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    去年の🎏くん誕の杉鯉再掲です。

    #杉鯉

    杉の実家へ挨拶に行く杉鯉 あー、本格的に緊張してきた。
     見慣れた、けれどもう五年近く前からあんまり使うことはなくなった扉を前に、一度大きく深呼吸をする。
     隣には、やたらとでかい手土産の袋を抱えた鯉登が居る。いつも以上にフォーマルな格好をして。
     そして俺はと言えば、いつものデートとなんら変わりない服装だ。さすがにパーカーはやめてシャツにしたけど、下はキレイめのジーンズ。上着も普通のダウンを着てきた。
     出かける前、ジャケットくらい羽織れと鯉登から散々言われたけど、結局言う通りにはしなかった。だって俺からしたら実家に帰るだけだし、父さんも別にそういうのにはうるさくないし。と、出る前にはそう思ってたんだけど……いざ家の前まで来ると少し後悔している。さすがに今の鯉登と並ぶとバランスが悪すぎたかもしれない。

     ――誕生日、どっか行きたいとこある?
     二ヶ月前にそう聞いたとき、まさか「お前の実家へ挨拶に行きたい」と言われるとは思ってなかった。去年、鯉登の誕生日に付き合い始めてからちょうど一年になる。確かに軽い紹介くらいならしても良い頃合いなのかもしれない。それでもいざそういう話になると、ちょっとだけ躊躇ってしまった。
     父さんがびっくりしないようにと、同性と付き合ってることは早々に伝えていた。元々心配はしてなかったけど、案の定、父さんは「大事にしろよ」とそう言っただけだった。
     だからその点については心配ないんだけど、なんせ俺は恋人を実家に連れて行くのが初めてなのだ。鯉登の前に付き合った子は少ないながら居たは居たけど、どの子ともあんまり長続きしなかった。実家に行くなんて話は出たことがない。
     鯉登との将来のことは真剣に考えてるから避けられないイベントなのは頭では理解してたつもりだけど、いざ直面するとどうにも緊張していけない。自分の親でこれだってのに、向こうのご両親に会うときはどうなることか。お義父さんのほうはずっと昔とはいえ会ったことがあるし良い人なのも知ってる。お義母さんも、鯉登の話を聞く限りだとすごく優しそうだ。問題はお義兄さんだ。聞けば結構なブラコンらしい。鯉登自身もお義兄さんのことが大好きみたいだけど、その鯉登が面倒なことになるからと俺との交際についてお義兄さんにだけはまだ伝えてないってんだから相当なんだろう。反対されたらどうしようと、考えるたびに手に汗を握ってしまう。
     もっとも、結婚のことを考えてるのは自分の中だけで、まだプロポーズもしてはいないんだけど。今日だって付き合ってることを報告するだけって話だ。

    「おい、杉元」

     それでもやっぱり緊張するもんは緊張する。あと恥ずかしい。父さんとどんな話すれば良いのかもわかんない。馴れ初めとか話したほうが良いのかな?

    「いい加減にしろ杉元! お前、何回深呼吸するつもりだ!」
    「いっでぇ!」

     突然、隣から伸びた手に耳を引っ張られる。そこでようやく意識を鯉登に向けると、ただでさえ凛々しい眉をさらに釣り上げて明らかに不機嫌になっているのが見えた。まぁこれは俺が悪いな。

    「ごめん……ごめんついでに、ちょっと駅前の店でジャケット買ってきて良い?」

     どうせ怒らせたならとそんなことを口にしてみると、今度は盛大にため息をつかれた。これも俺が悪い。拳が飛んでこなかっただけマシだ。
     ここはおとなしく怒られようと大げさにうなだれて見せると、鯉登はガサガサと手土産とは別に持っていた紙袋を漁り、中から見たことのあるジャケットを取り出した。

