実った恋に味を乗せて 俺は季節柄、毎年来るこの時期に頭を悩ませていた。
社会人になって3年と5ヶ月、だんだんと後輩も育ってきて、抜かされるわけにはいかないけど潰すわけにもいかない…難しい。
そう、毎年来る食品関係で仕事をしている俺らには絶対に気を抜けない、ハロウィン企画。
気が早いところは、もう9月の初めから売り出しているって…なんか年々、時期早まってません?本来10月末日のお話だったのでは…と、まだまだ3年のひよっこが上司に言えるはずもなく…ってか、この上司が新人の頃はハロウィンなんてただの『外国のお祭り』で、こんな時期に企画案なんて出さなくて良かったんだなーとちょっと羨ましくなってしまった。
こんなに毎年毎年各店ごとにコーナーを作られ、コンビニまでに浸透するなんて思いもよらなかっただろう。
でも、楽しみなことも多い。お店に入って新しいお菓子がぶわーってたくさん並んでるのはやっぱり見ててテンションが上がるし、秋は芋栗南瓜と自然の甘みがいっぱいだ。砂糖の甘みだってもちろん変わらず好きだけど、やっぱり砂糖の取りすぎってちょっと年齢上がる度に怖くなるものじゃん?でも自然の甘みはもりもり元気が出るから尚更嬉しいんだ。
とりあえず、人生の先輩であり、何と言ってもお菓子作りの先輩である姉ちゃんに相談してみる。でも姉ちゃんも姉ちゃんでこの時期忙しいから、そんなに多くは求められない。それこそ企画が被るのはお互い避けたいところだし…難しいな、同業って。
「秋のお菓子、なんか良い案無い?」
「こっちが教えて欲しいくらいよー!想太もなんか浮かんだら教えて!」
なんか、毎年同じやり取りしてないか?俺たち。
そういえばハロウィンっぽい形にばかり気を取られて、本来の甘さって最近味わって無い気がする。
「まずは素材、買ってみるか。」
スーパーに行って、とりあえず秋の味覚をゲット。ネットで出来るだけ素材の味を生かして出来るレシピを探してみる。
栗ごはん用に栗をちょっと熱めの湯に浸してる間に、カボチャは…煮っころがし?なんかとても「和」って感じでお菓子とはかけ離れてるけど、今日は素材の味を確かめる日だから一旦置いておこう。
「カボチャ…固っ!!いつも母ちゃんはどうしてたんだ?!」
包丁の刃が折れそうで怖い。
「もしや母ちゃん…橋下さん並の豪腕…?」
ゾクッと鳥肌が立ったその時、
「ただいまー。」
井田が帰ってきた。
「あ、おかえりー。」
「今日は何作ってんだ?って、そのやり方じゃ危ないだろ!怪我するぞ!」
俺はあれよあれよという間に包丁が刺さったままのカボチャの前から追いやられてしまった。ちょっと背伸びして肩越しに見てみると、
「ヘタ取ってから切るの?ってか、なんでお前そのやり方知ってんの??」
「豆太郎がカボチャ好きだったんだ。」
「え?犬ってカボチャ食べるの?!」
「うん。」
冷静に答えながら井田は、種まで取って一口大にまで切ってくれた。
「このくらいの大きさで良いか?」
「サンキュー、助かった。」
俺が四苦八苦していたカボチャをこんなにも簡単に…井田って意外なことも知ってるんだな。もう何度目になるんだろう…キュンとした。
「こっちの栗は?」
「ああ、栗ごはんにしようと思って。」
「秋の味覚だな。じゃあ出来るまで俺はちょっと部屋で作業してる。怪我すんなよ。」
くしゃくしゃと頭を撫でられるのと、最後の一言がすごく嬉しい。
井田が切ってくれたカボチャを煮つつ
「こっちもそろそろ良いかな?」
栗をザルにあけて水気切って、皮を剥いて…こっちは水が浸透してて剥きやすいな。
洗った米を入れておいた炊飯器に塩を混ぜて、一気に栗をドボン。
「美味しく炊けますように。」
9月の上旬でまだ暑さが残ってるから、カボチャはちょっと冷ましてから出した方が良いかな?味を確かめて、粗熱を取ってる間に井田を呼びに行った。コンコン!
