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    お箸で摘む程度

    @opw084

    キャプション頭に登場人物/CPを表記しています。
    恋愛解釈は一切していません。

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    お箸で摘む程度

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    11

    ##平面上のシナプス

    平面上のシナプス11. Bewusstsein des Nichtwissens


    「今から、DJにいくつか質問をするネ」

     制服姿でトレーニングルームにあぐらを掻き、俺は下から覗き込むようにしてDJを見た。まだ突っ立ったままの彼は、普段通りの不機嫌そうな表情を隠そうともしないまま、ため息混じりに顔を背けた。

    「いきなりこんなところに連れ込むとか、何の用? 面倒なことだったら帰らせてもらうから」
    「ふぅん、ネタばらしを最初にしちゃってもイイって感じ?」
    「むしろ結論から話してよ。俺の時間を無駄にしないためにね」

     ひとまずはしゃがみ込んでくれたDJから、やっぱり声は聴こえてこない。けれど、仮にいきなり「俺っちの声、聴こえないデショ?」なんてところから話を始めては、もうDJが呆れ顔でヘッドフォンを装着してしまうのが目に見えている。せっかくこんなネタなのだから、思う存分DJをいたぶってから種明かしをしたかったところだけれど、正直そんなに悠長にもしていられない。何がなんでもこの話を信じさせて、それから身の振り方を考えなければならないんだから。


    「じゃ、大事なところから始めるネ。これはオイラが掴んだこの世界の最大の秘密ってヤツなんだけど……」
    「いやもうそういうのいいから――」
    「この世界は全部ゲームの中の作り物なんだヨって言ったら、DJ、信じる?」

     邪険に扱ってくるDJに、直接的な結論を叩き付けた。DJは適当に受け流そうとでもしていたんだろう、軽く開いた口をそのままに固まった。俺は何も言わずに、その顔をじっと見る。DJもこちらを見る。俺は努めて真剣な表情をしながら、思えばこれまで、DJにこんなふうに深刻な情報を提供したことなどほとんど無かったとぼんやり振り返っていた。運営の考えでは、俺はどこまでもDJに対して軽薄なキャラクターであるらしい。

    「……何それ。どういう冗談?」
    「冗談なんかじゃナイ。ホントのことだヨ。オイラたちは画面の外から、ヒーローごっこに使われてるの」
    「いや、そんなわけ無いでしょ。大体、なんでそんなことが言えるの? 俺たち、ここで普通に生活してるじゃん」


     まあ、当たり前の反応だ。俺だって最初は、そう思った。しかし一度分かってしまえば、この世の錯視はすぐに本当の姿を見せる。いや、プログラムの俺たちにとっては正しい世界だけれど、外側から見る脳を得てしまえば、それは簡単なことなのだ。脳を得るということがDJにどんな感情を起こさせるかは、正直分からないけれど。


    「DJ、入所してすぐの頃、稲妻ボーイと一緒に、ダイナーでアルバイトをしたよネ」
    「うん、したけど……」
    「ダイナーの場所、覚えてる?」
    「カナリーストリートでしょ。今もよく使ってるじゃん」
    「ウンウン、そうだよネ。じゃあ、タワーを出てからダイナーまで、どうやって行けばいいか説明できる?」

     DJはすぐさま答えようとして、けれど息を吸い込んだまま、しばらく無言で考えていた。なかなか見られない滑稽なさまだけれど、残念ながら俺にも、それを楽しんでいるだけの余裕は無い。

    「あれ……ええと、カナリーストリートまで出れば、あのブロックだって分かるんだけど……」
    「そうデショ? それで合ってるんだヨ。だって、タワーからカナリーストリートまでの景色は、この世に存在していないんだカラ」


     また無言になったDJに、今度は別のことを訊いてみる。

    「じゃ、もう一問。DJはDJ業もやってるカラDJなんだけどサ」
    「……ビリーが勝手に呼んでるだけだけどね」

     かろうじて零された憎まれ口には、しかし普段ほどの力は無い。きっと先程の俺の問いかけを踏まえて、クラブまでの道のりはおろか、クラブの場所すらわからないことにでも気付いて、蒼白になっているんだろう。

    「DJはどんな曲を回してるの? 好きな曲は? イベントってどんな感じ? クラブのお友達、いっぱいいるんだよネ。名前だけでいいからサ、三人。挙げてみて」
    「……」

     DJは形の良い眉根を寄せた。答えはない。知らないからに他ならない。今尋ねたことは、おそらく全て、このゲームの設定において創作されていない範囲のことだ。DJがDJであり、夜な夜なクラブで遊んでいることは、フェイス・ビームスというキャラクターを描く上では大切なことだけれど、その実際を詳細に描く必要性は、どうやら無い程度のことらしい。


    「いや、確かに、思い出せない……けど、だからと言ってこの世界が作り物だってことにはならないでしょ」

     しかし、DJは聡明だった。俺がこの世界の構造を確信するポイントを伝えても、確実にその穴を突いてくる。俺を疑ってかかっているおかげだ。その小憎らしい頭脳は、今まさに俺が求めているもの。だからこそ、どうしても手に入れたい。

    「正直、サブスタンスの影響ならどんなことだってあり得るじゃん。俺の記憶が阻害されてるとか、記憶喪失になるサブスタンスだってつい最近見つかったんだし」
    「そうだネ。じゃ、ちょっと来て……っていうか、DJの部屋に行ってもイイ?」

     俺の身勝手なお願いにDJはむっすりとしたけれど、黙って立ち上がると俺を先導した。口先では器用に反論をしても、心に生まれた動揺を無視することは難しいはずだ。足を動かしてさえいれば知らぬ間にウエストセクターのリビングルームに辿り着いて、右か左かもわからないままルーキー二人の部屋に入る。


