ブラックバニーの辻田さん(まだ途中)ブラックバニーの辻田さん
ここは新幹線が通るだけと言われる場所から脱却しようと土地開発に力を入れている魔都シンヨコハマ。山を切り崩し、高層ビルやレジャー施設を建て、蛍の光の代わりに煌びやかなネオンが輝くようになった街の一角に、ひっそりと佇む一軒の店があった。
ドラウサキャッスル。そこは、兎の獣人のドラルクと亀のジョンが経営する夜の店であった。己の肉体美を見せ付けるような布面積の少ない衣装に身を包んだ男の獣人達が客をもてなし、訪れる人々に束の間の癒しを提供する対価として金銭を頂く、所謂、水商売の店である。
ここで働く獣人の大半は、土地の開発で住む場所を失った者達だった。店の経営責任者であるドラルクは土地の権利を買い戻そうと、人間達から金を巻き上げる為にこの店を立ち上げた。
店で働いているブラックバニーの辻田は、亀のジョンの友達であり、勤続十年以上のベテラン兎であった。彼は子供の頃に山から人間の街にやって来たので、ビキニぐらいでは通報もされないシンヨコハマに慣れていた。入店当初は露出部分が多い衣装に戸惑っていたが、今ではどんな衣装でも平然と着こなしている。
今日の衣装は首に白い襟と真っ赤なネクタイ。両腕はエナメル素材の布で肩から手首までぴっちりと覆われているが、胸から腹にかけてと背中は素肌が丸見えだった。乳首には黒いハート型のニップレスが貼られており、腹には鍛えられた美しい筋肉が見えているが、流石に股間は見えないようビキニパンツを履いて雄の象徴であるちんちんを隠していた。ビキニパンツは股間以外隠す布がなく、細い紐しか繋がっていないので、動いた拍子にうっかり見えてしまいそうな、何とも危なっかしい下着だった。ズボンも履いてはいるが、前はV字になっており、ビキニパンツが見える作りになっていた。ズボンの後ろは兎特有の丸い尻尾が出せる穴が開いている。穴は尻尾より一回り大きく、尻の割れ目までくっきり見えるいやらしいデザインだった。
逆パニーと呼ばれる衣装に身を包んだ彼は、踵の高い真っ赤なヒールを履いていた。ピンと伸びた黒い兎耳と190㎝の長身にヒールの高さを加えると、2mを超える大迫力のウサギちゃんになる。三白眼の鋭い目と不機嫌そうに顰められた眉も相まって、とても怖そうな兎に見える。だが、彼はとても面倒見が良かった。入店したばかりの新人兎が酔っ払い客に絡まれていれば引き剝がし、深酒をし過ぎて吐いてしまった時は、自分が汚れるのも気にせずトイレに連れて行き、吐き終わった後は水を飲ませて介抱したりと、黒服に任せてしまえばいいような仕事を率先して引き受ける。キャストの兎達や黒服からも頼りにされている先輩だった。
そんな彼が呼ばれた席には、珍しく初心そうな客が座っていた。夜の店が初めてなのか、それとも兎の獣人とはいえ、雄の兎が際どい衣装を着て人間の男に接客をするのが気に入らないのか、視線が下を向いており、ちっとも楽しそうでも、エロい目付きをしているのでもなかった。辻田を指名するような客は彼の身体を隅々まで舐め回すような客が大半だった。この手の客は見た目が可愛らしい新人兎が担当する事が多かった。
隣に座って先輩風を吹かしている奴に無理矢理連れて来られたのだろう。自分のような奴ではなく、誰か他の可愛い兎に任せた方がいいだろうと、他のキャストと交代しようとした辻田に気付いた瞬間、客の顔が真っ赤になった。瞬間湯沸かし器のように湯気まで出そうなぐらい顔を真っ赤にした客は、慌てて立ち上がると、辻田に自分の隣に座って欲しいと懇願してきた。何があったのか知らないが、呼び寄せていた交代のキャストに戻るように言い、辻田は豹変した新規客の隣に座った。
「ようこそ、ドラウサキャッスルへ」
「あ、はい。宜しくお願いします。本官じゃなくて、俺はケイ・カンタロウと言います!あの、あなたのお名前を聞かせて頂けますか?」
「辻田だ」
「辻田さん!素敵なお名前ですね」
