選択昼時にふらりと望舒旅館を尋ねてみれば、相談があると珍しく彼の方から姿を現し、深刻な顔で打ち明けられ居住まいを正す。
「て、しょ、鍾離様は、一般的な少女が喜ぶ贈り物がなんであるかお分かりになりますか?」
緊張すると呼び方が混乱してしまうのが相変わらずで可愛いという半面、目測を誤って己の頭に天星をおとしてしまったかのような衝撃が走った。
動揺する俺に気づく訳もなく視線を泳がせ、どこか恥じ入るような様子に、あぁ、この子はとうとう「誰かを愛おしいと想う」ことに目覚めてしまったのかと、それが自分に向けられなかったことに嫉みという仄昏い感情が渦巻く。
「もうすぐ煙緋の誕生日だと旅人から聞きました。あれには我も世話になりましたので生誕の祝いぐらいはと……」
脳裏にふわふわと柔らかそうな薄紅色の髪とその間に見える仙獣の証、利発さと瑞々しさ溢れる若竹色の瞳の愛らしい少女が浮かぶ。
魈のことを気にかけて折に触れて旅館を訪れてはともに食事をしていると聞く。神の目を持ち半仙半獣である彼女は魈の業障の影響も大きくは無い。
俗世の知己を得るのはいいことだし、魈にもいい影響を与えるだろうと心の中で歓迎さえしていた。
親しみが恋慕に変わることなど凡人にも仙人にもありうること。
こんなことなら折に触れて彼女の話などしなければよかったと子供じみた後悔が押し寄せる。
「そうだな。あの子は普段は璃月の法律業務に携わり忙しくしている。一日の疲れを癒すような香膏や業務の合間に摘める菓子を贈ってみてはどうだ」
「なるほど…しかし我には彼奴の好むところがまるで分かりませぬ……」
これから時間をかけてゆっくり知っていけばいい。
そう適切な助言を与えればいいはずなのに、喉の奥に蜘蛛の巣でも絡んだように言葉が続かない。
「もし、もしも差し支えなければともに選んでは頂けないかと」
……。
無意識とはいえ、これほど残酷な誘いはあるだろうか。
直接伝えてこなかった自身に非があるとはいえ、千年以上目にかけてきた愛し子は、己以外への贈り物を「選ばせる」気なのかと。
隠しきれなかった怒気は小鳥を怯ませるのには十分すぎた。
「も、申し訳ございませぬ!その、不敬とは百も承知でしたが…鍾離様から煙緋の話を聞く度に鍾離様が嬉しそうな表情をされるのが我にも喜ばしく、次第に我にとっても友人の娘であるかのような気がして……他人事とは思えず…」
「? 今、なんと?」
はっと少年仙人は目を見張り、その拍子にいつの間にか膜を張っていたらしいそこからぽろりと雫が落ちる。
「あ、う、その、ですから…鍾離様からは度々ご友人の娘ということで活躍を楽しげに話してくださるのを我も聞いているうちに、こう、より無下にはできぬと思うようになり……あまつさえ鍾離様と一緒に贈り物を選びたいなどと、煙緋の贈り物に託けるような真似をしていまい……」
恥じ入って次第に小さくなりゆく言葉を一言一句心に刻みつける。
なるほど。
こちらも照れ隠しに思わず口を覆ってしまう。
俺が楽しそうに話すから、か。
しかし懸念が消えたわけではない。親愛と恋慕は紙一重。今お前が見せたように敬愛と恋慕が薄皮一枚隔ているのと同じく危うい。
「分かった。一緒に選びに行くのは構わないが二つ確認がある。この先あの子の誕生日が来る度に贈り物をするつもりはあるか?」
きょとんとした顔立ちは本当に愛らしくそして幼くて、これが璃月中の妖魔を震え上がらせる降魔大聖護法夜叉であるなどと誰が信じるだろうか。
「そ、それは、我が業障で果てぬ限りは心がけておくかとは思います。ですが我は俗世に疎く、まして伐難や仙女たちを見るからにおなごが喜ぶ贈り物というのは戦の得物を選ぶように簡単ではないと十分分かっております。ゆえに」
はくはくと何度か呼吸を整える様子が見て取れた。
「ら、来年も、その次も、し、鍾離様さえよろしければ、一緒に選んで頂きたく」
精一杯の甘えに、俺は手を伸ばすとしっとりと濡れたまつ毛を拭った。
「分かった。ではもう一つ、俺の生誕祝いの贈り物はどうやって選ぶ?」
夕暮れに染る軽策荘よりも赤いのではないかという頬の色がその答えだと分かっていても、ちゃんと言葉にしてもらいたくて頬や唇を撫でる。
「そ、その、旅人に相談するかもしれませんが、我一人で最後は選んでみせます」
旅人の名前が出るのは予想の範囲内だ。当然道は塞いでおかねばならない。
「無理に形のあるもの、ないものを選ぶ必要は無い」
ああ、そういえば昼時だと言うのに昼餉を頼むのを忘れていたな。
だからだろうな。凡人として定めた誕生日は半年近く先だと言うのに「贈り物」を食べてしまった。
旅人、旅人、聞いてくれ。
魈が私に誕生日の贈り物をくれたんだ。
随分と趣味が良くてな、こう言ってはなんだが戦うことに長けている夜叉たる方がこんないいもの選ぶとは……ん?鍾離先生? ああそういえば贈り物を選ぶのに相談に乗ってもらったとか。さすが送仙儀式をもやり遂げる博識な方ともなると仙人と縁が深いのだろうな。魈とも浅からぬ縁があるのだろう。ああ皆まで言うな。どうやって知り合ったのかとかどれくらいの仲なのかとか全ての謎は私自身で解き明かして見せよう。
それはともかくこれはこの璃月で一二を争うほど手に入れるのが難しい菓子なのだ。魈が店に並んで買うとは思えないから鍾離先生が代理で買って差しあげたのだろうな。
というわけで一緒に食べないか?