    「えっ、これ俺の」
    「絶対、直前になってそんなこと言い出すだろうと思って持ってきてやった。感謝しろよバカタレ」

     マジかよ、俺より俺のことわかってる!
     感極まって抱きしめると、手土産がぐしゃぐしゃになるだろと容赦なくビンタされた。

    「それで、いつまで私をこの寒空の下で待たせるつもりだ」
    「ほんとごめんて、もう腹決めたから」

     ダウンを脱いで代わりに受け取ったジャケットを着る。そうして宣言通りすぐにインターホンを鳴らした。いつもならインターホンから父さんの声がして、それに俺が「ただいま」と応えるところだけど、今日はドア越しに「あっ」という声がしたかと思うとすぐさま玄関のドアが開かれた。

    「いらっしゃい、寒いところよく来てくれたね」

     父さんは父さんで緊張してるみたいだ。扉の開く早さ的に、玄関前でそわそわしてただろうことが安易に想像できた。こちらもまた、いつもよりフォーマルな出で立ちで俺たちを出迎えてくれている。俺が帰ったときは玄関開けるくらいならサンダルで出るのに、今日はちゃんと靴を履いてるのがなんだか可笑しかった。
     ちょっとあたふたしている父さんに対して、鯉登は一瞬だけこちらに視線を向けたかと思えば、すぐに落ち着いた声で挨拶と自己紹介を済ませ丁寧に頭を下げる。少しの緊張も見られない見事な流れだった。普段はあんまり目にすることのない姿だけど、やっぱ育ちが良いやつは違うなと妙な感心をしてしまう。
     ――佐一さんとお付き合いさせて頂いております、鯉登音之進と申します。
     その挨拶にはちょっと心臓が跳ねた。そりゃそれ以外に呼びようがないってのはわかってるけど、それでも聞き慣れない呼び方にドギマギしてしまう。今度は父さんが自己紹介と共にお辞儀をするのを前に、こっそり手汗を拭いて気持ちを落ち着かせる。
     そういやこういうのって、俺がお互いに紹介するもんだっけ? もしかしてさっき鯉登が俺をちらっと見たのは、俺がちゃんと動くかの確認だったのかな。だとしたら早速ミスったかも……。

    「さぁ、立ち話もなんだしどうぞ入って」
    「ありがとうございます、お邪魔します」

     ひとり失敗に打ちひしがれる俺をよそに父さんの声がかかる。それに鯉登は相変わらずの綺麗な所作で靴をきちんと揃え、父さんのあとを付いて廊下を歩いていく。出遅れた俺は、玄関の鍵を締めてから慌ててふたりの背中を追いかけた。
     半年以上ぶりの実家は心なしか少し片付けられている気がする。元々整理されてるほうだとは思うけど、玄関に飾られてた花なんかは俺は一度も見たことがない。これは父さんも相当楽しみにしてたんだなと思うと、自然と口元が緩んでいた。

     リビングも同様に綺麗だ。さすがにテーブルに花が飾られていることはなかったけど、代わりに洒落たお茶菓子が置かれていた。鯉登と付き合うようになってから初めて知った店の焼き菓子が目に入る。小さいのに高いんだよな、アレ。
     見知った室内だってのにキョロキョロ周りを見ていると、鯉登はいつのまにかコートを預けて、勧められるとひとつ礼を言って椅子に座った。慌てて自分もそれに倣う。実家だっていうのに面接に来たみたいで変な感じだ。

    「コーヒーと紅茶、どっちが良いかな? 日本茶もあるよ」
    「ありがとうございます。それでは紅茶をお願いします」
    「佐一はコーヒーが良いか?」
    「あ、いや、俺も同じので……」

     こういうのは手間を取らせないように同じのを頼むべし、となんかのマナー本で見たことがある気がする。実家でそういう心配りが必要なのかは知らねぇけど。
     父さんが湯気の立った来客用のティーカップを持って戻ってくると、鯉登は大事そうに抱えていた手土産の袋からいくつか箱を取り出した。気を遣わせるとは思ったけど、どれも食べてほしくて全部持ってきてしまった、といった旨のことを述べてそれらをテーブルに並べる。デパ地下で買った鯉登が気に入っている店のお菓子もあったけど、あとは全部鹿児島から取り寄せたお土産だ。出身が鹿児島で、と鯉登が付け加えると、父さんは嬉しそうに笑って遠慮はせずにすべて受け取った。

