手繰り寄せる過去「皆さん今日はありがとうございました。これでライダーサミットは終了です。お疲れ様でした」
エージェントの明るい声と共に各クラスのリーダーが全員参加となったライダーサミットは終了した。いつもであれば、「皆さん何か飲まれますか?」と残る者に声をかける言葉が続かないことに、その場の全員の目がエージェントに向けられる。
「実は調査のお願いがありまして……」
“調査”と言う言葉に、瞬時に空気が変わる。その空気をものともせずに、エージェントはゆっくりとリーダー達を見回しながら話を続ける。
「最近、スフィア社の社長が煌びやかな宝石を手に入れた、という情報が入ってきました」
「スフィア社ですか……確か昔は社長が自らメディア出演を積極的におこなっていましたね」
戴天がいち早く反応を示す。直接取引をしたことこそ無いが、名前くらいは知っているレベルの大きな企業だ。
「はい。その社長が手のひらサイズの宝石を周りに見せて回っているようなんです」
「手のひらサイズの宝石……」
宗雲が考え込むように口元に手をあてて呟く。
「僕はそれがカオストーンだと思っています。そこで調査をお願いしたいというわけです」
「調査って言っても、一企業の社長に近づくのは難しいと思うんだが……」
阿形が困ったように言う。隣では陽真がうんうん、と頷いている。
「今度、その社長達が集まるパーティーが開催されるようなんです。そこで、そのパーティーに潜入して欲しいと思っています」
「俺はパス」
即座に降りると宣言したのはルーイで、確かにルーイがパーティーに嬉々として参加するのは想像できなかった。
「というか、適任はもう決まってるようなもんじゃねーの?」
続けてルーイがチラリと戴天のことを見る。視線を感じとったのか、戴天が口を開く。
「……まぁそうでしょうね。分かりました。私が引き受けましょう」
「戴天さん……!ありがとうございます。ではあと1人同行する形でお願いしたいのですが」
「? 雨竜くんと共に行きますよ」
「それが、少々変わったパーティーでして。20歳以上しか入場ができないみたいなんです」
その言葉を聞いて、誰もが不審に思ったが、それを口に出す者はいなかった。
「困りましたね。それではノアさん、ご一緒に参りましょう」
「いえ、今回は戦闘になる可能性が高いと踏んでいます。なのでライダーの誰かと行ってほしいんです」
「なるほど。ではノアさんが決めていただけますか?」
「分かりました。それでは……宗雲さん、お願いできますか?」
「え、」
まさかの人選に戴天が声を漏らす。
「社長が開くパーティーで、それなりの礼儀やマナーが求められますし、お酒を勧められることもあると思うので」
エージェントの言葉に異を唱える者は現れなかった。戴天は他の人を推薦しようかとも思ったが、自らエージェントに委ねた以上なにも言うことができなかった。そのまま調査は戴天と宗雲でおこなうことが決まり、その場は解散となった。調査の話をするから残ってくださいと言って残された戴天と宗雲以外は。
「本当に私と……宗雲さんで良いのですか?」
「僕は適任だと思いますが……戴天さんは他に誰か希望がありますか?」
戴天は他のライダーをひとりひとり思い浮かべる。20歳以上でそれなりにマナーや礼儀を知っている人間。
「ちょっと待ってくださいね。考えます」
「はぁ……」
真剣に他のライダーのことを考え出した戴天に宗雲がため息をつく。ギロリと戴天の鋭い目線が宗雲を射抜いた。
「……やはりこの人とは上手くいく気がしません。ウィズダムの方々に任せましょう」
「町内会の人間ならまだしも、企業のパーティーに潜入するのは俺たちの肩書きでは難しい」
「ではあなたではなく浄くんと」
「諦めろ」
ピシャリと宗雲が言い放つ。エージェントが苦笑いするのを見て、戴天もようやく諦めた。
「それでは、詳細を詰めていきましょう」
空気を切り替えるように、エージェントが話し出す。
「カオストーンを持っているであろう社長の名前は立石さん。昔はよくテレビにも出演していて、その見た目がイケメンだと話題になっていました。しかし最近は業績は下降気味だそうです。そしてこれは噂レベルですが、」
一度言葉を区切り、エージェントが目を逸らす。言おうか迷っている様子ではあるが、言わなければ調査が前に進まないと意を決したように話し出す。
