【おおうぐ】深海の音【J隊パロ】狭く薄暗い室内。複数の人間がいるとは思えないほどの、静かな空間に時折小さく電子音が響く。
「前方11時の方角、確認中……」
静かで穏やかな声に、数名の人間がそちらに意識を集中させた。
深い海の底である。鶯丸は潜水艦のソーナールームでヘッドフォンから聞こえるわずかな音に集中していた。遠くから聞こえる海鳴りのような音にわずかに雑音が混じり、眼前のモニターに波形の乱れが生じる。
(これは……クジラかな……)
少しだけ緊張の糸をほどいたところに、キィっという耳障りな金属音が聞こえた。
「やはりここにいたのか鶯丸。お前の持ち場はここじゃないだろう」
扉があくと同時に、これまた穏やかな声が聞こえ、鶯丸はヘッドフォンをゆっくりと頭からはずした。
「おや、大包平艦長直々のお迎えとは……ありがたいね」
ソーナールームの扉によりかかるようにして立っていたのは、艦長の大包平である。
「そろそろ、次の作戦行動に入るぞ。副長のお前はCICに戻れ」
強い口調ではない。しかし、有無を言わさぬ説得力があった。鶯丸はよいしょっと椅子から立ち上がる。
「そうは言うけれど……俺の能力はここでだいぶ重宝されているんだ。知ってるだろう」
「ああ、聞いている。誰よりも……最新のパッシブソーナーよりも早く正確に目標を発見するんだそうだな。耳がいいんだな」
「そう、それに俺はこの空間が気に入っている。CICのごちゃごちゃした雰囲気や、にぎやかなお前の声が入ってこないからな」
ソーナールームはまるで深海そのものだ。光も届かず、わずかな音しか聞こえない。その部屋で副長の鶯丸は任務のないときは過ごすのが好きだった。
「根暗な奴め……でもまあお前のソナーマンとしての能力が高いことはわかっている。だからこうして水測でもないのに自由にさせてやっているんだろう」
ふんと、腕を組んで偉そうに語る大包平に鶯丸はふふふっと小さく笑った。
「ああ、感謝しているさ」
「じゃあ、すぐにCICに戻れよ。すぐに始めるからな」
いうなり、静かに扉は締められた。耳障りな音もしない。
「はぁ、心安らぐ時間も終わりか……席、ありがとう」
軽く、水測長に声をかけると彼はにこりと微笑んだ。
「こちらこそ、助かってます。それにしても、大包平艦長ってもっと大きな声を出す、にぎやかな人かと思ってました」
「……ふふ、どうしてそう思うんだ?」
「噂を……聞きまして」
「噂……どれだろうか」
防大時代の新入生スピーチで声が大きすぎてマイクが壊れた話だろうか。それとも、江田島時代に、意地悪をした先輩を大声だけで吹き飛ばした話だろうか。それとも、護衛艦との手旗信号が上手く伝わらなくて、大声を上げて伝えた話だろうか。
(まあ、どれも噂を広めたのは俺なんだけども……)
当時を思い出して、笑みがこぼれる。
「まあ、彼の大きな声はライオンのたてがみと同じなんだ。敵から味方を護るための物で、普段必要なければ使われないのさ」
「そうなんですか」
「そう、だからこの艦の乗組員、例えば君がピンチに陥った時に彼は驚くほどの声を出すと思うよ。きっとこの潜水艦が破裂するくらいの……ね」
その場面を想像して鶯丸はまた微笑む。
「それに、潜水艦内で普段から大きな声を出していたら、迷惑でしかないだろう」
特にソーナールームでは大声は厳禁だし、酸素を多く使うことだって禁止事項だ。
「……確かにそうですね」
「さて……大きな声を出されないうちに、行ってくるよ。またくる……」
鶯丸がソーナールームの扉を開けると、その向こうから、さっきより少しだけ大きな「遅い!」という声が聞こえた。