(燭へし)いつだってお前だけだ「え、これ可愛くない?」
「そういうのはダメ!絶対こっちだよ」
「ええこっちのほうが可愛いじゃん」
「彼氏が喜ぶのはこっちだって!ねえ長谷部主任もそう思いますよね!」
おいおい俺を巻き込むなよ。
昼休みのオフィスフロア、ミーティング用テーブルで弁当を広げながらああだこうだと話をしていた女性たちの声は、静かなフロアで嫌でも耳に入ってきていた。
営業アシスタントの佐藤さんに彼氏ができたこと、佐藤さんが好む服とその彼氏が好む服の方向性が違うことも、そしてどうやら次のデートではもう一段階先に進みたいと思っていることまで全部聞きたくもないのに把握していた。
まあそれはいい。聞こえてない顔をしていたから。
次のデートに何を着ていくのかって話を雑誌を片手にしていたはずだったのに、いやいや振り向いた俺の目に入ったのは机に広げられた下着のカタログだった。
「な、にか、ゴ用デスカ?」
二人が吃驚した顔を向けるけれどカタコトにもなるだろう 。
だって「どっちがいい?」って聞いてきたのって、その下着なんだろう?
振り向いたことを心から悔いた。
時間をさかのぼってやり直したい。
「ねえ長谷部主任、これとこれだったらどっちがいいですか?」
うちの後輩、塩谷は仕事もできるし、言いたいこともはっきり言えて気持ちのいい子だけど、こういうときにそういうのを発揮しなくてもいいんだが。
「ちょっとやめなよ」
佐藤さんもっとちゃんと止めてくれ。
「このピンクと白のストライプにリボンのってそそりますか?」
「そ、そそる……」
「可愛いけどそうじゃない感じじゃないですか!それだったらこっちのレースがいいと思うんですよ。男の人こういうの好きでしょ」
「好きなのか?」
「違うんですか?」
「どうだろう。人によって違うだろう?それよりも佐藤さんが好きなもののほうが」
「チッ」
え、塩谷、お前今舌打ちしたのか?
使えねえなあって顔に書いてある。
だって仕方ないだろう。俺がいつも見ている下着は……
「長船さん!長船さん!」
俺がまさに脳に浮かべた下着を履いている男の名が呼ばれ、びくりと跳ねた拍子に足が机にぶつかる。
「長谷部くん、大丈夫?ガンって音がしたけど」
心配そうにのぞき込んだ光忠に何でもないと首を振ってこたえる。
俺のことはいい。
「だ、大丈夫だ。気にするな」
「長船さん!ちょうどいいとこに!ねえこれとこれどっちがいいと思います?」
「どれ?あーそうだねえ」
全然動揺してなくないか?さすが慣れてるのか。
そうだよな。慣れてるよな。俺と付き合う前は百人斬りだとか、社内も取引先も全部抱いたとか言われてたもんな。
本人は否定しているけれど、まあもててたのは事実だしな。
うーんそうだねえと顎に手をあてて言葉を選ぶ男の横顔をそっと見る。
誰がどう見ても、どんなに僻んだ目で見ても長船光忠は男前だ。
股下三メートルと言われる長い足と、バランスの取れた身体、そして性格は面倒見がよくて仕事もできる。
百点満点パーフェクトヒューマン。
たったひとつ欠点をあげるとしたら、それは俺のことが好きだと言ってはばからないことだろう。
「どっちもいいんだけど、僕が選ぶならこれかな」
え?思わず俺もギギギと首をひねってみると、シンプルなラベンダー色のサテン地に同じ色のレースが花のように散りばめられたものを指す指が見えた。
「さすがお長船さん! これいい!」
「これならいいかも」
「お役に立てたかな?」
「もちろんです!」
そんな会話を耳にしながらも俺はこの男も今まで女性とつきあってきたんだから 、こういう下着にそそられたりするんだなって思っていた。
「長谷部くん、お昼食べた?」
「そそるのか」
「え?」
「いや、ちゃんと食べた、です」
「どうかした?」
「いや何もない。あ!午後から会議なんだ。資料確認しないと」