「大層、綺麗な男性が好きなようです」
「……」
宗雲も戴天も黙り込む。企業の社長というものは変わり者が多い、そのことは2人ともよく知っている。
「もしかして、そのパーティーは」
「お察しの通り、男性しかいません」
「……」
再び沈黙が流れる。
「雨竜くんを連れて行かなくて心底良かったです」
「そうだな」
「それでは、当日の詳細を詰めて行きましょう」
エージェントが話し出すと、2人は真剣な表情で説明をするエージェントを見やる。やると決めたからには宗雲も戴天も、手を抜くつもりは無い。
パーティー当日。
宗雲が会場前に立っていると、目の前で一台の車が停車する。運転手が扉を開けると、戴天が優雅に車から降りてきた。
「お待たせしました」
走り去る車を2人で見送り、パーティー会場へと歩を進める。
「一瞬誰か分からなかった」
「……そうですか」
宗雲は普段と然程変わらない出立だったが、戴天はグレーのスーツに髪は後ろで高く括られており、背中で綺麗な金髪がゆらゆらと揺れていた。
「お前と2人でパーティー……か。昔を思い出す」
「昔?あなたと私は過去も未来も何もない。ただの他人でしょう」
懐かしむように細められた宗雲の目を見ていられずに戴天はただ真っ直ぐに、前を見ていた。
エージェントから渡された招待状を入口で見せ、中に入る。ホテルを貸し切って催されているパーティーのホールへと続く廊下を2人は進む。話に聞いていた通り、男性ばかりのある種異様な空間だった。
ホールに辿り着くと、ウエイターからウェルカムドリンクを手渡される。ドリンクを受け取りながら2人で中に入ると、一際人が集まっている場所が目に入る。
「あれが今回の」
「えぇ。噂の社長です」
男は人に囲まれて楽しそうに笑っており、そのうち男の手が1人の男性の腰に回され、ゆっくりと撫でる仕草をする。戴天が思わず嫌悪感から眉を顰めると、宗雲が我慢しろ、と釘を刺す。
しばらくすると、パーティーの開始時刻となり、男が壇上へと上がる。設置されていたマイクの前に立ち、話し始める。
「この度は私が主催するパーティーへお越しいただきありがとうございます」
話しながらも男の目線は集まった人々を品定めするようにゆっくりと見回していた。
「まるで探るような下卑た視線だな」
「ええ。不愉快ですね」
宗雲が口元を手で隠しながらボソッと告げると、戴天も口元が見えないように俯きながら返す。
男の挨拶が終わると、人がまた男の元へと集まっていく。
「さぁ俺たちも挨拶に行かなければ」
「そうですね」
戴天が主催者の男の元へと足を進め始めると、宗雲はそっとその場を離れた。戴天は横目でそれを確認しながらも歩みを止めずに男の元へと近づいた。
「こんにちは」
「おや、あなたは……」
男が戴天のことを見て、目を見開く。
「まさか高塔エンタープライズの社長さんがどうしてここへ?」
「知り合いからこちらのパーティーの招待状をいただきまして」
髪型や服装はいつもとは違うとはいえ、メディアにも露出がある戴天のことを男は知っているようだった。
「それに、あなたと……お話がしてみたくて」
微笑みを浮かべ、少し困ったように首を傾げてみせると、男の目の色が変わる。
「それはそれは。とても嬉しい」
相手の男が手を差し出してくるのに合わせて、戴天も手を差し出す。握手を交わしたあと、男の指先が戴天の手のひらをなぞり、離れていく。男がポケットからカードを取り出したあと、ハグを求めるように近づく。戴天は求められるままに男へと一歩踏み出す。背中に回された男の手が戴天の背中を撫で、男が戴天の耳元で囁く。
「君に見せたいものがある。あとで部屋まで来てくれないか?」
そう言って取り出したカードを戴天へと手渡す。そのカードは部屋のカードキーのようで、部屋番号が書かれている。
「ふふ、何でしょうか。楽しみです。伺いますね」
例の宝石を見せびらかすつもりか、都合良くきたお誘いに戴天はほくそ笑む。
まだ主催者の男への挨拶の機を伺っている参加者は大勢いる。張り付くわけにもいかず、戴天はその場を離れた。
「1023」
他の参加者と何やら話をしている宗雲を見つけ、話し終えたタイミングですれ違いざまに部屋番号のみ伝える。余計なことを言わなくてもきっとこの男には伝わるだろうという確信があった。特に会話をすることもなく、一瞬だけ目線を絡めて2人は離れる。
