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    お箸で摘む程度

    @opw084

    キャプション頭に登場人物/CPを表記しています。
    恋愛解釈は一切していません。

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    お箸で摘む程度

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    1

    ##平面上のシナプス

    平面上のシナプス1. Trompe-l'œil


     スマートフォンのホーム画面、雑多な羅列の二ページ目、よくプレイするものから積まれてしまっているものまで見境なく詰め込んだゲームフォルダの中に、「エリオスライジングヒーローズ」は存在していた。俺自身がインストールしたのではない。ぼんやりと手慰みに端末をいじっている最中、ふと、それがあることに気付いたのだ。

     最悪の可能性は、一旦忘れたことにしよう。まず、一番に考えられること。それは、【HELIOS】を題材にしたゲームが配信されたという可能性だ。この仕事は企業とのコラボレーションの機会も多いし、ごく一般的な概念としても、ヒーローというのは商業的に扱いやすい。ゲームなんてまさしくもって来いだろう。
     けれど、もしそうだとしたら、いの一番に題材となる俺たちに打診が来るはずだし、それ以前に俺がそのことを嗅ぎ付けるはずだ。まさか何の許諾も無しに、いきなりアプリケーションが配信されるなんてことは考えられない。
     プロパティを開いて、アプリの情報を見る。販売元はH―― E―― ……聞いたこともない企業だ。インターネットで検索しても出てこない。深層ウェブまで入り込んでも、それらしき情報は一つも見つからなかった。背筋が薄ら寒くなる。他の情報を先に見ることにする。カテゴリはロールプレイング。やっぱり、ヒーローを戦わせるようなゲームなのだろうか。互換性は端末に対応していて、言語は日本語。――日本語? 日本語なんて読めるわけがない、そう思って無機質な情報の並びを凝視していたけれど、なるほど、確かに、この言語は日本語だ。いま初めて、そのことに気付いた。

     それは目の覚めるような発見だった。だまし絵に気付いたときの感覚に近い。ずっと壺だと思っていたものが、人間の横顔にも見られると知れば、どうしてそのことに気付かなかったのか愕然とする。途端に二者を成立させるための歪みも目を引いてくる。
     この世界には、そういった歪みがまだ存在しているはずだ。根拠もないのに、妙な確信があった。壺にしか見えないものが、動いていないのに動いて見えるものが、他にもきっとあるだろう。

     俺はアプリケーションを起動させると、『俺』の佇むセントラル大通りのホーム画面を無視して、ヒーロールームにアクセスした。イーストセクター、グレイ・リヴァース、ビリー・ワイズ、アッシュ・オルブライト、ジェイ・キッドマン。今、この部屋にグレイはいない。少し逡巡してから、俺はビリー・ワイズの表示をタップした。
    『『ヒーロー』って面白いネ、俺っちの知的好奇心を満たしてくれる人ばっかり♡』
     掌の空間はおそろしいほどの再現度だ。俺の部屋と俺の立ち姿が、そっくりそのまま液晶の中にも存在している。ベッドにあぐらをかいた俺は、ポスターの一枚一枚や小物の一つ一つを、現実と画面の中とで見比べた。ハンモックと椅子の配置、観葉植物に積まれっぱなしの本の数。どれもこれも、俺の部屋そのもの、いや……俺の部屋は、ゲームの背景そのものだ。あまりの忠実さに、そのことを確信してしまう。この世で実際に配信されるゲームでは、絶対にありえない。

    (でも……こちら側だけ、だ)
     画面の中の俺の部屋は、入室した側からの目線でしか描かれていない。つまり、この部屋の扉側の景色は、ゲームの中には存在していないということだ。
     俺は現実世界に視線を移して、ベッドボードとは反対側、すなわち部屋の扉側を見た。扉がある。そこから部屋に入るのだから。部屋の景色が思い浮かぶということは、そこから部屋を眺めているということだ。いや、これは、扉側から見た景色の存在から、相対的に入り口の存在を示しているだけ。絶対的な入り口は? 扉は押戸、引戸? 手動、自動? それは何色、扉の周囲には何がある、本当に、この部屋の扉は存在するのか?
     相対的な存在論で扉を具現化しようとする脳に抗って、自問しながらそちら側を見る。見ようと努める。錯覚の仕組みを解明しようとして、理論的に、絶対的にそれを認識しようと努めると、やはり、見えた。いや、正しくは、見えなかった。何も。この部屋に、扉は存在しないのだ。

