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    ■女子高生の猗窩座♀ちゃんと教師の煉獄さん。ひとつ前の話しと同じ世界です。
    ■男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす。(俵/万/智)
    バレンタイン・デーになると思い出す歌です。こちらを女子高生の猗窩座♀ちゃんに贈りたくて書きました。
    ■猗窩煉のオタクが書いています。

    #猗窩煉
    #煉猗窩

    革命とは、いつも弱者が強者に向けて行うものだ。

    *

    「杏寿郎。」
    「どうした、素山。」
    「…、猗窩座だ。」
    「?知っている。」
    「猗窩座と呼べ!」
    「なぜ!」
    「…名前で呼んで欲しいから。」
    「断る。生徒は名字で呼ぶことに統一している。それから君は、せめて呼称に先生と付けるように!」
     それじゃあ、と片手を上げてさっさと職員室へ向かう煉獄杏寿郎の背中は暗にこの話はこれでおしまいだ!と言っているものだった。

     素山猗窩座、良くも悪くも学内で彼女の存在は知れ渡っていた。偏差値がそれなりに高く、中高一貫でほとんどの生徒が顔見知りという狭いコミュニティの当校に、二年生の秋口という中途半端な時期に編入をしてきた転校生。手足が長く、目鼻立ちの整った生徒であると言うこと以上に、全校生徒揃いのブレザーに身を包む中で一人だけこの辺では見掛けない真っ黒のセーラー服に真紅のタイを結った出立ちなのも目を引く要因だった。
     何をしていても自然と目に着いてしまう素山の動向は、当人の意識よりもずっと広く知れ渡っていた。両親が居ないということ、前の学校では暴行事件を起こしたということ、噂の域を出ないあれこれから、クラス担任の歴史教師に好意があることも、彼女の転校という出来事で落とされた雫が水面に落ち、波紋のように静かにそして素早く広まっていった。

    「杏寿郎。」
    「先生と付けなさい。」
    「どうして?私は名前で呼びたい。」
    「君は生徒で、俺は教員だからだ。それ以上でも、以下でもない。」
    「それ以上になりたいと言ったら?」
    「冗談はいい。君はその日誌を提出しに来たんだろう。」
    「そうだ。杏寿郎は絵が下手くそだな。」
    「先生と付けるのがそんなに難しいか?」
     下校時刻が差し迫った職員室。部活を受け持つ教師は席を離れていて、デスクに残る教員の姿はまばらだ。何度見ても見慣れることのないセーラー服の女生徒が、その手に持った日誌帳を手渡し、担任の小言には聞く耳がないと言った態度ですぐに踵を返して行ってしまう。翻る黒色のプリーツスカートは学校指定のスカートよりも折り返しが多く、風を含んで広がる様が軽やかだった。

    *

     たった一人のセーラー服になる前、前校でも素山はその場にぽつねんと浮いていた。剣道部の強豪校であるという一点を除いて特筆する点がない学校は、その他大勢の高校に漏れず、型枠通りの“健全な青少年”の装いをした生徒たちが揃っていた。多少の差異はあれど、学徒たちはそれらしく身なりを整えられているものだ。陽光を透けて通すほどに、色素の薄い桃色の髪をした彼女一人を除いて。
     折り目正しい学生が行き交う校内、渡り廊下を超えて校庭まで響かんとする女子生徒の悲鳴が響く。中庭の中央に四肢を投げ出して倒れ込む男子の姿があり、その腹を踏み付けにしている少女を中心に、三人の男子生徒が取り囲んでいる。悲鳴を聞き付けて集まった野次馬を他所に、あっと息を呑む間も無く輪の中心に居る少女、素山の拳が顔面、顎下、鳩尾とそれぞれ綺麗に叩き込まれていった。傍らで震えている女子生徒が、今度は短い悲鳴を漏らし、野次馬の後列では先生を呼ぶ叫び声が上がる。
     成長期半ばの女生徒の拳は、同年代と比べても決して力強いものとは言えず、体格差の少ない同級生が相手でも一撃で退ける事は出来なかった。地面を這って逃げようとする後姿に、再び細指の拳がきつく握られた。しかし、それが彼らに振り下ろされる事はない。
    「やめなさい。」
    「先に手を出したのは此奴らだ、どうなったっていいだろう。」
    「これ以上は、君も怪我をしてしまうぞ。」
     中庭には初夏の爽やかな風が吹いていて、その風に乗って野次馬の囁き声も、職員室から駆け付けてくるスリッパを引きずる足音も、足元で惨めに這う男子生徒の呻き声も全て素山の耳には届いていた。
     昼前の穏やかな日差しを浴びて、高い位置にある金髪がきらきらと陽光を反射しながら揺れている。強く掴まれた右手首は、振り払おうにもびくともしないほど確りと握られている。骨太の五本の指から自分よりも随分と高い体温が伝わってくる。何よりも、明からさまに加害者である自分を叱責するよりも先に、その身を案じて言葉をかけられた事に素山は驚かされていた。
     興奮と怒りに沸き上がった感情はすっかりと落ち着いてしまい、これ以上追撃する気も失せてしまって脱力する。力が抜けたところで、強く掴まれた手首は解放された。逆らえないと思うほど、威厳ある鋭い視線が一転し、朗らかな笑顔を向ける見知らぬ金髪の男を前に、手首が痛いだとか邪魔をするなとかいう苦言は喉の奥へ落ちてしまう。
     重い身体ごと引き摺るように遅れて駆け付けた生徒指導の教員が、砂の一つも付いていない色素の薄い頭を掴まえて無理矢理押さえ付けて腰を折り、謝罪の格好を取らせる。「御迷惑をおかけしました。」「申し訳御座いません。」と繰り返す教師の声を遮って、再び快活で良く通る声が返ってくる。
    「俺に謝る必要はない!鴇色の少女、君の身のこなしは見事だった。経験者か?」
    「…道場で。」
    「そうか!よく鍛錬されているようで感心、これからも励むように。」
    「道場はもうない。」
    「それは残念だ!」
     さっきまで自分の拳を止める為にその強さを発揮していた右手が伸びてきて、素山の髪を撫でる。強く押さえられ乱れた毛先を整えているようだった。長さがまだらで不格好な短髪は、 手を加えたところで大きな変化はない。それでも、太陽のような男はその温かな手で小さな頭を撫でていた。
    「君は、力を振るう先をよく見定めないといけない。私欲のために使ってはその素晴らしい体捌きも穢れてしまうぞ、精進しなさい。」
     この見知らぬ男が言う「トキイロ」が淡い絶望から色の抜けてしまった自分の髪色を指していたこと、そして鴇という美しい鳥の羽根に由来した色名だということ、あの男が剣道部との交流試合でたまたま訪れていた他校の教師であるということ、名前を煉獄杏寿郎ということを素山は生徒指導室で叱られながら知る事になる。
     初夏の風を受けてそよぐ金髪が頭上で照っていた太陽よりも輝いて見えたこと、爆ぜるように煌めいた視界と、手首と頭に触れた右手の体温がそのまま移ったように顔が火照って治まらない理由を知るのは、生徒指導室から解放されて家路に着き、ベッドに入った後の事だった。素山にとってそれは、初めて恋という実体のない心の感触を知った瞬間だった。