戴天は他の参加者と談笑しながら、男の様子を伺う。一通り挨拶を終えたのか、ふらりと男が会場から出て行くのを確認し、戴天も会場を後にする。宗雲がどこにいるのかは確認できなかった。
1023号室。カードキーを扉に翳すと、カチャリとロックの外れる音がした。ここからは何が起きてもおかしくない。警戒しながら扉を開いて中に入った。男側からこちらが見えていないことを確認し、ドアの下にある隙間からカードキーを廊下側へ少し押し出す。これで宗雲もいつでも中へ入れるはずだ。
「やぁ、本当に来てくれたんだね。嬉しい」
男がソファーに腰掛けて、にこやかに戴天を迎え入れる。
「あなたとお話がしたかったのは本当ですから」
男が座るソファーの正面に腰掛けて、さり気なく辺りを見渡す。特に怪しいところは無さそうだ。
「高塔さんは……テレビで見るよりもずっと綺麗だ」
テーブルに置かれていたアルコールを煽りながら男が告げる。よく見るとその顔は少し赤みが差しており、酔っているようだった。酔いが回っている相手は口が滑りやすい。
「ふふ、そうですか?嬉しいですね」
「僕はね、綺麗なものが大好きなんだ。人も、モノも」
「例えば?」
「そう、最近手に入れたんだよ。とても綺麗に輝く宝石を」
そう言いながら男がポケットから宝石を取り出す。やはりそれはカオストーンだった。
「とても美しいですね。もっと近くで拝見しても?」
「もちろん」
「?」
てっきり隣に来ると思っていた男はなぜかベッドまで歩いて行き、戴天を手招きしている。仕方なく戴天もその場を立ち、ベッドの方まで歩いて行く。あと一歩でカオストーンに触れる、という距離になった時、突然男が戴天の腕を掴み、力任せにベッドへと引き倒す。
咄嗟のことに受け身を取ることさえできずに、戴天は背中からベッドへと倒れ込む。その上を男が跨るようにして這い登ってくる。
「突然どうしたのですか」
「白々しいなぁ。皆この宝石を見たら欲しくなるんだろう?これまでもそうだった。宝石を見せると面白いくらいに興味を示す。これは一体何なんだろうなぁ?」
「……」
「欲しいんだろ?これが。ならそのままおとなしくしていろ。俺のものになれ」
男の手が乱雑に戴天のネクタイを毟り取る。相手を制圧してカオストーンを奪い取るべきか、このままされるがままに様子を見るべきか。
(あの男……一体何をしている)
宗雲のことだ。戴天が会場を抜け出したことはどこかから見ているはずだ。しかし部屋に来る気配は無かった。思案している間にも男は次々と戴天の衣服を取り払おうとしている。何かに焦っているのか、性急な手つきと共に息も上がっている。シャツのボタンが全て外されたとき、ようやく戴天は動き出した。
「それ以上は辞めなさい」
ピタリと男の手の動きが止まる。上がった息がはぁはぁとうるさい。なるべく穏便に済まそうと、男の手に自らの手を重ね、口を開こうとした瞬間、男が叫び声をあげる。
「お前も俺を受け入れないのか!!」
男の顔にピキピキと模様が浮かび上がる。まずい、と戴天が思うと同時に部屋の中にカオスワールドの扉が開いた。
男が顔を押さえながら開いた扉へと走り去る。はだけたシャツの前を合わせながら、戴天が続こうとした時、部屋の扉がガチャリと開く。
「遅くなった」
「何をやっているんですか!扉はもう開いてしまいました。行きますよ」
戴天が歩き出そうとすると、宗雲が戴天の腕を掴む。
「待て」
「?」
戴天の腕を掴んでいた手がシャツへと伸び、丁寧にボタンを閉めていく。
「……触られたか?」
「……“まだ”何もされていません」
暗に男からその先を求められそうになっていたことを告げると、宗雲の目線が鋭くなる。
「許すつもりだったのか」
「起きなかったことについて話しても意味はありません。さぁ行きましょう」
2人とも黙ったまま、カオスワールドへの扉をくぐった。
カオスワールドに入ると、2人は広がる景色に絶句する。
「なんだ……ここは」
「……有り得ません」
2人して立ち尽くすが、埒が明かないと判断し、男を見つけ出そうと歩き出す。
「先程は遅れてすまない。参加者に男の話を聞いていた」
「何か分かりましたか?」
「あぁ。あの男がメディア出演をしていた頃、それはもう我儘で、世界が自分のために回っていると思っているような立ち振る舞いだったようだ」
「まさに傍若無人」
