進学したらNanaがいた専門学校の入学式。
慣れないヒールだからと言い訳を溢すにはあまりに無理がありすぎるほど、盛大に腰を抜かした。
「…………………Nanaじゃん」
衝撃からか、うまく空気の吐き出し方がわからない口から掠れるように出てきた言葉は我ながら信じられないもので、聞き取れないほどか細い声になったのは不幸中の幸いなのかもしれない。
衝撃の事実。事実が先か、衝撃が強すぎて事実がねじ曲がったのではないか、そもそも衝撃がきているのだからまごうことなき事実ではないのか、などと意味のない自問自答で現実から目を逸らそうとしてしまう。だがしかし、目を逸らそうとしている時点で現実を認知しているのだと、変わることのない現実だと逸らした目を戻そうとする自分もいて、結局のところ混乱に混乱を極めている他ないのだと思う。
進学したらNanaがいた。
昨年度まではばたき市で人気高校生モデルとして名を馳せていた"あの"Nanaが、私が通う予定の専門学校の入学式に入学生としていた。
流石に別人というには無理がありすぎるほどまごうことなき本人だ。はばチャをはじめとするメディアでよく見るヘアセットと違って前髪は下ろされていてヘアアクセもないけれど、あまりにも見慣れた顔を見間違えるわけもないし、片手で掴めそうなほど小さな顔と誰と比較しても長すぎる脚をしたモデル体型は一般人と呼ぶには無理がありすぎる。
その受け止めきれない事実を処理しきれなくて、へたり込んだまま呆然としてしまう。
処理しきれない反面、妙に冷静な自分もいて、こんな人がごった返している場所でへたり込んでいる場合じゃないのはわかっているけど、腰が抜けてしまった状態のまま動けない。
「ちょっと!急にどうしたの︎?︎」
「…ぇ、ああ、ちょっと驚い…いや、なんでもない」
「絶対なんでもなくないでしょ。とりあえず邪魔になるから移動しよ。立てる?」
「事情は後で話させて…。申し訳ないんだけど、腰が抜けて動けない…」
一緒に歩いていた友だちに動けないことを告げれば、心配しているような呆れた顔で手を差し出してくれてなんとか立ち上がる。そのまま引きずられるように壁際に連れて行ってもらう。ひとまずは通行の邪魔にならない場所に移動できたので一安心だ。
「で、何があったの?」
「Nanaがいた」
「は?Nanaってあの?」
「あのNanaが入学生の中にいた」
「マジ?どこに、ってもしかしてあそこにいる?」
「そう…」
迷惑にならないように友だちにだけ聞こえる声でヒソヒソと話す。
これから卒業までどうしたらいいのだろうか。
これまでの高校生活でずっと推し続けていた存在が目の前にいて、しかも同じ学校。つまりは毎日目にする可能性があるわけで、可能性として関わりを持ってしまう可能性があるかもしれなくて。
喜びと緊張と不安が入り混ざってどうにかなりそうだ。事実と感情が脳内でぐるぐると混ざり合って、処理しきれなかったものが胸の辺りを通過してお腹にまで到達して暴れているような感覚。これの原因が悪いものを食べたとかなら吐き出してしまえばいいけれど、感情だからそうもいかない。