カンタロウと名乗った男は、顔を真っ赤に染めながら辻田をキラキラした目で見つめながら、聞いてもいないのにベラベラと勝手に自己紹介を始めた。彼は警察官を辞めて転職したばかりの新米ハンターで、シンヨコハマで仕事をするなら、これぐらい慣れて置いた方がいいぜと、先輩に店に連れて来られていた。まだシンヨコハマに慣れておらず、ビキニやボンデージ姿の人間はもとより、セクシーな衣装に身を包んだ獣人にも免疫がなかった。逆バニーの姿で兎達が歩き回る店内でいたたまれない気分でいたところ、突如現れた辻田に心臓を鷲掴みにされたのだと力説した。
「あの、辻田さんはずっとシンヨコハマにお住まいですか?何処かでお会いした気がするのですが」
「ずっとじゃない。それと、お前みたいなハンターに覚えはないな」
「そうでありますか。いや、こんな美人のバニーさんとお会いしたら忘れるはずがないであります!あの……本官、いや俺!あなたを見た瞬間、一目惚れしました!あなたは俺の運命のバニーさんであります!どうか俺とお付き合いして頂けないでしょうか!!」
「本指名ってやつか?」
「いえ、あの、お店の中だけでなく……外でも恋人になって頂きたいのですが」
「同伴やアフターは別料金だ」
「そうではなくて!俺は!本気で口説いているのであります!!」
「初めて来店した店で碌に酒も頼まず、外でも金を払わないで会えるように付き合いたいとか言うような奴が好かれると思っているのか?寝言をぬかしている暇があるなら帰れ。ここはお前みたいな奴が来る所じゃない。惚れた腫れたは他所でやれ」
黒服を呼び、お帰りだと告げる辻田の足元にカンタロウは勢い良く土下座した。
「申し訳ありません!俺が間違っておりました!!店員さん!お酒をお願いします!辻田さんも何か飲まれますか?」
「安酒で粘っても答えは変わらないからな」
「初対面でいきなり失礼な事を言ってしまったお詫びに、何か奢らせて下さい。高いお酒を頼んでも構いませんよ」
「俺は酒は飲まん。飲むならお前だけ勝手に飲め」
「分かりました!では俺にはこれと、フルーツであれば召し上がりますか?」
「……馬鹿な奴だな。好きにしろ」
「はい!あ、ノンアルコールのドリンクもお願いします。乾杯だけでも一緒にして下さい。ね、お願いします」
「ふん、まあどうしてもと言うならしてやってもいいぞ」
「ありがとうございます!」
この席だけ逆接待になってるなあと思いつつ、黒服はフルーツの盛り合わせと飲み物をテーブルに置いた。
■□■
ドラウサキャッスルで働くまで、辻田は髪の毛のセットなどした事がなかった。伸ばしっぱなしだった髪をわざわざ金を出して美容院で切り揃え、店に出る前に整える必要なんてあるのかと首を傾げたが、商品として店に出るなら美容だとか、おしゃれに気を付けなければいけないのだと、ジョンのふさふさの腹毛をブラッシングしながらドラルクは辻田に諭した。
「世界一可愛いジョンはそのままでも勿論素晴らしいけれど、美しさと可愛さの追求や努力があってこそ、ハチャメチャ可愛い亀になるのだよ!」
なるほど。よく分からんが、同じ店で働く以上、美の追求とやらが必要なのだと納得し、辻田は美容について学んだ。定期的に獣人が働いている美容院に行って髪も耳の毛並みもしっかり整えるし、髪を伸ばしてヘアアレンジも覚えた。肩より少し長めの髪を、店に出る日は衣装に合わせてセットする。化粧はドラルクの知り合いだというボンデージ服を着ている人間の男に教えて貰った。臭いに敏感な獣人でも使えるメーカーの化粧品で肌を整え、爪にも色を塗る。こんな事をして意味があるのかと何度も首を傾げたが、亀のジョンの肌艶が良かったり、小さな爪にネイルシールが貼られたりしていれば、辻田は目ざとく見つけるし、可愛いと思うので、これも仕事の一環だと割り切った。
今日のジョンは三国志に出て来る諸葛孔明をイメージした帽子と扇を持っていた。辻田はジョンの事を丸と呼んでいる。辻田は店に出る時は、大好きな丸と服やイメージを合わせるようにしていた。今日はドラルクの知り合いがキッチンに入り、小籠包やごま団子などの点心を手作りしている。特別メニューとして提供される点心を頬張る丸のほっぺたはリスのように膨らんでいた。丸々としたほっぺたを眺めながら、辻田は髪を団子にセットした。
