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    xxsakanaxx_hq

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    治角名のパロ。年の差。昭和初期っぽい。転生もの。書く気がなくなっちゃったのであらすじだけ晒します。

    #治角名
    nameOfTheCorner

    治角名のパロ本家の当主である祖父が若い芸者を引き取ったのは治が十の時であった。女中の話を盗み聞いた話では、知多だかどこかで踊り子をしていたそうで、腕前はたいそう評判だったと言う。しかし不幸があって脚の腱を痛めてしまい、踊れなくなって路頭に迷っていたところを祖父が拾ったらしい。
    「年はまだ十六、七やて」
    「あれまあ。上のお孫さんより若いやないの」
    「養子や言うとるけど、ようはお妾さんやろ?お子様方は嫌な顔なさるやろなぁ」
    「当たり前や。そんなどこの馬の骨かも分からん情夫に遺産の分け前渡ってまうんやから。うちかてええ気せんわ」
    女中の口振りからなんとなく良くないことなのだと察せられたが、行き場のない人を助けたのだから、祖父はいいことをしたはずなのになぁと治は内心思っていた。
    その半年後、法事で本家に招かれた際に治は初めて件の芸者を目にする。生憎と表には出て来なかったけれど、祖父と二人で奥の間にいることは分かっていたので、侑と二人で潜り込んで見に行ったのだ。その人はスラリと背の高い人だった。黒の紋付袴姿はどこか妖艶で、白いうなじが一際目立って見えた。切長の目元は涼しく、横顔は儚げな印象すら感じる。
    「なんや、狐顔やん」
    侑は言う。
    「別嬪さんやなぁ」
    治は言う。と、二人の声が聞こえたのか、その人が振り返った。怒られる!と緊張したが、その人は微笑を浮かべると人差し指を口元に持っていって「しっ」と合図を送った後、追い払うように手を振った。「気付かれぬうちに帰れ」という意味だ。二人は慌てて皆のいるところへ戻った。
    その時見た笑顔を治は折に触れて思い出すようになる。一見は落ちる寸前の椿のように思えた横顔、しかし振り返って浮かべた微笑みには気の強さと豪胆さが滲み出ていた。たぶん、あの人はオトナたちの陰口なんてなんとも思ってないんやろな。抜き身の小刀みたいな美しさを持つあの人に、治はもう一度でいいから会いたいと思いながら過ごした。