     視界に映るものは、何とも言い難い。何も無いというのが一番の印象で、無理やり見えるものを言おうとすると、ただ真っ白な空間に、ところどころプリズムのような偏光のきらめきが散っているのが目に入る。あれらが浮遊したり集まったりして、乱反射することでいろいろな景色を見せているんだろう。実在めいた虚像を。実際は、脳の錯覚でしかない。
     無の空間をじっと眺めていると、プリズムは海の水面のかがやきにも見えてきて、それが打ち寄せる波のごとく具現化された部屋にまで侵食してきそうだったから、俺は慌ててそちらから目を離してベッドに倒れ込んだ。天井は辛うじて存在しているらしい。


     しばらくそうしてとりとめもないことを考えるでもなく考えていると、不意に扉が開く音がして、俺は首だけを持ち上げた。

    「ただいま、ビリーくん」
    「お……おかえり、グレイ」

     グレイはアニメショップの袋を提げて、もう片腕にはカップケーキの箱を大切そうに抱えている。目を離した一瞬の隙に、無の空間には扉があるようにしか見えなくなっていて、俺はそっと息を吐いた。グレイの部屋は、おそらく、きちんと存在している。

    「あああの、司令がビリーくんのこと呼んでたよ。今行けば、キャンディをあげるって……」

     僕もカップケーキ貰ってきちゃった、と、グレイは心なしか嬉しそうだ。ああ、司令室に行かないと。何故かそう、強く思った。

    「ふぅん、それなら俺っちも行って来ようカナ。すぐ戻ってくるから一緒に食べナイ?」
    「え、いいの……? そしたら僕、お茶淹れて待ってるね……!」
    「Gotcha! それじゃ、行ってきマース!」

     そう言われればむくむくとキャンディを食べたい気持ちが沸き上がってきて、俺は勢いづけてベッドから立ち上がると、グレイに手を振りながら部屋を出た。廊下に出てから、そういえば扉を出てきたのだ、と気づく。

     やはり、この仮定は正しいのだろうか。この世界はゲームの中に成り立っているのだろうか。いつからか、あるいは最初から? そうなると、俺という存在も、もしかして――
     俺はできるだけそのことを考えないようにしながら、ゴーグルのオレンジ色に意識を寄せて、足を速めた。尻ポケットのスマートフォンが、やけに冷たく当たるようだった。


    ////////


     司令室には頻繫に訪れるけれど、その度に部屋はよく大規模な模様替えが行われている。そういえばしばらく行っていなかった、と思えば、大きな白いクリスマスツリーが暖炉際に聳え立っていた。

    「ボス、入るヨ~」

     一声掛けて足を踏み入れる。白い木材を基調としたログハウス風の室内は、あかあかと燃える暖炉を中心に冬らしい家具でまとめられていた。散策しがてら、ソファに座ったり、ポスターを眺めたりする。部屋の奥には緑のもみの木を彩ったツリー。懐かしい、これは俺たちの、一度目のクリスマスの時の、――一度目?
     頭をよぎった疑問符から気を反らすように、司令が話し掛けてくる。俺を呼び止めたままでごそごそとやっていた司令は、しばらくして、大きなうずまき状のキャンディを手渡した。そう、コレコレ!

    「わぁい、キャンディ大好き♡」

     いつものようにおどけながら喜んで、それからしばらく、俺は司令とお喋りをした。お喋りというより、独り言と言った方がいいのかもしれないけれど。

     俺は、壺の輪郭を横顔に捉えるように、部屋の扉側を見たときの心地で、この状況を客観視しようと努めた。セントラル大通りで司令と出くわしたときのことを思い出す。あれは、「エリオスライジングヒーローズ」の中において、ホーム画面の状況だった。つまり、実際のところその場所には俺だけが存在していて、司令というのは、俺よりも外側の次元に存在しているらしいと考えられる。
     それを前提に見渡してみると、やはり、この空間に司令は存在していない。いや、扉の概念と同じように、司令の意志はあるのだが、実体が見当たらないのだ。司令が俺を見ている。お喋りを聴く体勢を感じる。それを受ければ、もう何かを言わずにはいられない。俺だけじゃない、きっと皆がそうであるはずだ。

    「ボス、面白い情報ちょーだい」
     そんなことを訊いたって、ボスは答えてくれるはずもない。それでも俺は、この台詞を言わずにはいられない。

    「司令室の大調査~☆」
     ふと覗き込んだベッドに、マリオンパイセンが寝そべっていた。驚かないでもないけれど、反応するほどのことでもない。ここでは誰も話さないのだ。俺たちは皆、お互いの存在が見えていないかのようなふるまいをする。

