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    abicocco

    @abicocco

    『過去のを晒す』カテゴリにあるものはpixivにまとめを投稿済

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    POIPOI 29

    abicocco

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    ※ノーマルEND革命後のレムラキ

    一緒に暮らしているが寝室は別。名前の無い関係のまま良好な付き合いを続けていた二人が、ある日レムがモブ女から強引に迫られた事件をきっかけに、周りの目を欺くため偽装の恋人を演じる話。
    続き→https://poipiku.com/4491035/9373864.html

    #レムラキ
    lemniscate

    偽装交際1『夕飯を食べてから帰るので予定より帰りが遅くなります』

     レムナンからのメッセージを受信したラキオは、チラリと横目で通知のポップアップだけを確認すると、つい今しがた目を通していた今年度の宇宙学会で公表された論文へとすぐに視線を戻した。ラキオが休みでレムナンだけが出勤の日、彼が仕事帰りに全国でもまだ数少ない大衆食堂で食事を済ませてくることはこれまでにも時々あったし、大方今日も帰りがけに見た日替わりメニューの看板に惹かれてつい立ち寄ってしまったとかそんなところだろう。彼から届いた短い報せをラキオはそんな風に軽く受け流していた。


     それゆえに読んでいた論文が最終章のまとめに入るあたりで、玄関から駆け込んできたらしきレムナンがそのままトイレへと直行し、げえげえと耳障りな音を廊下のこちら側にまで響かせているのに気付いたときには、流石のラキオも何事かと面食らった。

    「レムナン?」

     扉を閉める余裕もなかったのか、中途半端に開け放されたままの扉の向こうで、クッションフロアが貼られた床の上にへたり込んで、便器を覗き込んでいる後ろ頭をラキオの目が捉えた。その向こうで乱雑に放り出された彼の仕事道具が詰まった鞄を、優秀な擬知体が健気にも回収して玄関の定位置へと戻しているのが、現在の状況と噛み合っておらず少し滑稽だ。
     胃の内容物を全て吐き終えたらしきレムナンは、自動洗浄を終え蓋がしまった便器を呆然と見つめ続けている。


    「ちょっと……大丈夫? 外で傷んだ生魚でも食べさせられたンじゃないだろうね」

     恐る恐る狭いトイレの中へと足を踏み入れたラキオは、まだ酸っぱい胃液臭が残る空間に少し眉を顰めながらも、未だ丸まったままのレムナンの背中をゆっくりとさすってやった。走って帰ってきたのか、その背は随分と汗ばんでいた。もし、本当に彼がこうなっている原因が外での食事による食中毒なのだとしたら、早めに消費者庁に通報する必要があるし、場合によっては病院にも連れて行かなければならない。ラキオの脳内を巡る考えをひとつも知らないレムナンはのろのろと顔をあげると、ラキオの問いには答えずに突拍子もないことを言い出した。

    「ラキオ、さん……。グリーゼの人たちは……知性を重んじる傾向にあるんでしたよね」
    「……その聞き方だけでは質問の意図を図りかねるけど、まぁ統計的にはそうなンじゃない?」

     (少なくともついこの間まで、知力が足りず十分な成果をあげられない個体は簡単に消されるような国だったんだから、ここは)とラキオは心の中で付け加えたが、見るからに調子が悪そうな人間相手に言うことでもないだろうと、その言葉は口に出さぬまま、彼はレムナンに会話のバトンを渡した。

    「それなのに、汚い欲を持つ人間もいるんですか……」
    「欲? 何の……」
    「ひ、人のことをっ勝手に性的な目で見て……っ! 一方的に欲求を押し付けてくるような、そんな人が! どうしてここにもいるんですかッッ⁉」

     後半は殆ど泣き喚いているだけに等しかったが長年の付き合いが功を奏し、ラキオはその台詞だけで今日彼の身に何が起きたのかを大体察することができた。

    「……食事に変な薬でも盛られたの?」
    「は、い……。あ、でも一口で気付いてすぐに吐き出して……今、念のためにもう一度全部出しちゃったので、たぶん影響はないと思います、けど……」
    「警戒心の塊みたいな君が油断するだなンて珍しいね。よっぽど魅力的な女性だったのかな」
    「まさか! 何度か行ったことのあるレストランで……。今日は帰り道に前を通りかかったところを呼び止められたんです。擬知体の反応が悪いから見てくれないかって」
    「……僕、タダ働きで自分の技術や才能を安売りするなって、君には散々忠告したはずだよね」

