いざ節分!豆まき投法鬼は外福は内。この時期になると幼い頃から誰もが耳にする言葉だ。子供の頃は鬼の面をつけた大人に寄ってたかって豆をまいた覚えがあるのではないだろうか。あれは結構痛い。小さい頃麻里に豆をまかれた経験があるので、世の大人たちは凄いなと感心している。
話を戻すが、病や穢れは時代によっては鬼や魔と表される事がある。魔を滅するという意味を持たせた豆を外にまくことで悪いものを外に追い出し入ってこないようにし、逆に運や福を呼び込むために敷地内にも豆をまく。
そして一年の幸福を祈り、豆の力をいただくために歳の数だけ豆を食べるのだ。
そういえばこの時期に今はコンビニでも売っている恵方巻だが、関東で流行ったのは結構最近なんだとか。僕が子供の頃には既に珍しくなかったので、てっきり昔からあるものだと思っていた。海鮮巻き田舎巻きなど種類が豊富で美味しいから何種類も買ってしまうのは企業努力と業界戦略の大勝利と言ったところか。
現実逃避はここまでにしよう。
二月の渋谷といえば、節分といえど商業施設の大半がバレンタインカラーに染まっているのだが、住宅街の方へ行けば豆まきをする人々もそれなりにいる。
前提として、渋谷は一度あちら側と完全に繋がってしまったこともあり、“そういうもの”が現れやすくなっている。
そんな中鬼は外、なんて豆をまかれたらどうなるか。
「暁人!そっち行ったぞ!」
「任せて…っKK!そっちにもいた!」
そう、局地的マレビト大発生である。
各所にバラけていたマレビトや妖怪たちが追いやられ、禁足地に集まって百鬼夜行もどきになってしまったのだ。
本物の鬼や妖怪たちを避難させつつ、マレビトを祓っていかなくてはならず、まずは妖怪たちを探して保護もしくは捕獲に走ることに。
マレビトの攻撃を躱しつつ震えている木霊を抱き上げ敷地の外に走る。
「はぁ、妖怪はこれで全部か…」
「ふぅ…たぶん…、鬼も河童も皆避難させたし、紛れ込んじゃった木霊はこの子で最後だと思う…」
「他の奴らは大丈夫だったみたいだな、座敷わらしに至っては福扱いだから問題無いか…」
「あれは…どうしようか…」
平日朝の山手線の如くみっちりしているマレビトの上をご機嫌に飛び回る一反木綿を指差すと、KKは渋い顔をして眉間を揉んだ。
「…、ほっとけ、多分勝手にいなくなるだろ…」
去年一反木綿のせいで渋谷の街を飛び回る羽目になった事件を思い出したのだろう、言葉の端々に心労が滲み出ていた。
さて、この局地的マレビト大発生だが、実は予測していたのである。完全にはもとに戻らなかった渋谷にて不測の事態を減らすべきと、様々な事象に基づいた予測を立て対策を講じていたのだ。つまり、節分は絶対なんか起こるから、対策しとこう!と言うことだ。
具体的に言えば、あちら側のものが集まりやすい各禁足地に簡易的な結界を張る仕掛けを仕込んでおいたのだ。その名もマレビトホイホイ。名前つけたの誰だろう、凛子さんじゃないのは確かだな。
「結界を張るぞ」
禁足地の四方に埋めた核から透明の膜のようなものが張られて行き、あっという間にマレビトたちを囲い込む。一反木綿は結界が出来上がる前に隙間から飛び出していったので無事だ。
ケタケタ笑って僕らの上を飛んでいる。
「、本当にこれやるの?」
「…童心に帰ればいける」
そこそこ重さのある巾着袋に手を突っ込み、中身を握る。
何年ぶりだろうか。そもそもそういう歳でもないし、両親の事があってから年中行事はほとんど関わりが無かったからもう随分と前からしていない気がする。
KKは無造作に袋の中身を握ると、ポロポロ溢しながらピッチングフォームをとった。
「鬼はァ…外ォ!!」
打ち出される様に勢いよく飛んでいく薄茶色の粒…豆は手前のマレビトに当たる。ビシッという音とともに豆に打ち抜かれ消えていくさまは少し可哀想に思えるほどだ。これが大人の本気の豆まき。豆まきってこんなだっけ。
「福は内は今はいらねえな!オラァ!鬼は外ォ!!」
なんて柄が悪い豆まきなんだ。KKはストレスが溜まっているようで、他人が見たら鬼はどちらだと聞かれかねない顔で豆を投げつける。
帰ったら美味しい恵方巻とビールを用意してあげよう、と心に決めながら豆をまいていく。
かけ声とともにパラパラと放物線を描いて落ちていく豆がマレビトに降り注ぎ、その一帯の密度が下がる。
消すことができる数はこちらの方がぶん投げるより効率的だ。
「鬼は外!」
結界の四方から手分けしてまいていき、最後の一体をKKの豆が貫いた。すっかり空になった巾着袋をたたみ、息を吐く。
あれほどまいたので禁足地は豆だらけだ。片付けをしなくてはいけない。KKが結界を解くと、上空で高みの見物をしていた一反木綿が急降下して数粒の豆を拾い、ケタケタ笑いながら何処かへ去っていった。
「なにしに来たんだろう…」
「あの野郎の考えることなんざ考えるだけ無駄だ。とにかく片付けるぞ」
どこかスッキリした様子のKKが豆を拾っていく。ときおり腰をトントン叩いているところを見ると、腰にきているらしい。これはマッサージと湿布も必要だな、と心の中で頷いた。今日はKK労りデー。
禁足地中に散らばった豆をなんとか拾い集め、コンビニのビニール袋に豆を詰めて口を閉じる。
「KK、これどうする?お焚き上げ?」
「いや、捨てるぞ。燃えるゴミで」
「燃えるゴミでいいんだ」
さすがに食えねえしな、と袋を振る。この豆はスーパーで買ったもので特に特別な豆ではないから、マレビトにぶつけていても捨て方は普通でいいらしい。そのまま捨てるのはちょっと躊躇うけど。
「疲れたな…」
「だね、せっかくの節分だし帰ったら恵方巻とビールでどう?」
「お、いいな。でも豆はいらねえからなしばらくは見たくもない」
「それは僕もだよ」
すっかり元通りになった禁足地を出て帰路につく。汗が冷えて体が凍える前に戻ろうと足早に歩く。
「寒い…ご飯の前にすぐお風呂入れよう」
「そうだな、これは堪える」
「お風呂上がりにマッサージしてあげるよ、あと湿布も」
「へえ、至れり尽くせりだな。お礼にオレの恵方巻食うか?」
「…えっ嘘、本当にその下ネタ言う人っているんだ」
「おい」
アジトに戻ると一息つく間もなく、結界の事を聞かれ、ゆっくり恵方巻を食べることも出来なかったが、今までに無い愉快な節分だったのは確かだ。マッサージの後、結局存分にお礼をされて泊まることになったのだが、まあ、悪くはなかった。素直に言ってやらないけど。
後日、頭上から豆を投げられたKKが怒って一反木綿を追い回したが、一反木綿は楽しそうだった。もしかして遊んでほしかったのだろうか。
遊ばれているKKを眺めながら熱いソイラテにふぅ、と息を吹きかけた。