「そうだな……いたぞ」
曲がり角を曲がった先で男がこちらを見ていた。誇らしげで自信があり、全ての事柄がうまくいっているかのような顔。
「見ろ、この世界を」
男が意気揚々と話し始める。
「大企業が集うこの場所で、俺は輝いている。全てが俺のものだ。誰も俺を拒まない」
戴天と宗雲は顔を見合わせる。この男が言っている意味がまるで分からなかった。なぜなら2人には全く違う景色が見えているからだ。
「どうやらここは……入った人間によって見える景色が違うようですね」
「そんなことが有り得るのか」
「残念ながら今ここで起こっています」
2人が話す間も、男は自分がいかに優れているのか、過去の栄光について話し続けている。
一通り満足したのか、男が踵を返して去ろうとする。2人が追いかけようと一歩踏み出した時、ふと宗雲の足が止まる。
「宗雲さん……?」
急に動きが止まった宗雲を訝しげに見て、戴天が問いかける。ある一点を見つめたまま、宗雲は動かない。
「父上……母上……雨竜、」
うわごとのように囁かれた言葉に戴天は目を見開く。宗雲の目には、かつての家族が映っているのだろう。そして戴天には分かってしまった。このカオスワードはきっと、入った人間の戻りたい過去の情景が映し出されているのだ、と。
「宗雲さん」
思わず戴天が呼びかけても宗雲からの反応は無い。宗雲が懐かしげな表情を浮かべたあと、悲痛に歪む。見てはいけないような気がして、戴天は目を逸らす。このまま宗雲を残して行けば、例え束の間だとしても“戻りたい”と思った過去に置いていくことができるのではないか。そしてその束の間の幸せを壊すのが戴天だとしても、恨まれたとしても、それで構わない。そう思った戴天は男を追いかけるために足を動かす。その時、戴天の目線の先に人影が映った。
「むらくも……」
そこには、こちらを優しげに見つめる高塔叢雲が居た。
「戴天。さぁ行こう。これからも共に」
叢雲が戴天に手を伸ばす。あり得ない。頭の隅では分かっているのに、戴天は足がすくんで動けなかった。ここはカオスワールドだ。完全に思考を奪われていないのであればほんの少しだけ、過去を懐かしんでも良いのかも知れない。あともう少しだけ、叢雲の近くに……と戴天が手を伸ばした瞬間。
「やめろ」
耳元で宗雲の声がした。ハッとして声の方を見ると宗雲がこちらを見ていた。
男を探すために並んで歩き出す。痛いほどの沈黙を破ったのは戴天だった。
「どうやらここは戻りたい過去の情景が映し出されているようですね」
「……そういうことか。俺には……屋敷にいた頃の家族が見えた」
「そうでしょうね。うわごとのように仰ってましたよ」
「お前には何が見えた?」
宗雲からの突き刺すような目線に応えるようなことはしない。高塔叢雲が居ましたとはどうしても言えなかった。そこから導き出される答えは、宗雲の戻りたい過去と戴天が戻りたい過去がイコールではないということで、自らの口で言うのはある種の自傷にも似た行為に思えたからだ。
「あなたには関係のないことです」
「……」
知ってても知らないフリをしたり、傷ついてもそれを無かったかのように振る舞うことが戴天は得意だった。これまでも、そう振る舞うことで心を麻痺させるように生きてきた。この術がないと高塔という荒波の中で生きていくことは不可能だった。
お互いに見えている景色が違ううえ、男が何処にいるのか見当もついていない状態での捜索は困難を極めていた。
「一度外へ出て、男の情報を手に入れよう」
「そうですね」
一度カオスワールドの外へ出た2人は、その足でパーティー会場へと戻る。主催者の男が不在なまま、会場では参加者が思い思いに親交を深めていた。
しばらくして、カオスワールドの扉が開かれた部屋へと2人で戻る。
「何か収穫はありましたか?」
戴天が尋ねると、宗雲は頷き、スマホの地図を立ち上げる。
「ここが男の家だ。カオスワールドでも同じような位置にあるだろう」
人によって見える景色は違うが、男が意気揚々と話していたことから察するに、恐らくカオスワールドの入り口はちょうどパーティーがおこなわれている場所だろうと推測し、そこから男の自宅であろう場所を目指すことにした。
カオスワールドに入り、男の自宅場所へ辿り着くと躊躇わず中に入る。人の気配がする部屋に足を踏み入れると、そこには男と男を囲むように若い男性がベッドに座っていた。