     ジトリとした視線を送り、場合によっては追撃の説教を浴びせかけようと構えているラキオの気配を察して、レムナンは慌てて弁明した。

    「ち、違うんです! パッと見ただけですぐに分かったんですけど、背面のコードが一本抜けかかっていただけで……」

     ただ抜けかけていたコードを差し直しただけ、それならば確かに金銭が発生するほどの働きとは言えないだろう。黙って続きを促すラキオの様子を見て、レムナンはお𠮟りを受けるのを免れたことにほっと胸を撫でおろしながらその後の出来事を語って聞かせた。

    「それで僕はそのままお店を出ようとしたんですけど、お礼に夕飯をご馳走すると言って聞かなくて……。何度もお断りしたんですが、埒が明かず、他にお客さんもいなくて今の時間帯なら邪魔にならないかなと思って……仕方なくラキオさんにメッセージを送りました」
    「で、そのお礼の食事とやらに一服盛られたわけだ。最初から下心満載だったその女性店主にね」
    「……はい」

     その時のやりとりを思い出したのか、レムナンは膝の上で強く握った拳を小さく震わせて、顔を青くしている。ラキオからしてみれば、結果から推察するにその擬知体の不具合をレムナンに相談したこと自体も女の演技だった可能性が非常に高いと見える。つまり、最初に声を掛けられた時点で彼はいい獲物だったのだ。


    「僕が……悪かったんでしょうか。でも、僕、何もしていなくて……。そんな、特別好かれるようなこと、べつに、なにも。なのに、どうして……」
    「一般的な男女が有している交配本能のメカニズムについて説明するのは容易いことだけど、今君が欲しい答えはそれではないンだろう? レムナン。君はどうやら不思議と一部の女性を惹きつけやすいようだ」

     自らすすんで目立ちたがるタイプではないために注目されることは少なく派手さはないものの、比較的容姿が整っていること。
     メカニックとして優秀な技能を持っており、更にはこの国に革命という名の新たな風を吹き込んだ革命軍レジスタンスのリーダーとして顔が割れていること。
     極め付きはこれだけの経歴の持ち主でありながら、普段は腰が低く一見温厚そうな振る舞いで、いかにも押しに弱そう且つ隙がありそうな人物に見えること。
     これだけの要素が組み合わさった結果、顔見知り、知り合い以上には人間関係を発展させる気がまるでないレムナン相手に、既成事実でも作って強引に近付いてやろうと強硬手段に出る者がついに現れたのだろう。
     ラキオの見解を聞いたレムナンは、そんなの僕の知ったことじゃないですよ……と苦い顔をして項垂れた。


    「にしても、こうも厄介な女ばかりを引き寄せるだなンて、君には女難の相が出ているに違いないね。注意して生活することをおすすめするよ」
    「そんなことを言ったって僕がどんなに気を付けたところで今回みたいなのは防ぎようがないじゃあないですか! これ以上僕にどうしろっていうんですか……」

     涙こそ流していないものの、情けなく眉を八の字に下げ、べそべそと泣き言を溢す相手を見ていると、まるでこちらが虐めているようでどうにもきまりが悪い。せっかく例の性悪女から逃げおおせてこんなところまでやってきたというのに、移住先の国でまで別の女に悩まされる羽目になるなんて、つくづくついてない男だ。レムナンの境遇を流石に少し哀れに思ったラキオは、彼にひとつの提案を持ち掛けることにした。

    「どれだけ君が関わりを避けたところで、少しでも可能性が残されていればそれにかけたいという物好きもこの世には存在するだろう。君はそろそろ別の対策を講じた方がいいね」
    「どんな対策ですか……?」
    「簡単なことさ。僕と交際しているから、他の人間のことは一切恋愛対象として見ることができないと公言してしまえばいい」

