認められたい(認めてるよ)帰宅後に抱き合うまでのリスクとコストは、確かに上がった。我が家のような気安さで、僕はリビングのソファから玄関の方へ呼びかけた。
「手、洗いました?」
「今そっち行く」
洗面所で手洗いのミッションを終えて、土方さんはリビングへ現れた。図々しくソファに腰かける僕を見て、ため息を吐いて僕の隣に座った。すかさず僕は手を伸ばし、細い身体を抱きしめる。
「おい」
すかさず頭を小突かれる。割と痛い。
「帰宅早々何盛ってやがる。一息つかせろ」
僕の身体に籠もった熱とはうらはらな、土方さんの冷静な声。
またやってしまった。僕はそっと土方さんを解放し、ソファで体育座りをする。
「いじけんなよ」
「だって…あんまりにも情けなくて」
「ほぉ」
土方さんはお茶のペットボトルを開けて、一口呷ってから僕の顔を覗き込んできた。
「だって…これじゃ僕、身体目当てでつき合ってるみたいじゃないですか」
涙さえ出そうだ。
そんな僕の額に、土方さんは唇を落とした。額と生え際をかすめる、吐息の感覚。
「セフレは家になんざ上げねぇよ」
身体を離して、落ち着かせるように言う。
その言葉に、一瞬安心してから沸騰する。体育座りなんてしている場合ではない。僕はつんのめる勢いで土方さんに迫った。
「セフレいたんですか」
「昔の話だ。今はお前としか寝てねぇから安心しろ」
「…ほら、まただ」
「ん?」
「あんたに甘えてつっかかる自分に絶望してるんです」
僕は隙あらば土方さんに触りたがる。歳の差があるから過去なんてあって当然なのに、昔のことでうだうだする。最悪だ、こんな彼氏。
つらつらと普段思っていることをこぼすと、土方さんは僕の頭に手を伸ばして、青灰色の髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。
「子供扱いですか」
「そうじゃねぇ…つもりだ。セックスするか?」
土方さんの言葉が、電撃となって脊髄を走る。そんな言い方をされたら、そのことしか考えられなくなる。でも、でも。
「身体目当てでつき合ってるんじゃないですからね?」
「そんなやつに抱かれてやるほど悪趣味じゃねぇよ」
その言葉に赦しを感じて、腕を伸ばす。抱きしめて唇を重ねれば、土方さんの方から舌を伸ばしてきた。僕を宥めるつもりだろうか。
でも、僕はもう自分を止められない。舌を絡めながらワイシャツの裾に手を入れ、薄い背中をまさぐる。肩甲骨を指でたどると、肩が震えた。
ゆっくりと唇を離す。血色の悪い顔の、目尻がほんのり赤い。
結局、こうして性欲に任せて行動してしまう。この人を大事にしたい、守りたいと思っているのに。
「可愛いぜ、お前」
それは、今の僕が欲する褒め言葉ではない。
ワイシャツのボタンを外し、白い肌に顔を埋める。名前も知らない香水の匂いは、刺激が強い。
男は――いや、主語を大きくしてはいけない。僕は股間でものを考える愚か者だ。理性で自分に絶望しながら、本能では既に体温を、快楽を求めている。
自己嫌悪にまみれながら、細い身体に愛撫を施す。眉根を寄せて、熱い息を吐く人の顔が、最高にいやらしいと思ってしまう。
ソファの座面に押し倒すと、土方さんは赤い目で挑発するように僕を見上げた。その瞳に、僕は自己嫌悪をする理性をなくした。