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    小栗ビュン

    HQ🏐東西(左右固定)

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    POIPOI 16

    小栗ビュン

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    6話中6話目。東峰旭編。

    #HQ
    #東西
    eastWest
    #東峰旭
    dongfengxu
    #西谷夕
    nishitaniYuki

    海獣のバラード~その果て~腕の中にいたあたたかい体温。西谷のものとはまた違って、肌の質感も大きも何もかもが違った。俺の子どもの頃とまったく同じ顔をして、俺の顔を楽しそうに触る。まるで父親にさせてくれたような錯覚を与えてくれる。

    自分の手から離れていって、本当の父親と母親の元へ戻って行ったところを見て、自分の気持ちが収まるのもまた改めて知った気がした。

    あの親子には、あの親子の時の流れがあって、覚悟があって、切望した後にある幸福があった。それはたとえ人ではなくても、人であっても、誰にも重ならないオンリーワンのものでしかない。俺と西谷では得られないものだし、俺と西谷が求めるものとはまた違ったものだと勝手に感じたものだった。

    生まれてきた体は、本来の機能を働かせるために生きようとする。けれど、自分を受け止めて繋いでくれる相手の体は、必ず互いの本来の機能を求め合うとも限らない。だから俺達は、惹かれあった。相手が、自分達だったからこうなった。睡眠欲も食欲も、性欲もともに満たそうとする相手だ。

    性欲と繁殖欲とはまた少し違う。
    子どもが欲しくないわけでもない。

    ただ、俺は西谷の心も、体も、西谷の世界にも、俺で繋いでおいて欲しいだけ。今はまだそれだけ。でも、もし、西谷が子どもを授かりたいと言うのなら、俺はそう願う西谷の世界に寄り添うだけ。

    覚悟を持つだけ。
    願いに添い遂げるだけ。
    ただそれだけ。

    それがきっと、俺自身の人生を磨く何かになるのだから。ううん、人の命で、自分の人生を磨こうだなんてしてはいけない。誰かの命に関わる覚悟を持つだけ。支える覚悟を持つだけ。守る努力を、絶え間なく続けるだけ。結果、それで相手を守れるならそれでいい。

    未知の生物と出会ったこの大事件は、きっと俺と西谷の今後を考える何かになるのだろう。

    目の前の光景に、言葉なんて要らなくて。ただ静かに涙をのぼらせる西谷の顔に、自分の涙も誘われる。込み上げては、泡になって水面へ向かってのぼっていく。


    「話しかけてくれてた声も、ダイチさんとスガさんの声も、全部聞こえてましたよ。」

    イルカのニシノヤユウがシャチのアズマネアサヒに向かって言った。

    「うわあ、それはそれで恥ずかしいな。」

    抱き合って、自分の子どもを互いの肌に押し付けるように慈しむ。

    「お前の声も。」

    ニシノヤユウが、西谷夕に向かって言った。髪を下ろしているニシノヤユウは、疲労感が見えるが、明るい顔で笑って見せた。本当に同じ顔の生物が存在するのだと、自分より西谷の顔で思い知らされた気がした。

    「上手に歌えるようになったな!」

    自分の子どもに頬ずりをして、ニシノヤは嬉しそうに褒めた。お母さんに褒められて子どもは嬉しくないはずがない。これまで甘えられなかった分、アズマネジュニアは可愛い尾を左右に震わせて喜んだ。

    すると、ニシノヤは自分の子どもに向かって初めて名前らしき単語で呼んだ。どんな意味があるのかはとても気になる。呼ばれた本人は、きょとんとして、父親と母親の顔を交互にみた。

    「ああ、ごめん、俺も勝手に名前付けて呼んでた。」

    アズマネアサヒが謝って入ってくる。

    「知ってます。」

    そうだよな、一年間名前が無いまま過ごした訳ではないだろう。

    「でも俺は、アサヒさんと同じ意味の名前がいいです。」

    ニシノヤは、改めて自分が呟いた名前を呼んだ。あの子がお腹にいた頃から決めていた名前なのかもしれない。ニシノヤは、アサヒと同じ意味がある単語で、自分の子どもに名付けたのだった。

