綿飴みたいに甘い ゴォゴォと、ドライヤーの騒音が居間に響く。無言なのもどうかと思い、話題に困ってつい何気なく「髪、すごく長いですね」と聞いたに過ぎなかったのに、相手の反応が「ああ」だけだったのでサテツはますます困ってしまった。
〝髪を乾かす〟という権利を得た今、改めて得られる情報量は意外と多い。サテツは感慨深くその薄青色を見つめて、そして触れた。枯れ枝に少し肉をつけた程度の身体と同じく、ヨモツザカの髪は温風を吹かせば容易く舞うほど細かった。自分が1なら0・2くらいかな、などと認識してしまうと髪を梳く動作も自然と慎重になった。
「君はなぜ髪を伸ばしてるんだ?」
「え、俺ですか?」
予想外の問いかけに、サテツはドライヤーを弱にして言葉に迷う。でもヨモツザカの前で嘘はつきたくなかったので、素直に「短いと刺さるんです」と答えた。過去、サテツは個性が欲しくて悩んだ末に短髪にしたことがある。だが、物珍しさに触れてきたロナルドの掌を穴だらけにした時から「ウニ」「イガグリ」「剣山」「ハリセンボン」とまさに頭から生える凶器扱いされて、盛大にへこんだ。その翌朝には枕カバーに無数の穴が空いた。サテツは大いに泣いた。今思い出してもテンションが下がる。
「キヒヒ、なるほど。短髪なら今頃俺様の手は血だらけだったな」
と、ヨモツザカが笑った。確かにそうだ。やっぱり伸ばしてよかった、とサテツは思った。
「俺、ヨモツザカさんの髪、好きです」
「こんな草臥れた髪がいいとは、君は変わってるな」
「変わってないですよ」
髪に指を絡めて湿り気が残っていないかを確かめる。細すぎるし枝毛も切れ毛もある。でも、愛さずにはいられない髪。ここにヨモツザカの歴史があるなら知りたいと思ったけれど、サテツは敢えて聞かないことしにた。
(いつか、彼から聞かせて欲しい)
「それに、青い綿飴みたいだし……」
「……おい、食うなよ?」
いっそ食べてやろうかと衝動的に髪の一束に口付ければ、先日ホームセンターで買ったシャンプーの甘い香りがした。