    治が十六になる年、祖父が胸の発作で急逝した。もう九十近い老人だったのだから無理もない。医師は老衰だと断定し、葬儀はしめやかに執り行われた。通夜の場には本家分家の親族がずらりと顔を揃えたが、治はあの人の姿だけがないことに気付いた。生前は恐らく一番祖父の近くにいたはずなのに。母に尋ねても答えてくれぬので不審に思っていると、騒ぎは食事の席で起こった。治らの席から離れた出入口のあたりで急にどよめきと叫び声が上がったのだ。驚いて見てみれば、誰か年配の女性があの人の頬を張り飛ばしたところであった。
    「あんた!何しにここへ来よったん!来たらアカン言うたやろ!」
    「すみません……でも……俺も、先代にお別れを言いたくて……」
    「しおらしいこと言うんやないよ!この狐め!お父様に取り入って遺産を狙っとったんはみんな知っとるんやで!アンタにやるもんなんかびた一文あらへんわ!分かったら出てお行き!」
    「……わかりました。今すぐ出て行きます。その代わり、これを、棺に……」
    「お黙り!早よ出て行き!」
    混乱でよく見えなかったが、あの人はひどく憔悴しているように見えた。そうして平伏している人を寄ってたかって追い出すさまは見ていて気持ちのいいものじゃなかった。
    子供らは寝るように言いつけられた後、治はこっそり寝所を抜け出した。侑には止められたが口止めは頼んでおいた。若い女中を捕まえてあの人の居所を聞き出し、どうにか誰にも見つからずに辿り着いたのは庭の隅の蔵。祖父が死んでから居室をそこへ移されたのだと言う。可哀想に、ただでさえ杖をつかねば歩けぬ人をこんなところへ追いやるとは。ここを抜け出して母家まで来るのはかなり苦労したことだろう。治はそっと蔵の戸を開けて中へ入ってみる。
    「誰?」
    果たして、中にいたあの人は不思議そうに蝋燭の明かりを向けた。いつかと同じ黒の紋付袴を着ていた。喪に服していたのだろう。治が暗がりから顔を出すと、その人は一瞬細い目をハッと見開いて、
    「旦那様……?」
    ぼそりと呟くが、すぐにもとの凛とした面差し戻り、じっと治を見据えた。その視線に治は妙に緊張した。
    「……お前、見たことあるよ。何年か前、俺のこと覗いてたガキだろ。瓜二つの片割れと一緒に。随分と図体はデカくなったのに、まだ覗き見癖は直らないの?」
    その人は皮肉っぽく笑う。でもどこか元気がない。微笑みの中にあの時のような鋭利な強さを感じられない。治は戸惑いながらも、懐に忍ばせていたおにぎりの包みを差し出した。宴席からいくつかくすねておいたものだ。
    「これ、あんたの分。あんた、メシの席追ん出されてもうたから、なんも食うてないやろ?」
    その人は怪訝そうに顔を曇らせる。
    「よしな。お前も折檻される」
    「構へんよ。俺も食い足りんて思うとってん。どのみちくすねるつもりやった」
    「メシかっぱらって来たことじゃねえよ……あ、こら座るな。出て行け!お前がここにいるって知れたら俺がまた怒られるだろ!」
    「そんなん俺がさせんわ。もうあんたを殴らせたりなんかせえへん。俺が守ったる」
    「ガキが……できもしないことを気安く言うんじゃねえ」
    「できるわ。俺こう見えてババア連中には気に入られててん。祖父ちゃん似の男前やからな」
    堂々と言い切る治。その人は一瞬ぽかんとなるも、たまらぬと言った様子で吹き出した。
    「オッホホ!お前、それ自分で言う?」
    治は、我慢できずに先におにぎりを頬張りながら満足そうに笑みを浮かべる。
    「やっと笑いよった。ホンマのことや。変に謙遜する方が感じ悪いやん」
    「そりゃあ一理あるかな」
    「やろ?そんなことより、あんたも早よ食うて。長居したらバレてまう」
    「分かった。もらうよ」
    そうして治とその人は蝋燭一つしかともらない蔵の中で、二人きりでおにぎりを食べた。治は不思議と幸せな気分だった。おにぎりが美味しいせいだけじゃない。その人が隣にいること、メシを食べて言葉を話して感情のままに表情を変える、生きた人間のその人が手の届く場所にいるという事実がなんだか嬉しかった。
    「なあ、あんた名前はなんて言うん?」
    治が尋ねると、
    「人の名前を聞く時は自分から名乗るもんだ」
    その人はツンとして言う。狐みたいな顔だと思った。可愛らしいとも思った。
    「俺は宮家の治や。宮治」
    「治……」
    小さい口でおにぎりを食みながら繰り返したその人は、ごくりと飲み下したところで治を見る。
    「治に特別なお願いがある」
    そう言ってその人はにこっと微笑む。その顔はあの時と同じ、抜き身の刃のような強さを秘めた顔だ。何か企んでいるに違いない。治は思わず背筋を伸ばす。
    「なんでも言うて」
    すると、その人は袂から何かを取り出して治の手に握らせた。治は触れられてどきりとしながらも手の中のものを見る。
    踊り用の扇子であった。
    「これを、お前のお祖父様の棺に入れて欲しい」
    治の手を両手で握りながらその人が言う。表情はもう笑っていない、真剣そのもの。
    「いい?必ずご遺体が焼かれる前に入れること。ババアどもに見つかったら捨てられちまうからこっそりと、上手くやって」
    治は頷きながら聞いていたが、内心疑問だった。どうしてこんな大事そうなものを棺に入れたがるんだろう。遺体と一緒に燃えてしまったら勿体ない。墓の前にお供えするのじゃ駄目なのだろうか。そうは思ったが、
    「治にしか頼めない。どうか、どうか……頼むね」
    そう何度も力を込めて手を握られては陳腐な疑問などどうでもよくなる。治はこの人のために必ず成し遂げてやろうと固く誓った。