左右の耳の横に髪を団子にまとめ、真っ赤なチャイナ服に着替える。鎖骨から胸元まで丸い穴が開いている、女性であれば胸の谷間を強調するような衣装だった。丈は短く、尻がギリギリ隠せるぐらいしかなかった。何より、チャイナ服は布地が薄く透けており、下に何も着ないと流石に捕まりそうな作りだった。辻田はいつもの黒のニップレスを乳首に貼り、黒いビキニパンツを着てから赤いチャイナ服に袖を通した。鏡で見ると薄っすらとニップレスと下着が透けて見える。爪には血のような赤い色を塗って、ピンヒールは黒にした。ストッキングを履いて、スリットから覗く足に電線がないかチェックする。
「……問題ないか?」
「バッチリ!」
「ヌリヌリヌン!ヌイヌヌ!ヌヌイー!」
丸のお墨付きさえ貰えれば、他の誰が何と言おうと関係ない。辻田はシースルーの赤いチャイナ服を着た己の姿を恥じる事なく、威厳すら感じさせる態度で堂々と店内へと足を踏み出した。
■□■
初回でこっ酷くフラれたというのに、カンタロウは店に通い続けて辻田を指名していた。チャイナ服姿の辻田がカンタロウの席に着くと、彼は会った時と同じぐらい真っ赤になっていた。
「つ、辻田さん!きょうも、お、おきれいでありますね……」
「この服が気に入ったのか?スケベだな」
「そっ!それは!その!あの!」
「冗談だ。落ち着け」
「はっはい!申し訳ありません!確かに物凄くエッチで思わず見惚れてしまいましたが!辻田さんは何を着ていてもお綺麗であります!!」
「正直なのかお世辞が上手いのかよく分からなんな」
「全部本心であります!!」
「じゃあスケベも当たってるな」
「エーン!辻田さんにそんな恰好をされたら誰でもスケベになってしまうであります!」
「いや、お前ぐらいだろう。物好きな奴だな」
「そんな事はありません!他の人も辻田さんの事をジロジロといやらしい目で見ていました!お、俺だって、見ちゃいますよ、そんな……魅力的な恰好をされたら、ドキドキしない方が可笑しいです!」
「そうか。まあ頭を冷やせ。何か冷たいものでも飲むか?今日は特別に手作りの点心がメニューにあるぞ」
「うっ……ビールと一緒にお願いしたいでありますが、もっとお高いワインとかを入れないと辻田さんの売り上げに貢献出来ないであります!」
「構わん。おい、ビールと点心持って来い」
「あ、あの!辻田さんの分もお願いします!」
「じゃあ黒ウーロン茶追加」
「点心セットも二つで!」
「いいのか?」
「辻田さんがお腹いっぱいで食べられないようでしたら、俺が二つとも食べますので。高いお酒もビールの後でちゃんと注文しますから!安心して下さい!」
ニコニコと笑いながら運ばれて来たビールを飲んで熱々の点心を頬張るカンタロウの頬は丸に少し似ていた。美味しいであります!と出来立ての肉まんやシュウマイ、汁気たっぷりの小籠包を次々に口にし、ビールを美味そうに飲むカンタロウを見ていると、辻田も食欲が湧いた。箸を伸ばして、小籠包を頬張る。
「……美味いな」
「はい!もっと召し上がりますか?すいません、お代わり下さい!」
「答えを聞く前に頼むな!俺はもういらんからな!」
「では俺が頂きます!辻田さんが一緒に食べてくれたので、一人で食べていた時より美味しく感じられたので、これなら幾らでも食べられそうです!」
「食い過ぎて吐くなよ」
「はい!」
カンタロウは本当に美味そうに点心を頬張っていた。シースルーのチャイナ服を着ると、他の客はいつも以上にいやらしい目付きでジロジロと眺めるか、スリットの間に手を伸ばそうとしてきた。この店では客がキャストの許可なく触ってはいけないというルールがあるのだが、故意ではなく、偶然を装って触ってきたり、黒服に見つからないよう触ろうしたりする客もいた。自分から触らなくても、高い酒を注文したお礼にキャストの方から体に触るサービスを求める客もいた。それで売り上げに繋がるならと、辻田は苛立ちながらも適当にそんな客の相手をしていた。