    「どう見たって、アサヒさん似だし。」

    だよなあ、としか、俺も西谷も言えなかった。言わないけど、大きく頷いた。サワムラダイチとスガワラコウシも頷いた。アズマネアサヒ以外の誰もが深く大きく頷いた。

    「うん。ずっとここで、その名前呼んでたんだもんな。」

    改めて新しい名前でジュニアを呼ぶと、もちもちとした頬を撫でて微笑んだ。
    わかっているな、アズマネアサヒ。

    かくして、俺と西谷は新しい単語を覚えたのであった。きっとその名前は、その単語は、生涯忘れることのないものになるだろう。ジュニアが成人した頃、俺達はもしかしたらもう灰になっているかもしれない。そしたらーー

    そしたら、俺は、この海に西谷と一緒に眠るのもいいかもれしない。西谷が愛した場所を見に行くような感覚で、自分達の灰を少しだけ誰かに撒いて貰えたらいい。

    やはり、死ぬ準備はしておくに越したことはないようだ。


    「あの、」

    西谷がニシノヤに向かって声をかけた。

    「うん?」

    ニシノヤが西谷の方を振り向いた。何度見ても不思議な光景だ。

    「好きなのに、なんで離れたりしたんすか。」

    だからそれは、と俺が割って入りそうになった。

    「生む前に、死ぬから。」

    ニシノヤが即答した。アズマネアサヒも、俺もきっと全く同じ顔で凍りついている。ダイチは腕を組んで黙って聞いている。

    「俺は、アサヒさんと交尾した日に、“できた”ってわかったから。そのまま生き続けていたら、俺は自滅してた。」

    人魚の彼らはやはりな、という顔で少しだけ顔の力が抜けていったようだった。俺はとてもつもなく胸が痛い。

    「好きな人との子どもができたら、まず自分の命が何よりもだいじだなって思った。」

    ニシノヤが言った。アズマネアサヒの顎が下がる。視線も下がる。考えていることが、よく分かる気がした。何故どうして、あれだけの年数をかけて、めそめそして生きていたのか。そう思っているに、違いない。

    「生きていれば、生めるし、また一緒に、いられるだろ。それだけだ。」

    正論だった。ニシノヤは、西谷に似ていて当然だった。きっと西谷が俺との子どもを授かったとしたら、きっと生むまでに自分の命の重さをきちんと全てに置き換えて生きるに違いない。迷わずに、自分の命を守るだろう。間を取るようなことはせず、きっと気持ちよく自分の選択を重んじる。

    だとしたら、何故、西谷はあのような質問をぶつけたのだろうか。

    「俺は生めません。だから、旭さんの願うことが、俺の選択肢に入ります。」

    「、」

    ニシノヤと、西谷の違い。

    「俺は俺の生き方を認めてくれる旭さんも、待っていてくれる旭さんも、引き止めないでいてくれる旭さんも、全部好きです。」

    自由な西谷は、とても好きだ。地にも、空にも、どこにも縛られないような西谷がとても好きだ。帰ってくる場所に俺を選んでくれた西谷に、とても感謝している。俺は俺の、居場所ができたのだから。

    「だから、生めるって選択がない俺には、今、少しだけ辛いです。」

    「西谷、」

    俺が否定しようとしたところに、ニシノヤが言った。

    「それは旭さんに対して、少し失礼だと思う。」

    同じ顔をしたもの同士の対話が続く。

    「俺に向かって言うことじゃないだろ。旭さんに言え。俺もワケも話さず待たせていたことは、反則だとわかってるけど。」

    その言葉は、俺にとってもとても重かった。ニシノヤを通して、西谷の迷いを知った気がした。きっとこの命の循環を見て、自分と比べていたのだろう。比べようがないもので、比べていた。

