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    お箸で摘む程度

    @opw084

    キャプション頭に登場人物/CPを表記しています。
    恋愛解釈は一切していません。

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    お箸で摘む程度

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    キースとブラッド
    夕暮れ時に桜を見るキースとブラッドの話。13期生入所前、ディノが死んだとされている時期です。すごく暗いけどミラトリの愛とかの話。

    梶井基次郎「桜の樹の下には」をオマージュしています。短いので絶対に読んで…https://www.aozora.gr.jp/cards/000074/card427.html

    #エリオスR
    eliosR.

    暮桜 川沿いには、立派なソメイヨシノが並木を成している。この時期になると薄い花弁がモザイク模様のように隙間なく空間を埋め尽くし、重なり合い、幻想的な木陰を作っている。

    「おーい、こっちは捌けたぞ」
    「ああ……」

     河口側からキースが歩いてきた。足を引きずり気味に歩くせいで、地面に落ちた花弁が砂埃とともに巻き上がる。

     リトルトーキョーを通る河川の、河口にほど近いその岸は、日本の友好都市から送られた桜並木で有名な場所だった。もう百年近くにもなるというその並木は、歴史の浅いニューミリオンの中では特に大切にされている。桜の時期には人でごった返すこの場所の治安維持にも、ヒーローが出動しているのだ。最も、今日は夜桜のライトアップの機材点検のため、夕暮れの少し前に人を追い出すというのが仕事である。
     上流の岸辺にトラックが停車して、業者が中から顔を出した。手を上げて合図をすると、数人の技師たちが並木の中へと入って来る。そろそろお役御免のようだ。作業を邪魔しないよう、キースを促し河口に向かって歩いていく。まだ沈み切らない陽が春霞を通してぼんやりと桜を照らし、それだけで見れば白い花弁の重なり合った薄紅を、また一段色づけて滲むような美しさを湛えていた。


     並木道から街路に出ようとしたところで、キースがふと立ち止まった。訝しんで振り返ると、川にせり出した桜の低い枝を眺めている。零れそうなほどに咲き誇った花が、春風に吹かれ重たげにたゆんだ。

    「この花びらってさ……」
    「……」
    「あいつの髪、みたいだよな」

     枝の先端に手を添えて言う。俺は黙ってキースの隣に並んだ。
     桜の時期にはディノを思い出す。口にすることは無くとも、俺たちの心の内は同じだった。
     集まったのを概観すれば薄紅色に見えるのが、近くで見るとより淡い色をしているのも。晴れた日には青空や、水面の色が映えるのも。春の川岸は何もかもが、ディノのことを思い出させる。

    「ああ、そうだな」
    「この咲きすぎだろ、って感じもな」
    「ああ……」

     風がどうと吹いて、重そうな枝は大きくしなった。途端に舞い上がる桜吹雪。並木じゅうから起こったそれが、川面に浮かんで、海の方へと流されてゆく。

    「……こうやってあっけなく死んじまうところも、か?」
    「……」

     細く長い息を吐く。横目で盗み見たキースの表情は凪いでいる。


     ディノが生きているかもしれない。そのことは、まだキースには伝えていない。いや、キースに伝えるか否かも、まだ決まっていない。俺が決めなければならないのだ。それをまだ、決められていない。
     ディノが殉職したと知り、慟哭の中に陥ったキースが、やっと安定を取り戻してからまだ日が浅い。ようやく訪れた平穏を、不確実な情報で揺るがすことは、安易に良しとはできなかった。この一縷の望みをキースと共有できたなら、これ以上心強いことはない。そのくらい、キースはディノに深い情を抱いている。しかし、この望みがキースを再び不安定に陥れることも確かだ。そのくらい、キースはディノに深い情を抱いている。

     俺らしくない、とも思う。けれどこの葛藤は、俺自身もディノに深い情を抱いているゆえ、また、キースに対してもそうであるゆえだ。桜を眺め、死んだディノの思い出を語れるまでになったキース。その穏やかな表情と、途方もなく美しい桜とが、俺の心を憂鬱にする。目の前に二人ぶんの影が映るかのようだ。


     俺は一歩後ろに下がって、桜の根元に腰を下ろした。キースはそんな俺をもの珍し気に一瞥して、また視線を川へと戻した。潮風にも近い湿った香りと、彩度を落としていく目の前の景色。永遠に続くと思っていた、三人で並ぶ充足感。


     桜の樹の下には死体が埋まっている。桜の国日本にはこんな文学がある。
     桜がこんなにも見事に咲き誇っているのは、それを見てむしろ不安や憂鬱を抱えるのは、桜の樹の下に死体が埋まっているからだとするものだ。齢三十一で夭折した天才心境小説家は、二十七歳でそんなことを書いた。ほぼ同じ歳の俺にもいま、その感覚が輪郭を成してくる。

     桜がこんなにもディノ自身に感じられるのは、ディノが死んだからではないのか。そんな悪い想像が、桜の美しさに感じる憂鬱と繋がってくる。その悪い想像によって、桜の美しさはいっそう強まる。キースは、それまで桜になど目もくれなかったのだ。ディノが死んでから、ディノが思い出されるから、桜をこうして見るようになった。桜の樹の下にディノが埋まっているとすれば、その花弁の色にも、その青さとの相性も、とたんに瞳をひらいてくる。
     俺には惨劇が必要なんだ。小説の中で言った彼の、その思いが痛いほどわかる。ディノが死んだという“惨劇”があってこそ、俺とキースの間には桜があり、そして俺たちの憂鬱は完成する。桜を眺めてディノを想うキースの、その全身に憂鬱と和みとが揺蕩っている。


     また、風がどうと吹く。空気が少し冷えてきた。
     今にも地平線に吸い込まれそうな陽は、そのいたいけな紅さでもって、桜の花弁をディノの色に染め上げている。

     目の前のキースの後ろ姿、桜を眺めるキースの哀愁が、俺の憂鬱をいっそう深めて、桜はいっそう美しく見えた。


    暮桜 完
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    お箸で摘む程度

    TRAINING研究部
    感覚からヴィクターを想起してみるノヴァのお話。
    move movement poetry 自動じゃないドアを開ける力すら、もうおれには残っていないかもなぁ、なんて思ったけれど、身体ごと押すドアの冷たさが白衣を伝わってくるころ、ガコン、と鉄製の板は動いた。密閉式のそれも空気が通り抜けてしまいさえすれば、空間をつなげて、屋上は午後の陽のなかに明るい。ちょっと気後れするような風景の中に、おれは入ってゆく。出てゆく、の方が正しいのかもしれない。太陽を一体、いつぶりに見ただろう。外の空気を、風を、いつぶりに感じただろう。
     屋上は地平よりもはるか高く、どんなに鋭い音も秒速三四〇メートルを駆ける間に広がり散っていってしまう。地上の喧噪がうそみたいに、のどかだった。夏の盛りをすぎて、きっとそのときよりも生きやすくなっただろう花が、やさしい風に揺れている。いろんな色だなぁ。そんな感想しか持てない自分に苦笑いが漏れた。まあ、分かるよ、維管束で根から吸い上げた水を葉に運んでは光合成をおこなう様子だとか、クロロフィルやカロテノイド、ベタレインが可視光を反射する様子だとか、そういうのをレントゲン写真みたく目の前の現実に重ね合わせて。でも、そういうことじゃなくて、こんなにも忙しいときに、おれがこんなところに来たのは、今はいないいつかのヴィクの姿を、不意に思い出したからだった。
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