    「お忙しい年の瀬に、お時間を頂いてしまって申し訳ありません」
    「いやいや、こちらこそ機会を作ってくれてありがとう。佐一には鯉登くんに会わせてくれるよう何度か頼んでたんだが、恥ずかしいのかまた今度ってそればかりでね」
    「そうでしたか」
    「君の話は嬉しそうに自分からするのに、なにをそんなに恥ずかしがってるのやら」
    「そ、そういうの……あんまバラさないで……」

     確かに熱を帯び始めた顔を隠すように手で覆う。父さんの笑い声に混じって、鯉登が小さく笑う声も聞こえてきた。どうにもいたたまれなくてもぞもぞしていると、熱いうちにどうぞとお茶を促す言葉がかかる。鯉登が動いたのを確認して、自分もカップに口をつけた。
     出された紅茶は美味かった。うちはもっぱらコーヒーか日本茶しか飲まない家庭で、少なくとも俺が家に居た頃は、紅茶が常備されてることはなかったはずだ。
     反面、鯉登は紅茶が好きだ。それで、よくアフタヌーンティーとかいう洒落たもんに連れて行かれるんだって、いつだったか父さんに話した気がする。もしかしたらそれを覚えていたのかもしれない。上品にカップを傾ける鯉登を横目に、はるか昔に極寒の異国で同じように紅茶を飲んでたなぁ、なんてことを思い出しながら二口目をすする。
     そのあとは主に鯉登と父さんが話をしてくれたので、自分はこれ幸いとばかりにおとなしくしていた。鯉登が大学生なのは話していたので、なにを専攻してるのかとか、進路の予定についてなんかが話題の中心だった。ときおり飛び出す「佐一さん」に無駄にドキドキしながらも、じっと縮こまることでなんとか表に出さずにやり過ごしている。

    「そうだ、もし食べられそうならケーキがあるんだが、どうかな?」
    「ありがとうございます、頂きます」

     一旦会話が落ち着いたところで父さんがそう訊ねると、鯉登は変に遠慮することもなく小さく頭を下げて答えた。こういうのをスマートって言うんだろうな。それを聞いて、父さんは嬉しそうに台所に向かう。冷蔵庫から取り出された箱には見覚えがあった。近所にあるケーキ屋さんのもので、うちはいつもこの店のケーキを買っていた。大人になって他のところのも色々食べたけどやっぱりここのが一番で、東京にも店を出したって知ってからは何度もそっちに通っている。

    「お誕生日だしクリスマスも近いからふたりで用意してあるかなと思ったんだが、私も佐一もここのケーキが大好きでね。鯉登くんにも食べてほしくて買ってきてしまった」

     そんな言葉とともに、いくつか種類の違うカットケーキが入った箱と皿を持ってくる。箱の店名を見た鯉登が、思わずといった様子で「あっ」と小さく声をこぼした。あんまり余計なこと言わないでくれ、なんて内心祈る俺をよそに、父さんはしっかりと鯉登の声を拾ったようで「食べたことある?」と訊いている。
     それに答える前に切れ長の目がこちらを見て、それから息を呑むほどキレイに微笑んだ。よそ行きの顔に見えて、俺によく見せるいたずらっ子の顔でもあった。嫌な予感はするのに、その顔があんまりキレイで咄嗟に声が出ない。そんな俺を尻目に、鯉登は父さんに視線を戻して今までより少し弾んだ声で言葉を返す。

    「佐一さんが私と喧嘩した次の日、必ずここのケーキを買ってきてくれるんです。それがすごく美味しくて、いつもすぐ仲直りしてしまいます」

     一拍置いて、父さんの笑い声が上がる。恥ずかしくて今度はテーブルに突っ伏して顔を隠した。それでもこっちを見ているだろう父さんの顔がどんな表情をしてるかは安易に予想がつく。きっと、すごく優しい顔をしている。
     かくしてひとり辱めを受ける俺の隣、俺の恋人と父親は仲睦まじくどのケーキが良いかなんて相談を始めている。お前はいつもので良いのか、と父さんに問われるのにも黙り込んでいると、「佐一さんは最近、こちらのケーキが気に入っているみたいですよ」と、嫌になるほど優しい声が代わりに答えるもんだから、俺はいよいよもって顔を上げられなくなるのだった。
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