すでに何度も確認した会議資料を立ち上げる俺の口に小粒なチョコレートをつまんだ指を押し込むと「午後から頑張って」と光忠は片手をあげて去っていった。
73118万点。パーフェクト彼氏。
いつだって俺を喜ばすことをしてくれるあの男に俺は何か返せているのだろうか。
そんなことを考えていたから魔が差した。
何か頼んだか?と開いた通販の段ボールに鎮座するものを目にして俺は大きくため息をついた。
「どうかしていたな」
箱に入っていたのはいつも履いているものとは違う小ぶりの下着。
女性ものでいうところのショーツだ。
さすがに魔が差したとはいえ女性ものをそのまま頼まないくらいの判断力は残っていたようだ。
男性のそういうモノをしまえる仕様にはなっているけれど、つるんとしたサテン地もレースもあの日光忠が指さしていたものと似ている。
こんなもの着たからってそそるわけがないだろう。
冷静な自分が「頭を冷やせ」と言ってくる。
想像するだけで無理だ。
ぱたぱたと箱を閉じると見えないように部屋の隅へと追いやった。
どう考えても似合わない。そそるどころか、萎えるだけだろう。
「何やってるんだ。俺は」
夕方には出張帰りの光忠が立ちよることになっている。それまでに部屋を片付けて晩御飯の用意をしよう。
片隅に追いやった段ボールのことは頭から消して、俺は立ち上がった。
「試してみるだけだから」
部屋の隅においやったはずの段ボールをふたたび開いたのは、洗濯機を二回まわし、部屋に掃除機をかけたあと、晩御飯の肉はたれに漬け込んで焼くだけの状態にしたあとだ。
月末と光忠の出張で二週間以上ご無沙汰だから、まあ期待?もあってシャワーと準備を終えた俺の目に、部屋の隅で存在感を放つ箱が目に入った。
似合わなかったら捨てればいい。まあどうみても似合わないけれど。
箱から出した小さな布切れに足を通す。
つるんとした布の感触、いつも布に覆われている尻たぶが外気にさらされている落ち着かなさ、そして鏡にうつるなんとも微妙な姿に俺はため息をついた。
サイドが白いリボンになっていて、コットンの下品じゃないレースとともに可愛さあふれる下着と、それなりに筋肉もついている男の身体とのアンバランスさが醜くい。
ふわふわとした柔らかいくびれと、ふくらみをもつ身体にこそこういうものは似合うのであって、細身とはいえ男の身体ではそれ用に作られていてもどうにも違和感のほうが強い。
こんな硬い身体のどこがいいんだろうか。
何度目かわからないため息をふうと吐いたときだった。
「長谷部くん、いるの? 」
「は!え?光忠?」
「あ、いるんだ。よかった」
「よくない!」
「え?」
「はいるな!待て!ウェイト! 」
その声が光忠の耳に届く前にリビングに続く扉がガチャリと開いた。
「長谷部くん……」
「これ、は、ちが、う。見るな!見ないでくれ!」
慌てて下着に手をかけた俺の手にひとまわり大きな光忠の掌が重なる。
「なにが違うの? 」
「いや、あの、ほら、似合わない、だろう。目の毒だからな。今脱ぐから」
「だーめ」
その声のトーンには聞き覚えがあった。
「みつ、ただ?」
「ねえその下着、僕のために買ってくれたんでしょ?」
「どうして」
「あの日僕が好きって言ったのと似てる」
「気のせいだろう」
「長谷部くん、可愛い」
その声にぞくりと身体が震える。
「可愛くなんてないだろう。無様だろう」
「は?何言ってるの?ちゃんと見て」
「ほら、この色ほんと君によく似合う。この腰の細さだからこのリボンが綺麗に見えるでしょ。それに」
「それに?」
「ここを引っ張れば、脱げちゃうね。すぐに脱げちゃうよ。やーらしい」
光忠の声と言葉に身体の内側から熱のようなものがせりあがり、下着を濡らすようにじわりと吐き出された。
「……っふ、あ」