    「悩むフリはするなよ。話さないと、傷つける。俺とアサヒさんみたいに。」

    ニシノヤはニシノヤで、自分が選んだもののことの大きさも理解しているのだ。

    「陸に戻ったら、ちゃんと言葉にしてこい、そしてまた、来年は北の海で会おう。」

    「ユウ、それって、」

    アズマネアサヒが大きな体で驚き慌てる。

    「みんなで、帰りましょうよ。」

    ニシノヤは強い。無駄な考えを省いた、自分の芯を通す生き方をしているようだ。

    「ちゃんと食って体力戻してからだな。」

    ダイチが言った。乳を吸いたがりに来る息子を抱いてニシノヤは笑った。今度はスガが言った。

    「言わないことも、言ってやることも、話し合うことも、全部相手を信じることが前提だろ。」

    胸の中の霧が、すっと晴れるような言い方だった。陸の大地とスガは元気だろうか。このまま宮城に寄り道して帰ろうか。

    「腹、減りました。」

    ニシノヤが笑って言った。

    「お前達も食ってくか?今年はアジがめっちゃきてるぞ。」

    「ええと、生はちょっと。」

    食べ方も食べる量も違う相手と会食は難しいようだ。せっかくの持て成しを断ると、ダイチとスガは、とりあえず起きたばかりのニシノヤのために泳いで消えていった。

    西谷は静かだった。何も言わなかった。アズマネアサヒが静かに動いて、西谷の体をそっと大きな手で包んだ。

    「俺は感謝してるよ。ユウを見つけに行こうって言ってくれたことも、付き合ってくれたことも、俺を探しに来てくれたことも。全部。」

    こうして、このふたりは海の中で話していたんだろうな。「俺」のことだから、めそめそしたり、西谷を好きになりかけていたんだろうな。すごくわかる。

    「頼っちゃって、ごめん。でも、ありがとう。」

    「、」

    アズマネアサヒのその言葉に、俺自身も西谷の生き方に頼っていた部分があったのだろうと感じたんだ。「西谷はこうだから」って決めつけて、胡座をかいて待っていたのかもしれない。

    生きるって、難しいな。
    一緒なら、尚更。
    でも、それだけでもない。

    一緒に生きているから、見える世界も変わるんだ。



    それからダイチとスガが大量のアジの群れを連れて帰ってくると、ニシノヤは無心で頭からばりばりと音を立てて食べていた。それを見たジュニアは、両手で掴んで美味しそうに食べていた。「さかな」とは言えず「たかな」としか言えないところに、俺は膝を崩して少し悶えた。魚の違うのぼっていくと、それを嗅ぎつけたサメが俺達の頭上から影を作っていった。アズマネアサヒの姿を見て逃げていくサメ。しっぽを巻いて逃げるとは、まさにこの事。

    西谷がふと顔を上げて、ダイチとスガを見た。

    「ダイチさんとスガさんは、子どもどうなんすか。」

    「欲しい。」

    ダイチが言った。同じ顔をして、同じことを言いそうだ。厳しいいい父親になりそうだ。スガはいい具合に手を抜いて、でもダイチの尻を叩きながら支えていくのだろう。

    親友とイコールするような、夫婦愛。

    「そもそものところがクジラとイルカだから、結構確率的に難しいのもあるかも。」

    スガが言った。そう思うと、巨大なシャチと小さめなイルカの交配は、だいぶ奇跡的なものだったのかもしれない。

    ああ、だからニシノヤは、即決したんだ。

    生きるって。

    奇跡的な確率で授かったもののために、自分の命を繋ぐ選択をしたんだ。じゃあ俺の西谷と生きるための選択とは。

    「ダイチさんとスガさん、毎日してましたよね!」

    アジを食らうニシノヤの明るい声がその場を熱く凍らせた。腹がいっぱいになって満足したジュニアが父親の腕の中に泳いで収まる。俺の顔をした「父親」という生き物を見つめる。

    顔だけ同じ。悩むところも女々しいところも少し似ているかなとは思う。恋人に関して受動的だったところも似ている。でも、「父親」と「男性」との差は大きい。その違いを差と言っていいのかはわからないが、守るものが増えていることは確かだ。

    そして、俺が守るものはなにか。

    西谷との「日常」かな。

    ペットは広い意味で迎えるタイミングを選べる。けれど、妊娠を経て出産をするには、タイミングも生まれてくる子も選ぶことはできない。まあ、ペットだって俺は選ぶことをして迎えるのは少し抵抗あるんだけど。ダイチとスガのように、奇跡をひたすら待つという選択をしていたり、授かったもののために自分の命を守る選択をしたり、授かることはできなくても、迎え入れる選択はまだ残っている。それを提案する時はきっとまた少し先の話だと思う。