     ラキオの出した案を聞いたレムナンは、目を大きく見開き、顔を赤くして、その後青くして、最後に再び真っ赤になった。人間の顔色がリトマス紙みたく早変わりすることもあるんだなという感想を抱きながら、何をそんなに動揺することがあるのかと彼の反応を見たラキオは首を傾げた。


    「なに? 我ながらこれ以上ないってくらい名案だと思ったンだけど」
    「え、だ、だって……あの、それだと、僕たちがこ、恋人同士だって、まわりから見られるようになっちゃいますよ……?」
    「? 当然だろう。それが狙いなンだから。別に僕でなくとも他に適任がいるのならその人物に頼んだっていいと思うけど、自分に好意を向けてくる女性を遠ざけたいというのなら恋人役として男性または汎を選ぶ方がいいだろう。君にはこの対策への協力を持ち掛けられるほど親しい間柄の男や汎の知り合いがこの国にいるのかい?」
    「いえ……」

     レムナンの返答を聞いたラキオははじめから答えが分かっていたと言わんばかりに鼻先でふんと笑った。

    「じゃあ、やっぱり僕しかいないじゃないか。仕方ないから名前くらいタダで貸してあげるよ」
    「あの……たしかに、いい案だと思います、けど……。大丈夫でしょうか」
    「なにが?」
    「いえ……やっぱり、なんでもないです」

     恋人役として名前を貸すだけで解決すると軽く考えているらしいラキオの態度を見て、きっとそれだけじゃすまないだろうなとこの先に待ち受ける展開を危惧するレムナンだったが、未だに恋愛感情をただの知識としてしか認知していない汎を相手に、今の不安を言葉で説明するのは難しいと早々に諦め、ひとまずはラキオの提案を受け入れることにしたのだった。


    「よろしくお願いします。……僕の、恋人になったラキオさん」
    「あぁ、よろしく。恋人のレムナン」

     偽装の恋人関係を結んだふたりがはじめにとったスキンシップはただの握手だった。

     
     ***

    「さて、悪い芽は早めに摘み取るに越したことはない。レムナン、君のスケジュールを見せて。少なくともこれから一か月の間はできるだけ僕と行動を共にしてもらうよ」
    「はあ……」

     俄然はりきりだしたラキオの勢いに若干気圧されつつ、レムナンは促されるままに自分の予定をスクリーンに映し出した。二人分の予定にざっと目を通し、いくつかの日付にラキオが印をつけていく。鮮やかなグリーンが目立つ人差し指に触れられた日付はポツポツとまわりから浮き出るようにピンク色で強調された。

    「この日は外でいっしょに食事を摂ることにしよう」
    「……えっ⁉」

     革命以前に比べると少しは食事文化が浸透してきたグリーゼでも、相変わらず水とサプリでの生活を続けているラキオの口からは一生聞けないものと思っていた台詞が飛び出たことにレムナンは驚き、自分の耳を疑った。

    「が、外食に付き合ってくれるんですか? ラキオさんが?」
    「無論、僕は水しか頼まないつもりだけどね。もし店側から文句を言われたら、その時はなにか適当に小皿でも頼んで君にあげるよ」

     どうやら食べ物を口にするつもりはないようだが、そんな人が外で食事をする場所に一緒についてくるというだけでもレムナンには十分衝撃だった。

    「えぇと、理由を聞いても……?」
    「そンなことも分からないのかい君。あぁ、まったくいくら僕が手を貸してやっても、当事者がこれじゃあ先が思いやられるね」

     やれやれと肩をすくめながらも、ラキオはレムナンにも分かるよう懇切丁寧に本作戦の説明を始めた。
     ラキオ曰く、この対策は現在レムナンに好意を抱いている可能性がある女性、またはこの先その恐れがある女性をターゲットとしたものである。つまり、これらの対象にできるだけ広く、レムナンの恋人はラキオであるということを信じ込ませる必要があるということだ。レムナンが現在所属しているメカニックの派遣会社は従業員の九割が男性であるし、基本は単独勤務のため職場を警戒する必要性は低いと言える。では職場以外でレムナンが女性と接触しうる可能性が高い場所はどこか? その一番の候補に挙がるのが彼が時折利用する大衆食堂というわけだ。