    *

     鴇色の少女は、その髪を不自然なほどに深い黒色に変えて現われた。黒髪に真っ黒のセーラー服を身に纏った元・鴇色の少女は、冬を越えて進級する際に、巣立つ生徒から制服のお下がりを譲り受けて、その他大勢の生徒と同じブレザーへとお色直しを果たしていた。鴇色でも、たった一人のセーラー服でもなくなった少女は、それでも目を引いて離さない。
    「杏寿郎。」
    「どうした、 素山。」
    「卒業後の相談。」
    「進路指導の先生のところはもう行ってみたのか?」
    「杏寿郎。」
     繰り返し名前を呼ばれる。一度目はこの社会科準備室に訪れた事を知らせるために、二度目は別の意図を含んで。咎めるような、急かすような、楽しんでいるような、軽やかな声音が猫の鳴き声のように名前を呼ぶ。
    「…三年生の進路指導は、学部長の担当だ。この時間は指導室に居るはずだから、尋ねてみるといい。」
    「煉獄先生を振り向かせるには、どうしたらいいですか?って聞けば良いのか。」
    「そんな冗談で笑ってくれる相手じゃないぞ。」
    「杏寿郎は私が生徒だから気に入らないんだろう。退学したら満足か?」
    「教師として、当たり前の事をしているだけだ。ほら、冗談を言っている時間はないぞ、指導室は18時で閉まってしまう。」
    「つまらない大人。」
    「つまらなくて結構、君はそろそろ真面目に進路を決定したほうが良い。」

     編入の条件に黒染めを提示された、と言っていた。墨を落としたような不自然な黒色のせいで、眉毛と睫毛に残る鮮やかな鴇色が際立っている。
     編入当初から惜しげもなく、また隠す気もなく告げられる好意の数々に初めこそ面食らっていたものの、直ぐにそういう態度を取らずにはいられない性分なのだと自分に言い聞かせる事にした。この少女は「お前しかいない」と思わせるのが得意だ。同級生たちに比べても、落ち着いていて、どこか厭世的にも見える雰囲気は、大人を含めても他にない独特な空気だった。
     鴇色の睫毛に縁取られた大きな瞳は、大人として誤った返答をしないよう教師然とした言葉を選ぶ自分を、まるで値踏みをするように、踏み外すのを待っているかのようにじっと見詰めてくる。軽やかに紡がれていく軽薄な言葉の数々よりも、雄弁にその内側にある熱を伝えてくる視線が少しだけ畏ろしくもあった。どこまで本気で熱を入れているのか、揶揄っているだけなのか掴めない。本心に触れようとすると、軽やかに退けて指先一つも触れさせてくれない。お前だけだ、と言いながら次の瞬間には他の生徒や教員を、あの猫撫で声で呼び止めて、踏み外すのを待っているようだった。

    *

    「杏寿郎。」
     冬の張り詰めた空気を震わせる少女の声が、寒々とした渡り廊下をかけていく。お下がりの制服は微妙にサイズが合っておらず、ブレザーの上着が一回り小さな体を包んでいる。黒いタイツに包まれた足が、左右交互に差し出され、時が止まったように立ち止まる歴史教師で、元担任、あの日少女に熱を分け与えた男、煉獄杏寿郎を目指して真っ直ぐに歩を進める。声が届く程度の距離、けっして大きな一歩ではない踏み込みでも、鼓動のリズムを超えてあっという間に距離が詰まっていく。
    「どうした、素山。」
     後ろ手に隠した小さな箱を掴む手が、ラッピングに皺を寄せてしまうほどに強く握られている。反響するような早鐘がこの廊下全てに聞こえているのではないかと錯覚してしまう。
     世界を、街を、学校を包む夕映えが、燃え立つような赤色で二人を照らし出す。不安定な足場で立ち尽くす二人を燃やしている。
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