キャスト達がチャイナ服を着ている日の売り上げはいつも良かったが、用意した手作りの点心は余る事が多かった。余った点心を食べている丸の姿はいつも悲しそうだった。けれど、今日はカンタロウが次々に点心を頼んで美味そうに食べるせいか、他の席でも注文が相次いでいた。用意していたものが全て完売して、兎目的で来たはずの客から、また食べたいと言われた料理人は大層喜んだ。今日の売り上げはそれほど良い訳ではなかったが、いつもは冷たい酒で腹を冷やしていたキャスト達の腹は温かく満たされていた。
■□■
辻田は子供の頃に土地の開発が進んだ山に住んでいられなくなり、人間の住んでいる街に住み着くようになった獣人だった。その頃の辻田はナギリと名乗っていた。辻田はこの店で働く際に付けて貰った源氏名である。
路地裏や廃墟を転々としていたナギリは、通り掛かった人間を強靭な脚で蹴り倒し、財布や食料を奪って生活していた。彼の脚力はとても強くて、蹴りを真正面から食らった人間の肋骨はポッキリと折れてしまうぐらい獰猛な兎だった。
動きも素早いから誰にも捕まる事なく、ナギリは強盗のような事をして生活していた。
そんな生活を改めたのは、路地裏で蜘蛛の吸血鬼に襲われていたまん丸い亀を助けた事が切っ掛けだった。ナギリは自分のテリトリーにしていた場所に入り込んだ邪魔な蜘蛛を蹴散らしただけだったが、まん丸い亀はお礼だと言って今川焼を差し出した。
まん丸い亀と冷めてしまった丸い今川焼は、ナギリがそれまで食べていたものとは違っているような気がして、ナギリは丸いのが気に入った。まん丸い亀を丸と呼んで、自分の庇護下に入れてやろうとしたが、亀にはもう別の名前が付けられていて、主人までいたのだった。
ナギリは落胆したが、亀はナギリと友達になってくれた。山でも街に来てからも、ずっと一人ぼっちだったナギリに出来た初めての友達だった。
その友達は、人間の街に帰る家があった。また吸血鬼に襲われてはいけないから、ナギリは友達になった亀を抱えて家まで送ってやった。
「おや、お帰りジョン。そちらの方は?」
まん丸い亀の家は、ナギリと同じ兎の獣人達が人間相手に酒を飲ませて大金を巻き上げている、摩訶不思議な所だった。
■□■
路地裏で強盗生活をしていたナギリにとって、ドラウサキャッスルは奇妙奇天烈な場所だったが、雨風を凌げる屋根や壁があり、獣人でも働けば食べるものが与えられる貴重な場所だった。
彼は友達である亀の丸の為、そして自身も山を追われた者として、人間から土地を買い戻す事に賛同してドラウサキャッスルで働くようになった。
辻田は、当初キャストではなく黒服として店のバックヤードで働く予定だった。しかし、初出勤の日に届くはずだった190㎝の彼用にあつらえた服は、何故かキャスト用のセクシーなバニースーツだった。
「発注ミスかなあ。仕方ないから、今日はこれ着て働いてくれる?」
「……これでか?」
手違いで支給された服は布地が少なくて見慣れないものだった。衣装とセットになっていた踵の高い靴を履くと、彼の身長は2mを超える迫力あるものとなった。彼が店に出ると、その長身とハシビロコウのような鋭い目付きにキャストと客は驚いたが、周りの目線など気にもせずに、辻田は淡々とドラルクに頼まれた仕事をこなした。
汚れた灰皿や飲み終わったグラスを片付け、台所で皿を洗ったりフルーツを切ったりつまみを盛り付けてテーブルに運んだりと、本来黒服姿でやるはずだった仕事を、辻田は逆バニーの衣装を着て行った。テーブルにつまみや酒を運んでいると、稀に面白がった客からキャストと間違われて席に着くように誘われるようになった。
キャストとして働いた方が店の稼ぎになる。店の為ではなく、全ては丸の為。
辻田は次第にキャストとして客の相手をするようになった。酒は苦手だったが、酔うと弱々しくなるのが面白いのか、辻田を指名して飲ませたがる客はそれなりにいた。具合の悪くなった辻田を解放すると称して体をベタベタ触る奴には腹が立ったが、相手に媚びるたり煽てるような接客が出来ない辻田は、相手がそうしたいなら勝手にするがいいと好き勝手させてやった。勿論、あまりにも酷い客はドラルクが出禁にしたが、高い金を払うなら、多少の事には目を瞑っていた。