    だから。

    「西谷、」

    「はい。」

    だからね。

    「俺はそもそも俺を受け止めてくれるやつが、西谷の他に誰がいるんだろうって思う。いないと思う。」

    「旭さん、」

    「いつだって俺を拾って、俺を上げて、俺を解き放つのが西谷だった。」

    自由でいいんだよ。囚われなくていい。

    「きっと誰にも「その時」がくるから、また一緒に考えよう。」

    大切なことこそ、言葉にならないものだなと思った。また曖昧に、陳腐なものにしかならない。

    「俺達の「その時」は、きっとこれからの話で、西谷が今悩んでくれたことはきちんと何かしらの形になるんだ。」

    手を繋いでやることしか、してやれることもない。

    「誰にでもチャンスがある「ありふれたこと」や、「大切なこと」を、俺はひとつひとつ、ちゃんと西谷と作りたい。」

    指輪もプロポーズも渡して受け取ってくれたけれど、今はその先をもうひとつ進んだような気持ちだ。もう一歩深く、西谷に踏み込んでいい状態になった。日に焼けたふたつの手首を取る。向かい合って水の動きに合わせて揺られる前髪が可愛いなと思った。

    「ありがとう。ちゃんと悩んでくれたことは、無駄にしない。」

    俺の無神経な何かで傷つけていたのかもしれない。それはひとつひとつ謝りたい。でも、西谷という男は、そんなことを求めてもいない。そういう男なんだ。西谷が欲しいものは、自分で出した答えだから。

    「死ぬ時のこととか、犬を飼う時とか、子どものこととか、帰りながら話そう。ついでに、大地とスガにも会ってこよう。」

    「旭さん…、あス!!」

    少しだけ、西谷の目が揺れた気がしたのは気のせいにしておく。

    「西谷、あのな、」

    「はい、」

    「好きだよ。」

    周りの目がうるさい。けれど、今言わなくちゃいけないと思ったんだ。出来るだけ真面目に。伝えなきゃいけない気がしたんだ。

    「はい!俺の方がもっと旭さんのこと好きっす!」

    砕けたような、西谷の笑顔が答えだって思ってもいいのかな。悩んだその果ての、笑顔でいいのかな。その悩みは、俺が解決してやれるものかな。少しは答えに近づいただろうか。

    なあ西谷。

    手首から、頬に手を移す。包むようにして触れる。ハリがあって、豊かな表情筋が詰め込まれている。

    「、」

    唇を重ねてみる。
    海の中でキスをするってなかなかないよね。
    けれど全然塩っぱくないんだ、不思議だよな。

    人魚のみなさんが見てる中でキスをすることって、多分もうないよね。

    「いいなあ、」

    今度はニシノヤが呟いた。するとニシノヤはアズマネアサヒに向かって言ったんだ。

    「アサヒさん、俺と結婚してください。」

    こっちのニシノヤはかなり強いなあ。

    「ユウ…、」

    こっちの俺は、泣き虫だなあ。ジュニアは腹が膨れて寝てしまったようだ。指をしゃぶって父親の腕の中で眠っている。お腹いっぱい食べて、ぽっこりとした腹が見える。

    「もう黙って行きません、ごめんなさい。だから、俺と結婚してください。」

    二回言った。強い。そうか、このふたりは、順序が少し違ったのかもしれないな。俺と西谷は、順序はきっと合っていた。

    そうか。
    誰にもそういう計算出来ないことも、予定と違ってしまうこともあるんだ。
    そして、それでもいいんだ。

    そのふたりが、幸せになれる果てがあれば。

    アズマネアサヒが言った。

    「どこかに行くなら、三人で行こう。だから、俺と結婚してください。」

    これじゃあどっちが「はい」って言うんだよ。おい、アズマネアサヒ。

    「はい。」「はい。」

    ふたりが揃って返事をした。仲良しか。

    仲良しだ。俺達は基本的に仲がいいというか、どちらかというと、相性がいい。西谷は即断即決出来るタイプで、悩む前に答えを見つけるのが得意だ。俺はずるずるクヨクヨするする方だけど、西谷と付き合い初めて、高校生活を終えたら、なんとなく自分自身のかんがえかたの軌道修正が出来るようになった気もする。西谷が形成してきた、東峰旭だと思う。

