【小夜×歌仙】愛すること「いい……桜だ。見ごろというにはちょっと遅いが、散りゆく姿も美しいね……」
歌仙は、珍しく縁側にひとり座り、桜吹雪の庭を眺めていた。
熊本での任務が終わり数日が経過している。
さすがに堪える任務ではあったが、へこんでばかりもいられない。次の出陣やら内番やらに精を出そうと、張り切っていたのだが、すべてほかの男士に取られてしまい、今はぼーっと庭を眺めていることしかできなかった。
「皆が思うほど、ダメージを受けているわけではないのだが……」
ひとり呟いてみる。
それに、もし心にダメージを負ったとしても、それは日々を忙しく過ごしていればいつかは忘れてしまうだろう。
そのほうがきっといい。こうして考える時間が多い程、考えなくてもいいことを考えてしまうのだから……。
「歌仙には……その時間が必要なんだと思うよ……」
歌仙のひとりごとに、答える声があった。歌仙は振り向くと、その小さな男士に優しい微笑みを投げかける。
「お小夜……」
「お茶と、お団子を持ってきました」
手に持った盆を傍らに置き、小夜はすとんと歌仙の隣に腰を下ろした。
「歌仙はそうやってすぐに力づくて物事を解決しようとする。記憶だって、そうやって力づくて頭の片隅に追いやろうとするのは、よくないと思います」
小夜は、ぼそぼそと小さな声で、しかしはっきりと歌仙に告げる。
「耳の痛いことを言うね。でも、じゃあ僕に、あの戦いの記憶をずっと胸に、痛みとして抱えたまま過ごせっていうのかい?」
「それを……痛みだと、感じているのなら。覆い隠すよりも認識した方が、痛みは早く消えます、それに……」
「それに……?」
うつむく小夜に、歌仙は少しだけ首をかしげる。
「その痛みを……僕も一緒に背負いたい……」
小夜の言葉に歌仙は驚いたように目を見開いて、そしてそれから柔らかな笑顔を見せた。
風が、さやさやと桜の花びらを振りまいている。
歌仙が、その口を開いたのは小夜が持ってきた茶がぬるくなり、桜の花びらが入り込むほどの時間が経過した後だった。
「ひとを愛するっていったい何なんだろうね……」
ぼそりとひとりごとのようにつぶやかれた言葉に、小夜は何も答えなかった。
「一度、心の底から愛した人を、心の底から憎むことなんてできるのだろうか……。僕にはわからないよ」
歌仙はまっすぐ前を向いたまま、縁側に置かれた小夜の手にそっと自分の手を重ねた。
「僕はお小夜のことが好きだ。愛しているよ。でも何かボタンの掛け違いが起こって、僕は小夜を憎むことがあったりするのだろうか……。もし、そんなことが起こるのかと思うと……僕は恐ろしくてたまらない……」
「歌仙……」
歌仙の目からはぱたぱたと涙が流れ落ちた。
「あの世界の忠興さまのように……かつて愛した人を殺したいほどに憎み、心が壊れてしまいそうになるほどに……愛する……僕の中にもあのような鬼が潜んでいるのだろうか……」
誰かを愛さなければ、あのように変容することはないのだろう。でも僕は、もうお小夜を愛してしまっているんだ。
いつか、あのような事態になってしまうかもしれないんだ……。
そんなことは考えたくない。だからずっと考えないようにして生きていこうと思った。
だって考えればこうして、女々しくも涙が流れてしまうことがわかっていたから。
それまでじっと聞いていた小夜が、ぽんぽんと膝を叩き、歌仙の肩を抱き寄せた。
「膝……どうぞ……」
「膝を……どうするんだい?」
ぐすぐすと鼻をすすりながら、歌仙が問いかける。
「膝枕……気持ちが落ち着いて疲労が回復するのだと、桑名さんから聞きました。豊前さんのお膝ほど寝心地はよくないと思うけど……」
小夜はそういうと、歌仙の頭をぐっと抱き寄せるようにして、膝の上に置く。
歌仙は「わぁ」と声を上げたが、そのまま横向きに寝転がるようにして小夜の膝に頭を預けた。
「寝心地、いいですか?」
小夜が歌仙の顔を覗き込む。
「うん、思った以上に安らげるね……君の顔を下から見上げるというのは、なかなかない体験だ……」
小夜は恥ずかしそうに少し笑うと、すいっと涙にぬれた歌仙の頬を拭った。
「僕も歌仙が好き……。だから、どんなことがあっても歌仙のそばにいられるように、歌仙の気持ちが変わらないように……頑張ります」
歌仙は小夜の膝の上で泣き笑いのような不思議な表情をした。
「そうだね……努力は必要だ。素直に言葉で気持ちを伝えよう。そうすればきっと僕たちはいつまでも一緒にいられるはずだね」
ありがとう……
小夜の着物が歌仙の涙で少し濡れた。そんなことも構わず、小夜は歌仙の柔らかな髪をゆっくりと撫でつづけた。
「おい……」
ふいに後ろから声をかけられて、小夜はあたふたと上半身を動かした。
膝の上では歌仙が眠っている。
しかも声をかけてきたのは
「大俱利伽羅さん……」
歌仙の天敵といってもいい。こんな無防備な姿を見られたとわかれば、きっと歌仙はいい顔はしないだろう。
それだけに、小夜は歌仙を隠そうと頑張った。が、それも小夜の小さな体では無理なことである。
そんな様子をくみ取ってか……声をかけた大俱利伽羅はふんと小さく鼻を鳴らすと、ばさりと一枚の毛布を投げてよこした。
「まだ夕方は冷える。こんなところで寝ては風邪をひく」
それだけを言うと、大俱利伽羅はくるりと踵を返し、立ち去ろうとした。
「あ、あの……大俱利伽羅さん……」
「わかっている。別に誰にも言わないし、俺も何も見ていない」
よほどつかれていたのか、歌仙はまったく目を覚ます様子もない。
小夜は大俱利伽羅のその言葉にホッと胸をなでおろし、受け取った毛布をゆっくりと歌仙にかけてやった。
「ありがとう……」
散りゆく桜が、夕日に照らされている。
そろそろ夕餉の支度が始まることだろう。
小夜は、歌仙の頭を優しくなでながら、美しい庭をずーっと眺めていた。