    その夜、結局名を聞きそびれたと気が付いたのは、意気揚々と寝所に戻って横になった後のことだった。

    祖父の葬儀から一年ほどが経ち、治は通常どおりの生活を送っていた。あの人とはあれきり会っていない。祖父の出棺の時にも結局姿を見せず、先日本家で祖父の一周忌が行われた際にも不在であった。聞くところによれば少しばかり金をもらって、すでに本家を出たのだと言う。「金目当てやからすぐに出て行きよった」と、本家の伯父や伯母らは意地悪い笑みで下品に笑っていた。
    金目当てだった人間がわざわざ扇子を棺に入れて欲しいなどと言うものか。そう思ったけれど、それは治とあの人との大切な秘密なので、決して口外はしなかった。
    ある日、侑と学校へ行こうとした時、庭の生垣の陰から母に呼ばれた。
    「あんたら、学校終わったら頼まれてくれへん?稲荷崎の長坂の上にご本家の持ち家があるやろ。あそこになぁ、これ届けて欲しいんよ。人目に付いたらアカンで。お帽子かぶって、よう顔見せんようにな」
    言いながら母が指し示した荷物は、米や味噌のほか、大量の漬物や干した魚などだった。
    「おかん、こんな山ほどどないしてん?あの空き家で泊まり込みで一張羅でも縫うんか?」
    「アホ侑!そないなわけないやろ!ええか、内緒の話やからようお聞き。本家のお祖父ちゃんのお妾さん、あんたらも聞いたことあるやろ?あの人なぁ、今稲荷崎のおうちに住んではるんよ。ひとりで」
    治と侑は思わず顔を見合わせた。侑は純粋に驚いた顔をしていたけれど、治は果たしてどうだか分からない。もしかしたらニヤけていたかも知れない。そんな二人の首根っこを捕まえて母は更に続ける。
    「お義姉さんらは十分なお金を渡したって言うてはるけど、たぶん嘘やね。随分困っとるみたいなんよ。兄さん姉さんらには酷い仕打ちされとったからなぁ。たぶん今も捨て置かれてんのやろなぁ。せやからね、お母さん、ご本家には内緒で助けてあげよう思うねん。あんたら協力してくれんな?」
    治は思わず母を見つめて尋ねる。
    「なんでおかん、そないなことするん?」
    「お妾さんや言うたって子供みたあな年の子やないの。あんたらくらいの年の頃に体悪くして、食うに困って、あんな年配の人に身売りして、故郷からよう知らん土地に連れて来られてんよ。それをいい大人が寄ってたかって可哀想や。贅沢したわけでもないんや。お父さんに良うしてくれた人やから、最期まで面倒見たらなアカン」
    母の言葉に素直に感動した治は、渋る侑を巻き込んで頼みを引き受けることにした。母の言うのが正しいと思うのはもちろんだが、治にはやはりあの人にまた会えることがなによりも嬉しい。困っているならなおのこと、今度こそ自分の手で守ってやりたい。いつかは鼻で笑われたけれど、今ならできるような気がしていた。

    その日から早速稲荷崎の家に通い始める治と侑。侑は面倒くさがってたまにしか行かなかったけれど、治は届け物がなくとも毎日学校帰りに顔を出す。
    あの人は名を角名と言った。母から聞いた。表の生垣から「角名」と呼べば、角名は「治さん」と笑って答える。角名はいつの頃からか、いつも縁側に座って治を待っていてくれるようになった。まるで夫を待ち侘びる妻のように喜んで出迎えてくれるのは嬉しい。だが、その笑顔にかつてのような強さは感じない。体もひどく痩せて、顔色はいつも悪い。何度治が諭してもあまり食事を摂っていないらしい。心配ではあったが、それでも治は角名が親しげに語りかけてくれることに浮かれて、触れ合いが増えるにつれて、もしかするとこのまま幸せになれるのではないかとすら思った。
    しかしそんな治の様子を気にかけた侑が、ある日自分ひとりで角名のところへ食料を届けに行って来てしまう。抜け駆けされたと思って怒る治に、侑は真剣な眼差しで言う。
    「あん人はやめとけ。なんかおかしいわ」
    「なにがおかしいんや。そりゃ、調子はあんまようないけど」
    「せやない。あん人な、俺の顔見て『治さん』て言いよる。そんでニタァって笑いよる。気色悪いで」
    「俺とお前を間違うとるだけやろ」
    「治、悪いこと言わへんからやめとき。あん人は駄目や。よう分からんけど、たぶん……もう、駄目なんや」
    「もう駄目ってなんやねん!」
    そうして治と侑が喧嘩をしていると、女中が母を呼んで来た。二人を容赦なく箒で叩いて黙らせる母。揉めている原因を聞くや、顔を青ざめさせてしばし頭を抱えたが、やがて二人の肩を抱き寄せて密やかな声で話し始めた。
    「『治さん』って言うんはお祖父ちゃんの若い頃の名前。本家の跡取りは名前も継ぐから、お祖父ちゃんも、曾祖父ちゃんが亡くなった時に名前を変えたんよ。だけど……あん人には、本当の名前で呼んでもろてたんやね。きっと」
    そう言って母は涙を流す。
    「ホンマに酷いことしてもうたなぁ……。あの人、お祖父ちゃんが死んだことが分からなくなってしもうたんや。あんまり悲しゅうて、忘れてしまったんやろね。そうせんともう生きて行かれへんくらい……悲しゅうて悲しゅうて、やりきれんかってんやね……」
    治は愕然となる。信じたくなかった。あの笑顔も、夢中になって話していたことも、嬉しそうに寄り添ってくれたことも、全て祖父に向けられたものだと言うのか。そんなはずはない。そんなはずがない。治はもう日も暮れかけている中を飛び出して角名の家へと向かった。
    治が行くと角名はすぐに出て来る。治はそこですっと黙っていた秘密を角名に告げる。
    「すまん角名!実はな……お前の扇子、棺に入れられんかったん……」
    謝りながら治は扇子を差し出す。すると、角名は痩けた頰に無邪気な笑顔を浮かべて喜んだ。
    「やっぱり治さんが持っててくれたんだ。あなたの棺に入れてもらうよう頼んだんだよ。これは俺の魂だから、生まれ変わってもきっとあなたのそばにいられるようにって」
    絶句する治。しかし角名にはもう見えていない。治に抱きつき、夢を見るように語った。
    「俺、もっと早く生まれたかった。あと五十、六十年も早く生まれていたら、きっとあんたと一緒になれたのに。約束して。生まれ変わったらきっと俺と一緒になってね」
    そう言って追い縋る角名の、嘘みたいに細い体を抱き締めて治は思う。自分こそもっと早く生まれて来たかった。あと十年早く生まれたのなら。たった一年でもいい、祖父より早く角名に出会っていたのなら、きっとこいつにとっての『治』は俺だった。もう角名の世界に自分はいない。角名はただ静かに死を待つ身になってしまった。それでも、届かぬと分かっていても治は声を絞り出す。
    「死んだらあかんよ、角名。生きて。頼むから、どうかこれからも生きとって。俺が愛しとるから。お前を一番愛しとるから。なぁ角名……俺を見てや……」