「井田ー、入るよー?」
「おう。」
「ごはん炊けたらもう食えるから。井田は何やってるんだ?」
「文化祭で、ネタが被らないようにいろいろと案をな…」
「え?早くね?」
「食料調達するところは、連絡はなるべく早めが良いからな。まだ大まかに決めてる段階だけど。」
「そっかー、文化祭かー。」
思い出すのはやっぱりあの時の『シンデレラ』。井田王子が脳裏に浮かんでちょっと顔に熱が集まったのを自覚して、井田も同じこと考えてたら良いなー。なんて思うんだけど、思って背後から見詰め…いや、見詰めるどころか凝視してみたんだけど、井田は変わらずPCに目を向けたままで…。
ちょっと寂しいなって思った時に、ごはんの炊き上がりを知らせる音が鳴った。
「青木が作ってくれたから、準備は俺がするよ。」
立ち上がろうとした井田の肩をちょっと強めに押して、
「先生は大変なんだから続きしてろよ、俺がやるからさ、準備終わったら呼ぶし。」
「そうか?」
井田だって暇じゃない。こんなんで寂しいとか言ってたらきっと呆れられる…。そう思って、気持ちを切り替えるためにもひとりで黙々と準備をした。
「井田ー!食おうぜー!」
「分かった、今行く!」
栗ごはんから立ち昇る、めちゃくちゃに良い匂い…正に『秋の匂い』だ。まずは鼻から思い切り吸い込む。お菓子でも食事でも味わえるなんて、なんて優秀なんだお前たちは!!
手を合わせて、声を揃えて
「「いただきます」」
「井田、味はどうだ?」
自分では納得したけど、作る回数が少ない料理ってやっぱり毎回反応が気になる。
「素材の味が濃いからな。このくらいが俺は好きだ。」
「良かった。」
「そういえば文化祭のことと一緒にお菓子のことも考えてたんだけど…」
「文化祭でお菓子出すのか?カップケーキとか?」
「いや、お前が毎年悩んでるハロウィンの企画の事だよ。」
「………え?」
思わず箸を落としそうになった。俺が一人で勝手に寂しくなってる間、自分だって仕事あるのに俺の仕事のことまで…。もう、お前ってやつはなんでそんなに出来た彼氏なんだよ!!
嬉しすぎて泣きそうになるのを、ごはん中だからなんとかこらえる。
「それこそ『シンデレラ』をテーマに…なんてどうかなと思って。」
「………!」
お前は俺を泣かせる天才か!!肩を震わせて下を向いたまま動けない俺…。
「どうした青木?俺、なんかまずいことでも言ったか?…だよなー、学校のイチ教師がアドバイスなんてでしゃばり過ぎ…」
「違うよ井田ぁ!!」
思わずガバッと顔を上げた。涙は既に溢れていた。
「俺、俺さぁ、また一人で勝手に落ち込んで…ごめんなぁ。」
「?なんか良く分からんが、青木が元気になったんならそれで良い。続き食おうぜ。ごはん冷めちゃうし。」
「うん…。」
ちょっとだけ料理にしょっぱさが増した。
片付けは井田がしてくれて、その間に湿った気持ちはすっかり気持ち良く乾いた。
ソファーで二人でくっ付いて、明日もお互い仕事あるから度数の低いほろ◯いと、つまみに柿ピー。ごはんが甘めだったからちょうどいい。
「それにしても、ハロウィンに『シンデレラ』って、どういうことだ?」
「だってまず、シンデレラはカボチャの馬車に乗っているだろ?」
「あ、そういえば!」
「馬のシッポもモンブランで使われるクリームをもうちょっと白くして絞ったらそれっぽくなりそうだな…とか」
「おおお!」
「ティアラはあの、アイスにたまに掛かってる銀色のを並べて…」
「アラザンだな!うんうん、それで?」
「ふっ…俺の案はここまでだ。それ以上は青木の仕事だろ?」
ふわりと笑って頭を撫でられた。
「そうだな!とにかくありがとう井田ぁ!!」
「あ、青木…ちょっ苦しい…」
「ああ!!ごめんごめん!!」
あまりに嬉しくて、きつく抱き締め過ぎてしまった。
「そんなに謝んなくていい。青木に抱き締められるのは嬉しいし。」
返答に困ること言うなよ、また顔が赤くなる…。
そんな心境を察したのか、井田は俺の後頭部に手を当ててチュッて軽くキスをしてきた。
「さて、歯磨きしてもう寝るか。」
「うん!」
俺の提案が採用されたら、今回は井田にもなんかお礼しないとな。…って言っても、井田って本当に物欲が無いからな~。まぁ、物欲が無い代わりに………って、何考えてんだ俺!
まずは企画が通ることが大事!煩悩に染まった頭をブンブン振って、井田が空けてくれたベッドのスペースに入り込む。ベッドは各々の部屋に一つずつあるけど、当たり前のようにちょっと奥に詰めてくれてることが嬉しい。
「今回の企画は絶対に通すから。」
井田のおかげで滅茶苦茶に前向きになれたし、自信もついた感謝も含めて、寝入りの良い横顔を見詰めつつ起こさない程度の…そっと触れる誓いのキスをした。
━━━おわり━━━