    「実際、今回被害に遭った場所だって、行きつけの店のひとつだったンだろう? これに懲りずに今後も君が外で食事をしたいと望むなら、まっさきに叩くべきはここじゃないか」
     
     普段レムナンには到底理解できないような小難しい理論や専門用語が並ぶ論文や研究資料を読み、ときには自分でもそれらを制作しているラキオの説明は、存外分かりやすい。本当に頭がいい人というのは、相手の知識レベルを即座に測定し、相手の理解度に合わせた言葉を選択することさえ上手いのだろう。そんなラキオの態度を感じが悪いと捉えるか、一種の優しさと捉えるかは人によって差が出るところだが、少なくともレムナンは後者の人間だった。

    「ラキオさんはやっぱりすごい、です……。僕のためにこんな具体的な案まで考えてくれて」
    「君が女性を恐れるがあまり、疑心暗鬼状態に陥ってやたらめったら周りに敵意を向けるようになっても不利益しか生まないだろうしね。君と一緒に暮らしている僕としてもそんな状況は御免被りたい」
    「あの、それで、普通にいっしょに食事をしているだけで、こ、恋人と信じてもらえるんでしょうか……」
    「そこが次の課題だね。周りから見て一目で恋人と分かるような二人組の共通項は色々あるようだけど、手っ取り早いのは物理的に距離を詰めることかな」
    「距離?」
    「まぁ、それについては僕に任せてくれればいい。悪いようにはしないからさ」

     そこで言葉を区切ったラキオは、今までよどみなく言葉を発し続けていた口を一度閉じ、くぁと小さなあくびを一つ溢した。
    「……今日はこの辺でお開きにしよう。僕はもうおネムだよ」
     時計の針は既に午後十一時を指している。レムナンはそこでようやく、ラキオが普段より夜更かしをしてまで自分の話に付き合ってくれていることに気が付いた。

    「あ、はい。夜遅くまでありがとうございました」
    「うん。じゃあ、おやすみ」
    「おやすみなさい」

     眠たげに瞼を擦りながら、ドアの向こうに消えていった後ろ姿を見て、やっぱり優しい人だとレムナンは顔をほころばせた。握っていたスプーンを取り落とし、咄嗟に吐き出したスープで服が汚れるのも構わずに、件の店から慌てて逃げ帰った時には、レムナンの胸の内は絶望だけが占めていたが、不思議とその影はもう随分と薄れてきていた。この分だと今夜昔を思い出して悪夢を見る心配もそこまでしなくてよさそうだ。

    (大丈夫だ。僕にはもう……味方になってくれる人がそばにいる)

     その揺るぎない信頼こそが他の何ものよりもレムナンの心に安寧をもたらしているのであった。
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    abicocco

    PAST※ノーマルEND軸革命前のレムラキ

    レムがグリーゼに来てからラキが革命を起こすまでに二人の間で発生したやりとりについての想像
    ブロカント「レムナン。作業ペースが通常時の八十パーセントまで落ちています。休息を取りますか?」

     今日は各船を繋ぐ自動走行路オートチューブの定期メンテナンスで地下へと潜る日だった。僕がこの国にやってきてから、そして擬知体を含む機械全般の整備士として働き始めてから、もう何度もこなしてきた仕事だ。それにも関わらず、いや、慣れている作業だからこそか、いつも僕の業務に同行してくれているサポート擬知体から集中力の欠如を指摘されてしまった。

    「いえ……。いや、そう、ですね。昼休憩にしましょうか」

     作業が丁度キリのいいところだったこともあり、彼女の提案に甘えることにした僕は工具箱を脇に避けて作業用のグローブを外すと、持ち込んだランチボックスからマッケンチーズをフォークでつついた。鮮温キープ機能のある優秀な容器のおかげで、チーズと胡椒をまとったマカロニとベーコンはフードプリンターから出てきたばかりの今朝と変わりない姿で湯気を立ちのぼらせている。食欲を刺激する濃厚なチーズのジャンクな香りは僕の好物に違いないのに、食事の手はなかなか進まなかった。
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    abicocco