王に傅く従者のように、あるいは侍らすように見える光景に宗雲と戴天は眉を寄せる。
「やっと来てくれた。さぁこっちへ来い」
男が戴天を手招く。まるで既に戴天のことを意のままに操れるかと思っているような態度。
「お断りします」
冷静に戴天が告げると、みるみるうちに男の形相が変わる。怒り、悲しみ、絶望、苦しみが混ざったような表情。それに呼応するように男の周りにいる人間がガオナへと姿を変える。
「来るぞ」
「ええ」
湧き出てくるガオナを倒し、男1人が部屋に取り残される。その目はまだ戴天を捉えており、物欲しそうな顔で見つめている。
「戴天」
突然宗雲が戴天の名を呼び、腕を引く。傾いた体を抱きとめ、宗雲が戴天の顎に手を添える。何をやろうとしているのか、戴天には分かってしまった。戴天は目を閉じて、唇を薄く開く。予想そのままに宗雲の唇が重ねられる。
「な、……」
男が絶句するのにも構わず、宗雲は口付けを深くする。酸欠になり、戴天の息が上がり頬が赤く色づく。
「……っ、ふ、ぁ……」
唇が離され、2人の間に銀の糸が垂れる。宗雲がそれを雑に拭い、男を見る。
宗雲の目線を真正面から受けた男がくしゃりと顔を歪ませて、顔を手で覆う。
「過去の栄光に縋り、力のままに人を支配する、なんて醜い姿だ。君たちがあまりにも美しくて……目が覚めた」
「……そうですね。人は案外気がつくものですよ。努力している人とそうでない人を」
「見せかけの力ではいずれ皆気がつくだろう。着いていく価値があるのか、ないのか」
男がポケットから宝石を取り出す。
「これが何か、本当に分からないんだが、君たちが探し求めているものだろう。あげるよ」
宗雲が男から宝石─カオストーン─を受け取る。
3人でカオスワールドから抜け出すと、扉は静かに閉じていった。それを見届けた男は、パーティーを終わらせて来なければと言い置いて去って行った。
部屋に残された2人はしばらく扉を見つめていたが、やがて戴天が口を開く。
「まさかあんなやり方で男の目を覚まさせるだなんて。大胆不敵」
「すぐに察して貰えて助かった。過去の男の自信は別に間違いでは無かった。それなりに努力をして手に入れたものだ。それを思い出させたかった」
「……結果、上手くいって良かったですね。帰りましょう」
戴天が足を踏み出そうとしたとき、宗雲が戴天の腕を引く。
「なぁ、お前が見た景色を教えてくれないか?」
「……」
戴天が黙っていると、痺れを切らしたのか腕を握ったままの手に力を込め、ベッドへと引き倒す。ぽすん、と音を立てて戴天が転ぶと、立ったままの宗雲が見下ろしていた。
「俺はまだ屋敷にいた頃だった」
「……知っていますよ」
「お前とやり直せると思った」
「!」
想定外の言葉に、戴天は目を見開く。
「家族がいて、お前がいる。捨てた過去だとしても、やり直せるならあの頃が良いと思っているのかもな」
そう言って宗雲は、返事も待たずに部屋を去ろうとする。
「待ってください」
今度は戴天が宗雲を引き止める。宗雲が本音を少しでも話してくれるのであれば、戴天が話さないのはフェアじゃない。
「叢雲、でした」
今度は宗雲が驚いたように目を見開いている。
「あの時、私は叢雲に呼ばれていました。クラスを組んでいた、あの頃のあなたに」
その言葉を聞いた途端、宗雲がベッドへと乗り上げ、戴天の口を塞ぐ。
カオスワールドでのキスとは違い、触れ合ったらすぐに離れた。至近距離で見つめ合って、どちらともなく困ったように笑う。
「過去の情景を不意に見せられて、おかしくなっているだけだ」
「えぇ。そうですね」
お互いにそう言い訳をして、乱れた衣服や髪を整えて部屋を出た。
パーティーへは再び顔を出さずに、その足で仮面カフェへと向かう。扉を開いて中に入ると、エージェントがこちらを見てパッと笑顔になる。
「おかえりなさい!どうでしたか?」
「先に連絡もせず失礼いたしました。無事に終わりましたよ」
「カオストーンも回収できた」
「本当ですか!良かったです!……ところで、お2人とも何か嬉しいことでもあったんですか?」
エージェントの思いがけない言葉に宗雲と戴天は顔を見合わせる。お互いの顔を確認するが、いつもの通り宗雲は真面目そうに口を引き結び、戴天は薄く笑んでいる。
「いいえ?なにもありませんよ」
「そうだ。なにも無かった」
完