辻田が店で働き始めてから随分経ち、厄介な客のあしらい方にも多少慣れたものの、全くない訳ではなかった。それが、カンタロウが店に来るようになってから、不快な出来事が減った。まるで悪い奴を寄せ付けない番犬みたいな奴だなと思いながら黒服に呼ばれて辻田はカンタロウの隣の席から立ち上がった。どんないい客だろうと、常にその客の相手ばかりは出来なかった。
別の客の相手に向かう辻田の姿をカンタロウは置いて行かれる子犬のような目で見詰めていた。
「待っていますから、早く戻って来て欲しいであります!」
「ああ、分かった。良い子で待ってろ」
子犬を宥めるように頭を撫でてやってから別の客の元に向かう辻田は、自分の背後でカンタロウが、辻田の向かう客を瞳孔のかっぴらいた目で凝視している事を知らなかった。
■□■
カンタロウは物凄く健康でご立派なちんちんが付いている男児である。故に生理現象として朝立ちもするし、定期的にオナニーをして射精をしなければ夢精して朝から下着を洗う羽目になる。
なので、自慰の為にお世話になっている雑誌の一冊や二冊は自宅の本棚の奥にこっそりと仕舞われていた。ドラウサキャッスルで辻田に会うまでの彼の夜のおかずは、ミニスカポリスの衣装を着た女性であった。日本の婦人警官服に似た衣装を着た女性の下乳が見えてしまうぐらい短いシャツを着て、タイトスカートから伸びる生足に興奮して抜いた事があったカンタロウにとって、今、目の前にいる辻田の姿は直視し辛いものだった。
今日の彼は、日本の婦人警官ではなく、アメリカンポリスコスチュームと呼ばれる衣装を着ていた。上は黒のベストのようになっていたが、丈は短くてヘソが丸見え。サイドは黒のレースで肌が透けていて、胸元は谷間がバッチリ見える大胆な作りになっているだけでなく、ファスナーが付いており、ブラジャーのフロントホックのように前から開けられる作りになっていた。胸元でゆらゆらしているファスナーのフック部分を口で咥えて下にずらしたくなるような、男心を弄ぶ衣装の下は、黒のショートパンツよりも丈が短くて、そのあまりの短さに脚に熱い視線が集まるという理由で名付けられたホットパンツ。後ろからは、お尻の下の丸い部分が、その短さ故に見えてしまっている。引き締まった魅力的なお尻から目線を更に下げると、網タイツに黒の編み上げブーツ。
カンタロウは生脚派であったが、決して網タイツに覆われた脚も嫌いではなかった。寧ろ興奮する。辻田の前では紳士的に振舞わねばと、店に来る前に抜いてから来たはずなのに、カンタロウの愚息はエレクチオンしていた。
指名されてカンタロウの席に来る前から熱い視線を感じていたものの、いざ席の前まで来ると股間を両手で隠して、前屈みになって座っているカンタロウの姿に辻田は首を傾げたが、ああと何か思い当たった顔をしてカンタロウが座っているソファーに腰掛けた。
「俺が来るまで座っていた新人は気に入ったか?」
「へっ?あ、いや」
辻田にそう言われて、カンタロウは先程まで自分の隣にいた兎さんを思い出そうとした。確かに、今日は少し待たされた。指名した相手が直ぐに来れないからと、代わりに接客してくれたはずの兎さんがいたはずだが、カンタロウは全く思い出せなかった。待っている間、頭の中は辻田の事でいっぱいだったし、ようやく自分の方に来てくれた辻田の姿が目に入ってからは、カンタロウの性癖ドストライクのミニスカポリスの衣装も相まって、彼の事以外何も考えられないぐらい、頭が馬鹿になっていた。
「俺の事は気にしなくてもいい。さっきの奴を呼んでやろうか?」
「そんな!俺はずっと辻田さんを待っていたんです!」
「いや、でもお前……それ」
それと言葉を濁され、カンタロウは憤慨した。
「これは!辻田さんを見たからなってしまったからであります!!」
勃起している事を言うのは恥ずかしかったが、彼を見て興奮したのを、他の兎を性的な目で見たからだと勘違いして欲しくなかった。
「……俺で?」
「はい……だって、辻田さん……今日も、その、滅茶苦茶えっちであります!!」
カンタロウはヤケクソ気味に叫んだ。嘘偽りない気持ちだった。辻田はそんなカンタロウに本当か?とまだ半信半疑のようだったが、ふと何か悪い事を思い付いた悪戯っ子のように笑ってソファーに膝から乗り上げた。
「俺を見てそんな苦しそうにしているんなら、楽にしてやらないとなあ」
