底無しに好きになって、ありがとうは積もりに積もる~⑤~ 来た当初は粗相であちこちやられたものの、根気よく教えたらお揚げはトイレの場所もわりとすぐに覚えた。
「ペットと飼い主って似るって言うじゃん。きっと、井田の賢さが移ったんだな。」
自分も一緒に誉められているようで、照れ臭くなる。
青木なんて最初は毛玉吐きすら知らなくて、「お揚げ死んだらどうしよう…」と嗚咽混じりで電話掛けてきたっけ…。
その時から考えれば、この数ヵ月でもう、かなり色んなことを学習してきたと思う。焦らず、一つひとつ覚えていこうな、青木。
だけど、一方お揚げはこちらの都合の良いことばかりを覚えるワケが無い。体が大きくなればそれだけ移動範囲も跳躍力も比例して大きくなる。昨日までは届かなかった高い場所に置いてあったティッシュ箱を落とし飽きるまで引き抜き続けるという、とても悪い遊びを覚えてしまった…。置き場所をもっと高いところにすると、今度は俺たちまで取りにくくなる。
考えて考えて、面倒にはなるが引き出しの中に仕舞うことにした。
今回はティッシュで良かったけど…もしかしたら、いずれコンドームにまでイタズラの範囲が広がってしまうかも知れない。あんなに出し入れしやすい場所だもんな…どうしようかと考えあぐねいていると、青木が
「確か、金庫買ったじゃん?俺ら。」
と唐突に言った。
そうだ、同棲生活がスタートできる喜びで頭のネジが少し緩んでいたのか、簡単な作りのものでとても小さいサイズだが、俺たちは確かに金庫を買ったのである。
いざ家に置いてみると金庫だけ雰囲気が浮いていて、使う事は無いだろうと、奥にひっそりと仕舞っていたのだ。こういう時に役に立つとは!
これでティッシュとゴムの心配は無くなった。人間側は滅茶苦茶不便になったが仕方がない。ティッシュだって、ゴムだってタダではないんだ。
それにしても、そういうコトをする度に金庫を開けるカップル…という異様な雰囲気に慣れるのはいつになることだろう。泥棒だって中身がコンドームなんて思う輩は世に一人も居ないんじゃないか…。泥棒のげんなりした姿を想像すると、腹筋が痛くなるくらいに震えた。
朝晩が寒さを覚える時季になると、お揚げに食欲の変動が見られたので、久しぶりに病院へ連れてきていた。
「数値も大方平均値やし、急な気温差で内臓が疲れてしもうてるだけやね。寒そうに見えたら暖かいのでくるんであげて。シャワーや風呂は嫌がる子多いからね。」
「はい、分かりました。」
「ところで新しい飼い主、見付かったん?」
「いえ、もう俺も同居人も情が移ってしまって…2人できっちり話し合って、飼うことを決めました。」
「そうか、良かったなー。お揚げくん!」
「ぃにゃーーーーん!」
お揚げの上機嫌な返事に、その場に居たみんながほっこりした。
お揚げの無事も分かった事だし、帰ってすぐ、青木と相談してペット保険を吟味し、決めた。
お揚げに関して一番の心配は鳴き癖だった。初対面の時にあんなに呼んでいたものだから…。
でもいざ家に連れ帰ってみると、俺と青木の会話に混じって鳴くくらいで、煩さは全く無い。きっとあの時は人の気配を感じて、見付けてもらいたくて必死に鳴いていたんだろう。
「よく、あの時に呼び掛けてくれたな。ありがとう。」
そして久々に実家に電話をして、猫を正式に飼うことを報告した。
思い返してみれば、『ありがとう』が盛り沢山だ。豆太郎が青木に懐かないのは単なる人見知りではなく使っていた柔軟剤の匂いの問題だったのなんて、俺は思い付きもしなかった。
青木が縮ませてしまったセーターの事だって、怒りもせずにくすくす笑いながら豆太郎用に編み直してくれた。京都への進学の事も、青木との事だって…
これまでもこれからもきっと、「ありがとう」は積み重なっていくのだろう。
「「ありがとう」って、何回言っても足りないな。」
お揚げを撫でながらふと呟くと
「ぃにゃーーーん♪」
と、これまた機嫌良さそうにお揚げが鳴いた。
━━━おわり━━━