大事にしたい どうして俺を置いていくなんて言うんだよ、と、お頭ことユーリス=ルクレールが声を荒らげているので、部屋の外で見張りに立っている部下たちははらはらと冷や汗をかきながら顔を見合わせた。
「置いていくというか……きみに留守を頼みたいだけで」
「パルミラへ外交に行くときは俺も連れていくって、あんた前からそう言ってたよな?」
「それは……すまない、連れて行けなくなった」
「だから、それがどうしてなんだって聞いてんだよ!」
ユーリスのイライラとした声に、ベレトは心の隅で
(怒るとこんな声も出すんだな)
と密かに感心していた。だがそんな場合ではない。可愛い顔を怒りに歪ませて、伴侶がこちらを睨みつけているのだから。
アビスにあるユーリスの私室には、実に彼らしい調度品が並んでいる。仕事机と、棚と、ベッド。酒と本、そして化粧品に鏡。ベレトは何故だかこの空間が結構好きなのだが、ユーリスはあまりベレトを歓迎しない。どうも自分の隠された内面を見られるようで恥ずかしいらしい。無論、地上にも伴侶としての彼の部屋をつくりはしたが、一向に引っ越してくる気配はない。ここが好きなんだ、と話したときのはにかんだような笑顔は今はどこへやら。きりきりと眉を釣り上げ、賊の頭らしい目つきでベレトを睨んでいる。外交に同行させるというかねてからの約束を破ろうとしている上に、理由を語らないのだから仕方がない。しかし、『理由を言わねえなら意地でもついていくし、一人ででもフォドラの首飾りを越えて行くからな』と言われてベレトはついに折れてしまった。
「やめてくれ……それでは意味がなくなってしまう」
「意味だと?」
「そうだ。……パルミラで何が起きるか分からないだろう。その時……道中、万が一戦闘になった時、自分がきみを守れるか不安になるんだ」
「おい、おい……見くびるなよ。俺様を誰だと思ってやがる。自分の身くらい自分で……」
「違うんだ、ユーリス。きみが強いことも、俺の知らない場所で死ぬはずがないことも分かっている。これは俺の問題で……戦いの時に、きみのそばを離れたくないんだ」
「はあ?」
ベレトは片手をちょっと頭にやって、微かに頬を赤く染めたようだった。
「騎士団の助けがあることは分かっている。しけし、自分は彼らのことも守らなくては……そちらに気を取られている間に、きみに何かあったら、と思うと堪らない。自分を許せない。だから危険な場所に連れていくよりも、きみには安全なガルグ=マクで大人しく待っていてもらった方が良いんじゃないかと思った」
「……なるほどな? けどよ、ここでもしもあんたの不在中に帝国の残党や敵対組織の奴らに狙われたらどうする? それこそあんたの手の届かねえ場所で俺が死んだら?」
「それは……とても困る。死なないでくれ」
「無茶言うなあ、ベレト」
ユーリスははあ、と溜息を吐いて顔を横に振った。
「俺がどこで死んだって、後悔するのは同じことだろ。なら、助けられる可能性が高い方を選んだ方が良いに決まってる」
「そう、か」
「つまり、ベレトの行くところにはどこにだって俺様がついていくってこった。分かったか?」
「……一理ある、が、」
「一理どころか百理も千理もあるだろうが。あんたはパルミラに行く。俺様も行く。簡単な話だったな。ほら、出発は明日だろ、準備に戻れって」
あんた、いつも冷静に見えるけど、さすがに立場が変わって緊張するとおかしなことを言い出すんだなあ。ユーリスはベレトの肩をぽんと叩くと苦笑いした。
「ま、気持ちは嬉しいから今回はいいことにしてやるけど……次またこんなこと言い出したら絶対に許さねえからな。俺は約束を守らない奴が……分かるだろ?」
「す、すまなかった」
いいってことよ。ニッ、と笑って、ユーリスはベレトの頬にチュっと口付けた。
「悪いと思ったなら、パルミラの香辛料と織物を流通させる話、俺の方に回してくれよ!」
そう言って部屋を追い出されたベレトは、バタンと閉じられた扉の前で、見張りのごろつきたちをチラと見、コホンと咳払いをひとつ。二人が仲直りできたらしい様子に心の中でほっとしつつ、彼らは知らん顔で壁を睨んでいる。どうやらアビスは今日も異常あり。しかし、お頭の幸福が守られたなら彼らはそれで良いのだ。
終わり