カンタロウは早漏ではない。寧ろ遅い方だった。おまけに今日は既に二回自慰で抜いた後である。射精するにしろ、普段より遅いはずだった。そのはずであったのだが。
ミニスカポリス姿の辻田がカンタロウを跨いで膝立ちになり、座っているカンタロウの上に腰を落とした。カンタロウは思わず辻田の腰に手を回してしまったが、客からのお触りは禁止だったのを思い出してパッと手を離すと、いい子だと辻田がカンタロウの耳元で囁いた。そのまま、勃起して布を押し上げているズボンの上にお尻を乗せて腰を軽く上下させる。おままごとのような擬似セックス。本当に、上に乗って体を上げて、下ろすだけの、AVであれば下手過ぎて全く抜けないだろうやる気のない演技なのに、それをしたのが辻田だと思うと、カンタロウは途端に駄目になってしまい、歯を食いしばった。
「なんだ。我慢してるのか?生意気な奴だな」
ヒヒッと笑って辻田はカンタロウの膝の上から退いた。カンタロウは耐えた。だがそれは、例えるならグラスいっぱいに注がれた水が表面張力で辛うじて零れずにいるようなものだった。後一滴でも入れば零れてしまう危険な状態に変わりはない。助かったとカンタロウが油断したところを見逃さず、辻田はカンタロウのちんちんが勃起し、ズボンの布を押し上げ、テントが張っている所の頂上を指でツンと突いた。彼にしてみれば軽い悪戯のつもりであったが、カンタロウからすればミサイルの発射ボタンを拳でガツンと押されたようなものだった。
「はひぃ!あっ、あっ、あああああああああ!!」
カンタロウの体がビクンビクンと揺れて、次いでこの世の終わりに直面し、喉の奥から罪悪感を搾り出したような悲痛な叫び声が店内に響いた。店にいるのは雄ばかりである。ナニが起きたのかは明白だった。流石に責任者であるドラルクが大慌てで彼らの席にすっ飛んで来た。
「辻田さん!やり過ぎ!!」
「……すまん。いじめ過ぎた」
「好きな子をいじめる子は嫌われちゃうよ〜。はいはい、トイレあっちね。着替えは後で持って行くけど、一人で歩ける?責任取らせて姫抱きでもさせようか?」
「い、いえ……自分で歩けます」
「ごめんね。クリーニング代もお渡しするから。辻田さんは後でジョンからお説教だよ」
「あの、そこまでして頂かなくても、大丈夫であります」
黒服に案内されてカンタロウがトイレに向かうと、ドラルクはお説教は後でね。アフターケアちゃんとしておいでと辻田に後を追わせた。
カンタロウは黒服からトイレに案内され、渡された下着に着替えると、黒服は彼を裏口に案内した。店内に戻って他の客やキャストにこれ以上顔を見られないようにとの配慮である。いらないと断ったが、クリーニング代も渡されてしまい、今日のお代も店の者が失礼をしたお詫びですのでと支払いをさせて貰えなかった。
確かに恥ずかしい失態をさらす事になったが、カンタロウは怒ってなどいなかった。居た堪れない気持ちでいると、普段はピンと立ち上がっている耳が両耳ともへたりと垂れてしまっている辻田がやって来た。黒服が去って二人っきりになると気不味い沈黙が流れたが、辻田はカンタロウに頭を下げた。
「大勢の前で恥をかかせてすまなかった」
「いえ!その、いつもはあんな、堪え性がない訳ではないのですが!辻田さんがあまりにもその、お上手でして……」
「馬鹿を言うな。俺なんかの下手な演技でイく奴なんて居ないだろうと思ってたから、遊びが過ぎた」
「え?ちょっと待って下さい!あんなエッチな事を、俺以外にもしたんですか!?」
「いや、他の奴らはしてたが、俺はデカイからな。座ったら潰しそうだし、する気もなかった。お前は俺より小さいけど、鍛えてそうだから、乗っても平気かと思ったんだが、変な真似をして悪かった」
「プライベートであれば是非もう一度お願いしたいのですが!!じゃなくて!あの、俺、滅茶苦茶興奮しました……辻田さんが好きだから、好きな方にあんな事をされたから、我慢出来なくなります。いっそ、このままお店から連れ出して攫ってしまいたくなるぐらい、俺はあなたに夢中なんです」
「カンタロウ……」
「だから、俺以外にしないで下さい。悪い事したって反省しているなら、約束して下さい。それで許しますから」
