝の情報番組のテーマ曲を口ずさみながら、ナランチャがジャム入りブリオッシュの紙袋をテーブルに置いた。天気予報の後は、ニュースになるらしい。アバッキオは文句も言わずにソファーに座った。
     一階にあるバールのカプチーノは、やや深煎りされたコーヒー豆の香りが特徴になっている。人数分の使い捨てカップに入ったカプチーノは、テーブルの上に置かれた。
     大きなソファーに寝転んでいたミスタが、のっそりと起き上がる。トレードマークであるニット帽は、体の下で押し潰されていた。空いたスペースに、素早くナランチャが座り込んだ。一人掛けのソファーには、それぞれアバッキオとフーゴが座る。いつもの朝の風景だ。各々が座る席も、何となく決まったような感じになっている。
     ミスタの対面にある大きなソファーには、ブチャラティが座った。男は立ったままのジョルノを見上げて、柔らかい笑みを浮べる。誘うように手を伸ばし、ジョルノの手を取った。
    「おい、早くしろよ。せっかくのカプチーノが冷めるだろう」
     アバッキオの声に頷きながら、ブチャラティの手から抜け出す。ジョルノは慌ててソファーの空いているスペースに座った。隣を窺うと、ジョルノを見つめていた男と目が合った。
     配られたカプチーノを、そのまま口に流し込む。コーヒーの苦みと共に、ほんのりと甘みのあるミルクの味が口一杯に広がった。向かい側のソファーでは、ナランチャが遠慮なくカップに砂糖を流し込んでいた。
    「おい、ナランチャ。砂糖を入れすぎじゃあないのか?」
     ナランチャが不満げな声でミスタに応える。
    「だって、苦いんだもん。好きに飲んでもいいだろ?」

     テーブルに置かれた紙袋からブリオッシュが取り出され、ジョルノの前に差し出された。
    「ほら、ちゃんと食べておけよ」
    「ありがとう。ナランチャ」
     礼を言うと少しだけ年上の男は、白い歯を見せて笑った。
    「お前も大変だもんな。ボスやって、学校も行かなくちゃあならないし……」
     最近、高校(リチェオ)に通い始めたナランチャは、肩を竦めながら溜め息を吐いた。学校での授業についていくのも大変だが、規則正しい生活が中々難しいようだ。週末に待っているのは、本業であるギャングのお仕事だ。

     ジョルノは旅から戻り寮に帰ろうとしたが、学校からは拒否された。確かにギャングのボスが高校の寮で暮らすのは、周囲に与える悪影響も大きいだろう。フーゴのお陰で退学は何とか免れたが、通学生となることを余儀なくされた。授業は出ても出なくても問題ないが、試験には必ず合格するようにと言われている。
     当然、仕事の都合で登校することは難しいので、フーゴが家庭教師役を務めることが多い。フーゴの負担を増やし続けているのは、ジョルノとナランチャだ。正直、頭が上がらない。
     溜め息を吐くナランチャを横目で見ながら、フーゴは何とも言い様のない顔で空を仰いでいた。
     人数分よりも多く準備されていたブリオッシュは半分程に消え、皆はのんびりとカプチーノの残りを楽しむ。テーブルの上に零れたパン屑は、アバッキオの繊細な手が綺麗に片付けていった。
     今日の昼食はゆっくりと食べることが出来るのか。ルカーノとの約束は何時だっただろうか。

     テレビの情報番組がニュースを伝える。

     ――ここ数年は、新たな感染者が激減していた花吐き病――即ち、嘔吐中枢花被性疾患が再び流行を開始し始めました。感染にご注意ください――

     明るい声音の女性アナウンサーが説明を続ける。

     ――皆様、花は正規の店で、お買い求めになるようにしてください。街角の花売りからは、安易に買われないように――
     ――吐瀉花は、自然の花よりも色が美しく、長く保つという特徴があります――
     ――花は、認定証を確認してから購入しましょう。美しい愛の証が、感染の原因となってしまう危険があります――
     ――感染者の方は、専用の赤いビニール袋をご準備ください。皆様、赤い袋には決して触らないでください――