    「西谷。」

    「はい?」

    「やっぱり、俺と結婚して。」

    「、」

    もう結構前に言ったけど。
    指輪も渡しちゃった後だけど。

    「西谷が本当に欲しいものは、俺も一緒に探すから。」

    何度だって、気持ちは伝えあっていいはずだ。

    「どっちかの欲しいものが、ふたりの欲しいものになることだってあるだろ。」

    俺は西谷の堂々とした態度で自分を説く姿が好きだ。好きでしかない。時々変なことも言うけど、それはもう慣れてきたよ。それも含めて、大好きだ。

    「西谷を不安にさせることがあったのかもしれない、ごめん。」

    本当はそれを知りたいのだけれど、西谷は言わないだろうな。でも、子どもできないことを比べて辛かったって言ってたんだ。そうか、俺が子どもに対して西谷に何かを感じさせることを言ったりしたんだろう。ダメだな、俺。

    「でも、俺は西谷じゃなきゃダメなんだ。西谷がいいんだ。俺は西谷を好きになったんだよ。」

    そうやって縛り付けるようなことを言うから重い男だと思われるんだろうな。

    「愛してるよ。心はどこにもいかないで。俺といて。」

    重たい男による、重ための告白。
    これじゃあ体の関係は他人と許してしまう言い方だな、訂正したい。

    でも、ちょっとだけくしゃっと縮む、西谷の顔は可愛かった。

    「はいって、言って。」

    西谷のぎゅっとなった顔を両手で包む。

    「……はい。」

    少しだけ目尻が赤くなってた。きっとまたプロポーズしたくなるくらい、好きだなって感じる瞬間はあったと思う。けれど、今しちゃうとは思わなかったな。同じ顔をした人魚と一緒のタイミングで。物凄くいいシーンを、自分達で上書きしてしまったようで、なんだか申し訳なくなってきた。

    けれど、西谷の大切さは、西谷の強さは、西谷の弱さは、俺だけのものなんだなって少し感じられた気がした。

    「なんなの、俺達は何を見せられてんの。」

    スガが言う。全くその通りだと思う。多方面に申し訳ない。

    「愛してるよ、スガ。」

    「なんなの、お前まで、なんなの。」

    ダイチがさらりと言って、スガを見てた。陸にいるふたりも、こんな感じなのかな。愛をささやきあう雄しかいない不思議な空間だった。


    体温が上がってきたニシノヤは、水面に出たいと言った。ジュニアとニシノヤのふたりを抱っこしたアズマネ父は、嬉しそうに海中で全身をしならせて泳いだ。俺と西谷は、ダイチとスガに連れて行かれて水面へと上がっていく。

    頬を触っていく潮風がぬるい。

    「おお、久しぶりに外界に出た!」

    はしゃぐニシノヤは可愛いかった。

    「見て、すげえ!」

    ニシノヤは無邪気に空を指した。ジュニアの顔が高く上がる。ジュニアも相変わらず可愛い。

    空は大粒の流星群。
    星屑で煌めく水面。
    忘れられない日になった、今日。

    ジュニアの幼く、舌っ足らずな歌声。

    流れ星に向かって伸ばす、小さな手。

    誰の横顔を切り取っても、いい瞬間だったと思う。
    この瞬間だけは。
    まるで世界で一番の宝物を見つけたような、そんな顔だった。
    驚きも、喜びも、感動も、せつなさも、全部含まれたかけがえのない瞬間。

    一瞬で消えていった星々は、きっと人魚から見た、俺達の一生。
    その中で、きっとふたつの星は一緒に燃え尽きて同じ場所に降りたと思うよ。
    降り立った場所からまた、始まるんだ。
    今ならそんなことだって、信じてしまいそうな程にロマンチストでいられるよ。

    降り続く星たちは、まるで花火のような鮮やかさを放っている。

    大切なことは、言葉にならない。


    「西谷、」

    「はい、」

    濡れた頬が照らされて、とても綺麗だった。可愛かった。西谷はいつだって可愛い。

    「帰ろう。」

    「はい。」

    ダイチとスガが頷いた気がした。

    「ユ…、ニシノヤ、」

    アズマネアサヒが西谷を呼んだ。

    「はい。」

    「また来年、あの海で会おう。」

    そう言うと、隣でニシノヤが大きく頷いた。


    またね。

    それだけ言葉を交わして、手を振った。
    ダイチとスガに浜辺の近いところまで連れて行ってもらって、ふたりとも別れた。西谷はいつまでも手を振っていた。

    別れを惜しむより、明日に期待するような顔だったと俺は思うよ。



    風邪を引かないうちに着替えて、去年世話になった温泉施設へと駆け込んだ。じわじわと湧いてくる興奮が、体温を上昇させていった。西谷は未知の生命体との約束をかなえ、その興奮をずっとしゃべり続けることで熱を放出しているようだった。