「分かった。お前以外にはしない」
「良かった。約束でありますよ、辻田さん!」
晴れ晴れとした顔になったカンタロウが、それでは今日はこれで帰りますねと裏口から出ようとするのを、辻田がソッと引き止めた。
「ついでの詫びだ。取っとけ」
チュッとカンタロウの頬に口付けると、辻田はドアの外にカンタロウを押し出した。バタンと閉まった扉の向こうで、カンタロウはほんの一瞬だけ唇で触れられた頬に恐る恐る手を伸ばした。ここに、辻田さんが、キスを、と認識した途端、カンタロウの心臓は全力疾走した後のように激しく脈打っていた。顔を真っ赤にしながら、手汗が滲んでしまった掌でキスをされた頬に触れながら、カンタロウは暫くそこから動けなかった。
■□■
「おや、ご機嫌斜めだねえ黒兎君。そんな顔してちゃお客さん怖がって逃げちゃうよ」
「だったら帰れ!お前を呼んだ覚えはない!」
「やだねえピリピリしちゃって。来て欲しい子がいるなら、連絡先交換してマメに営業しないと直ぐ飽きられちゃうよ」
「誰がそんな事をするか面倒臭い」
「おや、お堅い黒兎が恋をしちゃったと噂になっていたけど、違ったのかな?」
「誰だそんな事を言いふらした奴は!」
「ふふ、面白いねえ。一本入れてあげよう。芽吹く前の蕾ちゃん。花が咲くのか水が貰えなくて枯れてしまうのか、楽しみで仕方がないよ」
「悪趣味だな。お前の玩具になるつもりはないぞ。後、ここで吸血鬼の能力を使ったら叩き出すからな」
「おお怖い、能力は使わないよ。それにしても、さっきから来客の度に目が行くのに気付いているかな?誰の姿を探した?不安と期待に揺れている君は見ているだけでも十分楽しめるよ」
「……」
「顔真っ赤!あっはっはっは!いいねえ!今の気持ちを聞かせてくれないかい?誰の事を思い浮かべたんだい?手ぐらいはもう握った?知ってるかい?お店の外なら、何しても構わないんだよ。どんな事をされたい?それともしたいかな?」
「今直ぐ店からお前を放り出してぶん殴りたい!」
「ボトル入れたばっかりじゃないか。もっとお喋りしようよ。お店に入ったばかりの頃は初々しくて面白かったのに、最近はつまんなかったからさあ、いやあ、愉快愉快!もしかして初恋だったりするのかな?甘酸っぱ~い」
「好き勝手言うなクソがぁあああ!」
あんなに客に怒鳴り散らしているのに、今日の売り上げも良さそうだなあと、呟いた新人のキャストに、あれは真似しちゃ駄目だよと注意を促しながら、ベテランバイトの黒服は追加のオーダーをテーブルに運んだ。
■□■
辻田がカンタロウに恥をかかせてしまってから、彼は店に来なくなった。腹立たしい吸血鬼の常連客が言った通り、来て欲しければメールで連絡をすればいいのだが、辻田はカンタロウの連絡先を知らなかった。スマホは店で仕事をすると決まってからドラルクに購入させられたが、これまで彼は客との連絡手段に使っていなかったので、カンタロウにも連絡先を聞いていなかった。
別に、急に来なくなる客はカンタロウだけではない。収入が減ったとか、最初は物珍しかった兎に飽きたとか、理由は色々あるだろうが、口ではいくらでもまた来るとか、好きだとか惚れたとか、そんな甘い事を言えるけれど、そんなものは当てにならない事を辻田は経験上よく知っていた。大勢の前で恥をかかせただけでなく、キスなんて余計な真似までしたから、顔を見るのも嫌になったのかもしれない。そう考えると、辻田の耳は力なく垂れてしまった。そんな時に限って嫌な客が来るものだから、彼の機嫌は最悪だった。
「辻田く〜ん♥会いたかったよ!」
「そうか。俺は全く会いたくなかった」
「はい!ツンデレ頂きました!相変わらずの塩対応で養豚場の豚を見るような目線が堪らないねぇ〜」
「豚の方がお前よりマシだ。豚は酒を飲まないからな」
「でもそれじゃあ儲からないでしょ!高いお酒頼んであげるからさあ、辻田くんも付き合ってよ!」
「チッ、仕方ないな。持って来い」
「辻田くんの分、薄めちゃ駄目だよ〜」