    PAST※ノーマルEND軸革命中のレムラキ
    ※2023/12/14公開の🎃×ゲーム開発スタッフさんの対談動画のネタを含みます。
    飛んでかないように 国内トップのエスカレーター式教育機関の高等部。その中でも一握りの成績優秀者にだけ与えられた貴重な社会見学の機会。
     そういった名目でラキオとそのほか十数名の生徒がある日教師に連れてこられたのは、テラフォーミング計画で使用されているロケットの発射場だった。管理首輪で抵抗の意思すら奪われた、グリーゼから不要の烙印を押された国民たちがタラップを上り順に乗り込んでいくところを、生徒たちは管理塔の覗き窓から黙って見送る。彼らが着せられた何の装飾もない揃いの白い簡素な服がまるで死に装束のようで不気味だなと、過去文献で知った他星の葬儀の様子を思い出しながら、ラキオもその現実味に欠けた光景をどこか他人事のように眺めていた。今回打ち上げ対象として選定された人間の多くは肉塊市民だが、それ以外の階級の者も少数ながら混じっているらしい。国産の最新ロケット技術の素晴らしさや、各地で進行中のパラテラフォーミング計画の実現性について先程から熱心に概念伝達装置を通じて語りかけてくる職員の解説を適当に聞き流している中で、ラキオは小さく「あ」と声をあげた。覗き窓の向こう、だんだんと短くなっていくロケットまで伸びる列の後方部に見慣れた人物を見つけたからだ。
    4327

    abicocco

    PAST※ノーマルEND軸革命前のレムラキ

    友好関係が築かれつつあるふたり
    大停電の夜のこと 元は何の変哲もない夜だった。第四と五の区画を繋ぐ船間連結部の定期メンテナンスを概ね予定時刻通りに終わらせたレムナンは、使い込んでほどよくくたびれてきた革製の仕事鞄を肩に掛け、帰路についた。帰る先はカナン579メインドーム、シングル用深宇宙探査船に続き、彼にとって第三の家となって久しいグリーゼの管理下にある居住船の一角だ。レムナンは玄関からまっすぐ続くリビングのドアをくぐると同時に、既に学校から帰ってきているであろう同居人に向かって「ただいま」と帰宅の合図を出した。しかしながら、その人物の定位置であるソファの上に彼の期待していた姿は見当たらなかった。

    「あれ? ……あぁ、シャワー室か」

     オーバル型のローテーブルの上に置き去りにされたアームカバーを見て、レムナンはラキオの居場所にすぐに思い当たった。いつもより随分早いシャワータイムだななどと考えながら、少し目を細めて壁際の時計で今の時刻を確認する。たしか今日は校内で代替未来エネルギーについてのディベート大会があると昨晩話していたから、きっと侃侃諤諤の議論で蓄積した疲労や雑念を湯で洗い流しているのだろう。
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    abicocco

    PAST※ノーマルEND軸革命後交際中のレムラキ
    レムが初めて酒で失敗した翌朝の話。
    それみたことか(だから、僕は止めたじゃないか)

     ラキオより二十分ほど遅れて目を覚ました隣の男は、呆けた顔でまだ眠気の抜けきらないとろりとした瞬きを何度か繰り返したのち、のそりと身体を起こした。覚醒したての彼が緩慢な動きで自分と、それからラキオの格好を見て、みるみるうちに顔を青く染めていく様を目にして……ラキオは小さく溜息を吐いた。

    「ら、ラキオさ……。あの、その、ぼ、僕、は」
    「……おはようレムナン。元気そうだね。見たところ二日酔いの症状も出ていないようでなによりだよ」

     
     ラキオの言う通り、レムナンの顔や体臭には昨晩あれだけ摂取したアルコールの気配は残されていなかった。彼の肝臓は働き者らしい。
     昨日の晩、珍しく……そう、本当に珍しく。レムナンとラキオは家で晩酌を楽しんだ。というのも先日外星系への調査のついでにグリーゼに立ち寄ったという沙明が置き土産として、彼が現在身を置いているというナダ産の飲食物をふたりの家にいくらか残していったのだ。グリーゼと違って未だ自然光で作物栽培が行われ、一次産業が国の経済をまわすのに一役買っていると聞くナダで作られたワインは、会食や社交場で提供されるような合成品とは違い、強く芳醇な葡萄の香りがした。
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