「でも、まだ脱がしてはあげない。ふふ触り心地いいね」
気持ちだけ尻を隠すサテン地をするりと指が撫で、その指は腰から割れ目をつうと辿ると、いつも男を受け入れる場所で止まる。
ぐりと軽く指先を押し込むと、準備した場所から残っていたらしい湯がじわりとショーツを濡らす。
「濡れてきたね」
それはそういうんじゃないだろう。
その言葉は隠すものがなくさらされた乳首をもう片方の手がぎゅうとつまみ上げ、言葉にならずに「ああっ」という喘ぎに変わった。
尻を撫でていた手はいつのまにか前にまわされ、柔らかく膨らみを見せるものをショーツごと握りこむ。
ぐりぐりと乳首を押しつぶすように動く指、そして掌をつかってふにふにと陰茎を揉む手に声が止まらない。
「み、はあ、あん、っや、まって」
声だけでなく、ジワリと漏れるものがまたショーツを濡らすのがわかる。
くちゅり
ショーツを揉む手のなかから濡れた音がしはじめ、薄いラベンダー色のショーツの一部が濃い色になっている。
「気持ちいい?」
答えなくたって触っているお前はわかるだろう。
「ん、ああ。なあ、脱がせて」
似合ってないのはわかっているし、濡れて気持ち悪いから脱がせてくれと強請る声は、まだだめという光忠の唇に飲み込まれる。
くちゅり
唇からなのか、そして下着のなかからなのかくちゅくちゅという水音にが耳に届き、身体の奥にごうごうとした熱が生まれ広がっていく。
「なあ」
もうこのあとはぐずぐずになるのが目に見えている。
だから。
「そそられたか?」
「え?」
「こういうの、そそられたか?それとも似合ってないから萎えたか?」
俺からお前になにか渡せるものはあるのか。
「ねえ、これでわかる?」
ごりと太腿にすりつけられたのは光忠のものだ。
あきらかに勃っている。硬くて熱い。
「勃つのか」
「あたりまでしょ?可愛くて色っぽくてほんともうどうしてやろうかって思ったよ。ああ!写真撮ればよかった!」
「ばーか」
そうか。すこしは喜んでくれたのか。
「また着てね」
「ふん」
「次はねえどうしようかなあ」
「似合わなくても笑うなよ」
「どんなのでも似合うし、長谷部くんが着てるっていう事実が大事なの!」
「おまえさあ」
「なあに?」
「俺のこと好きだろ」
「ずっと言ってるよね」
「俺が思っているよりも好きなんだな」
「ほんと君は全然わかってないから。このあとゆっくり教えてあげるね」
「お手柔らかに頼むな」
「無理です。だって長谷部くんが可愛いから。君が着てれば何だって興奮するんだよ。普段のボクサーパンツもほんとうにいやらしいんだよ」
「は?」
「濡れて色が変わると、どれだけ気持ちいいのかよくわかるしね」
いつもぐちゅぐちゅと重い音がするまで脱がしてもらえず、ずしりという音がするくらいになってようやく床に落とされる意味がようやくわかった。
なんだろうこの男。
「お前、可愛いな」
「え? 」
「なんでも好きなやつ 履いてやるよ」
そう言ったことを翌週にはすこし後悔するのだけれど、光忠が本当にうれしそうな顔をしたから俺は満足だ。
「じゃあ続きやろうか」
「あ、そうだな」
そう答えるやいなや乳首がぬるりとしたものに包まれ、そしてショーツの上からまた指が陰茎をなぞるように動かされ始めた。
「やっ、は、ああっ、ん、ん、っあん」
「約束だからね」
そういうと光忠は舌で俺の乳首をちゅうと吸い上げた。
びゅっとまた下着が濡れた。
「ああお前が望むなら何だってやってやるさ」
俺も思っているよりもずっと光忠のことが好きみたいだからな。
そんな気持ちを込めて「もっとだ」と光忠の耳元で囁いた。
首筋を舐めていた唇がガリと首筋を噛んだけれど、まあ死ななきゃ安いからな。
光忠の首に手を伸ばすと俺は囁いた。
「もっとだ、光忠」
明日のことは明日考えればいいさ。
そう決めると俺は目を閉じた。