    「……トップシークレットが知りたいナ♡」
     どこか、自分が操られているような気は、もう気のせいでは済まされない。けれど俺はいま、自分自身の意志でもって、一つの実験を行っていた。実験といっても、いきなり突拍子もないことをするのは難しい。だからまずは、一つのことを意識的にしないようにする。「エリオスライジングヒーローズ」の存在を知って以来、俺は努めて、司令の前で情報屋の仕事に関する話をしないようにしていた。ボスへの聞き込みは欠かさずとも、今日の仕事がどうだったとか、これからの予定がどうだとか、口にすることを禁じている。今もうっかりすれば依頼の電話が鳴り止まないことを零したり、氾濫するメモの整理をしたりしたくなってしまう。けれどそれを、俺は頑なに抑えていた。


     だって、まだ信じてはいない。あのアプリは、「「エリオスライジングヒーローズ」」は、【HELIOS】を忠実すぎるほど忠実に再現した、この世の存在かもしれない。その可能性を、まだ捨てたくはない。
     だから俺は、何故か「エリオスライジングヒーローズ」の存在を知ってしまった俺は、俺という意思がここに存在していることを示すべく、小さな反抗を試みたのだ。あのアプリがこの世に作られたものならば、俺のこの小さな自由意志などが反映されるわけもないのだから。そうすれば、この世界のちょっとした錯視に気付いてしまっても、己を保って生きていける。自分を見失わずに済む。

    「ボス、またネ~♪」

     俺は小さな秘密を抱えて、それを自分の灯台にしながら、見えない司令に別れを告げた。まだ、俺は俺でいられている。



    ――――――――


    「エリオスライジングヒーローズ」をプレイしていただき、誠にありがとうございます。
    司令室およびホーム画面において、下記の不具合を確認しています。

    <不具合内容>
    ・ビリー・ワイズの一部セリフが表示されない

    現在、原因および影響範囲の特定および対応を進めております。
    対応が完了しましたら、改めてお知らせいたしますので、対応までお待ちいただきますようお願いいたします。


    ――――――――



     しかし、望みは無惨にも打ち砕かれたのだった。画面の中に無機質な文字列が、そのことを雄弁に語っている。俺の小さな自由意志が、手の中の携帯端末に反映されている。
     実験は結局、悪い方の仮定に根拠を与えるものになってしまった。この世はゲームの中に存在していて、俺もまたそのゲームの中にプログラムされた、システム上の存在なのだ。
     何だ、結局、脳の錯覚ですらない。俺には脳も無かったんだ。シナプスの信号で感覚を働かせているのではない。そこに扉が無いのと同じように、俺には扉を見るという機能も備わっていないのだ。

     そのことを知って、俺は真っ白になった。それから、何故か笑いがこみ上げてきた。あまりのことに、絶望したり感情的になったりするほど理解が追い付いていないんだろう。とにかく、この〝お知らせ〟を見たときに、俺は空虚な気持ちの中で、心のどこかが俄然わくわくとしてくるのを感じていた。これはそう、情報屋の性ってヤツだ。

     ア、今、部屋に司令が入ってきた。俺は司令の方を向く。
    『情報屋の俺っちの腕を甘く見ないでネ。簡単な情報なら、即日お渡ししちゃうヨ』
     禁じていた情報屋としての台詞が、口から勝手に滑り落ちて出る。これできっと、〝お知らせ〟には、不具合修正完了の報告がなされることだろう。


     俺は、ゲームの中の一登場人物らしい。人間ではなく、0と1だけで構成されているらしい。けれど、そのことを知っている俺は、いま、システムの外で思考している。無知の知を得て、世界を外側から見つめている。
     俺はスマートフォンを握り直した。見えない扉を睨めつける。
     画面の外のどこぞの誰かが作り上げた、「エリオスライジングヒ―ローズ」の「ビリー・ワイズ」というキャラクター。俺は俺をそれっぽちの存在だなんて思いたくない。

     言いようのない無力感が身体を支配しようとするのに抗って、存在しないらしい俺の脳は、この世界のシステムを出し抜く計画を思考し始めて回転していた。



    (続)