今日の客は面倒臭い奴ではあったが、それなりに羽振りが良い為、金蔓としては優秀な客だった。辻田はこの客が自分に酒を飲ませようとする度に、適当に薄めた酒を飲んで誤魔化していたが、それに気付かれてからは客から直接それは駄目だよと釘を刺されていた。
ドラルクからはいつでも出禁にしても良いと言われていたが、この程度であれば我慢出来た。吐く程は飲まされない。ただ、辻田はアルコールに強い体質ではなかった。顔は直ぐに赤くなるし、酒を飲むと直ぐに頭がぼーっとして眠くなる。もう後何杯か飲まされれば頭痛がする。胃の中も気持ち悪くなって吐きそうになるが、この客はその辺りの匙加減を分かっているのか、ふらふらと体を揺らす辻田の肩を抱いて危ないよと言いながら自分の方に引き寄せた。
何が危ないよだ。そうさせたのはお前だろうがと、辻田は腹立たしさを感じていたが、体は上手く動かなかった。
無遠慮な客の手が辻田の体を這い回る。肩からするりと胸元、ニップレスの上をつつくように触ってくる。辻田の乳首は陥没しており、敏感でもあった。薄いニップレスの上から刺激を与えられると、体が震えてしまう。
息を荒くしながら客の手がニップレスから離れ、股間へと手が伸びようとした瞬間、辻田が出禁だ!と叫ぶ前に客の体が吹っ飛んだ。
「辻田さんに汚い手で触るなあああああ!!」
ガシャン!と吹っ飛ばされた客の体が当たって、テーブルや上に置かれていたグラスや酒の瓶を倒して派手な音を立てた。周りのキャストや客も暴力の気配を恐れて悲鳴を上げたが、直ぐにドラルクと癒し効果抜群の亀のジョンが飛んで来て、申し訳ありません!お騒がせしたお詫びにと本日のお会計は全員無料になります!!と高らかに宣言した為、店内は大いに盛り上がった。その隙にドラルクは殴られて気を失った客の容態を確かめ、命に別状は無さそうだと判断すると黒服に周りの後始末を指示しながら、カンタロウに指をビシッ!と突き付けた。
「君は辻田さんを裏に連れてって!」
カンタロウが辻田を抱き上げると、有能な黒服の一人が走って来た。彼が案内すると言うのでカンタロウがその後に着いて行くと、休憩用の部屋に案内された。ペットボトルの水をカンタロウに渡すと、黒服の男は直ぐに店内に戻ってしまった。部屋の隅に置かれていたソファーに辻田を横にして寝かせるにはソファーが小さかったので、カンタロウは辻田をソファーに座らせると、自分も横に座って彼を自分の方にもたれ掛らせた。
「辻田さん、大丈夫ですか?吐き気はありますか?立てないようでしたら、病院まで送ります。いや、救急車を!」
「……飲み過ぎただけだ。少し休めば、問題ない。今は、眠いぐらいだ」
「本当でありますか?急に容態が変わる事もありますから、気持ち悪くなったら直ぐに言って下さいね!」
「……お前、何で来た」
「えっ?」
「もう来ないかと思った」
「そんな!違うであります!その、辻田さんの事ばかり考えていたら、仕事でミスを重ねてしまいまして、恥ずかしながら収入が心許なくて。こんなんじゃ、お店に行っても、安酒で粘るだけになっちゃうから、き、嫌われると思って、来れなくて。不安にさせてしまって申し訳ありません!」
「お前なら別に構わん。安酒頼んでもいいから、ちゃんと会いに来い」
「辻田さあああああああああん!」
「煩い吠えるな頭に響く!」
「はい!申し訳ありませんでした!!」
謝りながらも、カンタロウの顔は緩みっぱなしだった。営業だとしても、辻田から来いと言われたのが嬉しかった。
「あの、辻田さん……」
酔いが回ったのか、そのまま寝てしまった辻田の体を支えようと、カンタロウは自分の方に抱き寄せた。寝ていてもピクピクと動いている耳が可愛らしい。意識のない相手に手を出すのはいけない事だと分かっていたが、カンタロウはその愛くるしい姿を見て堪らない気持ちになった。
頬にキスするぐらいは許されるだろうか?いや駄目だ、せめて起きてから……でも、と葛藤しながらも、眠っている辻田がソファーから落ちてしまわないように体を支えるだけしかしなかったカンタロウの株は、扉の隙間から覗いていたキャスト一同の間でグッと上がり、暗黙の了解で彼は辻田さんの彼氏と呼ばれるようになったのだが、当の本人である辻田だけは、カンタロウがそんな風に呼ばれている事に気付いていなかった。