    そして、治は予鈴の音で目を覚ます。
    「うわっ!こいつマジで爆睡しとったんか!」
    「おーい、治。大丈夫か?」
    声を掛けられて見回すといつもの教室だった。向かいの席では侑が呆れた顔で、斜め向かいでは銀が苦笑を浮かべてこちらを見ている。ああそうか、昼を食べて自分は寝てしまっていたのだ。治はゆっくりと思い出した。
    「俺ら帰んで。お前、その顔洗った方がええんちゃう?」
    「ホンマやなぁ。なんか目んとこ充血して泣いたみたいになっとるやん」
    そう言われて治は目元を擦るが、特に涙が出た形跡はない。だが、泣きたいくらい切ない夢を見ていた。妙にリアルで夢とは思えない夢。机を片付けて去って行く侑と銀を見送りながら、あれは何だったのだろうと考える。
    「ねえ、大丈夫?」
    声を掛けられて、治は隣を振り返った。角名が治を覗き込んでいた。表情はいつもどおりの無表情だけれど、声を掛けるということは彼なりに心配しているのだろう。とりわけ不幸の影も見えない平凡な顔立ちが、夢の中の彼と重なってぼやける。
    ——もしかすると、こいつは俺が扇子を持ち続けてしまったからここに生まれてきたのかも知れない。本当は祖父と出会えるところへ転生したかったのだろうに。結局角名は俺と出会い、今、俺と付き合っている。それは角名の願いとは違う。
    そう思うとやるせない思いがして、治は角名の頬に手を触れた。
    「うわっ。ちょっと、なに?」
    「ごめんなぁ。本当は俺やないんやろ……お前が好きなんは」
    「はぁ?」
    自分で言って悲しくなって、治は涙を浮かべる。呆れ顔の角名は突然のことにしばし戸惑っていたけれど、やがてため息をついて告げた。
    「ったく。一度しか言わないからよく聞けよ。夢見てたんだかなんだか知らないけど、俺はお前のことが好きで付き合ってんの。他の誰でもねえんだよ。俺の中の宮治はお前だけ。分かった?」
    治はお前だけ。その言葉に、治は身を乗り出した。
    「ホンマ……?お前の治は俺なん……?」
    角名は縋りついてくる治を鬱陶しそうに払い除けながら、少し照れた顔で口を尖らせた。
    「そうだよ。何度も言わせんな。いいから授業始まる前に顔洗ってこいって!男前が台無し!ほら早く!」
    照れ隠しでせっつく角名にすっかり機嫌をよくして、治はなんだか誇らしげな気持ちで教室を飛び出した。その背中を見送る角名は、それから、誰にも聞こえない声でぽつりと呟く。

    「……もういいんだよ。あの人には会えなかったけど、今はお前がいるから。愛してくれてありがとう、治」 
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