    「で。部屋で何をどうするの」
    「ン~、さっきもちょっと訊いたケド、DJのレコードのコレクション、見せてヨ」

     そう告げると、DJはまたしばらく黙った後、緩慢な動きでラックを取り出し、レコードがぎっしりと縦方向に詰まったそれを足元に置いた。もしかしたらもう、勘づいているのかもしれない。

    「どれでもいいから、一枚出してみて」
    「……」
    「それは、誰の何て曲? 何て書いてある? ――何か、書いてある?」


     DJはジャケットに目を落としたまま、細く長い息を吐いた。俺もそれを覗き込む。
     十二インチサイズの大きな正方形は、最早、液晶画面のようだった。そこに何でも映し出せる。赤だと思えば赤に、青だと思えば青に、ロックでもジャズでもクラシックでも、何のレコードにもなることができた。それが実際には何でもないということに気付ければ、それこそが、この世界のほんとうの姿なのだ。DJにも、それが見えたらしかった。

    「……中身、聴いてみたら?」
    「……いや、いい。……何も聴こえないのを、聴きたくないかな」

     DJは膝から崩れるようにしてベッドに座った。その表情は普段とあまり変わらないように見えるけれど、手元のレコードに目を落としながら実際には何も映していない空虚な瞳だけが、どこまでも深く考え込んでいる。

    「本当なの?」

     俺の方をちらと見上げる。困惑したような怒ったような、助けを求めるかのような瞳。

    「ホントだヨ。コレ、見て――」

     俺はスマートフォンを取り出して、呆然としたDJに見せようとする。その瞬間、シュンと扉が開く音がして、司令が部屋に入ってきた。



    『いつでも期待に応えられるよう、常にマジックのタネは仕込んでおかないと……☆』

     つい、声を出してしまったのは俺だった。今の今まで座っていたDJは瞬時に、ヘッドフォンに手を掛けた立ち姿で、司令の方に向き合っている。ちょうどいい、今、もうひと押しだ。

    「DJ、そのままでいて、声は出さないで話してネ」

     俺は声を出さずに、DJに語り掛けた。ヒーロールームの台詞には、必ずボイスが付いていることを知っている。裏を返せば、ボイスの付いていない言葉は、おそらく司令には伝わらない。

    「司令、いるよネ」
    「何言ってんの。いるでしょ」
    「よく見てヨ。司令、どんな顔? どんな格好? それから、扉はどんな? ネ、そっち側の世界がサ――」

     DJは目を凝らしているようだった。錯視にどうにか抗おうとしているのだ。一度気付いてしまえば造作もない、壺の輪郭に横顔が見えればそれでしかなくなる。俺もそちら側を見た。司令が入ってきたらしい、相対的には扉があるらしいそちら側には、

    「――何も、無い」

     DJが呟く。0と1に満ちた海が、二人ともに見えている。



     俺は手元に目を落とした。スマートフォンには、先程DJに見せようとした「エリオスライジングヒーロ―ズ」が開かれている。その左下、〝お知らせ〟マークに新着のバッジが付いているのが目に入った。はっとする。ああ、やっちゃった、さっきのは司令に、運営に、気付かれてしまったんだ。

     俺はDJの手首を掴む。俺と同じ脳を得たDJは、もう部屋を出る先導をしてはくれない。

    「DJ、一旦逃げるヨ!」
    「は!?」

    そうして、存在している床のぎりぎりを蹴ると、プリズムの中、俺たちは存在しない扉に向って踏み出した。



    ――――――――



    「エリオスライジングヒーローズ」をプレイしていただき、誠にありがとうございます。
    ヒーロールームにおいて、下記の不具合を確認しています。
    <不具合内容>
    ・一部キャラクターのボイスが正常に再生されない
    <対象ヒーロー>
    ・フェイス・ビームス
    ・ビリー・ワイズ
    現在、原因の特定および対応を進めております。
     

    ――――――――



    (続)
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    お箸で摘む程度

    TRAINING研究部
    感覚からヴィクターを想起してみるノヴァのお話。
    move movement poetry 自動じゃないドアを開ける力すら、もうおれには残っていないかもなぁ、なんて思ったけれど、身体ごと押すドアの冷たさが白衣を伝わってくるころ、ガコン、と鉄製の板は動いた。密閉式のそれも空気が通り抜けてしまいさえすれば、空間をつなげて、屋上は午後の陽のなかに明るい。ちょっと気後れするような風景の中に、おれは入ってゆく。出てゆく、の方が正しいのかもしれない。太陽を一体、いつぶりに見ただろう。外の空気を、風を、いつぶりに感じただろう。
     屋上は地平よりもはるか高く、どんなに鋭い音も秒速三四〇メートルを駆ける間に広がり散っていってしまう。地上の喧噪がうそみたいに、のどかだった。夏の盛りをすぎて、きっとそのときよりも生きやすくなっただろう花が、やさしい風に揺れている。いろんな色だなぁ。そんな感想しか持てない自分に苦笑いが漏れた。まあ、分かるよ、維管束で根から吸い上げた水を葉に運んでは光合成をおこなう様子だとか、クロロフィルやカロテノイド、ベタレインが可視光を反射する様子だとか、そういうのをレントゲン写真みたく目の前の現実に重ね合わせて。でも、そういうことじゃなくて、こんなにも忙しいときに、おれがこんなところに来たのは、今はいないいつかのヴィクの姿を、不意に思い出したからだった。
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