Twin Ray 今年もこの日がやってきた。
8月7日、リッパー記念日。
毎年誰かの記念日、誕生日には荘園総出で祝われる。
たまに例外もあるが。
リッパーはあまり、自身の記念日が好きではなかった。
何故なら、、、
「この日だけは、Good boyも完全に1人の人格として出て来てしまうんですよねぇ」
Good boy、それは生前の、殺人を犯す前の善人だった自分の人格。
基本的には「私」の中で眠っているが、たまに衣装の影響で出てくる様になった。
特に良い子の衣装と、次いで夜来香の衣装の時はGood boyが出やすくなっていた。
良い子は分かるが、夜来香の衣装は多分、花の名前に二つ名が存在しているからだろう。
最初は煩わしかったが、今は慣れてしまった。
頭の中で会話をするので、うるさいのに変わりはないが…。
「さて、今年はどの様に過ごしましょうかね」
時間は7日になったばかりの午前0時を少し過ぎたころ。
戸棚からグラスを二つと、隣のワイン棚から一本のワインを取る。
1888年代もののワイン。
日付は8月31日。
片方のグラスにだけワインを注ぐと、それを飲む事はせずにキッチンへとつまみと軽食を作りに行く。
暫くしてテーブルへと戻ると、用意していたワインを優雅に飲む人影があった。
「なかなか悪趣味なワインを選びましたね?Bad boy」
「お褒めに預かり光栄ですよ、Good boy」
作ってきた軽食とつまみをテーブルに並べ自身も席へ座る。
Good boyが注がれたワイングラスを差し出す。
「珍しい事もあるのですね、ありがとうございます」
「たまには、こうゆうのも悪くないでしょ?それに…」
それに、もぅ何度目か分からない顔合わせだ。
初めこそ戸惑い、拒絶していたが、年数を重ねれば慣れたものだ。
自分は自分であるが、同時に目の前の私もまた、私なのだから。
荘園総出のパーティーは夕方からのはずなので、それまでは部屋で寛ぐのも悪くは無い。
しかし、自分と酒を飲むとゆうシチュエーションは中々面白い。
生前の「私」は本当に良い子を演じ生きていたのだと、つくづく思う。
整った顔をしていたので、愛想笑いで挨拶すれば皆が返事をし、言葉遣いや振る舞い、雰囲気も英国紳士の名に恥じぬよう心がけていた。
趣味である絵画も腕は悪くなかったので、たまに欲しいと買いに来る人には言い値で買い取って貰っていた。
小遣い稼ぎには悪くなかった。
どこにでもいる普通の青年が、まさか連続殺人犯だとは誰も思うまい。
現にGood boyは3人目の被害者がでるまではその記憶すらなかったので、住人達とその話題について世間話をしてたくらいだ。
Bad boyの私の存在に初めて気付いた時のGood boyの顔は、今でも忘れられない。
この世で最高の表情をしていた。
それこそ、絵画に永遠に残しておきたかったくらいには。
過去の記憶に浸り、それを肴にワインを飲む。
やはり、他人の絶望や恐怖の表情は最高の肴だ。
「今絶対、失礼な事を思いながら飲んでますよね?」
ジト目で、作ってきた軽食を頬張るGood boy。
流石はもぅ一人の私。
「そんな事はないですよ?ただ、貴方が初めて私を認識した時の事を思い出していたんですよ」
やっぱり失礼な事じゃないか、と眉間の皺を深くする。
「慣れたとは言え、やっぱり裏の自分と対話するのは正直良い気分にはなりませんね」
Good boyはどこまでもGood boyなのだ。
殺人鬼であるBad boyが負であり陰になるもの全てを宿しているとしたら、Good boyは陽のもの全てで出来ている。
だから虫一匹も殺せはしない。
「だから貴方は私に勝てないのですよ、Good boy」
「殺人鬼なんかに勝っても嬉しくはないですよ」
その殺人鬼も、自分自身なのですけどねぇ……と、心の中で呟く。
この荘園に来なければ、お互いこうして顔を見ながら話すなんて事は出来なかっただろう。
それどころか、Good boyは一生私から出て来られなかったはずだった。
不思議な事が不思議ではないこの荘園では、日々退屈せずに過ごせている。
試合のおかげで、渇く殺人衝動も程よく潤っている。
元々は一つの肉体に存在していた二つの人格。
同時に存在する事は出来ず、どちらかが表にいる時は、もぅ片方は眠りにつく。
それが今はこうして同時に存在し、言葉を交わしている。
最早、人格とは言い難いだろう。
【Twin Ray 】
と言った方が似合うだろう。
Good boyは嫌そうな顔をしそうだが、彼もまた、Bad boyの存在を認識し認めたからこそ、こうして存在する事が出来ている事は察しているだろう。
口に出さないだけで。
グラスに残っていたワインをあおる。
「来年もまた、こうして飲みましょうGood boy」
次は1888年の9月8日のワインを用意しようか。
「1888年以外のワインを用意してくれるのなら、考えますよ、Bad boy」
おや、残念。
やはりバレてしまったか。
「……では、2018年7月5日のワインはいかがです?」
「いいんじゃないですか?意味が分かってしまった自分が気持ち悪いですが」
今飲んでる悪趣味な年代日にちのワインよりはマシでしょう。
グイッと残りを飲み干すGood boy。
そこに一口分だけのワインを注ぐBad boy。
「では、来年の約束に…」
自分の持つグラスを傾け差し出す。
空のグラスに、同じくらいのワインを注ぐGood boy。
『乾杯』
一度きりの綺麗な心地よい音が部屋に響いた。