     女性アナウンサーの注意事項を、画面の中の男が感心するようなふりで聞いている。

     ――花吐き病は吐瀉花に触れることで感染します。恋多きイタリアーノには、怖い病いですね。まあ、でも片思いを拗らせなければ、問題はありませんから――
     ――命に直接関わる疾患でもありませんし――

     唐突に賑やかな音楽が始まり、画面はオレンジ色に染まった。最近よく見かけるオレンジジュースのCMが始まったらしい。

    「なあ、みんなはどうなんだ?」
     ランチの店を決めるような気軽さで、ミスタが皆を見回した。彼らにとって、花吐き病の感染は特に珍しいことではないらしい。
    「俺も感染している……女から、吐瀉花を贈られちまって――」
     アバッキオらしい理由で、彼は大きな手を上げた。
    「僕は感染していませんよ」
     生真面目に周囲を見回すフーゴは、ここでは少数派なのだろう。
    「オレも、オレもッ!」
    「オレもじゃあないだろう? どっち何だよ、ナランチャ」
     フーゴが軽く口を尖らせている。
    「オレも感染してる。昔、フッた女がさあ」
     ブリオッシュを咀嚼しながら、ナランチャが告白する。告白といっても、世間話のような気軽さだ。
    「まあ、オレもだけどな。元カノから押し付けられたのがソレでさー」
    ミスタは笑いながら、肩を竦める。
    「まあ、片思いを拗らせたりしなければ、特に問題はないよな。別に死ぬ訳じゃああるまいし」
     長い髪を掻き上げながら、長身の男は吐き出す。アバッキオは花など吐いた事がないのだろう。

    「そう言えば……ブチャラティとジョルノは、……付き合い始めたんだろ?」
     興味津々といった口調で、ミスタは探りを入れてくる。特に隠すことでもないが、大っぴらにすることでもない。
    「ああ、そうだよ」
     何でもないことのように、ブチャラティは即答した。まるで、今日の天気の話をしているように見える。この男に羞恥心はないのだろうか。

     肩に置かれた男の手を押し退けながら、ジョルノは素早く立ち上がった。
    「ぼく……ちょっと、今日のルカーノの件で確認したいことがあるから……」
     テーブルの上にあったブリオッシュは既に消え去っている。半分ほど残ったカプチーノのカップを持ち上げて、オフィスのドアへと向かった。
     背後のソファーでは、話題が次のものに変わったらしい。ナランチャの笑い声を聞きながら、ジョルノは廊下へと進んでいく。
     先ほど、フーゴからは書類を見せられて、最終的な確認は行なっている。特に用があるわけではない。
     オフィスの隣にあるドアを細めに開け、しなやかに室内へと滑り込んだ。ジョルノ・ジョバァーナのためにある執務室からは、ほんのりと花の匂いがしていた。窓辺に立ち、海へと向いたガラス窓を開けた。潮の香りが室内に籠もる甘い匂いを流し去る。
     ジョルノの大きな執務用のデスクの上には、ギャングのボスには似つかわしくない封筒が幾つも置かれていた。所謂、上流階級と呼ばれる連中からの誘いだ。パーティーや食事会、着飾った女たちやその親からの招待である。
     昨夜、エノテカでブチャラティとジョルノは二人で消えた。今頃は、噂が飛び交っているのだろう。高級な椅子にドスンと座り、冷めかけたカプチーノを口に流し込む。
    「――ッツ!」
     唇に出来た小さな傷が痛み、ジョルノはそっと顔を顰めた。ルカーノとの約束まで、まだ時間はある。机の上に置かれた書類へと手を伸ばし、少年は目を通し始めた。
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