【くわぶぜ】天草四郎と江【パライソネタバレあり】「そんでな、そのえもさんがな、あ、えもさんってのは本当はえもさくっていうんだけど、呼びにくいからさ、えもさんって呼んでたんだ……」
薄暗い閨。
豊前は、僕の右肩。ちょうどほくろのある位置に顔を埋め、すりすりとほおずりするようにしながらが嬉しそうに話をしている。
だいぶ厳しい任務だったらしく、帰ってきてからしばらくは松井や浦島の様子がおかしいと、みんな言っていたから、僕もちょっとは心配になったのだけれど、そんな空気も数日で治まったみたいだった。
どんな任務だったかはよく知らないし、ちゃんと聞こうと思ったこともないのだけれど……。
今日の豊前はなんだか饒舌にそのことを語ってくれるみたいだ。
「でもおかしいんだよ。」
「何?」
「鶴さんも、日向も浦島も……みんな天草四郎だって信じちゃうんだぜ?」
「ふぅん……」
「顔も違うし、声だって背の高さだって、それに来歴だって違う……。日向なんかいつの間にか豊臣の遺児にされちまうしさ……」
クスクス笑う豊前を僕は右手でぎゅっと抱きしめる。さっきまでの熱が残りまだ体は暖かい。
「みんながそれを信じたんだね。」
「まあ、信じねーやつもいたけど。あらかた信じたな……。俺が最初にあった天草四郎はもっとこう……純真無垢な感じの好青年って感じだったし……まったく似てなかったよ……。」
「日向に怒られるよ?」
僕もつられるようにしてクスクス笑う。
「そんな最初と顔が全然違う天草四郎がさ、しかも何人もいてもみんな信じちまうんだ、おもしれ―よなぁ。」
「それは僕たちと同じじゃない。」
「え?」
キョトンと赤い瞳が僕をとらえる。
僕はその瞼に優しくキスをして、小さくつぶやいた。
「僕たちも同じ。誰かが江だって、名前を挙げてくれたから、僕たちは江になった。僕たちは本当に江なのか、それは今は誰にもわからないんだから。」
「みんなが、俺たちを江だと認めてくれたから、江になったんだな。天草四郎と同じか……。」
「そうだね。本物の江はもしかしたらもうすでに朽ち果ててしまっているかもしれないけど、僕たちを江と認めて、信じている人たちがいる限り、僕たちは江なんだよ。」
「そう……だな。」
熱が冷めてきたのか、豊前がぶるりと肩を震わせて僕にぎゅっとしがみつく。僕はその肩に薄いブランケットをかけてあげた。
「それに俺は、もう本体もないわけだし、本物かどうか見分けることももうできねーのかな。」
へらっと笑う豊前に無理やり唇を押し付ける。
「40年くらい行方不明になったくらいで、なに感傷的になってんのさ。僕なんか200年くらい行方不明だったんだからね。」
力いっぱい豊前を抱きしめる。
その腕の中で豊前はぽつりとつぶやいた。
「いつか、本物の江が見つかったら、俺たちはどうなるんだろうな……。」
「バカなこと言わないで。さっき豊前が言ってたじゃない。鶴さんの言葉。真実なんてどうでもいい、大事なのは事実だって。」
「俺たちは江じゃなかったっていう事実じゃないのか?」
「違うよ、僕たちを江だと信じ、大事にしてくれた人たちがいたっていう事実だよ。」
きっともし僕たちが江じゃなかったとしても、僕たちがこの時代に江と呼ばれていたという事実は残る。多分、それが僕たちの生きる証になる。
だから
「大事に生きなきゃね。」
「そうだな。」
今度は豊前から僕の唇に吸い付いてくる。
ツンツンとつつくように唇を刺激される。
「なぁに、もう一回したいの?」
「……ダメか?」
「ダメだよ。明日早いもん……。」
「ちぇっ……じゃあ、明日の晩も予約入れとく……。」
「了解~。」
僕たちはそのまま、まるで溶け合うように眠りに落ちていった。