翔玲「既読」(は?マジかよ……)
昨夜から変わらない画面、変わらない通知。
既読のつかないメッセージ。
朝になれば状況が変わっているかと思いふて寝したが、画面上は特に何の変化も起こっていなかった。
(……はぁ、んと、いい加減にしろよ)
きっかけは些細なことだったように思う。
玲音からの連絡を優先しなかった。
他の人と親しくしていた。
もはや俺には察することもできないような微妙な不満の積み重ね。
察してカバーするのにも限界がある。
既読がつかないままの「何か機嫌悪いのか?」の言葉がただむなしい。
その割にストーリーズは高頻度に更新され、着信にもでないのだからこれは確信犯だ。
急にやる気がそがれ、翔平は深く溜息をついた。
(マジでめんどくせぇ……)
気分がいい時はまとわりついて、のらない時は振り回される。
頭ではもう切った方がいいとわかってるのに、それができないのはなんなのか自分でもたまにわからなくなる。
(……どう考えてもいい時の方がすくねぇんだよなぁ。
玲音といても、腹立つ時ばっかだろ、実際)
気苦労を思い出すと今すぐ全部の連絡手段を削除して、切って捨ててやりたくなる。
でも、そのたびに他でも満たせなかった深い共感と、底の方で確かにつながっていたという実感を思い出す。
たぶん、それがあるから『それ』ができないんだ。
それは他でもない自分自身がわかっていた。
何度も考え、削除に指が伸びるたび繰り返し思い出してきたことだから。
「だりぃ……マジで。
本当、全部」
小さく自嘲気味につぶやくと翔平は仕込みの準備でもしようかと冷蔵庫の下段にしゃがみこんだ。
頭上に影がさす。
「いたいたぁ。
ねぇ、翔ちゃん探したんだけど?」
その聞き知った声に翔平は顔をあげると極端に不機嫌な顔をした。
「てめぇなぁ、探すより前にやることあんだろ?!」
初見ならビビるような怒声を聞き流すと玲音はどこか試すように楽し気に言った。
「だから、ご機嫌取らせにきてあげたんじゃん?
オレが来てうれしい?」
絶対に喜ぶはずだと確信した玲音の表情に翔平は毒気が抜かれると肩を落とした。
内心はわかっている。
結局、顔をみたら安堵してしまう。
それが相手にはバレている。
この力関係が離れられないのだ、と。
「なんで、てめぇの機嫌とらなきゃいけねぇんだよ。
んな、暇あるかよ」
「本当はうれしい癖に。
翔ちゃん、頬緩んでるよ?」
満足げに揶揄う玲音を無視すると、翔平は言葉すくなに聞いた。
「……この時間に来るってことは昼飯ねらいだろ?
今日はリクエストきかねぇからな」
「オレはパスタでよろしくね」
「だから、聞かねえって言ってんだろ!!
あまりものでも食っとけ!!」
心からそう思うのに、パスタの在庫数が脳裏によぎる自分がうらめしかった。
「翔ちゃん」
ふいに呼びかけられ顔をあげた。
「んだよ」
「別に?
でも、怒ってたの忘れちゃった」
含みなく玲音はそういうとスマホを取り出し、今日の分の自撮りに精を出す。
既読はさきほどついていた。