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    お箸で摘む程度

    MOURNING元同室 生徒会選挙の別Ver.
    .昼休みのカフェテリア、注文口まで続く長い列はのろのろとしてちっとも進まない。ヘッドフォンから流れる音楽が、ああこの曲は今朝も聴いた、プレイリストを一周してしまったらしい。アルバムを切り替えることすら面倒くさくて、今朝遅刻寸前でノートをリュックサックに詰めながら聴いていたブリティッシュロックをまた聴いた。朝の嫌な心地まで蘇ってくる。それは耳に流れるベタベタした英語のせいでもあり、目の前で爽やかに微笑む同室の男の顔のせいでもあった。
    普段はクラブの勧誘チラシなんかが乱雑に張り付けられているカフェテリアの壁には、今、生徒会選挙のポスターがところ狭しと並べられている。公約とキャッチフレーズ、でかでかと引き伸ばされた写真に名前。ちょうど今俺の右側の壁には、相部屋で俺の右側の机に座る、ウィルのポスターがこちらを向いている。青空と花の中で微笑んだ、今朝はこんな顔じゃなかった。すっかり支度を整えて、俺のブランケットを乱暴に剥ぎ取りながら、困ったような呆れたような、それでいてどこか安心したような顔をしていた。すぐ起きてくれて良かった、とか何とか言ってくるから、俺は腹が立つのと惨めなのとですぐにヘッドフォンをして、その時流れたのがこの曲だった。慌ただしい身支度の間にウィルは俺の教科書を勝手に引っ張り出して、それを鞄に詰め込んだら、俺たちは二人で寮を飛び出した。結果的には予鈴が鳴るくらいのタイミングで教室に着くことができて、俺は居たたまれない心地ですぐに端っこの席に逃げたんだけれど。
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    お箸で摘む程度

    TRAININGオスカーとアッシュ ⚠️死ネタ

    レスキューと海賊のパロディ
    沈没する船と運命を共にすることを望んだ船長アッシュと、手を伸ばせば届くアッシュを救えなかったレスキュー隊のオスカーの話。
    海はあたたかいか 雲ひとつない晴天の中で風ばかりが強い。まるでお前の人間のようだ。
     日の照り返しと白波が刺繍された海面を臨んで、重りを付けた花を手向ける。白い花弁のその名を俺は知らない。お前は知っているだろうか。花束を受け取ることの日常茶飯事だったお前のことだ。聞くまでもなく知っているかもしれないし、知らなかったところで知らないまま、鷹揚に受け取る手段を持っている。生花に囲まれたお前の遺影は、青空と海をバックにどうにも馴染んでやるせない。掌に握り込んだ爪を立てる。このごく自然な景色にどうか、どうか違和感を持っていたい。

     ディノさんが髪を手で押さえながら歩いてきた。黒一色のスーツ姿はこの人に酷く不似合いだが、きっと俺の何倍もの回数この格好をしてきたのだろう。硬い表情はそれでも、この場に於ける感情の置き所を知っている。青い瞳に悲しみと気遣わし気を過不足なく湛えて見上げる、八重歯の光るエナメル質が目を引いた。つまりはディノさんが口を開いているのであるが、発されたであろう声は俺の鼓膜に届く前に、吹き荒れる風が奪ってしまった。暴風の中に無音めいた空間が俺を一人閉じ込めている。その中にディノさんを招き入れようとして、彼の口元に耳を近づけたけれど、頬に柔らかい花弁がそれを制して微笑んだ。後にしよう、口の動きだけでそう伝えたディノさんはそのまま献花台に向かって、手の中の白を今度はお前の頬に掲げた。風の音が俺を閉じ込める。ディノさんの瞳や口が発するものは、俺のもとへは決して届かず、俺は参列者の方に目を向けた。膨大な数の黒だった。知っている者、知らない者。俺を知る者、知らない者。
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    お箸で摘む程度

    TRAININGグレイとジェット
    グレイとジェットが右腕を交換する話。川端康成「片腕」に着想を得ています。
    お誕生日おめでとう。
    交感する螺旋「片腕を一日貸してやる」とジェットは言った。そして右腕を肩からはずすと、それを左手に持って僕の膝においた。
    「ありがとう」と僕は膝を見た。ジェットの右腕のあたたかさが膝に伝わった。

     僕とジェットは向かい合って、それぞれの柔らかい椅子に座っていた。ジェットの片腕を両腕に抱える。あたたかいが、脈打って、緊張しているようにも感じられる。
     僕は自分の右腕をはずして、それを傍の小机においた。そこには紅茶がふたつと、ナイフと、ウイスキーの瓶があった。僕の腕は丸い天板の端をつかんで、ソーサーとソーサーの間にじっとした。

    「付け替えてもいい?」と僕は尋ねる。
    「勝手にしろ」とジェットは答える。

     ジェットの右腕を左手でつかんで、僕はそれを目の前に掲げた。肘よりもすこし上を握れば、肩の円みが光をたたえて淡く発光するようだ。その光をあてがうようにして、僕は僕の肩にジェットの腕をつけかえた。僕の肩には痙攣が伝わって、じわりとあたたかい交感がおきて、ジェットはほんのすこし眉間にしわを寄せる。右腕が不随意にふるえて空を掴んだ。
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