    夜は涼しい。

    車の後部座席を倒して狭い空間に膝を曲げるけれど横になれる寝床を作った。西谷の体を抱きながら眠る。眠る前に結局セックスは二回ぐらいした。

    好きって言いながら、ちょっとだけ泣く顔。

    そんな顔を見ていたら、西谷の欲しいものはなんだって与えてやりたくなる。

    好きって言いながら、背中にしがみついてくる。

    その痛みは、西谷が与えてくれる最新の感情。

    ああ、愛されている、求められている。

    そう思える、ちょっとクセになりかけてる痛みだ。




    明るい朝。
    美しい海。
    誰もいない波に向かって、西谷が手を振る。

    「あ、」

    「どうした?」

    いざ、生まれ故郷へ出発。

    「今、あの子が跳ねたような気がして。」

    多分それは、気のせいじゃないな。



    きっと、西谷はすぐにあの水平線の向こうに旅立つのだろう。
    そしたら今度は、自分の足で、新しい答えを見つけてくるに違いない。

    昨日抱えていた不安の答えを、きっと何かのついでに見つけてくるような男だ。

    その時は、俺の心も。
    水平線の、その果てまで。












    終わり
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    小栗ビュン

    DONE東西真ん中バースデー!!
    大人時代からさらに十年後の東峰旭とモブ女子の会話。
    十年後のバースデー「東峰さん、お疲れ様でした。」

    春の新作の発表を無事に終えることができて、そのお披露目ショウが終わった会場でただ立ち尽くしていた時だった。後輩の女子社員から労いの言葉を貰い、ふと我にかえる。

    「ありがとう、細かいところも手伝ってもらえて、本当に助かった。」

    いつの間にか後輩が出来て、追い抜かれたりする焦りも感じて、あっという間の十年間だった。ヘーゼルナッツのような色の柔らかい髪が、微笑んだ際に揺れた。

    「お疲れ様でした、先輩。」

    「ありがとう。」

    それからちらほらと後輩がやってくる。片付けを手伝ってくれる事務所の後輩達を見ていると、つい最近まで一緒にコートの中にいたあいつらを思い出す。あの時から、倍の年齢を生きている。三十代はあっという間だなんて言うけれど、全くその通りだった。俺は最初に入ったデザイン事務所に籍を置きながら、フリーの仕事も手がけて生きている。アパレルデザイナーだけあって、皆個性的な服で働いている姿を見ると、あの二色で統一されたユニフォームを着た排球男児が恋しくなるのは何故だろう。大きな仕事を終えた日に限って、何故懐かしむ感情が強くなるのだろう。
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     サンティアゴに着いてすぐ予約していたホテルにチェックインし、スーパーで買い漁った食事を小さなテーブルに広げたささやかな晩ご飯。互いのビールの瓶をぶつけて笑いながら乾杯を唱えた直後の西谷の言葉に俺は戸惑った。
    「なんの話?」
    「せっかくの旅行なんだし。旅先でいい出会いがあったら俺のことは気にせず楽しんでくださいねって言ったんです。……でも連絡はくださいよ。何かあったら困るから」
     だから何の話だよ、と再度口にしかけて思い出す。
     レジで西谷が会計を済ませるのを待っていた時、溌剌とした女性二人に声を掛けられた。世界ツアーに繰り出してから日本語と英語以外の言語で話しかけられるのにもだいぶ慣れたとはいえ、何を言っているのかまではさすがにまだわからない。笑顔でやんわり首を振れば彼女たちは笑って手を振りながら去っていったけど、今思うとあれは何らかのお誘いだったのだろう。何の用だったんだろう、と去っていく二人を見送る俺のところに会計を終えて駆け寄ってきた西谷には、彼女たちの意図がわかっていたのかも知れない。
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